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ジングルベルが鳴り響く。
街路樹やショッピングモールはイルミネーションで飾られ、道の真ん中に大きなツリーが置かれている。道行く人もどこか浮かれた足取りである。
今日はクリスマス・イブ。
恋人たちは愛を深め、子どもたちはサンタを心待ちにするという十二月最大のイベントの真っ最中だ。
「目ざわりよねえ……毎年毎年」
私はそんな街並みをモニター越しに見下し、フンと鼻を鳴らした。
ここは悪の組織『ヴァリアー』のアジト。
『ヴァリアー』は地上に住む人間たちを滅ぼし、世界を乗っ取ろうと企む組織で、私はその幹部の紅一点である。名前はジリアン・ルージュと言う。
ジリアンは女幹部らしいお色気ムンムンの女王様キャラで、テカテカの黒いボンテージスーツと網タイツに身を包み、長いウィップを操る。
前世はごく普通の一般女子学生であった私。
それが露出度の高いコスプレ衣装を着、体をくねらせながら役を演じるのは、最初はもんのすっっっごく恥ずかしかったが――今となっては慣れたものである。
「ああ、みんな幸せそうねえ。ほんと、憎たらしいこと」
こんな台詞も空で言えてしまう。大げさな動作と、本当に憎らしげな口調で。
そのままモニターを眺めながら顔をしかめていたが、ふっと笑って立ち上がった。
「ま、幸せの絶頂からどん底に突き落とした方が、不幸エナジーが溜まりやすいし、面白そうよね」
言いながら、カツ、と十センチはあろうハイヒールを鳴らし、真っ赤なマントをばさっと羽織る。
そして、ジリアン・ルージュは下っ端の怪人たちに、街に降りる旨を伝えた。
「さあて、今日も人間たちを不幸にしてこようかしらね」
決め台詞を口にして、アジトのシーンは終了。
画面は暗転し、次に街に繰り出す悪人たちのシーンへとつながる。
「カットォ!OK!今日も絶好調だね、ジリアン」
「ありがと。じゃ次は一時間後に」
「了解。カメラ、次はシーン12撮るぞ!」
監督のOKをもらったので、私はマントを引きずりながら足早にアジトを出た。さっさと地上に降りてスタンバイしないとね。
移動時間まで完璧に頭に入っている自分に、我ながら苦笑がもれる。なんて完璧な悪の女優なのかしら。
――今となっては慣れたものである、そう、五回目の撮影の今ともなれば。
“死んだ人間は、時期が来ればまた新たな生命に生まれ変わる”
しかしその『時期』というものは、人によって違うそうだ。
大人の死人と違い、幼くして死んだ子どもは、自我の芽生えや身体機能の発達云々で、ある程度の期間――少なくとも世間一般で『大人』とされる十八歳までは、天界で暮らさなければならない。
亡くなった時の年齢が低いほど、天界にいる時間は長くなるシステムなのだ。
死後も子どもは活発だ。日中は天使が教師になって、学校によく似た教育機関にて情操教育を行うが、それ以外の時間は毎日走り回ったり同じ年ごろの子どもと遊んだりと忙しく動き回っている。
飽きの早い子どもたちはすぐに娯楽不足に不満を言い、暇を持て余した。
ちなみにあとで記憶を消す際の障害となるため、下界の娯楽は持ち込むことができないのだそうだ。
死人の管理をする天使たちは、この娯楽不足をどうすべきか頭を悩ませていた。
そして度重なる会議の結果、出された答えは。
子どもが求める娯楽と言えば、漫画、アニメ、ヒーロー。
特に、正義が悪を倒す戦隊もののストーリーが好まれるとの調査結果が出た。
ならばそれをここで作ってしまえばいい。そしてそれらしく編集した物を子どもたちに見せればきっと満足するはずだ、と。
こうして、『天界オリジナル特撮ヒーロープロジェクト』が始動。
キャストに回されるのは、労働義務のある自殺者たち。
つまりは、私がキャスト。与えられた役は、悪の女幹部。
そういうことだった。
「……まだかかりそうね」
ビルの屋上に降り立った私は、そう呟いた。
視線の先には、大きなカメラを抱えた撮影班や台本をもったスタッフたち。
撮影が始まった当初よりはだいぶ手慣れてきた感じだが、元はズブの素人だった天使。未だヒトの扱う機材を使いなれていないのだ。
「おうジリアン、今日は一緒だな」
はあ、と息を吐きながら手すりにもたれていると、ふいに声をかけられた。
金髪頭に、黄色いジャージの上下、右手にはめられたイエローダイヤのリング。
全部が黄色で統一された男を見た瞬間、私は顔をしかめた。
「ちょっとアンタ、下に降りてないとダメじゃない」
「準備グダってるみてぇだから、まだ平気だろ」
相変わらず真面目だねぇ、なんて冷やかしてきた無礼な男は、仕事仲間の戦隊ヒーローだ。
カラーは見たまんま、イエロー。
六人いる戦隊ヒーローの中でも、苦手寄りの軽薄な男。
「うるさい。今回はアンタの仲間割れが見どころなんだから、ちゃんと演ってよね」
「わーってるって」
私が吐いた苦言をさらりと流した男は、
「憎きヒーローどもをボコボコにしてやるぜ?女王様」
そう言ってニヤリと笑った。
特撮『天使戦隊ヘブンレンジャー』は、メインのヒーロー戦隊『ヘブンレンジャー』のキャストがおおよそ揃ったところで撮影がはじまり、現在十話の収録をしているところである。
第十話は、ジリアンがクリスマスで浮かれる人間を襲っているところに、街に出ていた変身前のヘブンイエローが偶然出くわし、ジリアンの手によって操られてしまうというシナリオ。
ありきたりなストーリーだが子どもにはウケるのだろう、とぼんやり考えていると、
「今回は結構人気上がる気がするなぁ、この役に志願した甲斐があったぜ」
イエローはうずうずしながらそう言った。
自殺者が義務として役を演じる、特撮『天使戦隊ヘブンレンジャー』。
だが実は、役者はネームドからエキストラまで全員自殺者——というわけではない。
天界にいる人間は、室長に申し出れば誰でもこの撮影に参加できる。
このイエローも、自らヒーロー役に立候補したクチのようだ。
働かなくても時期が来れば自然に転生できるのに、そんなことをしてなんの得があるのか?
これには、役者を駆り立てるあるカラクリがある。
キーンコーンカーンコーン♪
「ん?」
イエローと無駄話をしていると、階下にある白い建物から鐘の音が聞こえた。
二階建ての白い箱のような建物――それは、天界にいくつも点在する天使が子どもたちへ教育を行っている学習機関である。通称は下界と変わらず、『学校』。
なんとなくそちらに視線を向けると、子どもたちが一斉に校舎から飛び出し、校庭の真ん中にある大きなモニターの前に集まっていくのが見えた。
「はやく!つけて!つけて!」
「おい!それ、おれのコントローラーだぞ!」
「前回の話どんなんだったっけ?」
子どもたちは、両手に収まるくらいのコントローラーを手に持ち、モニターの前に座り込む。
ひとりひとつ用意されているコントローラーには、出演するキャラクターの選択ボタンと『○』と『×』の二種類のボタンがある。
「あ!はじまった!」
子どものひとりが声をあげた。
大画面のモニターには、派手なオープニング曲とともに始まった戦隊ヒーローの映像が映し出されていた。
今日放送されているのは、二週間前くらいに撮り、編集の済んだ第八話だった。迫力のアクションシーンや臨場感のあるドラマに子どもたちは釘付けになる。
「がんばれー!レッド!!」
「イエローとピンクの合体技、すごーい!」
「新武器カッコイイな!」
ピコン♪ピコン♪ピコン♪
子どもたちはシーンが切り替わる度に、手元のコントローラーの『○』ボタンをばしばし叩く。
すると、効果音とともにPがキャラクターを演じる役者に加算されていく。
逆に、
「うえ~!何あの敵、気持ち悪い!」
「だまし討ちなんて、卑怯だぞ!」
ブー!ブー!ブー!
『×』ボタンを押されると、獲得Pは減算され、ブザー音が鳴る。
こんな人気投票が毎放送行われるのだが――『十万P貯めたら、なんでもひとつ願いを叶えられる』と私たちは室長より聞かされている。
「放送中だったら何回押してもいいらしいぜ、あのボタン」
と、いつの間にか横に並んでいたイエローが言った。
「この天界にどんだけ子どもがいるか知らねーが、十八歳以下の人数っていったら相当だろ?でもやっぱムズイんだよなあ。めっちゃ上がったと思ったら、次の一分でぐんと下がったりすんだぜ」
「ふうん」
「だが、願いを叶えるためには何としても子ども人気を獲得せにゃならん。やるっきゃねえよ」
「(ま、十万なんてふつーに無理だろうけど)」
私はやる気満々のイエローを冷めた目で見やった。
Pを貯めるのは至難の業だ。
彼の言った通り、登場キャラの熱狂的なファンもいれば、過激派のアンチもいるわけで。それぞれが○×を好き勝手に押していたらPは上がっていかない。
ちらっと手首にまかれた自分のP表示ブレスレットを覗くと、そこに示されていた数字は一万と少しだった。
当然だ。ヒーローの邪魔をする、嫌われ者の悪役を支持する子などいるわけがない。
ここに貯まっているのは、ジリアンファンの物好きな大きなお友達票で……全然、嬉しくない。
あ、言ってる間にまた減った。
「おい!そんなとこで何油売ってんだ、イエロー!シーン23いくから用意してくれ!」
その時、下から怒号が飛んできた。
見ると、監督にカメラマン、プロデューサー、音響担当と撮影スタッフがすべてそろっていて、役者の登場待ちのようだった。
「おっと、いけね!じゃあまた後でな、ジリアン!」
やべえ、と舌を出したイエローは手すりを越え、そのまま飛び降りた。
「…………。」
ビルは十五階ほどの高さだった。
そこから飛び降りたのなら、普通の人間であればひとたまりもなく地面に叩きつけられるはずだ。
しかし。
バサッ!
ビルの中腹あたりで、イエローは背中から真っ白な羽を出して羽ばたいた。そして、難なく両足で地面に着地した。
ヘブンレンジャーは天使をモチーフにしているため、全員翼を持っているのだ。
「……いいよね、アンタたちは」
――ただひたすらに地を這うしかない、嫌われ者の『ジリアン・ルージュ』とは違って。
私のぼやきは誰にも聞かれることなく、風にのって消えた。




