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全裸で街は歩けない

 Lune & Emberに戻る予定ではあったが、その前に適当な服屋でバイクを停めた。


 雪那がいくら小柄で、ジャケット一枚で太ももの半ばまでが隠れているからといって、それ一枚で出歩かせるわけにはいかなかった。何よりも裸足のまま地べたを歩かせているのが気に障る。当の雪那は「土の地面に裸足でいると、ゲンみたいですよね」とかよくわからないことを言っていたが。


 「とはいえ、雪那をこのまま店内に入れるのはそれなりに問題アリだよな……」

 「私は気にしませんよ。むしろ上着をお返ししてもいいくらいです」

 「さっきから思ってたけど、お前のその羞恥心のなさはなんなの?」


 やむを得ず、店の中についていくと言い張る雪那を女子トイレの個室に放り込んで、俺一人で店内を物色することにした。


 特にこの店を選んだ理由はなかったが、並んでいる服は無難なものが多いように思えた。シャツは無地のものやワンポイントでマークが入っているようなものが多い。男女どちらの服も同数くらいを揃えた、比較的リーズナブルな店らしかった。


 「つっても、女子の服とか選んだことないからな……」


 服屋ということで、店内はそこら中に姿見が設置されている。その一枚の中の自分と目が合った。


 身長、195センチ。体重、75キロ。自分では見慣れた体型だが、他人からするとかなり痩せこけて気味悪く見えるらしい。頬が骸骨級にこけているという評価を受けたこともある。目はやや釣って切れ長な方だし、鼻筋も通っているとは思うが、適当に生やしたひげが見た目年齢をがっつりと上げている。髪もだらしなく伸びきってくるくるになっているのを、邪魔にならないように適当に括って放置したままだ。


 そもそも俺は服や見た目にあまり頓着がない。クローゼットには数日分の着替えが入っているだけだし、バリエーションも色違いの柄なしのシャツとジーンズが数本、寒暖の調整のために上着をいくつか所持している程度。


 まして、女の子の服など見繕ったこともない。婦人服のコーナーを外回りでちらちらと観察してみるが、出会ったばかりの雪那がどれを気に入るかなど、一切判断がつかなかった。


 そんな折、ふと、あることに気づいた。


 「これ、俺が女物を買うと金がかかるんじゃないのか……?」


 23世紀日本において、生存に関するものには金がかからない。カフェで食べた完全栄養食と同じだ。それはこの時代の常識であり、当然衣食住はその対象となっている。大量に買い込むならばいざ知らず、俺が自分の服を一着手に入れる程度であれば、代金がかかることはないはずだ。


 しかし、今俺が選んでいるのは雪那の服である。婦人服を男が買うという行為がその範囲内に含まれるかは怪しいところだ。


 悩んでいたら問題が増えた。


 適当に買って、さっさとカフェに向かいたいのだが……


 「待てよ。女物がわからんのと、金がかかるかもしれない問題……この二つを同時に解決する手段が──ある」


 俺はある秘策を思いつき、いくつかの服を手に取って、会計に向かった。




 「……それで、なんで男性用の服を買ってきたんですかね?」

 「……いいじゃん。似合ってると思うぞ」


 雪那は白シャツとジーンズという、ほぼ俺と同じ格好をして、眉を吊り上げていた。


 「しゃーねーだろ? 男物だとタダで買えたんだよ。あ、靴はサイズ大丈夫そうだな」

 「むしろ靴のサイズがぴったりなこととか、下着や靴下をぬかりなく3セットも買ってきた気遣いが逆にキモく思えてきました」

 「その下着は普通に金かかってるからなクソが。後で払えよ」


 雪那が爪先をトントンすると、余りまくったズボンの生地が垂れ落ちてきた。雪那がまた不満を漏らす。


 「というか、シャツの丈長すぎですし、ジーンズの足元だるんだるんですし。これ裾上げしないと履けないってか歩けないです」

 「それは悪い。普段俺が買うサイズのやつを無意識に掴んじまったんだよ」


 俺と雪那の体格差はかなり大きい。二人で直立すれば、彼女の薄っぺらい肩が俺の腰辺りと同じくらいの高さとなる。並んでいると小さな子供と親みたいだ。


 「おまけにこれ! この背中の文字なんなんですか、当てつけですか!?」


 雪那が俺に背を向ける。そこには達筆な筆文字で「一生ねむい」と書かれていた。


 「それは本当に気づかなかったんだよ。胸側には何も書いてなかったから、無地のシャツだと思って買った」

 「そんな雑な選び方で、よりによって最悪の文言が書かれたヤツを引くことありますかね……」


 じっとりとした目が俺に向けられる。


 「全裸でも構わないくせに、意外と服にこだわりはあるのか」

 「当然です! 私みたいな女の子に着せるなら断然ワンピースですよね。真っ白でノースリーブの、清楚感マシマシのやつです。欲を言うならつばの広い帽子と、髪を纏める長いリボンがあると完璧ですね。もちろん全部純白で」

 「注文が多すぎる……」

 「女の子とはそういうものです」


 雪那は一通り文句をつけると、だるだるの裾をむんずと掴んで歩き出した。


 「もういいです。これを着ていればお店に入っても問題ないですよね? 今から自分で買ってきますので、もう少し待っていてください。あ、あと、背中の文字が恥ずかしすぎるので、このジャケットはもう少しお借りします」


 「おい、その前に下着代を──行っちまった」


 シャツの上から上着を羽織り、長すぎるジーンズを引きずりながら店の中に消える雪那を見送る。


 意外なところでこだわりの強いやつだった。それとも、年頃の女の子というのはあれくらい服に関心があるものなのだろうか。


 そういえば中島の店で働く女店員も、俺の服に文句をつけてきたことがあった。


 何年も着続けたヨレヨレの服を散々こき下ろされたのだ。あの頃の俺は服を買い替えるという概念すら持ち合わせていなかった。「とりあえず、シャツは無難なヤツを一年ごとに買いなおして。あとはジーンズさえ履いておけば大丈夫だから」と、珍しく真面目に苦言を呈してきたことをよく覚えている。あの時は人の服にお節介を、と思ったものだ。


 「そういやあいつって、服買う金とか持ってるのか……?」


 俺が買った下着代も出してもらわなければいけないのだが……


 いや、冷静に考えて、女が女物の服を買うのだから、あいつがよっぽど買い込まない限りは金はかからないか。


 そんなことを考えていると、雪那が申し訳なさそうな顔をして店の出入り口から顔をのぞかせた。

 服はまださっき入店していったときのままだ。


 その手には口にしていた通りの白いワンピースが握られている。


 「あ、あの……支払方法がわからなくて……」

 「……そうきたか」


 ため息をついて、俺は店内に戻る。


 確かに彼女が200年もの間眠っていたのだとすれば、それは無理のないことかもしれなかった。俺とて二世紀も前の日本で金を払えと言われても確実に困惑する。


 「とにかく店内に戻れ。そこから数歩出たら万引き犯だ」

 「は、はい。ありがとうございます……」


 うってかわって芯の抜けたような態度の雪那をレジへと連れていく。


 「ここに指を置いたら、個人認証が通って自動で支払われるんだよ。口座が紐付けされてるからな」

 「な、なるほど……?」


 雪那が細い指をセンサーにかざす──エラー。


 「あ、あの、エラーなんですが……」

 「読み取り損ねたんだろ? もう一回やってみろ」


 雪那がもう一度同じように指を出す──エラー。


 指を変えても逆の手に変えてみても、エラー以外の画面が出てくることはなかった。


 「え、えーと、千野さん……」

 「壊れてんのか? つっても、さっき俺もこのセンサーで決済したしなぁ……」

 「ええと、そうではなくて、ですね」


 雪那は両の人差し指をつんと合わせ、一筋の汗を流していた。


 「私が元いた時代では、こんな支払方法はなかったです……もしかして、その個人認証ってやつに、私のデータは登録されていないのでは……?」

 「あー……」


 考えてみれば当たり前のことだ。雪那が200年前に生きていた人間で、今までずっと眠っていたというのが事実であれば、その情報が戸籍登録されていないのは至極当然だ。


 この時代の人間ならば一人残らずデータ管理されているのが常識なので、そのことをすっかり失念してしまっていた。

 それに図らずして、彼女の言葉が本当であるという裏付けがひとつ取れたことになる。


 「……あのー、千野さん……ダメですか?」


 子どもがお菓子を母親にねだるような態度で、ぎゅっとワンピースを抱きしめる。涙が浮かびそうな瞳は上目遣いに俺を見つめていた。

 何を言いたいのか、聞くまでもない。


 ──俺は知っている。ここで買わずに帰ると言えば、子どもがどれほどの抵抗を見せてくるのかを。雪那は一見十代中盤くらいには見えるが、この感じでは間違いなく全力でごねられ、話が長くなる。


 「……わかったよ」


 俺は諦めて、センサーに自分の人差し指を載せた。決済音。


 案の定、婦人服は男性の生活必需品としては認められていなかった。スマコンに表示されている決して多いとは言えない俺の預金残高が、それなりに減少した。


 「ありがとうございまーす!」


 それを見るや、雪那が涙を引っ込めて試着室に駆けていく。強かな奴だ。


 予定外の出費に心を痛めながら、俺はその後を追う。


 カーテンを挟んで聞こえる衣擦れの音。童貞にはだいぶ刺激が強い。


 やがてジッパーを上げる音を最後に、試着室のカーテンが内から開かれた。


 「じゃーん! どうですか? かわいいですか?」


 「お、おお……」


 その姿を目の当たりにして、俺は認識を改めることとなった。所詮服など何を着ても同じだという考えは心の隅に蹴り飛ばされていった。自分の中の固定観念をぶち壊すほどの衝撃だった。


 純白のワンピースは雪那という美術品を彩る一つのピースとなっていた。肩ひもを僅かに押し上げる鎖骨のラインが美しい。控えめな膨らみのすぐ下に腰があるように錯覚させるウエストマークが存分に仕事を全うし、彼女の背の低さを感じさせず、足の長さを演出する。その白によく映える濃紺の長髪は、同じく真っ白なリボンで後ろにハーフアップでまとめられていた。モノトーンのシンプルなコーディネートであるからこそ、黒と白こそが最も優れた組み合わせであることを声高に主張している。


 「残念ながら、私の理想とする帽子はこのお店にはなかったので、そこは妥協です」

 「いや、十分似合っていると思うぞ」


 「そうですか? 自分で選んだ服を素直に褒められると嬉しいものですね」


 その場でくるりと回って見せる雪那。膝下まであるロングワンピースがふわりと舞う。

 惜しげもなく振るわれる可愛いの暴力に釘付けにされそうなところを、強い意志で目を逸らす。


 「こんなに見違えるなら、あんなダサいシャツ買うんじゃなかったな。悪かった、あれは俺が着るから返してくれ」

 「あ、いえ、せっかくなので、さっきの服もいただけるならいただこうかと……ほら、寝間着とかになりますし?」

 「そうか? とは言ってもジーンズの方はキツくないか……? 裾上げ30センチとか対応してるんかな……」


 今度カウンターに持って行ってみるか、と、俺は脱ぎ捨てられた硬いデニム生地を雑に畳んで腕にかけるように持った。


 「そういえば、結局買っていただいてしまいましたが……実際のところ、お金とか大丈夫でしたか? というか、千野さんって何のお仕事されてるんです?」

 「俺? 俺は無職だ」

 「……」


 この反応は、間違いなくあきれられている。


 「……あの、もう学生さんっていう年齢でもないですよね? こんな昼間から女の子を連れまわすより、少しは実のあることをした方が……」

 「……何を勘違いしてるか知らんが、今の時代、無職の奴なんかたくさんいるぞ」

 「最悪です……普通の方だと思っていたのに、まともに働いてすらいなかったなんて」

 「働いている奴がマトモとは限らないからな?」


 俺は今から向かうカフェの女店員を想像する。

 少なくともあの女よりはマトモであると思いたい。


 「ひとまず服は手に入れたし、そろそろメシ食いに行くか」

 「えぇ……私、今から無職の方にごはんたかるんですか……」

 「たかる側が文句言うな」


 そんなやりとりをしながら、俺たちは服屋をあとにした。

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