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「短いお話集」

「蜘蛛No糸」

掲載日:2026/07/05

地獄の門番である巨大蜘蛛を倒した男の物語。

 天国とは真逆の世界に墜ちた男。

驚くべき数の亡者たちが蠢く地獄世界。

無限に続くような大地のあちこちにある裂け目から

火炎が吹き出し、

この世界の全てを赤く彩っている。

日の移り変わりもなく、

あてどなく彷徨い続ける男は、

自分の名すら忘れかけようとした時だった。

天井から一筋の光。

神々しいばかりの光の挿す場所があり、

頭の片隅に消え去って久しい

希望という言葉が顔をもたげた。

その方向へ進むと、

丸く輪になった人だかりがあり

その中央に、

タヒにたくてもタヒねない亡者たちが

山のように折り重なっていた。

「…(何だ?)」

 男が天井をゆっくり見上げると

地上まで届くような広大な

大空間が広がっていて、

その中央の真下に亡者の山があり、

凝視していると目は慣れ

光の当たらない暗がりの中に

巨大な蜘蛛がへばり付いているのが見え、

「あぁあああああ」

 おののいたが、

蜘蛛の尻辺りから光が挿しているのも分かった。

「…地獄の門番?!」

 口をついて出た言葉は弱々しく掠れていて、

自分も輪に入り

他の亡者たちと一緒に光を眺めていると、

輪のどこかからざわめきが起こり、

誰とも分からない一人の女が

亡者の積み重なる山を必死に登り始め、

やっと山の頂上に到達すると膝立ちで、

挿す光の筋をまさぐり

必死に掴もうとしていて、

男の疑問は膨れ上がり周りの奴らに、

「何してる?なぁあいつ何してるんだ!」

 多少出るようになった声で誰でもいいから

説明を求めていると、

「あんた最近来たんだろ?

 人の声なんかびっくりするくらい

 久しぶりだ…」

 背後の背の高い男が

いきなり話しかけてきて、

「あれはなどうやら

上から紐か何かが垂れてきて、

光挿すあの穴まで登れれば

犯した罪がどうあれ、

神々の恩赦で現世に戻れるらしい…そして、

あの折り重なってる

人々の山は失敗した奴ら…失敗すると

動くことすら出来ない身体にされる。

簡単に言えば成れの果て…」

 ほぼ説明してくれたが、

「ほ、本当か?成功者は…」

 男が肝心なことを聞き出そうにも

それっきりその男はどこかへ消え、

多分成功者など居ないのだろうと思われたが、

男にとってこれはチャンスでしかなく、

「万が一あの穴から出られれば

 もう一度人生をやり直せる!」

 忘れていた何かが心に灯り

人混みを掻き分け中央にかけ寄り、

「こんなとこ今すぐ抜け出してやる!」

 亡者の山を足がかりにその頂上を目指した。

動けないと聞かされたが、

まだ意識ある亡者も居て、

登ろうとする男の身体、

腕や脚を掴みにかかる妨害を受け

何度も転がり戻ったが、

振り払い振り払いやっとの思いで頂上へ着き、

そこでさっき見た女かがやったように、

光の筋の中で必死に糸を探すが

見つからない、

そう簡単に見つかる物では無いはずだと

空中をまさぐり続ける俺…。

そして俺は何日も同じことを繰り返し、

まれに登ってくる者を蹴落とし、

そして遂に上から

シュルン

という奇妙な音と共に

糸が吹き出すのを見て、

希望の光を見ていた。


 目の前まで降りてきた糸を

しっかりと掴むとベトベトで粘着性があり、

体ごと巻き付かせ糸をたぐろうとすると、

糸は勝手に上へ上にと吊られて行き数分後、

器用に操る蜘蛛の脚であっという間に

八つ目の顔面に連れて来られていた。

「ふふっ。

 糸には二種類あってな一個は私の食事用。

 もう一つが開放の糸となるが、

 二種の糸に差はなくて、

 どっちがどっちかは私の食欲で決まるの…

 お前を引き上げた糸はドッチだと思う?

 はい答えろ~

 果たして今の私の食欲はどっちだ?

 二択だ簡単だ、

 どっちか選ぶだけ。

 正解ならわしの尻あたりの穴へ

 ちゃんと通してやるぞ~

 あと一応規則だから言っておくが、

 生き返っても良い事ばかりとは限らない

 このだけは覚えておけよ?ニマ~」

 いやらしくわらう蜘蛛の問いに、

「ここから抜け出せたのは居るのか…

 教えてほしい…」

 男は聞いていた。

「ほほぅ。

 この後に及んで質問?

 数え切れないほど居るぞ

 悠久の時の中ではな。

 で、私が教えられるもう一つは今の食欲だけ~

 答えは?ニマ~」

 糸でグルグル巻きの男は

 蜘蛛の前脚で弄ばれくるくる回っている。

「あんたは何の神様なんだ

 でかい蜘蛛の神様なのか?」

「また質問?

 しつこいな~

 私は神ではない

 ここを任されてるただの番人。

 お前が私を蜘蛛として見てるのは、

 生きていた時に見た最後の何かだろう。

 八本脚の化け物はお前にとって印象深い何かのはず

 いいか?

 もう質問は無しだ。

 答えを言え!ニマ~」

 蜘蛛の気持ち悪い口元が歪んでいる。

「答えか答えは…」

 男は亡者の山を蹴散らしながら進んだ時、

たまたま拾った折れて先が鋭利な

大腿骨を手にしたままで、

巻き付いた蜘蛛の糸を切り裂き、

「これが答えだ!」

 巨大蜘蛛の眉間に

深々と刺し力の限り押し込んでいた。

「えぇえ?うぎゃぁあああああ!嘘だろ…」

 絶命の声。

男の一か八かの勝負。

大蜘蛛は大きく震え泡を吹きながら、

天井から剥がれ落ちようとしていて、

男は咄嗟に蜘蛛を伝いよじ登り

ついに光の挿す穴に手をかけると、

ガラガラと壁の崩れる音と共に蜘蛛は落ちていき、

「生き返っても良い事ばかりとは限らない…」

 蜘蛛の言葉が心に響いていたが、

「生き返れるならなんでもする!」

 穴の縁をしっかり掴んだ手で身体を支え

渾身の力で光の世界、

向こう側へ押し上げていた。


「(眩しい)」

 眩しくて目を覆い隠そうにも腕に力が入らず、

意識が戻っていくと周りの音や気配が

まざまざと五感を刺激しはじめた。

私は交通事故を起こし

それが元で心肺停止となり、

二分後に生還するまで

地獄を彷徨っていたらしい。

集中治療室に居た俺だったが、

致命の怪我は医師たちの懸命な努力で回復し

会話も出来るようになると俺は

やって来た警官たちに

病床のベッドで罪状を読み上げられていた。

男は怪我が治り次第収監され

裁判の経過によっても変わるが、

明らかに危機致死罪が

適用されてしまうと罪状を読み上げられ、

警察と一緒に現れた国選弁護人に

18年の罰を、

なんとか15年くらいにしたいと

言われていた。


 男は不運にも高速道路で

玉突き事故に巻き込まれ、

決して事故その物の加害者では無かったが、

男の直接的な不注意で

逆斜線を走る、

親子四名が乗った車に激突し、

一瞬にして全員をタヒに追いやり

自分も致命傷を負っていたのだ。

あの日、事故で薄れゆく意識の中、

男が最後に見た物は、

まぶたが引き千切れ

閉じれない瞳の上を這い周る

小さな生き物…それが蜘蛛のようだった…。

そして男は警察病院へ搬送されて行ったが、

恐ろしいあの巨大蜘蛛の言葉を、

「戻っても良い事だけではない…」

 思い返していた。


 終

読んでくれてありがとう。

評価コメント感想などよろしくね。


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