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ドロッセル

 同時刻。


 Luna&Emberは珍しく、若い女性で満席の昼時を迎えていた。

 ──ただし、席を埋め尽くしているのは、すべて黒いボロ布に身を包んだ、全く同じ顔をした少女だったが。


「……いくら美少女つっても、さすがに異様な光景だと食指も失せるわな……」


 中島が苦笑いする。

 首筋の後ろの方がぞわりとする感覚。これから予想だにしないことが待ち受けている。軍時代に得た第六感だ。そしてこういう嫌な予感はたいてい当たる。


「あらあら、こんにちは、薄汚れたお店の店主さん? 貸し切りにしてもらって申し訳ないですわね」


 それはやはり、現実のものとなった。


「おっと、ようやく少しは違う顔のお客様がご来店だ」


 違う、と言っても、先に現れた少女たちよりは外見に特徴がみられる、程度の差しかない。その瞳と髪は同じく漆黒であるし、頭に大仰な機械がくっついているのも変わらない。


 他の者たちと異なるとしたら、彼女の髪が長く、赤いリボンでツーサイドアップにまとめられていること。顔立ちが比較的大人びて見えること。何より、漆黒に赤があしらわれた、ドレスのような服装に身を包んでいることだ。ドレスにお似合いのハイヒールと日傘のコーディネートは、金持ちのお嬢さまがパーティにでも向かう時の恰好に見えた。


 その少女が、レースのスカートを優雅に指先で持ち上げ、頭を下げる。


「改めまして、腐臭をまき散らしながら生きる有象無象の皆様こんにちは。わたくし、偉大なるお父さまの娘、ドロッセルと申します。──騒がしくするつもりはございません。ただお話を聞かせて戴きたいだけですの」


「……リーナ。タイミングを見計らって裏口から逃げろ。どれでもいいから使える銃も持ってけ」


 危機感なくとぼけた顔で呆けているウェイトレスに小声で指示する。さっき大量の少女が入店してきたときも、彼が止めなければ目をハートにして、美少女の群れに単身突撃するところだったのだ。


 その言葉にようやく事態を理解すると、エカテリーナはカウンターに立つ中島の背後を駆けて倉庫に消えた。


 二人の様子を見て、ドレスの少女──ドロッセルは悲しそうに呟く。


「銃など、我々の間には不要ではなくて? こちらはただ言葉を交わしたいだけだと申しておりますのに」

「服の下に物騒なもんを隠してる奴のセリフたァ思えねェな。オレの店はいつから戦場の最前線になったんだ?」


 服の不自然な膨らみが、太ももに巻かれた不自然なベルトが、開かれた鞄の口から見え隠れする黒光りしたモノが、それを物語る。ただ一人会話が成立しているドロッセルはもとより、席に座っている一人ひとりまでもがきっちりと装備を整えてきていることを把握する。


 実力は測れないが、戦闘になれば明らかに不利だ。この人数相手に一人では対処しきれない。自分一人ならば逃げ出すことはできるかもしれないが、裏口から脱出するように指示したエカテリーナはまだ遠くまで逃げることはできていないだろう。加えて──


 受信箱に新着メッセージ。


『黒い髪の無表情な女が現れたら警戒しておけ』


 遅ぇよ、と心の中で悪態をつく。三度の素早い瞬きをすると、スマコンが視界のスクリーンショットを撮影する。役に立たない情報を送りつけてきたバカ野郎に、その画像を添付しただけのメッセージを返信してやった。


 状況は理解した。彼我の戦力差は絶望的。

 その相手が、銃弾ではなく言葉で対話しようという。


 諦めた中島は肩の力を抜き、会話を試みることにした。


「話と言われても、オレの会話デッキにゃ軍時代の武勇伝と、女と、酒と紅茶の話くらいしか入ってねェ。あんたが興味ある話があるとは思えねェな」


「ゴミクズ風情が身に余るご心配などなさらずとも、わたくしのお話に付き合って戴き、適切な回答を述べて戴ければ結構ですわ。下等生物にもそのくらいの知性はあると評価しておりますが?」


「そりゃ、楽しみなことで。──掛けな」


 カウンターを挟んですぐ目の前の椅子を示し、中島はそのテーブルに紅茶を淹れて提供してやる。

 ドロッセルは恭しくそこに腰かけるが、湯気をあげるカップには手を触れることすらしなかった。


「……コーヒー派だったか?」

「果てしなく無駄なお気遣いは大変ご苦労なことですが、排泄物以下の人間の手が触れた飲み物は口にしないようにしておりますので」


「知ってるか? 紅茶は劇物が混ざってるとすぐに色が変化しちまうんだぜ」

「そんな似非雑学に騙されるような無能にみえる、と仰られていると捉えてよろしいので?」


 一切飲む気はない、といった様子の彼女に呆れ、中島は渋々カップを手に取り自分で飲み始める。


 胸騒ぎはあるが、紅茶の味はいつもと変わらない。まだ自分は冷静でいられている。


「んで? 何の話がしてェ?」

「昨日、神薙雪那という少女がこの店を訪れましたわね」


「さあ、どうだったかな。なにせ超人気店なもんで。毎日客が多いからいちいち覚えちゃいねェな」

「あら、あんなに楽しそうに会話していらっしゃいましたのに?」


 ドロッセルはニコニコと笑いかけてくる。その奥の感情は読めない。

だが、こちらの情報はある程度筒抜けだと考えた方が良さそうだった。


「……あんたみたいな美少女は、ストーカーされる側だと思ってたがな」

「幼稚な人間風情が足りない知能で考え出した一方的な求愛手段と、わたくしのお父さまの張り巡らされた情報網を同列に語るなど、死に値しますわよ」


 ドロッセルの視線が、店の天井隅にある監視カメラに向く。


 下手なごまかしは時間稼ぎにすらならなそうだ。


「わたくしたちは神薙雪那というモルモットの居場所を探していますわ。昨日一緒に現れたオスザルのお部屋も、下の者に調べさせておりますから、事実確認はすぐに済むでしょう」

「……オレの知ってるそいつは、モルモットじゃなく人間だった気がするがねェ」


 ワタル。あのシスコンの姿が思い浮かぶ。


 雪那があいつの姉に関係しているのなら、こいつらも同じく関わっていると考えるのは不自然なことじゃない。だとしたら、慎重に言葉を選ばなければ──


 そう考えていたが。


「マスター……ごめんなさい」


 その時、裏口から逃走したはずのウェイトレス姿の女が、手を頭の後ろに組まされた状態で、拳銃を持った黒い少女に連れられ、店の正面入り口から現れた。


「──改めまして、わたくしたちは虫けら共と事を構える気は一切ございません。悪趣味な帽子の奥の頭に入っている情報について、素直に正確に答えていただけるのでしたら、そこの売女の脳みそがフロアに飛び散る必要はないんですのよ」


 舌打ち。


 自分を脅してくる女の顔が、数えきれないほどの人数の少女の顔が──

 ──やけにあの嬢ちゃんに似ている、と思いながら。


「……奴らは情報屋のところに行った」


 抵抗の意思はあっけなく途切れ、彼女の言葉に従って口を開いた。

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