君の声がする。だから僕は死ぬ。
「今日こそは、45層クリアだぁ!おぉ~!!」
一人拳を突き上げ、元気に叫ぶ少女は、ガチャガチャと身に纏う鎧を鳴らし、僕たちの周りを走り回る。
彼女のポニーテールに結んだ金髪が、振り子のようにゆったりと揺れ、行動と合わせてやかましい。
アルナ・セルナーデ。
彼女はうちのパーティーの要だ。
騎士の天命を宿し、アタッカーの役目を担っている。
腰に携えた長剣は、数多くの魔物を切り伏せ、進むべき道を斬り開いてきた。
守るだけでは勝てない、冒険者の定石だ。
騎士はアタッカーに、重騎士はタンク。魔術師はバファーで僧侶はヒーラーといった、それぞれの天命に合わせた役割を受け持つ。
ダンジョンを潜る際には、それぞれの役割に準じて基本4から6人程度のパーティーを組むことが推奨されている。
必須ではなくあくまで推奨のため、ソロ冒険者もいたりするが、長続きしたという話は聞かない。
一人ではすべての役割を受け持つため、死亡するリスクは高い。メリットももちろんあるが、命あってのものだし、このダンジョンはそんなに甘いものでもない。
生きるのは、そう簡単ではないのだ。
じゃあ、なぜ潜るのか。
それは、生きていくためだ。
生きるために、死地に赴くのは、なんともばからしい。
けれど、僕たち冒険者は単なる好奇心と日銭のためではない。
ダンジョンは稀に、その中に住み着く魔物を地上へと排出する。ダンジョンがというよりかは、魔物の意思でというのが正しいだろうか。
ダンジョンは無尽蔵に魔物を生成し続けている。
何のために、どうやってそうなっているのかはわからないが、たぶんダンジョンに収まりきらなかった魔物が地上に溢れ出てきてしまったのだろう。
だから僕たちは、ダンジョン内に魔物が満たされないよう討伐を行い、あわよくば最深部に存在するといわれているダンジョンの心臓、魔昌核の破壊を目的に行動している。
ダンジョンの攻略を進めなければ、向こうからこちらを殺しに来る。
殺られる前に殺る。
これが、生きるためというやつだ。
これは自分たちのための殺し合いではない。
僕たちの背後には常に、力なき人々が脅威に怯えながら生きている。
僕たちは、そんな人々の意志の強さの代弁者なのだ。
「アルは相も変わらず、はしゃいでいるな。うちの攻撃役があの調子じゃ、先が思いやられる。なぁ、ユリク?」
甲冑で身を固め、背丈が2mもあろう巨漢は、ニタニタと笑みを浮かべ、僕へと視線を向けた。
真横にいるから余計に、僕よりも数倍以上も太ましい身体が目に留まる。
隆起した筋肉はそこいらの魔物を一撃で木端微塵にしてしまうほどの破壊力を持ち、あらゆる攻撃も余裕で防いでしまう。城壁などとは比べられない強度を秘めているが、柔軟性にも優れ、関節を的確に動かし衝撃を和らげている。何んとも見た目の厳つさからは到底考えられない技術を持ち合わせている。
「かのガル・モークス殿も、今回の攻略には弱腰かい?」
わざとらしく鼻で笑って見せたが、別段機嫌を損ねることなく「へっ、バカ言え」とガルは一蹴した。
「俺に手柄を取られるぞって忠告してやってんだよ」
これくらいの冗談が言い合えるくらいには、僕たちの関係は悪くない。
むしろこの階層まで到達できたのだ、良好というべきだろう。
「でもガルさんの言う通り、そろそろ気を引き締めないと危険ですよ。一度到達したことがある階層だからといって油断は禁物です」
新緑の長髪を靡かせる少女――ルーピア・テンクスワーツは、右手に持った携帯鋼に映る地図を人差し指でスクロールしながら、言い放った。
数ヶ月前に亡くなったヒーラーであるヴェリンの後任として加入したルーピアは、齢15歳にしてダンジョンデビューしたニュービーなのだが、その幼さに見合わないほどの生真面目さと繊細さ、頭脳を兼ね備え、このパーティーの参謀を務めている。
だが経験が浅いためか、過剰に慎重になってしまうのが玉にきず。
それでも多少は苦戦したが、数ヶ月のやり取りで僕たちのペースについてこれるだけに至ったのは事実で、今では背中を任せるのは彼女以外ありえないと思っている。
そんな彼女のモノクルから覗く左目が、疲労からだろうか虚ろに揺らいだ。
「確かに、毎度階層攻略でこうなるのは困るよね。我ながら幼馴染の頭の中が心配だけど、ルーピアも根を詰めすぎないようにね」
さして年齢も3つしか変わらないというのに、彼女が持ち合わせる貫禄は、なんだか歪で不気味だ。継ぎ接ぎだらけといえばいいのだろうか、大人びた一面に時折幼さを感じさせる。だからこそ、ましてやヒーラーであるため、彼女の疲弊が心配になる。
「私は全然大丈夫です!ただ、あの作戦がどこまで通用するか不安で、立案者がこれでは皆さんの不安を煽るのはわかっているんですけど――」
「大丈夫に決まってるじゃん!この私とユリクやガルがいれば怖いもの無しなんだから!そ・れ・に!そこにルーピアの緻密な戦術と癒しの手が加わるんだから……、あれ?これもう最強じゃん!!」
突然、アルナはルーピアの右肩からぴょこっと顔を出し、白い歯を覗かせ笑ってみせた。
楽観的だ、と思わなくもない。
ただ、不安を募らせるルーピアにとって、この言葉は単なる励ましではない。
僕たちへの信頼や安心感を植え付けるものでもある。
「僕たちもルーピアに背を預ける。だから、君も僕たちに背中を預けてくれよ。ガルもいるんだ、どれだけ寄り掛かっても余裕で支えるからさ」
だから今は、アルナの言葉に便乗しよう。
「……私、そんなに重そうに見えますか?」
ルーピアは浮かない顔を振り払い、クスリと笑みを浮かべた。
どうやら、憑き物が落ちた様子だ。
これが僕たち。
互いに支え合い、高め合う。
ありきたりだけど、アットホームな集団。
そして、この地で唯一の現最下層到達パーティーだ。
◇ ◇ ◇
ここ、最南端に位置する≪カルミナァト国≫の、郊外にある大迷宮≪ルーフ≫。
本来はそんな名称があることを知ってか知らずか、ダンジョンと呼ばれることが多い。
かくいう僕も、まとめてダンジョンと表現する。
そっちの方が何倍も楽だから。
森林によって隠されたこのダンジョンは、推定50層からなる大迷宮であり、現在では44層まで攻略されている。
今歩いているこの場所、凹凸の絶えない岩肌の壁もルーフの一部だ。
まるで洞窟のような空間だが、踏みつける床はやけに人工的な石畳となっている。
ダンジョンではこういった曖昧な空間がひたすら続いている。
もちろん、他のダンジョンも同じだ。
舗装されているおかげか、歩きやすくはあるのだが、まるでルーフが僕たちをどこかへ導いているようで不気味さが伺える。
さらには、松明の一つもないくせにほのかに明るく、肉眼で周囲を確認する程度は可能なんだから、頭がおかしくなる。
さすがに端から端まで見通すことができないにしろ、松明で照らす程度の明かりが、常に僕たちを囲うようにして存在している。
不便はないし、どれだけ降りても息苦しさも感じられない。
ルーフに限らず、ダンジョンというのは未だ全容の見えない謎の存在だ。
魔王が死んで以降、突如として発生し、今に至るまで人類を脅かし続けている。
現在では13柱のダンジョンが発見されている。
望むのならこれ以上は増えないでほしいところではあるけど。
アルナはガルと何やら楽しそうに話してるし、ルーピアは周囲をきょろきょろと視線を走らせ警戒している。
45層を歩き始めて十数分。
中盤まで差し掛かったくらいだろうか。
だというのに、やけに魔物が少ない。
45層の主な魔物はフォルタウロスとガーペンタートルの二種。
階層自体そこまで広くないため、三十分ほどで階層主の広間まで辿り着くことができる。
以前階層主の広間まで探索を進めた時には、先の二匹がひっきりなしに襲ってきた。
それがこの始末。
まるで狩り尽くされたかのように、存在自体疑いたくなるほど静けさに包まれていた。
しかし、この階層を探索できるのは僕たちだけだ。
明らかに不自然。だからこそ、ルーピアは警戒を怠らないのだろう。
他の2人は、ああ見えて武器から手を放さずにいる。
誰もがこの不自然さを理解し――いた。
常時展開していた索敵魔法が、こちらへ凄まじい速度で近づいてくる4匹の魔物を検知した。
この速度からしてガーペンタートルだろう。
「赤カメ4、こっちに来る!」
索敵による情報を、簡略化し的確にパーティーへと伝達する。
魔術師の役目の一つがこれである。
合図に各々が抜刀し、臨戦態勢へと入る。
僕も前方へと杖を向け、身体能力強化と武装強化を同時に全員へと付与する。
すると、淡い黄色い光が全身を覆う。
「炎帝の残火よ 業火なる慈悲にて」
――そして、ルビーのように淡く輝く魔法陣を展開し、いつでも攻撃魔術を発動できるように備えておく。
三節の詠唱を区切ることにより、魔術の発動を意図的に停止させる。
あらかた初級魔術を習得した後に、必ず叩き込まれる初歩的な技術だ。
残りの一節を唱えれば魔術は完成し、発動される。
効力は依然として変わりなく、変な挙動をとることもない。
ゴゴゴゴッと地面を削るような音を響かせながら、直径1.5mにもなる緋色の円盤が高速で転がってきた。
まるで馬車から外れた車輪のように、それでいて狂気的に前衛のアルナへと意思をもって向かっていく。
そっちは任せていい。
「穿て ≪炎矢≫」
僕は残りの一節を口にして、中級魔術≪炎矢≫を後続の三匹に向かって解き放った。
熱気を孕んだ一筋の炎の矢が、三匹の円盤に激突する。
湯気と土埃が立ち昇り、視界不良となるが、これはあくまでわざとだ。
いつのまにか体勢を低くして駆け出したアルナが、土臭いカーテンの中へと飛び込む。
鋭い剣戟が三度聞こえただけで、以降は静けさに包まれた。
これで終わりかなと思ったが、どうやらアルナに突っ込んでいった一匹目の円盤は、今現在ガルが抑え込んでいる状態だった。
やけにアルナの行動が早いと思ったらそういうことか。
「どうした!お前の力はその程度かッ!!」
ガルは回転する円盤を胸当てで受けながら、なにやら激励している。
胸当てからは火花が散っている。
いくら武装強化を付与しているからといって、数値として現れるわけではないが、武装には耐久値が存在する。
この魔術はあくまで耐久値の減少を一時的に抑えるだけだ、いずれそこが尽きる。
そうなっては、あの高速回転と重量をもろに身体へと受けることになるのは、ガルでも理解しているはずなのだが。
「まだまだァ!!」
なぜか張り合ってるし。
「おうおう、いけいけ~!ガルも赤カメもがんばれ~!」
「アルナ、ふざけない」
「ご、ごめんさい」
この特殊な状況に吞まれたのか、今日はみんなの調子がおかしい。
ルーピアの持つ作戦を反故にして、独断で三匹の円盤――ガーペンタートルの追撃に転じてしまったりと、少し忙しない。
本来なら≪炎矢≫による土煙で撹乱し、最初にアルナへと攻めてきた一匹目を確実に倒してから、慎重に各個撃破する手はずだった。
それが今では逆、先陣を切ったガーペンタートルはまだ息をしている。
「アルナ、悪いけど終わらせてくれ」
「了解」
ビシッと敬礼を見せたアルナは、すぐさまガルを襲う円盤の背後へと回り、側面を柄頭で強打する。
衝撃によって地面に転がった円盤から四肢と頭を覗かせたガーペンタートルは、仰向けになったせいかじたばたと手足を動かす。しかし、体格のわりに短いそれらでは身を反転することは叶わなかった。
ガーペンタートルの唯一の弱点は、仰向けにすると起き上がれないことだ。
どれだけ素早い動きを持ち合わせていようが、こうなってしまえばなす術がない。
すかさず、アルナはガーペンタートルの頭部に剣を突き刺した。
ボンッと小さな爆発とともに、一つの宝石を落として消滅する。
――魔晶。
魔物の魔力源であり、その魔力によって姿形を顕現させる魔物の心臓だ。
魔物の生命が途絶えた時、魔晶を落として魔物は消滅する。
そしてこれは、冒険者の収入源でもある。
魔晶の価値によって換金額が変わり、魔物の強さによって価値は高まる。
「あの程度、俺一人で片づけられたってのによ」
ガルは舌打ちをして、アルナを鋭く睨みつける。
「文句はユリクに言ってよ~」
「今日は階層主を倒すのが目的なんだから、ここで遊んでいる場合じゃない。あと、僕を盾にしない」
僕の背後へと隠れたアルナは、へらへらと笑っている。
ガルも本気で怒っているわけではないのだろう「たくよぉ」とこぼし、魔晶を拾い上げた。
問題は、アルナの方だ。
「なんで作戦を無視したんだ」
「無事倒せたんだからいいじゃん、そんな細かいこと」
少し強めな口調でアルナへと詰め寄ってみたが、当の本人はのらりくらりと躱そうとしている。
倒せればそれでいい、確かにそうだ。
でも、今回はなんとかなっただけかもしれない。
常に結果がわかっていれば、今回の行動を咎めることはなかったけど、僕たちは未来視ができるわけじゃない。
「だとしても独断が過ぎる。もし、アルナの行動でパーティーの統率がとれなくなったら?そのせいで、誰かが傷ついたりしたら、その責任はどうする?」
「みんながそんなやわなわけないじゃん!私たちは人形じゃない。指図されなくても自分の身くらい自分の意志で守れる!!」
僕の圧に影響され、アルナまでもが声を荒げる。
「私がアタッカーだってことはわかってるでしょ!先陣切って進路を確保する。そして、みんなに被害が及ぶ前に敵を討つのが役目。この身は盾であり剣なんだから、敵陣に突っ込むのは常識なの!適材適所な行動を責められるいわれはない!」
そんなことはわかっている。
アタッカーとしての役割から見れば、アルナの行動は至極真っ当だ。
ましてや、タンク役のガルを上手く利用しつつ、即座に数的不利のサポーターの援護に回ったのだ、褒めて当然。
だとしても、アルナの行動を手放しに褒めたたえることができないのは、私情を混入させているからだ。
40層を攻略していた時のこと。
圧倒的な階層主の前でサブアタッカーに回った僕は、うまく指示を届けることができず、ヒーラーのヴェリンは死んだ。
作戦には、僕がサブへと回ることは考慮していなかった。
どちらにしても、僕の甘さが招いた犠牲であり、失態だ。
だから、同じような過ちだけは犯したくない。
――違う。
それだけじゃない。
これは我が身可愛さに言っているわけではない。
「アルナに傷ついてほしくないんだよ」
ぽつりと、意図せずに零れ落ちた本音が、静かな迷宮で確かに響いた。
僕とアルナは、ともにカルミナァト国で生まれ育った。
よき隣人として、幼馴染として、まるで兄妹のように、寝る時も、遊びに出る時も、食事する時も一緒に過ごした。
気づけば冒険者に憧れて、『すべてのダンジョンを攻略する』という夢を共有し合った。
冒険者登録をして、三年離れて天命に適したギルドで修業を重ね、再び再会を果たした。
泣き虫だったアルナの面影はなくなり、逞しく天真爛漫な少女へと変貌した時には心底驚いた。
それでも、僕が彼女に向ける思いは変わらずに、無理しているアルナを支えていくと覚悟を決めたんだ。
だから、大切な人に危険を冒してほしくない。
「……ユ、ユリクはいつもそうやって、私を心配して。過保護なんだよ、もぉ!泣き虫な私じゃ、もうないんだよ?」
僕の思いが届いたのかよくわからないが、アルナは頬を赤く染め、子供っぽく頬を膨らませた。
さっきまでの怒りはいったいどこへいったのやら、きっと彼女自身も本気で言ってはいなかったのだろう。
「僕の中では、アルナは何も変わってないよ。泣き虫で、バカで、誰かのために強くなれる、僕の大切なパートナーさ。心配の一つや二つ、したくなっても仕方ないじゃないか」
「最初の二つは余計だよ!……でも、心配してくれてありがと」
目をほころばせ、優しい笑みを浮かべたアルナは、僕のよく知る昔の彼女のままだった。
やっぱり、何も変わっていない。
この笑みに何度も支えられ、心を奪われた。
だから、この一輪の花を守りたくなってしまうのは仕方のないことだ。
◇ ◇ ◇
ガルに茶化されながら、何とか階層主の住む広間まで辿り着いた。
厳密にいえば、広間への入り口を固く閉ざす、やけに豪華な扉の前までだ。
人間の頭蓋骨のような文様をいたるところに施した、高さ4mの鋼の扉。
不気味の一言に尽きるわけだけど、やはりこれも人工的に作られているといっても過言ではないだろう。
他の階層主も同じように、何やら文様や装飾品で飾られた扉だったが、ここまで狂気的で豪勢なものは初めてだ。
もしかしたらここが最下層なのかもと、淡い期待を寄せてしまう。
これで終わったらどれだけありがたいことやら。
「ユリク、あれ言わなくていいのか?ここを無事攻略したら、アルに告白するんだってやつ」
未だガルは、先までの話を茶化してくる。
クスクスとそのニヤけ面に、炎矢でも叩き込んでやろうか。
杖を握る手に力が入るが、少しでも魔力の温存が必要なので、おとなしく杖の先端で小突く程度に済ませた。
「ぐふっ」と空気が漏れる音がしたが、ガルからなので気にする必要なし。
「でも、冗談は抜きにしてもこの扉から察するに、一筋縄ではいかないだろうと僕も思う。準備は万全に、ルーピアの指示のもと階層主攻略にあたろう」
全員が頷く。
緊張しているのが嫌でも伝わってくる。
「作戦通り、ユリクさんはみんなにバフをかけた後、サブアタッカーに回ってください。ガルさんは、陽動をお願いします。敵が複数の場合は、アルナさんと分断してください。アルナさんは、ガルさんが作った隙を臨機応変に攻めてください。物理が利かない場合は、≪光弾≫を敵に放って合図をお願いします。私は随時状況を見て、指示を飛ばします。何もわからない相手ですので大雑把になってしまいましたが、大丈夫そうですか」
ルーピアは心もとないようで、僕たちの様子を一生懸命に伺っている。
正直言ってしまえば作戦とは言えないが、未知の敵に対してはあらかた行動を決めると個人の実力を発揮できなくなるうえに、臨機応変な対応が難しくなる。
だが、戦闘中の指示でいってしまえばルーピアの適応能力は恐ろしいくらいに的確で、思考速度が尋常ではない。
魔物の一つの動作だけで何通りもの戦略を組み立て、最適解を導き出してくれる。
これにより、何も考えなくても敵を倒すことができるわけだが、そこまで甘く考えていると痛い目を見るのは定石。
それに、これがいつも通り僕たちパーティーのやり方だ。
これ以上はいらないし、これ以上は戦闘時にのみ生まれるもの。
現段階で、行動を固めるのはいただけない。
「おっけ~。それよりも、いい加減その他人行儀なしゃべり方やめようよぉ。文字に起こしたら頭痛くなりそう」
息苦しい雰囲気を壊すようにして、アルナがぴょんぴょんと跳ねだす。
この場の空気を変えるつもりなんだろう。
「もし、私が階層主にとどめを刺したらタメ口ね」
「いや、その、これ私の癖なので」
アルナの提案にかぶりを振るルービアだが、内心嬉しいのか口元が緩んでいる。
「なら僕も、ラストアタックの褒美にタメを所望するよ」
これを機に、僕たちの中を深められるのなら願ったり叶ったりだ。
「だったら俺も、階層主をぶっ潰したら口調の一つや二つ変えてもらおうかねぇ」
「って、ガルさんはかなり年が離れていますよね。さすがに無理すぎます」
ガルはゲラゲラ笑いながらルーピアの肩に腕を回そうとするが、アルナに叩き落されてしまう。
「大丈夫だって。私とユリクはガルと7つも違うけどこんな感じだよ」
「ガルさんっていくつなんですか」
「25だが」
なんて今更な会話を繰り広げているが、だいぶ和んできた。
緊張だってほぐれている。
こういう場だからこそ、この雰囲気のありがたみがわかる。
震えている足で、地面を二度踏みつけた。
ツーンと痺れが足に広がっていく。
「さてと、攻略しようか」
気持ちを切り替えるために、はっきりと口にした。
柔らかい空気が、ちょうどよい緊張感によって包まれる。
仲間たちの信頼と守り抜くための意思。
そして、一つの願いを胸に。
各々が抜刀し、僕は強化系の魔術を全員へと付与する。
今回魔法陣は展開しない。
杖をしっかりと握り、眼前の扉を睨みつける。
今からこの先へと足を踏み入れる。
勝てるかどうかわからない。
でも不思議と不安はない。
皆とならどこまでも行ける。
アルナとなら僕は強くなれる。
僕とアルナで結ばれた決して引き裂くことのできない鎖。
それは――愛という不可視な魔法。
「いくよ!!」
「「「おぅ!!」」」
足の震えは止んでいた。
一歩前へと踏み出す。
気色の悪い扉が開き、広間は姿を現す。
暗闇に覆われた、まるで夜空のような空間。
全身が広間へと入り込むと、周囲に取り付けられたランタンに一斉にして青白い炎が灯る。
広間全体が青ざめる。
空間だけなのか。
違う。
誰かが唾を飲み込んだ。
全身の血液がなくなったかのように、全身が冷たくなる。
見間違いじゃない。
広間はいたって普通。
それ以外は異常。
広間には――何もいなかった。
誰一人として警戒を解かない。
当然だ。
だけど、今までこんなことはなかった。
階層主の不在が、ここまで不気味だとは誰も思わなかっただろう。
空気はどんよりと重いのに、それを生み出しているはずの存在が確認できない。
「何もいないのか」
そう口にした。
誰が?
確かに僕だ。
不思議と自分の声じゃないような気がした。
そんなバカなことはないと脳が否定したからか。
それもまた違う。
見たからだ。
その答えが間違いだと、すぐさま気づいたから。
広間の中央。
その天井に黒い巨大な靄の塊が一つ浮かんでいるのを目にした。
それが遅かったのか早かったのか。
タイミングとしてはちょうどよかった。
靄の中から無数の白い手が伸び出た。
地面へと雨のように流れ落ち出て、地面に触れた瞬間に動きは止んだ。
目視で二十本はゆうに超えているのがわかる。
大きさも異常で、人ひとり包み込めるほどの掌。
止んでいた掌は、次に地面をひきりなしに摩り出す。
じゃりじゃりがりがりごりごりぞわぞわざらざらと、各々の掌がまるで生まれ落ちたことに感謝するかのように、地面を撫でまわす。
鳥肌が立つ気分の悪い感触が全身を襲う。
誰かが嘔吐した。
ルーピアだ。
大丈夫?なんて声をかける余裕も精神を何もかもがわかない。
ただひたすらに、全身が硬直して動かない。
恐怖という言葉に誰しもが支配された。
カタカタカタと骸骨が震える音がする。
その音は靄の中からする。
何かが現れる前兆であると、誰しもが思ったに違いない。
その予感は的中した。
靄の中から影のような腕が一本伸びる。
その腕には手がついていない。
その代わりか、白い掌ほどの大きさの羊の頭蓋骨が生えていた。
羊の頭蓋骨がカタカタと笑う。
直後、口が大きく開き、赤い瞳が僕たちを覗いた。
死を予感した。
今までの階層主とは一線を画すほどに、脅威と恐怖がありありと肌に伝わってくる。
逃げなければと思った。
できるのであればそうしなければと。
「てっ――」
「撤退だ」とそんな言葉が出切る前に、一瞬にして伸びてきた一つの白い拳が、僕の意識を刈り取った。
◇ ◇ ◇
「――!!」
君の声がする。
意識が戻る。
アルナの声がする。
くらくらとする意識がそれを掴む。
彼女の叫ぶ声がする。
重い瞼をこじ開けて、声のする方へと視線を向ける。
ぶちりぶちりと羽虫を弄ぶ子供のように、無数の白い腕が彼女の右腕をいとも容易く引きちぎる。
滝のように流れ落ちる液体は、石畳を鮮やかに染め上げた。
トサッと、思いのほか軽い音を鳴らし、胴体と離れ離れになった右腕が落ちる。
あれほど軽い腕が、僕たちを守り、敵を薙ぎ払ってきた。
声が聞こえる。
僕の名前を呼ぶ声がする。
助けを呼ぶ声がする。
そのどれもが彼女の声だ。
白い手が、彼女の頭を包み込む。
声が。
声がする。
まだ聞こえる。
プツッと音をたて、白い手が空を仰いだ。
その手と彼女の胴体とを糸のような何かが繋いだ。
紅い液体が裂け目から流れ出る。
彼女の声は聞こえなくなった。
空を仰いだ白い手が何かを落とした。
頭。
誰の。
アルナの。
転がって、僕のもとにたどり着く。
目と口が開いている。
彼女の瞳から、一滴の雫が流れ落ちた。
地面にこぼれ、儚く弾け散る。
死んだ。
誰が。
アルナが。
嘘だ。
嘘じゃない。
守れなかった。
なにも、守れなかった。
守ると誓ったあの覚悟は。
結ばれた鎖は。
こうも簡単に。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
認めたくない。
これは嘘だ。
嘘じゃなきゃダメだ。
絶対に……。
「――」
立ち上がろうとしたが、出来なかった。
体中が痛いから。
いや、そんなどうでもいいことじゃない。
まだ、かすかに聞こえてくる。
嘘じゃない。
絶対にそうだ。
間違いない。
彼女の声がする。
アルナの声がする。
僕を呼ぶ声がする。
だから。
だから僕は――。
読み切り?のつもりで書きました。
実験的な内容で、数々の謎を残し、結末も後味悪くしたので読後感は最悪でしょう。
誤字脱字の報告や感想いただけると嬉しいです。
長くなりましたが、最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。




