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不自然なほど青い、ぽっかりと空いた空が見える。
びゅうびゅうと下から押される風圧で、長い黒髪が視界の端で踊る。
落下スピードはどんどん上がり、地面とこんにちはするのも時間の問題だ。
「あー最悪。同じ死に方じゃん」
私は独り言ちた。声のボリュームを落とすことなく。
カメラもマイクも、もう誰も私に着いてきてはいなかった。
『天使戦隊ヘブンレンジャー』はよいこの子どもたちのための番組だ、無様に死ぬ悪役などテレビには映らない。
だから今。
私が何を言おうと、どうなろうと、誰も知り得ない。
「…………。」
ふと思い出すのは最後に見た光景。
全身漆黒の衣装に身を包み、常に顔を隠している掴みどころのないヒーロー。
――ブラックを助けたことに、大した理由はない。
あえて言うなら、『私が』そっちの方が『正しい』と思ったから。
悪の女幹部が敵対するヒーローを助け出すなんて、物語的にはおかしなことだ。
だが、正義のためにひとりで戦ったヒーローが、ここでやられるべきではないと思った。
少なくとも、何の目的もなくただ義務で仕事をしている自分よりは、叶えたい願いのために頑張っている彼には生きる価値がある。
ま、勝手ばかりする運営に嫌気が差し、最後の一度くらいセオリーに逆らってみたかったっていうのもあるけど。
「そういえば、この世界で死んだらどうなるんだ」
痛みはないが、怪我を負えば血は流れるこの体。
死ぬような怪我は負ったことがなかったから、よく分からない。
……まあいいか、どうでも。
今日はちょうど、私の十八の誕生日。
ここで死のうが、死ぬまいが、そろそろお迎えがくるはずだったし――
ガシッ!!
「は?」
と、右腕を急に掴まれ、思考が霧散した。
体が急に重力を取り戻し、ぶらんと足が下がる。
驚いて顔をあげると、そこには真っ黒な仮面男がいた。
「ジリアン!!しっかりしろ!!」
「ブラック!?」
私は目を見開いた。
見間違いでも幻覚でもなく、それはビルの窓から手を伸ばすブラックだった。
「あ、アンタ、一体」
翼もないのにどうやって、と問いかけると
「はしって、ビル、飛び移って……ハァ、」
息も絶え絶えにそんな回答があって、さらに驚く。相変わらず無茶苦茶なことをする奴だ。
いや、そんなことよりも。
『なにやってんの!?手を離して!』
私は掴まれていない方の手で通信スイッチを押した。
「……っいいから、腕、つかめ!」
『さっきのお返しのつもり?そんなの別にいらないから、アンタは仲間たちと一緒に行って』
「嫌だ、お前を助ける!」
『なに言ってんの!』
本気で意味が分からない。
いっそこっちから離れてやろうと手を振ると、さらに強い力で握りこまれた。
『っ、叶えたい願いがあるんでしょ!?こんなことしたら、Pが下がるってば!』
「そんなのどうでもいい!」
『は!?』
「おれは、もう二度とこの手を離さないって決めたんだ!!」
『な――』
ブラックの剣幕に私は言葉を失った。
今回の立役者、ヘブンブラックを追跡しているカメラは、もちろんばっちりこの様子をとらえていた。
こっちは気を使って内部回線を使ってやっているのに、ブラックはそうではない。
つまり、視聴者には筒抜けなのだ。今、正義が悪を助けようとしているところが。
「え?なにこれ」
ジリアンの予想通り、大型モニタの前で『天使戦隊ヘブンレンジャー』を鑑賞中のキッズたちは、ざわついていた。
「なんでブラックが敵を助けてんの?」
「どうしたんだろう。もしかして、また操られてるのかな」
「でも、落ちてくジリアンに術をかける暇はなかったでしょ」
冒頭でレンジャーたちの仲間割れが起こった以上の動揺が広がる。
と、その時、
「意味わかんねー。ヴァリアーなんか放っておけばいいのに」
その集団の中の、クラスの中心的存在の男の子が立ち上がった。
正義は悪を倒すものだ、なのにヒーローが悪の幹部を助けるなんてオカシイ。
自分の信じてきたヒーロー像と、明らかに矛盾している。
「つまんねー……の!!」
ブー!!
勢いよく彼がボタンを押すとともに、響き渡るブザー音。
それは、またたく間に集団内に波及した。
「だっせー!さっきは怪物倒してカッコよかったのに」
「ブラック、かっこわるい!」
バンバンと『×』ボタンを連打する子どもたち。
ブー!ブー!ブー!
突きつけられるブーイングの嵐に、ブラックの右腕のブレスレットが光り、Pがみるみる下がっていく。
『ほら、だから言ったでしょ!手を離しなって!』
ジリアンはまた声をあげた。
「いやだ」
『まだ言ってんの?正義が悪を助けるなんて、誰も望んでないの!嫌われ者の私が助けられるなんて――』
「いや、そんなことはない」
『え?』
「おれと、あとお前のことを見てくれている子は、絶対にいる」
とっくにエネルギー切れの体を酷使し、息も絶え絶えのヒーローは、何故か確信めいた口調だった。
ピコン♪
「ん?」
ブザーが鳴り響く中、小さく電子音が鳴った。
音の方を見ると、最前列に座った小さい子が『○』ボタンをばしばしと叩いている。
「……何やってんだよ」
不機嫌に顔をゆがませた男の子は、そちらに近付いた。
「おいお前、何マル押してんだよ」
「え?」
相手は男の子の半分くらいの年齢の、小さな子だった。
「何でブラックなんか応援してるんだ。悪を倒さないカッコ悪い奴なのに」
「……カッコイイよ?」
「は?」
幼児はきょとんとした顔で男の子を見上げた。
何の裏もない、無邪気な表情だった。
「先生が言ってた。本当に強い人は、悪い人も許せる人なんだって。敵のジリアンも必死で助けるブラック、めっちゃカッコイイよ!」
「……!」
その一言に、男の子は衝撃を受けた。
そして、途端に自分が幼稚で狭量な人間のように思えた。
「……フン」
ひとつ鼻を鳴らした男の子は踵を返し、再び中央にどっかり腰を下ろした。
「まあ、ジリアンもブラックを助けてたしな。今回だけは応援してやるか」
そんな言い訳をしながら左側の『○』ボタンへ手を伸ばす。
ピコンッ♪
「あれ?『○』押すの?」
「本当に強ぇ奴は、敵でも助けられる奴だからな」
なんて最初の自分の行動を打ち消すように、男の子は『○』を連打する。
「じゃあ、ぼくも!」
ピコン!ピコン!
隣の子も、またその隣の子も。
「がんばれ!ブラック!」
「ジリアンをたすけろー!」
子どもというのは良くも悪くも単純だ。
インフルエンサーの男の子にならい、ブラックへの『○』票がどんどん積み上がっていった。
『え!?Pが……!』
私は目を見開いた。
何があったのか分からないが、一転してブラックの数字が跳ね上がっていく。
脂汗を流しながら、黒い仮面のヒーローはニヤリと笑った。
「やっと、貯まった……!」
「えっ?」
その言葉に、反射的に彼の右腕を覗く。
ヒーロースーツの袖の先、そこに書かれていた数字は。
——200,000——
「にじゅ……っ!?」
「約束だ!おれの願いを叶えろ、ペテン師!!」
瞬間、まばゆい光で視界が真っ白に染まった。
「え?」
次に目を開けると、そこには
「やった……」
不自然なほど青い空をバックに、こちらの手をがっしりと掴んでいる制服姿の男子生徒がいた。
「は?」
セーラー服のスカートをはためかせた女子生徒は、ぽかんと口を開けた。
「――なにがペテン師だ、クソガキが」
天使だっての、と『天界 界民課 自殺者職業案内室』室長は面白くなさそうに鼻を鳴らした。
吸っていたタバコを灰皿に押し付け、デスクの上の書類に目を落とす。
「だークソ、負けたか……まさかマジでやるとは」
彼の目の前にあるのは、二枚の『自殺者履歴書』。
一枚目には女子高生の顔写真、『役名:ジリアン・ルージュ』、その隣に『死因:学校の屋上から飛び降り自殺』という記載。
もう一枚には、男子高校生の顔写真と『役名:ヘブンブラック』、『死因:【情報規制】の後追い自殺』と書かれていた。
「一気に主役級をふたり失うなんてなあ」
惜しいことしたぜ、とぼやきながら、男はビリッと二枚の履歴書を破った。




