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「よし、第十話終了だ、お疲れ!!次は五日後に撮るから、しっかり台本を読んどいてくれ!」


監督がカン!とメガホンを置き、本日の撮影がすべて終了した。同時にスタッフにより白い表紙の台本が演者に配られる。

下界がどうかは知らないが、天界での撮影スケジュールは非常に過密である。

こんな風に次から次へと短期間で台本を覚えさせて、すぐ撮影本番。

死人に鞭打つ、なんともひどい労働環境だ。ホントに、はやいところおさらばしたい。


「お疲れ~今日も疲れたな!」

「お疲れ」

「なー、撮影終わりだし、この後どっか行かね?」

「行かない」


行く手を阻むイエローの方を見ずに、私はきっぱりと断った。

はやく次の台本を読まないといけないし、仕事以外でキャストとつるむ気はない。

お調子者の馬鹿を相手にしている暇なんてないのだ。


「相変わらずつれねーな。死人でもものは食えるし味覚はあるんだぜ?一度くらい飯でもさあ」

「しつこいって――」


掴まれそうになる手を振り払おうとしたその時、


「!」


ぬっと私とイエローの間に水のペットボトルが現れた。


「お疲れ、ジリアン」


目の前に突き出されたボトルを思わず受け取る。

差出人は、上から下まで真っ黒な衣装を着た、黒い仮面の男だった。


「……お疲れ」

「なんだよ、ブラック。今回は出番ないくせに、何しに来たんだ?」


途端に不機嫌な顔になったイエロー。


「今日の撮りの見学をさせてもらったんだよ。すごい演技だったな、イエロー」


ブラックと呼ばれた男は、飄々とそう言った。

仮面で覆われていて顔は見えないが、イエローからの敵意など気にも留めていないようだ。


「あ、そうだジリアン、次の台本読んだ?おれとの戦闘シーン、ちょっと難しそうだったけど」

「まだ読んでない。難しそう?」

「ああ。何なら後で稽古付き合おうか?」

「……考えとく」


それだけ言って、私は男どもを振り切って楽屋に入った。



―*―



『天使戦隊ヘブンレンジャー』には、大人気の俳優がいる。

悪の女幹部ジリアン・ルージュと同時期に登場したヘブンレンジャーの一員、ヘブンブラックだ。

ミステリアスなヒーローという立ち位置で常に仮面をかぶっており、誰も変身前の姿を知らないという設定だ。

ブラックは途中で追加された戦士だからか、強い上に立ち回りもスマートだ。恵まれた身体能力を生かした派手なアクションが子供たちの大ウケだという。

彼とは何回か現場で一緒になったことがあるが、どちらかというと苦手なタイプだった。

明るく社交的で、圧倒的な光属性の人間。

私のように、いやいや撮影に参加している自殺者であるわけがない、きっと何か望みがあってヒーローを演じているのだろう。


「……まあ、どーでもいいけど」

「何か言った?」

「いや、別に」


私は男に向き直った。呼応して彼も攻撃の型をとる。


「稽古、付き合ってくれてありがとう」

「いいよ。おれもイメージ掴めるし」


ブラックはそう明るい声で返答した。


現在、私はブラックの提案通り、次の撮影の稽古をしているところだった。

あの後、楽屋に戻ってざっと台本を読んだが、ブラックの言う通りアクションの指示がかなり複雑で、相手と練習した方がいいという結論に至った。

ジリアンはいつも鞭を使った中距離攻撃が多いのに、なんでこんな肉弾戦を……と台本を恨めしく思いながら、男を追いかける。

右、左、一歩下がってもう一回左。

台本の指示を頭に思い浮かべながら、全身を動かすとじわりと汗がにじんでくる。

対するブラックは涼しげな様子で、私の拳を避けながら時折パンチやキックを繰り出す。

……いや、涼しげかどうかは実際分からない。

キャラを徹底しているのか、稽古中の今もブラックはずっと仮面をかぶったままなのだ。


「……前から思ってたけど、反射神経すごすぎ。そっちの攻撃、全部スレスレで私に当たってないし」

「絶対に当てたくないからな」

「当たってもいいよ。どうせこの体、痛み感じないし」

「そういう問題じゃない」

「なにそれ」


なんて会話をしながらも組手は続く。ビュッとヒールを履いた足がブラックの胸を掠める。ジリアンに向かって突き出された右手を、体をひねって躱す。

その時、彼の右腕の(ポイント)表示ブレスレットがちらりと目に入った。

全部の数字は見えなかったが、五桁目に『九』の文字があった。

ということは。


「(もう九万も貯まってるの!?)」


私は声に出さず驚いた。

こんな数字は見たことも聞いたこともなかった。同じ戦隊のレッドだってブルーだって、野心的なあのイエローだって、せいぜい五万(ポイント)程度だったはず。

というか、同時期にデビューしたはずなのに、なんだこの点数差は。

こっちだって、毎回台本を読んで練習をして、完璧な仕事ができるよう努力しているのに。


「…………。」


でもまあ、これが正しい姿だと思いなおす。

ジリアン・ルージュは悪の組織の一員で、ブラックは正義の戦隊メンバー。

悪は破れ、正義は勝つ。

これはそういう物語だから。


「――どうした?ジリアン」

「っ!……ゴメン」


顔を上げるとブラックが棒立ちでこちらを見ていた。

思考に気が取られたせいか、次のフリと立ち位置がメチャクチャだ。

しまった、という表情をするとブラックは肩をすくめ、


「もう疲れた?ちょっと休憩しようか?」


とからかうように笑う。


「……冗談!」


――私は、私に与えられた役割をきっちりこなすだけ。

そう決意を新たにした『ジリアン・ルージュ』は、再び型を取り、ブラックに向かっていった。




「今日はありがとう、助かった」


稽古終わり、私はブラックに礼を言った。

ジャージの上にダウンジャケットを羽織りながら、今日の練習を反芻する。

アクションシーンはやはり相手がいた方が早く覚えられる。あと何回か自主練して台詞もつけて動きを覚えれば、次の現場までには仕上げられそうだ。


「全然。おれでよかったらいつでも付き合うよ」

「いや、もう大丈夫。一緒にいるとこなんて見られたら、ブラックファンに殺される」

「ファン?平気だろ、ただの稽古なんだから」


と肩をすくめる仮面の男を、私はジロリと睨みつけた。


「何言ってんの、自分の人気知らないの?女の恨みは怖いんだってば」

「そうかなあ」


今度は首を傾げ始めた男に、新手の嫌味だろうか、と思う。

こいつはすでに九万(ポイント)も票を獲得していて、子どもたちどころか中高生くらいの女子たちにも人気なのだ。

『強くてミステリアスなところが好き!』『仮面の下は絶対イケメン!』ときゃあきゃあ騒がれている――らしい。

私には関係のない話だが、あらぬ疑いをかけられたり、妬まれたりするのは勘弁してほしい。


「それに敵は身内にもいるから。アンタのこと、ピンクも狙ってるって噂だし」

「……そーいうのは分かるんだな」

「何が?」

「別に、こっちの話」


そう言ってブラックは少し黙った。

が、すぐに口を開き、こちらを呼びとめてきた。


「ジリアン、この後の予定は?」

「?家に帰って寝るだけだけど」

「じゃあ、何か食べて行かないか」

「は?」


思ったよりも大きな声が出た。


「さっきの話、聞いてなかった?私はアンタと一緒にいたくないんだけど」

「もうこんな夜だ、子どもはみんな寝てるって」

「それでも、余計なリスクは負いたくない。お腹空いてないし」

「体動かして俺は腹減ったからさ、ちょっと付き合ってくれない?」

「…………。」


ぐ、と息が詰まった。

そう言われると、弱い。

今日、ブラックを稽古に誘ったのは私の方だ。彼に疲れさせ、空腹にさせたのも私。

ここですげなく断るのは、どことなく良心が痛む。


「…………わかった」


悩んだ末、私は――嫌々、やむなく、不承不承――頷いた。

今回限りだと自分自身に言い聞かせながら、ブラックの行きたい店でいいから、とリクエストすると。


「OK、じゃあ行こう!」


ブラックはそう言って、意気揚々と歩き出した。

もちろん見えはしないのだが――仮面の奥の顔は、なんだか笑っていたような気がした。




ブラックに連れられて入ったダイナーは、ネオンサインがぴかぴかと輝く、どこかレトロな感じの店だった。

すでに深夜に近い時間だからか、店内に人はまばらだ。

寝ずとも支障のない死人だが、人間だった頃の習性か、日が落ちた後に出歩く者はそういない。

私たちは、入口から最も離れた奥側のソファ席に腰をおろした。


「何食べる?」

「なんでもいいよ」


とブラックの方にメニューを押しやって、コップの水を一口。

全部まかせたと言わんばかりのポーズをしてみせると、男は苦笑した。


「なら適当に注文するけど、嫌いな食べ物とかは?」

「ない」

「じゃあ、好きな食べ物は?」

「特にない。もともとあんまり食べないし」


会話を続ける気もなく、ズバズバと切って捨てていく。

誰がどう見ても、最悪な態度だ。

だが、最悪女相手にも拘わらず、ブラックは少しも怒った様子なく店員にオーダーをしていた。

チッと心の中で舌を打つ。

もう帰れよ、とか言ってくれてもいいのに。そうしたら、喜んで帰ってやるのに。

こういう余裕なところも人気の秘訣なのかもしれない、知らんけど。


「ジリアンは、叶えたい願い事はあるのか?」

「は?」


運ばれてきた料理に手を付け始めた頃、ブラックはふいにそう問いかけてきた。

スープをすくう手を止めて顔をあげると、黒の仮面が私を見返した。


「何?急に」

「いや、ただの興味本位。どうなのかなって」

「……別に、ない。室長に命じられて演じているだけだし」


そう答えると、彼はあからさまに落胆した様子で深いため息を吐いた。

……なんだ、その態度。


「何。願いがないのが、そんなに変?」

「変……じゃないけどさ」


ブラックは口ごもった。

このヒーロー様は、特撮に参加する誰しもが叶えたい願いを持っていて、十万を貯めるために頑張っている、とでも思っていたようだ。

あいにく、私はそっちのクチではない。

というか、逆に不思議でならなかった。

そもそも、死んだ人間が今更叶えたい願いとは何なのか。

どうせ時期がくれば、何も持たずにここからいなくなる。ここで過ごしていた記憶も、きれいさっぱり消え失せる。

この天界という場所はそれまでの〝つなぎ〟の場所に過ぎないというのに。

私だって、もうちょっとで十八歳の誕生日。

『悪の女幹部ジリアン・ルージュ』から解放され、輪廻の輪に乗る日も近いかもしれない。


「おれは、どうしても叶えたい願いがあるよ」


とブラックは唐突にそう話し出した。

へえ、と相槌だけうつ。

意外でも何でもない回答だ。やはりブラックも(ポイント)目当てで役者を申し出たんだな、としか思わなかった。


「アンタの願いってなに?」

「それは……言えないけど」

「何それ」


自分から振っといて答えないとか、と一瞬ムカッとしたが、


「でも、時間がないんだ。早くしないと永遠に失ってしまうかもしれない」

「え?」


そう続いた台詞に、私は目を瞬かせた。

ブラックの願いが叶うまであと一万(ポイント)弱。

確かにもう少しで叶えられそうなところまで来ているが、その時間がないということは、もうすぐお呼ばれがくるかもしれないということだろうか。


「(……わりと年齢(とし)、近いのかな)」


私の心の声に答えることなく、仮面の下の部分を外したブラックはぐいっとグラスを傾ける。

ネオンを反射したカラフルな氷が、カランと空のコップの中で鳴った。



それきり、会話らしい会話はなかった。

黙々と食事をして会計をすませた後、ブラックは私の住処まで送ってくれた。


「じゃあ、次の撮影で」

「ああ。おやすみ、ジリアン」


闇に溶け込むほど全身真っ黒な男は、そう言って手を振った。

結局、この男が何をしたかったのかは分からず仕舞いだ。

最後に振り返って黒い仮面に目を合わせてみたが、やはりどこを見ているのか見当もつかなかった。



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