第4話 人形と暮らす毎日
大学2年の美咲は、祖母の遺品整理で見つけた古ぼけた人形を部屋に置いた。
薄汚れた着物を着た小さな女の子の人形で、どこか寂しげに見えた。
「……かわいいけど、ちょっと不気味かな」
そう呟いて笑うと、人形と目が合った気がした。
その夜、寝る前にリビングの照明を消した瞬間、人形の目がぼんやり光った。
思わず振り返ると、机の上の位置がわずかにズレていた。
「え……な、なにこれ」
「こんばんは、美咲ちゃん」
低く澄んだ声が突然、部屋に響いた。
「ひっ……人形がしゃべった!?」
「怖がらないで。私はこの家の守り神みたいなものだから」
「守り神って……ちょっと待って。普通もっと神々しいんじゃ……」
人形は小さく首をかしげ、子犬みたいに笑った。
その夜から、人形は当たり前のように美咲の生活に入り込んだ。
レポートが辛いときは、「頑張ってるね」と励ましてくる。
寂しい夜は、勝手に膝の上にちょこんと座り込む。
「……あのさ、人形って膝に座るものだっけ?」
「美咲ちゃんのそばにいたいの」
「いや、かわいいこと言ってごまかさないで。ちょっと重いよ」
「心はもっと重いよ?」
「……怖いわ!」
さらに冷蔵庫からお茶を取り出し、洗濯物まで干すようになった。
「ちょっと、人形が洗濯物干すってどんなホラーよ」
「美咲ちゃんの役に立てるなら嬉しいの」
「いや、その笑顔が逆にホラーだから……」
だがある日、大学の友人が突然訪ねてきて、
「なにこれ? ちょっと怖いって……」
と、人形を指差した。
美咲は慌てて人形を抱えて後ろに隠した。
その時、人形は微動だにせず、ただにこりと無言で笑っていた。
友人は背筋を凍らせたような顔で、そそくさと帰っていった。
「……ほら、人形。ああいうときは黙ってた方がいいって分かってるんだ?」
「美咲ちゃんの大事な人には、ちゃんと黙るよ」
「……それはそれで不気味だな」
それから少しずつ、美咲の周りでは不可解な出来事が増えた。
夜、部屋の隅から誰かに見られている気配。
気づくと人形の位置が変わっている。
でも、不思議と怖くなかった。
「これからもずっと、一緒にいようね」
そう囁くと、人形はにっこり笑って言った。
「ずっと一緒だよ。美咲ちゃんの最後の瞬間まで」
(……最後?)
背筋が少し冷たくなった。
けれど美咲は、人形をそっと抱きしめた。
夜の部屋には静かな微笑みだけが残っていた。