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―*―
「あれ?」
五日後の撮影日にスタジオに行くと、珍しい人物がいた。
ふーっと煙を吐き出す中年男。
他の天使たちと同じ純白の衣装を着ているのにやたら薄汚れて見えるこの眼鏡は。
「どうしたんですか、室長。ここ禁煙ですけど」
「よお、ジリアン」
こちらに気付いた『天界 界民課 自殺者職業案内室』室長は、タバコを口から離し、ひらひらと手を振った。
「なかなか評判だぜ、お前の演技。大したもんだな」
「仕事ですから」
「ケンソンすんなって。やっぱり悪の組織のお色気キャラってのは大きいお友達に大人気でなあ、もうちょい露出高いコスチュームとかも「もうすぐ撮影なんで出てってくれませんか?」
セクハラ発言を遮った私は、男のタバコを奪って灰皿にぐりぐりと押し付けてやった。
「あっ、オイ、何すんだよ!ただでさえ喫煙者は肩身がせまいってのに」
「禁煙だって言ったでしょう。これを機にやめたらどうですか?」
「チッ、かわいくねーガキめ」
室長はぶう、と口をとがらせた。
外見四十路男がアヒル口するな。キモい。
「それで、何をしに来たんですか?」
私は冷ややかな目で男を見た。
脚本家の室長が現場に出ることは珍しい。いつもは監督かスタッフから台本の変更を言い渡されるだけで、本人が撮影にかかわることはなかった。
「ああ、今日の撮影は見学しようと思ってな」
「見学?何故ですか?」
「生だから」
「え?でも今日の撮りは十一話では?」
「予定変更だ。今回の話をノーカット生放送で差し込むぞ!」
「は?」
言っている意味が一ミリも理解できなかった。
生?生放送って……収録じゃないわけ?
「てなわけで、行ってこい!『ジリアン・ルージュ』!」
「はあああああっ!?」
わけがわからないまま男にスタジオに押し込まれ、次の瞬間、私はまばゆい光に包まれた。
「どこなのよ、ここ!!」
ジリアン・ルージュは叫んだ。
一瞬後、目を開けたらそこは廃ビルの上だった。
セットではない、リアル廃墟。足元には錆びた南京錠やらボロボロのタイルやらが転がっている。
フェンスの外側には赤茶けた建物群が広がっており、傾いていたり半分沈んでいたりする。現代世界では見たことのない崩壊都市のようだった。
「十一話と導入も舞台も違う……台本ももらってないし、完全にアドリブってこと?」
どうやらあの室長の言っていたことは本気らしい。
このよく分からない世界にキャストを放り出し、好きなように演じさせるようだ。
しかも、撮り直しの効かない生放送で。
……クソかよ、上司も天界も!
「ジリアン!」
「……ブラック」
と、そこに顔見知りが現れた。
この狂った空間に来たのが自分だけではないということに、ひどく安堵した。……例え、相手がこのいけすかない黒仮面だったとしても。
「大丈夫か?急にこんなところに飛ばされたが……」
「ええ、でも今回は十一話の収録じゃないみたい」
私が室長の暴挙を話すと、ブラックは眉をしかめた。
「は?完全アドリブで生放送?意味が分からないな」
「でしょうね」
予想通りのリアクションだ。
もし下界でこんなことされたらさっさと辞表を提出したいレベル。
【よい子の少年少女諸君!】
その時、天から声が降ってきた。
「うわ、始まった。……ナレーション?」
しかもこの声は室長だ。
あいつ、現場見学だけじゃなくナレーターまでやっていやがる。
【今回の『天使戦隊ヘブンレンジャー』は特別編だ。ヘブンレンジャーたちは何者かによって亜空間に閉じ込められてしまった!そしてそこにいたのは――】
ズズン。
「え」
ビリビリと建物が振動する。その振動はだんだんとこちらに近付いてくるようだった。
私とブラックは同時に空を見上げた。
「グオオオオオオオオッ!!」
【なんと、見たこともない大型怪獣!このピンチをヒーローたちはどう乗り越えるのか?みんなの目で確かめろ!】
ムカつくナレーションの通り、目の前でビルよりも大きな怪獣が吠えていた。
鋭い牙や爪、獣のような息遣い。どう見ても天界側のスタッフではない。
「ちょっ……聞いてない、こんな怪物!」
『ハハハハ!昨日運よくはぐれ天界獣を捕まえてな!こういう予測不能の展開は視聴率が跳ね上がるだろ?』
今度は役者にのみ聞こえる内部回線で、室長の声が聞こえた。
「天使が視聴率とか気にしてるの!?つーかキャストには伝えときなさいよ!」
『まーここからは全部アドリブだ!好きに演れ!』
「ンのクソ室長!!」
『もうカメラ回るぞ~ちゃんと演じろよな!』
通信はそれでブツッと無責任に切れた。同時に、カメラクルーが回ってきて撮影準備に入っている。
本気でこの状況で撮影をするつもりらしい。
――台本もなしに、どう演じろって言うの!
私は顔面蒼白になった。
「いた!ブラック、無事か!?」
そこに天使戦隊の他のカラーたちが合流した。
レッド、ブルー、イエロー、ピンク、グリーン。全員お揃いだ。
一番前に出たレッドがびしっと私に向かって指を突きつけた。
「ジリアン・ルージュ!まさか、お前が俺たちをここに連れてきたのか?」
「えっ」
確かに現況、ヴァリアー側はこのジリアンひとりだった。
今まで戦ってきた敵の仕業を疑うのが、セオリーだろう。
「(というか、なんで悪役が私ひとりしかいないのよ!)」
ブー!!
「!」
今度は何だ、と右腕のブレスレットを見ると、ブザー音と共にPが下がっていた。
生というのも本当だったらしい。
リアルタイムで子供たちの評価が反映され、Pが上下するということか、と最悪な気分になった。
――しかし、これは仕事だ。
予測不能な事態だが、きちんと放送終了まで役になり切らねば。
「ふ、ふふ、そうよ!」
赤いマントを翻し、私は口角を上げて笑って見せた。
「私がアンタたちを……「違う、ジリアン・ルージュもおれたちと同じように閉じ込められたんだ。彼女のせいじゃない」
「はあ!?」
が、見せ場の台詞をブラックに遮られ、思わず素の声が出てしまう。
『ちょっと、そこは乗っておきなさいよ!敵と味方なんだから!』
『嫌だ。今回はあの怪物を倒せば終わるんだろ、ジリアンとは戦わない』
内部回線を使って小声で問いかけるとそんな返事があった。
そうかもしれないけど、ヒーローが敵をかばうなんて――そんなことは、ありえない。
「こ、これは違……」
「みんな!きっとブラックはジリアンに操られているんだ!」
弁明しようと口を開くと、今度はイエローが衝撃の発言をした。
驚いてそちらを見ると、ヘブンイエローはびしっと人差し指をブラックに向かって突きつけていた。
「なんだって!?本当か、イエロー!」
「ああ、ジリアン・ルージュには人を操る力がある。俺もそれにやられたんだ」
「そうか……じゃあ、俺たちで正気に戻そう!怪物を倒すにはブラックの力がいる!」
「おお!」
「そうね!!元に戻って、ブラック!」
さらに驚くことに、ヘブンレンジャーたちはそれに賛同し、一斉にブラックを取り囲み始める。
『……どういうことだ、イエロー』
ブラックが内部通信でそう問いかけると、イエローはふっと笑った。
『ジリアンには人間を操る能力がある。ここで仲間割れが起こっても、後で〝ジリアン・ルージュの術のせいだ〟と説明すれば解決だ』
『!』
『ブラック、お前が毎回俺たちの分までPを横取りするの、迷惑なんだよ』
『ちょっと人気があるからって、生意気。新参者のクセに』
『ここで化け物の餌になっちまえ!』
「…………。」
驚いた。ブラックの嫌われぶりと、仲間たちの醜悪な目論見に。
台本がない今、キャストたちの素が行動に反映されるということを思い知った。
『……ジャマするなら、本気で倒すけど』
『やってみろ、こっちは五人だ!』
『全員グルか。まあいいさ』
ブラックの方もいつもの協力的な態度はどこへやら、やたら冷徹な声でそう答えた。
全員がキャラ崩壊だ。
しかし室長の命令か、監督からカットがかかることはなく。
眼前に怪物が迫る中、ヒーローたちは仲間同士で戦い始めてしまった。
「え?ブラック、操られてるの?」
「ヒーローたちが戦うの?なんで?」
「ー!」
すると、イヤホンを通じて子どもの声が聞こえた。
生の余興なのかなんなのか、室長は画面の前の子どもたちの声を役者たちに届けてきた。
声だけでなく、各キャラクターに押される『○』ボタンもまばらで、子どもたちが困惑しているのが分かった。
「…………。」
私は怒りで震えていた。
自分のことしか考えていない戦隊ヒーローたちも、意外なことに仲間たちに容赦なく攻撃を叩きこむブラックも。
そんなこと、している場合じゃないというのに。
「どいつもこいつも……筋書にないことばっかり」
マイクが拾わないくらいの小さな声で呟き、ぎゅっと己の武器であるウィップを握る。
正義の味方は、協力して悪を打ち負かすのだ。
勝手に仲間討ちなんて、そんなもの客は望んでいないのに。
「……真面目な人間がバカを見るなんて」
裏切り?急展開?道から外れた行動?
そんなの、まっぴらごめんだ。
「サンダー・ウィップ!!」
「!!」
ジリアンが放った電撃を伴う鞭の攻撃に、レンジャーたちは一瞬で動きを止めた。
「私をさしおいてなにをやっているの?ヘブンレンジャー!」
「ジリアン・ルージュ……!」
「アンタたちの相手はあそこの天界獣!さっさと行きなさいな!」
「うわっ!?」
ジリアンの台詞とともに、蛇のように自在に動く鞭がしゅるりとヘブンイエローの手首にまつわりつく。
そしてそのまま怪獣の方へと投げ飛ばされた!
「イエロー!」
「ホラ、早く行かないと怪獣に食べられるわよ」
「くっ、ヴァリアーめ!みんな、イエローを助けに行くぞ!」
「了解!!」
ヘブンレンジャーたちは天界獣の方に向き直り、自慢の翼を広げてビルから飛び去った。
「何をグズグズしているの、ブラック。アンタも投げ飛ばされたいのかしら」
「…………。」
腕を組んだ私は、ひとりその場に残ったブラックを見下ろした。
「助けたわけじゃないわ、勘違いしないで。アンタはここから出た後、私が倒すんだから」
「——ああ、分かった」
私の台詞にブラックは少し笑い、今度こそ自身の翼で敵に向かって飛び立った。
これでなんとか持ち直したか、とホッと息をつく。
右腕を見ると、ピコン♪という効果音とともに、少しPが入ったのに気付いた。
「ま、悪の組織もたまには気まぐれを起こすってこと」
ジリアンはふっと自嘲の笑みをもらし、主役たちの戦闘シーンへ目を向けた。




