最終話(下) 『俺は勇者じゃない。勇者アークだ』
最終話(下) 『俺は勇者じゃない。勇者アークだ』
――実に困った……。
珍しく俺は真面目に困っていた。部屋に籠ったのはいつもの逃げではなく本気で考えるためであった。
困っている理由は簡単である。経験値が惜しい。これだけの理由だ。冒険とは傷つく覚悟が必要である。死ぬ覚悟は必要がない。オリビエに言った通り勇気と蛮勇は別のものである。だが……、村人たちはいい人だ。出来れば助けてやりたい。だから、俺は困っている。
いくつか解決策を考えてみる。
その一、素直にリタイアする。これが一番、簡単かつ確実である。村人たちには悪いが仲間を失うわけにもいかない。しかし、これによって俺はニートに逆戻りとなる可能性大。
その二、救援を出す。これが次点での良作である。冒険者ギルドに救援を要請し、大レイドで敵を殲滅する。これなら安全かつ良心も傷まない。だが、それにはどれくらいの時間が掛かるか不明である。タイムアップの可能性大。
その三、玉砕する。考慮に価しない。それなら俺は素直に逃げる。
まいったな……。詰んでるじゃないか。俺はベッドに大の字になって天井をボーっと見つめる。そして、苦笑する。
まいったな……。あいつらに出会う前の俺なら迷わず逃げていたはずだ。何だろう? 俺は勇者になりたがっているのかな? そんな事を思い苦笑してしまう。
他の勇者なら――たとえば爺さんだったら、こんな時どうしたんだろう? こんな事に思いをはせる。
ふと思い出す。
『私たちは同じ勇者だけど、お互いに別々の人間なのよ。勇者アーク君』
そして、俺は笑った。今度は苦笑ではない。高笑いだった。
「アークさん……」
ウィズが神妙な顔で何かを言いかける。他二人も似たようなものだった。昼間までのどこか余所余所しいそれではない。俺がリタイアを宣言する。そう確信しているような暗い表情であった。
「今回は残念でならないのです」
この子たちも、この子たちに考えていたのだろう。
「何を言っているんだ?」
対して俺の表情は明るい。「え?」っていう彼女の意外そうな表情をよそに俺は続けた。
「本題に入る前に……だ。オリビエ! お前の俺に対する印象ってのはどうだ? 忌憚のない意見を述べてくれ。遠慮はいらない。ずばっと斬ってくれ」
「え?」オリビエはいぶかしんだ表情を見せると「んー、そうね……」と続ける。
「一言で言うと、馬鹿ね。ちょっとは頭が切れて口が上手いところはあるけれども、そう、やっぱり馬鹿ね。ヘタれな癖に、妙に恰好つけたがるし。すぐ他人と比べて拗ねたりするし。スケベでウソ付きで狡賢くて、すぐ無いものねだりするし。弱いし、碌に役にも立たないし……」
――もう、やめたげて! アークさんのHPはとっくに0よ!
酷く言われる心構えはしていたつもりだが……、やはり実際に言われると来るものがあるね。涙が溢れないように上を向いておこう……。
「でも、ボクを助けてくれました。オリビエさんの言う通り、どうしようもない人ですがそれでもボクの大切な勇者様です」
いつものニコニコ顔を見せるイリア。
――おお! ブルータスよ、お前もか!
イリアさんよ、お前様はフォローしたつもりなのだろうが、世間一般でそれは追い打ちって言うんですよ……。
「……でも、少しはカッコいい所もある……かな?」
オリビエは、こう言うと少し頬を赤らめて拗ねたような表情をするとそっぽを向いた。それに合わせてイリアとウィズは、まるで同意を示すようにクスリと笑った。
「つまり、俺は俗物だって、欲深い奴だって話だな?」
俺はここで無理やりニヤリとニヒルに笑い。
そう、俺は欲深いんだ。仲間を失いたくないし、経験値もほしい。全部、まとめてかっさらってやる。だから……。
「結論から言おう。クエストは遂行する。方法はだ……後ほど説明する」
こう言って三人にウインクをした。
空が赤らんで来ると、村人が「宴の準備が出来た」と、案内してくれる。そして、俺は意気揚々と、三人は不安げに俺の後に付いて来る。
俺たちが到着すると、村長が俺たちを紹介し、村人たちは拍手で迎えてくれた。村長の話によると村人全員が参加してくれたらしい。確かにぱっと見でも百人以上はいるようだった。楽しみの少ない田舎の村故に、単に興味本位の者もいるのではあろうが実にありがたい話だ。それ故に、少し心が痛む。
俺は終始上機嫌で食事や飲み物にガッツき。街の様子や冒険の話なんかをねだってくる彼らに快く答え、櫓を中心とした踊りの輪に参加したりした。
腹も膨れると『さて、そろそろだな』なんて俺は心の中で呟き、覚悟を決める。まだ、夕刻である。先送りにして村人たちに酔いつぶれられても困るし、明るいうちに終わらせた方が安全なのであった。
「諸君! 聞いてほしい事がある」
本来なら剣の方がいいのだが、残念な事に今の俺には剣がない。俺は事前に拾っておいた杖ぐらいの木材を手に取ると、勢いよく櫓に飛び乗りそれを掲げ宣言する。
テンションがぐんぐん上がってきた村人たちは目を輝かせて俺に注目する。恐らく、俺の勝利宣言でも期待しているのだろうが、ところがどっこい俺はそんな上等な人間じゃあない。
「まずはお礼を言わせてほしい。我々の為にこの様な宴を開いて頂き感謝の言葉もない」
こう言い深々と頭を下げた俺に、村人たちは歓喜の声援や口笛などで応えてくれる。
ハッタリだ。それこそが俺の真骨頂である。俺は弱い。だからこそ、これに賭けるのだ。
「そして、私は諸君らに謝罪しなくてはならない。我々では諸君らのお役には立てないと!」
俺は一度言葉を切る。辺りがざわめきだった。
「誠に恐縮ではあるのだが我々だけでは敵に勝てないのである」
ざわめきに怒気や非難が混じり始める。当たり前の話だった。
「もう一度言わせてもらう。我々だけでは敵の殲滅は不可能なのだ!」
群衆から罵声と共に俺めがけてジョッキが飛んでくる。俺は避けない。敢えて額でそれを受ける。額から生ぬるい感触が伝わってきた。当然、痛い。
だが、俺はそれを表情に出す代わりにキッと群衆を睨みつけ続けた。
「不甲斐ない我々を罵るのは構わない。私は甘んじてそれを受けよう。だが! 先刻、我々が偵察に行ったのは諸君らのよく知るところである。敵は――確実にこの村に歩みを進めているのだ!」
まったくの嘘ではあるが、俺の予定通り大きなどよめきが起こった。
「だから、私は恥を忍んで今ここで諸君らに伝えているのだ。いや、今回はここまで攻めてこないかもしれない。しかし、次はどうだ? あるいは村の直ぐ近くに敵の群れが現れたとしたらどうするのだ?」
俺はまるで威嚇するように、ゆっくりと周囲に視線をめぐらしていく。俺と目が合うと村人たちは視線を下に向けてしまう。
「その時も冒険者を――勇者を頼るのだろうか? その通りだ。我々、冒険者はそれが役目だ。だが! 愛する者が掠奪者に蹂躙されつつもそれを待つのかと私は諸君らにそう尋ねている!」
下を向いてしまった村人たちの皮膚が赤みを帯びてきたのを、あるいは彼らが細かく肩を震わせるのを見て俺は勝利を確信し、更に煽った。
「諸君らは怯えながら待てばいい。それが正しい選択だ! 他人の犠牲を当然と受け入れて生きればいい。違うと言うなら武器を取れ! 私は言った。『我々だけでは勝てない』と。しかし、『だけ』ではなくなればどうだろう? いや、諸君らの力が加われば間違いなく勝てるのだ。それも、『誰一人欠ける事なく勝てる』と、私はここに宣言する!」
――ウオォォォォオオ!
俺が棒を天高く掲げると、村人たちは雄たけびを上げながら、それに倣い自らの拳を掲げた。
俺は勇者じゃない。勇者アークだ。
そして、俺という奴は多少口が上手いだけのちっぽけな奴だ。コボルトだって一人じゃあ倒せない。そんな情けない奴だ。
だから、俺は自分を使う。いや、使い切る。誰に何と思われたって知ったことじゃあない。何故なら、これが俺だからだ!
この後は散々だったさ。
その手に鍬を斧を携えた村人たちを率いて一気に攻め込んだのだ。元々、コボルトって奴は少し腕っ節が強い程度の奴ならタイマンで勝てるって位、弱いんだ。
その上、数はこっちの方が多い。だから、散々だったさ。
もちろん怪我人はでた。立場上、先頭を行かなくてはいけない俺に至っては何箇所か軽く斬られる始末だった。だが、俺の宣言通り一人の死者も出さずに敵の殲滅に成功した。
戦闘が終わると上がりきったテンションが切れたのか戦闘に参加した大半の奴がその場に座り込んだり大の字に寝転んだりして余韻に浸っていた。当然、最前線で戦った俺たちも、輪になって寝ころんでいた。
「さ い て い」
「でも、かっこよかったろ?」
そんな中、オリビエが妙に嬉しそうに俺を罵ると、俺はにやりとする。そして、四人で一斉にプッと笑い出してしまうのだ。
「でもさ、皆が乗ってこなかったらどうするつもりだったわけ?」
「そりゃ決まってるさ。その時は逃げるに決まっている。なんせ、俺はニートだからな。世の中や、色々なものから逃げる事だけは得意なんだぜ?」
「やっぱ、あんた最低よ」
そう言ってまた笑った。
やがて暗くなると俺たちは撤収する。流石に今日は疲れたよ。早く宿に戻って泥のように眠ろう。
そんな中、どこか懐かしいファンファーレが風に運ばれていた。




