1ー1 プロローグ
儂は、ロイドベル・ダルク・ブラームント。
映えあるベイリッド帝国の宮廷魔導師長を永く務めた男だ。
齢173歳にて、儂は自らの屋敷にて、子孫たちや弟子たちに見守られて静かに息を引き取った。
・・・はずじゃったのだが、何の因果か、どうも儂は転生したようじゃ。
転生ならば、普通は赤子に生まれ変わる(?)のであろうが、儂の魂は佐島幸次郎なる若者の中に宿っておる。
佐島幸次郎は15歳なのだが、どうもこの世界では未だ成人には達していないらしい。
何とも面妖な話である。
ベイリッド帝国では、男女とも15歳にて成人であり、一人前の大人として認められると言うに、この者の住む日本という国では、18歳になっても未だ半人前なのじゃ。
18歳になると、何やら選挙権なるモノを与えられて半分大人扱いになるそうじゃが、実際のところは20歳になるまでは中々に大人扱いをされない様子じゃ。
一応の契約など法律行為はできることになっておるのじゃが、そもそも法令を良く知らぬようじゃから、親若しくは庇護者が居なければ中途半端になる恐れがあるようじゃ。
そのあたりからしてどうにも理解できんのじゃが、そもそも大人じみた体つき(幸次郎は父親よりも上背がある)をしていながら、衣食住全てを親に頼っており、学校とやらに通わねばならぬらしい。
幸次郎が通っているところも高等学校と称しているから、余程専門的な知識を学ぶ場所かと思えば、むしろ一般的知識を与えるだけの場に過ぎぬらしく、そこを出たからと言っても未だ不十分で、より良い職或いはより良い地位に就くためには、更に大学という修練場で数年を学ばねばならぬらしい。
中でも、治癒魔法師の類と思われるが、傷病を癒す『医者』という職に就くためには大学に6年も通わねばならぬらしいのじゃ。
まぁ、前世の帝国でも一人前の治癒師になるためには、良き師匠について長く教えを請わねばならぬ場合もあったのじゃが、それにしても24歳ほどになるまで治癒師たるものが傷病の手当てすらも満足にできないというのは全く理解できん。
少なくとも帝国では弟子と雖も傷病の手当てを実践し、その数多き実践の中で師匠の知識と技を受け継いで行ったはずじゃ。
にもかかわらず、実践を経ずして書物ばかりで知識を得たとて、モノの役には立たぬのは道理じゃろう。
そうして、肝心の儂の現状じゃが、元々の佐島幸次郎の意識らしきものは無い。
じゃが、佐島幸次郎のこれまでの人生で知り得た記憶全てが儂のものになっており、儂の意志でこの身体を自由に動かせるのである。
どうしてこうなったかは皆目わからぬ。
じゃが、この見知らぬ世界で儂は15歳の身体と知識を得た様じゃ。
なおかつ、儂が帝国で存命中に扱えた魔導術と錬金術は全て駆使できるようじゃが、威力の高い中級以上の魔導術については、他人に知られるのがまずいような気がして未だ試してはいない。
また、儂が持っていたインベントリもそのまま引き継いでいるようじゃな。
弟子や孫たちに与えるには少々危ないと思っていた魔道具や、ちょっとした隠し財産、それに各種の素材がそのまま入っておる。
素材については、そのうち錬金術の弟子に呉れてやろうと思っていたのが、忘れておって、そのままになっていたものじゃ。
ところで、佐島幸次郎なる者は、日本という国の北の領域である北海道という場所の道庁所在地(領都?)である九幌市内に住んでいる。
現在は、九幌城北高等学校の一学年に在籍中のようじゃ。
父親は、九幌市内で佐島小児科医院を経営している治癒師、いや、医者、・・・であるな。
母親も同じ医院に務める医者であり、両親共にインテリ階層(?)に属する者らしい。
インテリとは当初「貴族階級」なのかと思ったりもしたが、単なる知識階層を指すらしく、どうやら前世の貴族階級とは全く異なるようだ。
幸次郎の知識によれば、そもそも日本に貴族は居ないらしい。
90年程前までは、爵位を有する者も結構居たらしいが、日本という国が他国との戦で敗れて以来、貴族制度そのものが廃止されたようじゃな。
尤も、そうは言いながらも、帝国にあった皇帝のような階級が、今でもこの日本には存在するようじゃな。
『天皇』と言うようだが、幸次郎の知識によれば、天皇は日本という国の象徴であって統治者では無いようだ。
どうも天皇は、政治および軍事に関しての権限は左程持ち合わせていないらしい。
この辺も儂の理解しがたいところである。
では誰が政治、軍事の実権を握っているかと言えば、選挙によって選ばれた政治家というよくわからぬ口だけ達者な者達が国政の舵取りをしているようなのだ。
まぁ、帝国でもあったように官僚という文官が細かな事務を取り扱っているお陰で、政治家という者達が衆議の上、多数決という極めて危うい枠組みの中で、国の大枠の舵取りをしているようじゃのぉ。
帝国内でもあった政治的な派閥争いがあるようじゃが、半人前にもなっていない幸次郎にその詳細がわかる筈もない。
幸次郎には、兄と姉がいる。
兄の和俊は19歳で、新東京という都市にある医者の大学に通っているらしく、普段は九幌の自宅には居らぬが、比較的長い休暇の折には、空を飛ぶ魔道具・・・、いや魔道具ではのうて科学の産物たる『飛行機』なるものに乗って帰ってくるようじゃ。
新東京は、帝国で言えば帝都に当たる国の中心地で、『首都』と言うらしい。
政治・経済・文化の中心地でもあるようじゃ。
姉の洋子は17歳の高校三年生で、来年の春には医者の大学に入るための試験を受けるようじゃ。
因みに、姉は九幌城南高等学校に通っており、良くはわからぬが、九幌市内で一番の進学校とやらに通っているらしい。
幸次郎の通う九幌城北高校はどうかというと、城南に準ずる二番目若しくは三番目の進学校のようじゃ。
まぁ、幸次郎の記憶にあるこれまでの成績を見ても、幸次郎は城北高校の平均的な生徒で『中の中』程度の成績の様じゃから、特に優秀という訳でもなさそうじゃ。
頭が悪いというのではないが、儂から見ても少々要領が悪いのかもしれぬな。
この世界の勉強とは、魔導師の様に知識と訓練で己が身に着けるものとは異なり、要するに知識をとにかく覚え込んでしまうことのようなのじゃ。
例えば、歴史であれば年代を覚えたり、とある時代に起きた事柄を覚えたり、関わった人物の名を覚えたりなど、そのような知識がどのように役立つのかわからぬが、どちらかというと記憶に優れた者が成績優秀と見做されがちの様じゃのぉ。
尤も、数学、物理、化学などの分野においては、帝国でも博識として知られた儂の知識を遥かに凌駕し、或いは、常識を覆すような知見が誠に多いのじゃが、解説書を見る限り一定の法則に従っているように見えるので、理解は左程難しく無いように思える。
幸次郎が必ずしも体系的に記憶していなかったがために、儂も最初は随分と戸惑い、混乱したものじゃが、教科書その他の参考書を精査すると、その殆どが理解できた。
ただ、今一つ分からぬのが、英語なる異国語じゃな。
この世界の者は、国により又は地域により、異なる言語を話しているようなのじゃ。
その中でも支配的な言語のひとつが英語らしいのじゃが、実際に使用されている人数を調べると左程多いという訳では無さそうじゃ。
母語としては、英語約4億人に対して、中国語約9億人と、中国語の方がより多くの人々の間で話されているようじゃが、英語を理解し、或いは話せる人口という意味では、15億人程度とかなりの数を占めておる。
従って、共通語としての価値があるということなのかもしれぬが、それなら世界で75億もの人口がある中で何故に統一言語を造らぬのかが理解に苦しむところじゃ。
まぁ、儂の場合、帝国の言語であり、なおかつフラブドル世界の統一言語でもあったヴァル語が、英語等欧州で用いられておる言語に良く類似しているために、理解が容易いようじゃ。
但し、その英語も、ヴァル語と異なり、一定の規則に反するような慣用句や変化形が多いので困る場合もあるのじゃが、辞書なるものを一読して何とか全容を理解できたように思う。
これまで幸次郎は、特に英語が不得意だったようじゃのぉ。
この世界には魔導術や錬金術が無い代わりに、『科学技術』で道具を造り、様々なことを成し遂げているようじゃ。
儂も魔道具の制作などを通じて世の理を理解していたつもりであったが、この世界の文献を読んで初めて理解した知見が多いのには正直なところ驚いている。
科学や化学を利用して作ったものには便利なものが多いのは確かじゃが、同時に危険も多いし、環境等周囲に与える影響が大きいことに少々問題がありそうじゃ。
まぁ、いずれにせよ15歳の若い身体に、齢173歳の爺の脳味噌が詰まっておるのじゃ。
如何に気に食わずとも、ここで生きて行くならば、現状を甘受せねばなるまいて。
我が身の転生を受け入れた上で、これからどう生きてゆくか、それが問題じゃ。
転生前の知識、技術を全て引き継いでおるのが少しズルをしているようで気になるが、そもそも魔導術にしろ、錬金術にしろ、奥が深い。
儂とて死の間際まで学究の徒であったのじゃ。
この新たな世界で更なる奥義を求めても何ら差し支えあるまい。
それにしても、幸次郎の読んでいたライトノベルには魔導(若しくは魔法)或いは錬金についても書かれているのじゃが、この世界ではあくまでもそれらは空想の産物として知られているだけのようじゃ。
では、魔導師や錬金術師は本当に居ないのか?
そうした者が、居るのか居ないのかも追々確かめて行かねばならぬようじゃな。
◇◇◇◇
実は、西暦2029年5月3日についての幸次郎の記憶がない。
それまでは継続した記憶があるのじゃが、3日については朝から夕刻までの記憶がすっぽりと抜け落ちているのじゃ。
この世界で儂が初めて気づいたのは、この世界の暦と時間で言うと、5月3日の午後4時近くであって、何故か幌比良橋付近の豊比良川の河川敷で寝ていたのである。
着ていた衣服は結構泥だらけであったし、後頭部にたんこぶとかなりの痛みがあり、尚且つ、手足に打撲や擦り傷などの怪我もしていたので治癒魔法で直し、同時に衣類にも清浄化の魔道術をかけてから我が家(幸次郎の家)に戻ったのじゃが、生憎と普段は持ち歩いている筈の財布も定期も持ってはいなかったので、5キロほど歩いて帰る羽目になり、家に辿り着くまで1時間ほどを要してしまったのじゃ。
仮に、幸次郎の記憶が全く無ければ、佐島家に帰ることすらも叶わぬことであったろうと思う。
5月3日、あの河川敷で一体何があったのかはわからぬが、何れにしろ、不自然な目覚めであったことは間違いない。




