1ー6 魔導師の沈思黙考を妨げる奴? その二
それも放置していたら、窓から再三にわたり儂の名を大声で呼びつけるのじゃから始末に困る。
止む無く窓を開けて返事をする。
「何だ?
用事か?」
「幸次郎、たまにはメールを見ろよ。
幸次郎がメールを見ないから窓越しに大声を出す羽目になるんだ。
少しは考えろ。」
「かおり、お前な。
幼馴染って言っても高校も違うんだから、そろそろ男女の違いを意識して、疎遠になってもいいんだぞ。」
「何を馬鹿なことをほざいてる。
幸次郎とはお医者さんごっこをした仲だろう?
この関係は私と幸次郎が生きている限り続くんだ。」
うん、確かに幸次郎の記憶の中にあった。
かおりと幸次郎は幼稚園児の頃、お医者さんごっこをした経験があるのじゃ。
微笑ましいというか、ませているというか・・・。
互いの性器を見せ合って男女の違いを検証していたのじゃった。
それ以上の関係には勿論なっている筈もないが、それ以来の腐れ縁らしい。
だが、そんなことを窓越しに普通の女子高生が大声で言うか?
かおりは男勝りのところがある。
小学生の折には、近所のガキ大将にも食って掛かっておったのじゃ。
中学の時に幸次郎がいじめられている時にも良く助けてくれていたようじゃな。
まぁ、それでもかおりの目の届かないところでいじめは続いていたけれどな。
「で、用事は何だ?」
「山岡達と一戦交えて見事撃退したって聞いたけど、その後どうなった?
あいつら一度撃退されたぐらいで諦める奴らじゃないだろう。」
「いや、余り詳細は言えないが、大人を交えて話は付いている。
あいつらが手出しすることは二度とない。」
「ん?
大人を交えて?
何だよ、教えろよ。」
「駄目だな。
例えかおりが男の親友であっても話せないことはあるんだ。
諦めろ。」
「フーン、結衣も言っていたけれど、幸次郎ちょっと雰囲気が変わったな。
男子三日会わざれば刮目して見よってか?
でも何か違うな・・・。
何があった?」
鋭い。
流石に幼馴染だけのことはある。
『結衣』というのは、倉坂結衣という中学時代の同級生で、クラスは違うが幸次郎と同じ城北高校に通っているのじゃ。
どうやら未だにかおりとも親しくしていて、連絡を取り合っているようじゃな。
「何にもないよ。
15歳は、昔なら武士の元服の歳だぜ。
それなりに大人になっても不思議はないだろう。」
「まぁ、そうかもしれないけれど・・・。
怪しい。
幸次郎、何か隠してるだろう。
お前、隠し事があるときは右目がやや下がり、左の鼻の穴が少し広がる癖があるんだ。」
「さっきも言ったが、お前は女、俺は男だ。
男女の違いを判れよ。
成長した男女の間で隠し事なんざぁ、当たり前だろう。
無い方がむしろおかしい。」
「何か、冷たいな。
幼馴染に言う言葉じゃないだろう。
まぁ、隠し事が些細なものならいい。
それよりも、メールにも書いたんだけれど、こんどの日曜日にデートしないか?」
「何だよ。
デートって。
お前、俺に気があるのか?」
「いやぁ、有るって言えば有るし、無いって言えば無いかなぁ・・・。
実は私の欲しがっているぬいぐるみが貰えるキャンペーンがあるんだ。
狩浜水族館で。
但し、参加資格はカップルが条件なんだ。
取り敢えず私の思いつく相手は幸次郎しかいなかった。
だから、今度の日曜日狩浜の水族館でデートしよっ?」
「ぬいぐるみって・・・・。
お前、そんなもののために俺の休みを潰すのか?」
「だってぇ、非売品でレアもののイルカのぬいぐるみなんだよ。
造ったのは限定三品だけだから、どうしても欲しいのォ。
それ貰うにはカップルで行かなけりゃ。」
「お前の部屋、ぬいぐるみで一杯だろうが、それ以上増やすなって言われてるんだろう?」
そうなのだ。
かおりはぬいぐるみが幼い時から大好きで、部屋のクローゼットには衣類よりもぬいぐるみの数が多い筈だ。
「うん、だからもし新しいぬいぐるみが貰えたら、涙をこらえて二つ廃棄することにしている。
だからお願い、日曜日水族館でデートして?」
既にこの身体に幸次郎の意識は無いのじゃが、かおりとの思い出は記憶として残っている。
儂も昔から可愛い顔の女性の上目遣いには弱いのじゃ。
知ってか知らずか、かおりもそうした女の武器を使っていた。
儂は止むを得ず日曜日のデートを承諾したのじゃった。
◇◇◇◇
そうして7月最初の日曜日、天気快晴、気温は最低気温が17度、最高気温は28度になるとの予報があった。
昔、北海道は梅雨が無いと言われていたらしいけれど、最近は6月にも結構な雨が降る。
特に梅雨末期と言われる7月には集中豪雨に近い大雨が降ることも多いようだ。
九幌市は今のところ大きな水害は無いのだが、九幌市内中央部にある地下街は集中豪雨があった際にその排水容量を超える可能性が指摘されているようだ。
都市部はコンクリートとアスファルトに覆われているために側溝や下水が溢れると道路が冠水する可能性もある。
その際に地下街に雨水が侵入する危険性は否めないのだ。
また、儂がこの世界に転生して意識を取り戻した初めての場所は、幌比良川の河川敷だったが、実はあの幌比良川もかなり高い堤防で市街地を護っている。
万が一その堤防が決壊すれば、かなり広範囲に渡って浸水が予想されている。
最悪の想定では、中心街区は40センチ以上の冠水も予測されているようじゃ。
余り、このような災害予測はしたくないのじゃが、このまま放置するとそうなる可能性は高い。
マーフィーの法則というものがあるらしく、"If anything can go wrong, it will."(「失敗する可能性のあるものは、失敗する。」)とされており、別の慣用句で言い換えると"If it can happen, it will happen."(「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる。」)ということなのじゃそうな。
人が予測した災害は、何時かは起きるだろうということを戒めておかねばならぬようじゃ。
百年に一度の災害だから大丈夫だろうではなく、日々の行動においては、最悪のケースを想定しつつ動くべきなのじゃ。
まぁ、どちらかと言うと悲観的な暗い話は置いておいて、今日は朝の九時前から幼馴染のかおりとお出かけじゃ。
行く先は九幌市の北側に隣接する狩浜市内仙箱海岸にある狩浜水族館じゃ。
ここは五年前に新設された水族館であり、最新の設備が整った風変りな水族館じゃそうな。
前世では水族館なるものはなかったから、それなりに興味を惹かれるところじゃ。
本来は、儂らが水槽の中におる魚類や海獣を観察できる場所ではあるようじゃが、狩浜水族館は従来の水族館の様にガラスや特殊なアクリル板越しに全ての魚を直接観察できるわけではないらしい。
むしろ、そのほとんどが3D画像を通して観察できるようになっている施設なのじゃ。
従って、入館すると最初に行うのは、リクライニングシートに座って、VRゴーグルを装着するところから始まる。
その上でご本人は動かずにヴァーチャル画面の中でアバターが動くことになるから、水中でも思いのままに行動できる優れもののようじゃ。
但し、入館料は結構高いぞよ。
お一人様3500円なのじゃが、この日は選ばれたカップル限定の一組二人で5000円とかなりお安くなっているようじゃ。
但し、予め抽選が必要だったようで、二か月も前にカップル相手が決まらないうちにかおりが応募していたようじゃのぉ。
で、余程かおりの運が強いのか、48倍超の倍率をかいくぐって、見事30組だけの抽選枠に当選したことから幸次郎に話が回ってきたのじゃった。
かおりが獲得を目指しているぬいぐるみは、ピンクのイルカのぬいぐるみで結構大きなものであるが、30組全てのカップルが貰えるわけでは無い。
詳細は不明なのじゃが、主催者側が恣意的な選考基準で選ぶベストカップルに選ばれた三組だけに贈呈されるようじゃ。
但し、その選考基準は秘密とされており、入館後、昼時の軽食を挟んで午後3時の発表の際に選考理由を含めて発表されるらしい。
当該贈呈品のぬいぐるみは、かおり曰く全長が1m30センチもあり、抱き枕にするには最高の大きさなんだそうだ。
幸次郎の幼馴染とはいえ、それに付き合う儂は精神年齢的には好々爺の部類なんじゃが、決してロリコンではないぞよ。
まぁ、それでも傍目から見れば初々しいカップルの一組に過ぎないのじゃろう。
今日は儂もかおりも私服じゃ。
地下鉄南北線に乗って墨河駅から狩浜前浜駅までおよそ40分、幸次郎の記憶よりもかおりは妙にはしゃいでいるような気がするのぉ。
そうして席に座る際にもかなり密着度が高い。
まぁ、地下鉄が結構混んでいたこともあるな。
この日は、水族館以外にも狩浜コンベンションセンターで二つの催し物があるのが理由のようじゃ。
一つはアニメのテーマソングを歌う歌手達の全国縦断フェスティバルの九幌公演があること。
もう一つは、玩具メーカーであるT・トミーが主催する子供向けの玩具やゲーム機器の発表展示会があることのようじゃ。
従って、精々30代までの若い人達と小学生程度の子供連れが非常に多かった。
そんなわけで日曜日にもかかわらず、通勤ラッシュの再現のようにもなっているのじゃが、儂とかおりは墨河駅からの乗車なのでかろうじて座席に座れたのじゃが、九幌市中心街の駅を電車が出発する頃には朝のラッシュ顔負けの混雑ぶりじゃった。
狩浜前浜駅で降りて、左方向が狩浜コンベンションセンター、右方向が狩浜水族館になるようじゃ。
そこで人波は分かれるのじゃが、狩浜水族館は特別イベントのために選ばれたカップルにより、ほぼ貸し切り状態じゃから、当然に狩浜コンベンションセンター方面に向かう人波が多い。
そんなわけで前浜駅を出るとまもなく人混みはほとんど無くなり、前後に数組のカップルが歩いているだけじゃったのだが、かおりは相も変わらず儂に密着してくる。
儂の左腕にすがるように右腕で抱きかかえているのだが、何気に当たっている。
その、何だ、かおりの胸部装甲が、じゃ。
かなりの弾力を持ったものが俺の二の腕に押し付けられているのだが、振りほどくわけにも行かず、まぁ、かおりの好きなようにさせている。




