1ー5 魔導師の沈思黙考を妨げる奴? その一
高校の授業は淡々と受けており、特段問題は無いのだが、体育の授業では多少の手抜きというか、手加減をせねばならぬようじゃ。
5月7日、儂にとっては二日目の高校生活だったのじゃが、5時限目は体育で『サッカー』があった。
クラスは36名なので、9名ずつのチームに分かれて《《フットサル》》擬きをやったのじゃが、身体強化を二倍半程度に抑えておいたにもかかわらず、ちと強めのシュートが出てしまい、危うく同級生に怪我をさせるところじゃったわい。
儂の放ったボレーシュートが、もの凄い勢いでゴールキーパーの頭をかすめてゴールに飛び込んだのじゃが、その間ゴールキーパーは全く反応できなかったようじゃな。
因みにそのゴールキーパーは、西城祐樹という人物じゃった。
仮に、西城の顔にでもボールが当たっていたら、鼻血ぐらいでは済まなかった可能性があったのじゃ。
西城は、城北高校サッカー部に入っているキーパー志望の同級生で、小学生の頃からサッカーリーグに入って活動していて、サッカー部からは大いに期待されている人物らしいのじゃ。
そんな人物から簡単にゴールを奪ってしまったので、ある意味クラスメイトから注目を浴びてしまったのじゃが、それ以後はできるだけ目立たないように、ゴールを狙わずできるだけ安全なパスをチームメイトに渡すように心がけた。
儂は、別にこのような《《遊び》》で強者になりたい訳じゃないからのぉ。
それにこの世界では、魔導や魔法の発現する者はまだ見ておらぬから、仮に儂がなんらかの形で魔導が使えることが露見してしまうと過度の注目が集まってしまう。
かなり昔にユリ・ゲラーなる人物が超能力(スプーン曲げ?)を使えたということでマスコミに大いに受けたようじゃが、それと同様にマスコミから追い回されるパターンは絶対に避けたいものじゃな。
特に、そうした能力の存在が疑わしい間は、そのことが隠れ蓑にもなるのじゃが、事実と判明すれば政府就中軍関係者が人物特定と能力確保に動き出すのは間違いないじゃろう。
政治家が阿呆であろうがなかろうが、周囲にいる秘書や官僚たちは相応に優秀であろう。
その力が使えるとわかれば、取り込みを企てるのは間違いない。
スプーンを曲げるくらいなら実害もないし、モノの役には立たないと思われがちだが、その昔、外国では魔女狩りと称する蛮行が行われ、多くの無実の人々が火刑に処せられたらしい。
火刑に処された者が本当に魔導を使えたかどうかは定かではないし、あくまで世界史の参考書に記載されていた事項に過ぎぬので、それが実際にあったことかどうかは儂は知らぬが、歴史の中に明確に残されているということは、少なくともそれに類似した蛮行が為されたのは事実であろう。
当該歴史の参考書に依れば、中世の暗黒時代におけるキリスト教の教会とその信徒は実に狂信的なことをしているようじゃが、宗教が絡むと前世の世界でもろくなことにはならないのは儂の経験からも知っておる。
この世界で平穏に生きようと思うならば、できるだけ儂の能力は隠しておくことが必要であろう。
もちろん我身に危険が降りかかれば、正当防衛の範疇で力を使うのはその限りではないじゃろうし、儂の周囲に居るであろう家族や親しい人々に危害が加えられる恐れがあるならば、緊急避難として能力を行使することもやぶさかではないと考えている。
人の営みの中で、前世であれば、とうに一端の大人の年齢でありながら、贅沢とも思われるほどの親や周囲の大人の庇護を受けながら、儂の二度目の15歳の日々は穏やかにしかも怠惰と思われるほど同じ生活パターンの中で、深謀遠慮の思索を行いつつもゆっくりと過ぎて行った。
儂の目下の一番の命題は、自分に与えられた部屋に居ながらにして、インベントリとは別の亜空間を生み出し、其処に錬金術の工房を産み出すことができないかということじゃ。
住まいの中に儂専用の部屋があるというのは素晴らしいことである。
前世では15歳になれば大人として扱われるとは言いながら、魔導術師や錬金術師は一番の若手の弟子として扱われるのが常じゃから、往々にして複数の弟子と共に共同の部屋しか与えられないのが普通なのじゃ。
少なくとも二人、場合によっては八人ほどの大部屋を割り当てられる者も居た。
幸いにして、儂の魔導術師の徒弟時代は贅沢にも二人部屋を割り当てられていたのじゃが、一人部屋になるのは徒弟時代を脱した18歳の頃合いじゃったな。
自慢ではないが、並の者ならば八年はかかる徒弟時代を三年でこなした儂は恐らく優秀な魔導術師として期待の星であったはずじゃ。
徒弟を脱したからと言って師弟の関係はしばらく続くものじゃぞ。
本当に独り立ちしたのはそれから一年後の19歳の年であり、儂は宮廷魔導師の一員となったのじゃった。
宮廷魔導師となってからは、今住んでいる幸次郎の部屋の十倍ほどにもあたる面積の宿舎に住んでいたが、現在の部屋ほど便利なものでは無かったな。
まぁ、魔導術を駆使すれば現在と同様の生活水準を保つことはできたのじゃが・・・。
魔導術を使わずして同等の環境を維持できるこの世界の文明の利器は確かに素晴らしい。
これで環境に与える弊害が少なければ、至高の逸品であるのじゃろうが・・・。
前世でも魔素の過多地域、或いは過少地域の問題として、環境に与える何某かの影響について種々の対策を講ずべきか否かについて、有意の魔導術師たちと大いに議論を交わしたものであったが、この世界は類似の危険性に随分と前に気づいていながら無策であったようじゃな。
少なくとも化石燃料のエネルギー利用による地球温暖化の恐れが半世紀以上も前に分かっていながら、知識人と呼ばれる者達が、享受している便利な生活を引き続き維持するため、あるいは、こじつけの利己主義を振りかざした国家が周辺国家に武威をひけらかすために為した武力行使や火力演習の繰り返しにより、現状の温暖化を引き起こしたのじゃろう。
日本の首都が東京から新東京に移転することになったのも、地球温暖化による高潮の影響である、
旧国会議事堂付近に明治24年に定めた水準原点があり、当初は東京湾の平均海面からおよそ24m強の位置であったものが、地殻変動や時代の変遷で徐々に沈下、また最近の急激な海面上昇により10mを切ることが予測されたのは10年も前の事であり、東京の海岸部のかなりの領域が海中に没することになったのである。
当初はオランダの堤防方式で乗り切ることも検討されたが、東京湾に流れ込む河川域の問題と海面上昇が堤防方式の限界を超えるものと判断されたために、ついには首都移転を行ったのである。
ネットで見る限り、日本水準原点は、現時点で16m34.5センチであり、このままの状態が続けば10年後には10mを切るものと予測されている。
このために日本の領土がかなり減少することが予測されているのじゃ。
太平洋のサンゴ礁でできた島嶼国家はオーストラリアとの協議により、南オーストラリア州の西端付近の荒野に新天地を求め、オーストラリア政府の庇護下で3500平方キロの面積を有する群島国家連合政府自治区を樹立した。
かつてのナウル、バヌアツ、キリバスなどの島嶼国家の領土は、既に海面下に消えている。
現状で何か打開策があるかというと、どうも二酸化炭素の排出を極小化するしか方法が無いようだ。
しかしながら、これでは拙いのではないか?
そもそも百年以上にもわたって蓄積した二酸化炭素の排出規制をしたところで、既に排出された二酸化炭素は減るわけではない。
それに一旦温められた海水は、大気と比べると冷めにくく、これが深層海流にまで及んでいると百年単位の温暖化が沈静化するには同じく百年単位の時間がかかってしまう筈じゃ。
植物の光合成による二酸化炭素減少の効果をかなり期待しているようだが、海藻の光合成を忘れている様な気がする。
地球の酸素の三分の二は海藻が提供しているとの論文もあるようじゃから、海藻の役割は地上の緑よりも大きいのじゃが、この海藻類の生態にも変化が起きている。
海水温度の変化に海藻や魚がついて行けなくなっているのじゃ。
移動のできる魚はまだ良いが、移動のしにくい海藻類は生態系そのものが破壊されて光合成が阻害されているのだ。
当然に海面上昇による変化も見過ごせぬじゃろう。
人間だって平地からいきなり高地に移り住めば弊害が出る。
棲みなれない環境に海藻が適応するには相応の時間がかかるのだが、生憎と温暖化はそれを上回る速度で変化している様なのじゃ。
儂ならどうするか?
儂はこの問題について儂ができることをしばし考えたのである。
まぁ、現状で思索するには尤も適した問題ではあると思う。
じゃが、そのような儂の沈思黙考を明らかに邪魔する奴が居るのじゃ。
幸次郎の幼馴染である潮崎かおりである。
幸次郎と同じ歳で、我が家の隣に住んでおる。
儂の部屋とかおりの部屋は、何故か5メートルほどの距離を隔てて窓が向かい合っているのじゃ。
かおりは城南高校に進学したから儂とは別高校であり、幼稚園からの付き合いも廃れてよい筈なのに何故かかおりが頻繁に幸次郎に声を掛けてくるのじゃ。
今日も今日とて、窓を開けて儂の名を大声で叫んでいる。
近所迷惑だからやめろと言っているのじゃが、一旦は止めたものの、その代わりにスマホでメール攻勢をかけてくる厄介な奴なのじゃ。




