第一話・勇者、旅に出る。前編
「おめでとうございます!」
「ご結婚おめでとうございます、姫様!勇者様!!」
城下一番の広場、城を取り囲む立派な塀の外。
集まった群衆は誰も彼もが笑顔で、祝いの言葉を叫んでいる。
「っけ」
魔女の魔法により編み出された色とりどりの花びらが舞う中、ヤサグレた元勇者ローランは建物と建物の隙間にいた。
猫が好みそうな狭い路地だ。
ホコリ臭い上に陽射しを遮られて薄暗い。
大通りから外れたそこに柄悪くしゃがみ込んだローランは、中肉中背の身体を丸めて地面に文字を書いていた。手のひらまでの、短くて黒い革製の手袋に土がつく。
服装はありきたりだ。
ヨレたシャツにどこにでも売っている黒の綿ズボン。ベージュのマントは古びて所々擦り切れている中、手袋と脛の中腹まであるブーツだけはケチらず良い物を選んでいる。
ローランなりの拘りというやつだが、パッと見は地味な茶髪メガネ。十人いたら十人の印象に残らない、そんな容姿だ。
「あーあ」
ローランはぼやき、人々の視線の先を辿った。
遠く離れたバルコニーから、人々へ向かって手を振る元パーティーメンバー。
「めでてえな、ホントによ」
「ちっとも気持ちが入ってないです、主様」
ペッペッと唾を吐きそうな祝辞に、背に垂らしたフードからツッコミが入った。にゅるんと出てきたのは青いヘビだ。ローランの肩に腹を乗せ、正面に頭を置いて瞬く。
「聖女と荷物持ちの結婚、反対です?荷物持ち、いい人です。ボクにたくさんオヤツくれました」
「わーってるよ、そんなん」
「じゃあ、勇者の称号譲ったの、後悔してるです?」
「してねーよ。王女と結婚すんならあった方がいいだろ」
ペッと吐き捨て、地面に刻んだ字の羅列を流し見たローランは頷いた。
「まあ、こんなもんか」
手のひら程度の範囲に書いた細かな字を雑な丸で囲む。
途端に滲み出したのは淡い光だ。
丸に沿って文字が浮かび上がり、黄金の輝きがヒラヒラと舞って大気に溶けていく。
音はない。
サイズ感も手のひら。
色こそ金であれど、目に優しく非常に地味だ。
「守護の陣ですね?」
一緒になって眺めていた青ヘビが器用に首を傾げた。
「魔王倒したんですから、魔物弱くなりました。必要です?」
「弱くなったって無害じゃねーだろ」
完全に光が溶けて消えるまで黙っていたローランは、手袋についた土を払う。
あちこち跳ねている茶髪にフードを被せ、青ヘビの位置調整を待ってから立ち上がった。
「聖女と魔女がなんとかするですよ。称号あげる提案呑んだの、あの二人です。意地でも荷物持ち守るです、きっと」
「いいんだよ。祝い代わりだ」
「称号あげたですよ?陣は多いですよ?」
「うるせー」
度の入っていない丸メガネを押し上げ、ローランは改めて城を見る。
仲睦まじく身を寄り添わせる、聖女である王女と荷物持ち。金髪美少女に爽やかイケメン。実にお似合いで、傍らで魔法の花びらをバラ撒いている茶髪魔女も笑顔だ。
なら、これでいいんだろう。
肩で息を吐いたローランは、両手をズボンのポケットに押し込み背を向けた。
ノソノソとした歩みでも群衆にぶつかることはない。生温い風にマントを揺らし、猫背を丸めて隙間を縫うように歩く。
「お祝いパーティー行かないです?」
にゅるにゅると顔の横に下がった青ヘビが不思議そうな声を出した。ローランが片眉を持ち上げる。
「俺が行ってどうすんだよ。勇者の証もねーし門前払いだろうが」
「聖剣あげる勇者は主様くらいです。バカです」
「仕方ねーだろ。勇者ー!ってかんじの証が聖剣しかねーんだよ」
「招待状あるですよ?」
「捨てた」
「捨てた」
復唱した青ヘビがヘビのくせに目を丸くした。
「バカです」
「うるせー」
広場から抜ければ一転、人は疎らだ。
肩にヘビを乗せ、腰に下げた古びた長剣を揺らし、背中に肩掛けカバン一つ背負ったローランに、目が合った人々が気味悪そうに顔を歪める。大きく避けて、子どもを抱えて家に逃げ込む者もいる。
(そりゃそうだ)
ローランは横目に青ヘビを見た。
腕の長さほどの相棒は使い魔だ。何もできない。ペラペラ喋り、人化するだけだ。非力で無害だし使い魔自体は魔物じゃないけれど、魔物に似ているのも事実。
戦えない人々の嫌悪や恐怖に、ローランは納得している。
「主様?」
「やー、だっておまえ、考えてもみろよ」
歩きやすくて堪らない道を進む。
目指すは王都の外だ。
「最初は俺と聖女って話だったじゃん、結婚。けど魔王倒したのにフラれてんじゃん、俺。どのツラ下げて行けっての?」
かれこれ三年続いた旅は、ローラン、荷物持ちの男二人と、聖女、魔女の女二人だった。
共に苦難を乗り越え、支え合った。
二組のカップルが誕生して然るべきだ。
なのにローランが得たのは女性陣からの「なんかホッとする」評価と、荷物持ちという親友だけ。ちょっとエッチなご褒美アクシデントは全部荷物持ち行きで、正確にいうならフラれてすらいない。
ノーマーク、対象外、家族枠。
ローランはトキメキに恥じらい合う仲間達を背に庇い、魔物を倒していただけだ。魔王との決戦でも背後ではラブハプニングが展開されていた。重症は負わなかったけれど血涙が流れた。心の中でだ。
「仕方ないです。荷物持ちは今の主様よりイケメンです」
ローランの使い魔は公平だった。
あまりにも容赦がないと、唇を尖らせる。
「男は顔じゃねーだろ」
「荷物持ち、背も高いです」
「十センチくらいしか変わんねーじゃん」
「荷物持ち、主様みたいに乳見て鼻の下伸ばしたりしないです」
「巨乳はロマンなんだよ!」
思わず声を上げたローランに、斜め先で開店準備で酒場の看板を出していた女が露骨に嫌な顔をした。つい胸元に目が行く。大きすぎず、小さすぎず。
「ふつう」
「主様、そういうところです」
顎に片手をあてて頷いたローランに、青ヘビが呆れた。
「聞こえるようには言ってねーだろ。つかよ、魔王倒したらモテる、ハーレムウハウハって聞いたから頑張ったってのによー」
「聖女も魔女も、荷物持ちにウハウハしてます」
「世の中理不尽だ」
酒場の女はとっくに店内に引っ込んでいる。
胸の谷間を強調する服を着ているから余計に目がいくのに、いざ見るとゴミを見るような目を向けられる。ローランにとっては理不尽極まりないが、それでも見るのはやめられない、止まらない。女という生き物は魅了魔法を使わずして男を魅了してくるのだ。魔王なんかより余程手強い。
「通行証は?」
「はいよ」
のんびりと辿り着いた門の前。
欠伸を噛み殺す兵士に手首に巻いた紐型の通行証を見せると、すんなりと外に通された。肩に乗った青ヘビを見られたのも一瞬だけ。兵士は仕事柄使い魔に見慣れているから手間がなくていい。
扉が解放された門を踏み越える。
一歩進んだローランは城を振り返った。
閉じていく門の隙間、さっきよりもずっと遠くなった姿に口を開く。
「幸せにな、荷物持ち」
「お人好し」
「いーんだよ」
ヘビのくせにため息を吐いた青ヘビの頭を指の腹で撫でた。ひんやりとした温もりが心地良い。
門の外は広大な森と適度に舗装された道だけが広がっている。一般人が気軽に出歩けるのは近場だけだ。強い魔物はそう出くわさないが、弱い魔物ならその辺にいる。
使い込んだブーツで土を踏みしめたローランは、たいして進まない内に足を止めた。悲鳴が聞こえた気がした。
「主様?」
青ヘビが首を捻る。
高い声だったから聞こえなかったんだろう。そう思いながら耳を澄ます。
「……れか……──けて……!!」
「ッチ……!掴まってろ、アクティ!」
「ひょ!?」
森の中だ。
舌を打ち、腰にある剣の柄を握ったローランは地を蹴った。




