情報の報酬
このエピソードは、人によっては不快感を覚える可能性があります。
飛ばして読んでも本筋に影響はありませんので、少しでも嫌な気持ちになった方は避けてください。
本来、”唯”とのやり取りはネットを通すだけで完結する。
政治家やアンダーグラウンドな人物まで、ありとあらゆる人物と情報のやり取りをしている”唯”だが、その姿が小さな少女だと知る者はまずいない。
このように彼女と対面で話すのは俺くらいだ。
理由は二つある。
一つは、部屋の片付けのため。長期間放っておくと、彼女は自分が生み出したゴミの山に行動範囲を阻まれて生きていけなくなる。
じゃら。
”唯”の細い手首をがっちりと固定する手枷。二つの輪を繋ぐ銀色の鎖が音を奏でる。
その鎖を強引に持ち上げ、”唯”がぎりぎりつま先立ちできる程度の高さに調整されているフックに鎖を引っかけてやる。そのフックは硬いコンクリートの壁に直接取り付けられており、”唯”ほどの非力でなくとも、一般的な女性程度の力ではびくともしない。
揺らしても鎖が外れないことを確認し、俺は反対側の壁にあるさまざまな拷問器具を眺める。
「さすがに……あんな様子の雪那にこの姿は見せられんわな」
ハイレグなボンテージ服を纏い、自由を奪われた”唯”。赤色の間接照明に照らされ、不健康に白い肌がいくらか血色を帯びているように見える。肩越しにこちらを覗く彼女の目は期待と不安の間で揺れ動いて定まらない。壁に寄りかかるようにして俺に背を向け、無防備に小さな臀部を晒している。
これから二人で行う行為を想起し、手にじんわりと汗が染みる。
もう一つの理由がこれだ。
大抵の場合、”唯”を動かして情報を得るには大金が必要となる。実際にそれほどに危険を孕んだ情報を扱っている。
”唯”にとってネットという広大な海は、せいぜい市民プール程度の広さでしかない。その隅から隅までにアクセスすることができる。彼女しか知り得ないことが世の中には多すぎるのだ。その情報を自分だけのものにしようという者は後を絶たない。
だが俺には金がない。
代わりに対価として提案されたのが、彼女の秘めたる欲望を満たすことだった。
服の裾で滲んできた汗を適当に拭き、俺は真っ黒で飾り気のない羽鞭を手に取った。
鞭というイメージからはかけ離れる、どちらかというとハエ叩きのような形状の道具だ。使い方もそんなに変わらない。
何度か軽く振ってしならせると、鋭い風切音がする。”唯”が息を呑む音が微かに聞こえる。
俺はそれを、手首のスナップを効かせ──”唯”のむき出しの尻に思い切り叩きつけた。
「ッ──!」
柔肉を叩く音。
叩かれた部位には赤く花のような紋様が残っている。叩くための部分に細かく凹凸が施されており、それが美しい絵画のように刻まれるのだ。
柔肉を叩く音。
ぶるり、と、太ももが蠱惑的に震える。並の男が見れば一瞬で欲情してしまってもおかしくない淫靡さ。湯気のような熱い吐息が漏れる。
柔肉を叩く音。
何かが破裂するような音の割に、痛みはそれほどないらしい。それどころか”唯”は口から粘ついた液体を垂らし、恍惚とした表情でただその責め苦を受け続けている。
真っ赤に腫れあがった尻を俺から守るように身体を回転させると、必然的に俺に正対することとなる。
間接照明を反射しててらてらと光るボンテージ服。股間にそういう目的で据え付けられたジッパーが金属音を立てる。そこに手を伸ばしたくなる衝動を抑えこむ。
「楽しそうだな?」
「んえっ」
ゆるみ切った唇に、背後から中指を強引に差し入れていく。
”唯”の小ぶりな口に対して、成人男性である俺の手はあまりに大きい。”唯”は目いっぱいに穴を広げて俺を受け入れる。
指の付け根が唇と触れ合う。俺の指先は既に口腔内と呼べる場所を越え、彼女の喉にまで達している。
「え、えごっ……」
異物を受け入れ、流石に苦しそうな嗚咽が漏れた。
慣らすように指を前後させると、反射により溢れ出した唾液が潤滑油となって俺の指をコーティングしていく。
至近距離で目が合う。
まつ毛が触れ合う。
”唯”の瞳が潤み、表面張力の限界を迎えて涙が流れた。
構わず、差し入れた指を動かしていく。
喉奥、舌の付け根。
「えゔぉっ!?」
そのさらに奥から熱い液が溢れてくる。ぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。
身を捩りだす”唯”。
鎖が触れ合って、不快感を呼び覚ます音が鳴る。
その反応は明らかに拒絶。
しかし、本当に拒絶するならば、彼女はただ俺の指に歯を立てればいい。
にも拘わらず、彼女の顎は一向に閉じようとする気配を見せず、それどころか潤滑油を分泌して挿入を助ける。
それは本能で拒絶する身体とは逆に、彼女自身の心が行為を受け入れている証左だった。
俺は彼女の体内に入り込んでいる手を引き抜いてやる気はさらさらない。むしろ、内膜をじっくりと撫でながらじわじわ進入を続ける。
”唯”の口は限界まで開かれている。親指以外の全ての指が彼女の中に入り込んでいる。
嬌声を上げる隙すら与えない。
”唯”の顔が上を向き、不安定な踵がじわじわと上がっていく。
人体の構造上、食道を何かが通過しているときは、気道がふさがるようになっている。
生存本能が酸素を求めているのだ。
汗で髪が張り付き、顔全体が赤く、赤く染まっていく。
見開かれた目から、大粒の涙が零れ落ちた。
ここが、臨界点だ。
俺は最後に喉奥をざらりと大きく撫で、一気に指を抜く。
「ヴ、ゔぉえェェェ……っ!」
それとほぼ同時に、透明な液体が堰を切ったようにあふれ出した。
頬が接触するほどの距離、俺たちの足元に粘液の水たまりが出来上がっていく。
俺は感情のない目で、水たまりがみるみる大きくなっていくのを見つめていた。
ようやく嘔吐反応が収まり、”唯”は口の端に糸を引く液体を垂らしている。その唾液の線は、引き抜いた俺の指先にも続いていた。
荒い呼吸と痙攣を繰り返している”唯”。
「なぁ……ついでにもう一つ頼みがあるんだが、なんでも聞いてもらえるよな?」
息も絶え絶えといった様子の”唯”を、さらに追い詰めるように言う。
彼女はここで優しい言葉をかけてもらうことなど望んでいない。
彼女の破滅願望を満たす。それこそが俺が払う対価なのだから。
「ここからは、先払いだ」
俺は返事も待たず、液体でベタベタになった手を再び彼女の口に捻じ込む。
白く泡立った唾液で満たされた口内から、小さく赤い舌を探り出し、二本の指で強引につまみだしてやる。
「れるぉ……」
涎がこぼれ、新たな水たまりを生む。
力を込めて指を沈み込ませていくと、ぐにゃりと沈み込んだ舌が柔らかく指先を包み込んだ。
俺は舌を引っ張り出したまま、
「っ!?」
首に巻かれているチョーカーを、後ろ側から思い切り引っ張った。
見た目だけに言及すれば、それは首根っこを掴んで子猫を運ぶ母猫のようであったかもしれない。
だが、そんな生易しいものではない。
突然呼吸を妨げられて目を白黒させている”唯”。わずかに残された気道を、情けない音を立てて空気が行き来している。
再び酸素を遮断されたことを理解した手足が抵抗をしようと動き出すが、両手は枷に阻まれる。弱り切った足はつま先立ちで自身の体重を支えることに精一杯だ。片足でも離せばさらに首が締まる。
腰を、頭を、何度も壁に叩きつけることが、彼女に許された唯一の抵抗手段だった。
むき出しの素肌に大粒の汗が流れる。
掴んだ舌を引っ張り出す。顎にまで到達せんとするそれは、とっくに長さの限界を超えている。
”唯”は涙と鼻水でぐずぐずになった顔を前傾させるしかない。
その動作がさらに空気の通り道を減らしていく。
指が舌を嬲る。
手が足りなかったので、絡まった手枷の鎖と同じフックに、そのために取り付けられているとしか思えないチョーカーのリングを引っかけてやる。”唯”の身体はさらに持ち上がることになり、ついにつま先が床から離れた。空気を取り入れるための管が完全に遮断される。
苦しい。
酸素を得たい。呼吸がしたい。
人間としての当然の本能。
それを他人から否定される恐怖。
そんな彼女のがら空きになった腹。てらてらと怪しく光るボンテージ服から浮き出た臍から、指三本ぶん下。
女性特有の臓器が存在している下腹部に、固く握った拳をめり込ませた。
「ッ──!」
もはや、肺の中の空気が声となることもない。
殴打の衝撃が背中に抜け、”唯”の身体が二つに折りたたまれる。
汗と何かの液体が飛び散る。
それはまだ始まりだ。
後ろに大きく揺すられた”唯”の身体は、フックを支点として戻ってくる。
力なく晒される腹部に、同じように拳を打ち込む。
しょわぁぁぁと、ぴっちりとしたエナメル素材と肌との僅かな隙間から、黄色みを帯びた液体が漏れだした。
もはや呻き声すらも発せられることはない。
ただ反応を繰り返すだけのサンドバックが再度、ブランコの要領で殴られに来る。
一際強く拳を握り、疑似的なメリケンサックのように中指を突き出させる。
一切の遠慮も手加減もしない。
半身になって腰から身体を捻り、その力を一点に集中させて、突く。
「がっ……」
その小さな体に受けてはいけない威力の拳をまともに食らい、”唯”の身体が一瞬、宙に浮く。
浮いたことによって空気の行き来を許された喉から、何の意味も持たない音がした。
そのまま、彼女の双眸は大きく見開かれ、まばたきも忘れて何かを探すように忙しなく上下左右を見回し──
ぐるん、と、裏返って、止まった。
「……」
情事の終わり。
フックから鎖を外してやる。
最後の一撃で、チョーカーのリングは外れてしまっていた。とはいえ、彼女の足に力はない。
俺は気を失った彼女を抱きかかえながら、ゆっくりと床に寝かせてやった。
”唯”の小さな身体はビクビクと痙攣を続け、太ももを何かの液体が伝っていく。それは先にできていた体液の水たまりに混ざり合っていった。
視界内、スマコンに表示された財布に焦点を合わせ、受け渡し機能を開く。適当な金額を入力して、”唯”の方に放っておいた。
苦悶とも恍惚ともとれる表情。そのゆるみきった口元が、少し笑った気がした。
俺はその姿を放置して、栄養バーの箱を片付け終えてペットボトルを集め始めていた雪那の元に戻り、そのまま”唯”の隠れ家を去った。