第7話 オタクは襲われる
「あはは! ようやく二人きりになれたね……小鳥遊――いや、緋凪くん! これからはずーっと一緒だよ!」
その言葉を発した直後、視界がぐるんと動いき、天子さんが眼の前にいた。数秒、驚きで硬直しながらも押し倒されたのか、と状況を理解したのだが正直展開が急すぎてわけがわからない。
「あ、天子さん!? 一体何を――!?」
「ねぇ、緋凪くん。その『天子さん』っていうのやめない? ボクの名前は『彼方』なんだからちゃんと名前で読んでよ」
有無を言わせないような圧を出しながら、光のない瞳で俺を見つめる。その威圧感というかこの場の空気に冷や汗かきながらも天子さんの目を見つめて会話を試みた。
「あ、天子さん! 本当にどうしたの!? というかなんでこんな――」
ことをしたの? と、言い切る前に……俺は天子さんにキスをされていた。
「ッ!?」
驚きと戸惑いを上書きするほどの破壊力を秘めた天子さん――カナタさんの唇から繰り出される接吻。ものすごく柔らかいし、少し甘い気がする。さらにカナタさんの顔が近いから今一度俺好みの美少女の顔なんだよなぁ、と改めて実感する。だから……俺を押し倒してキスをするカナタさんを振りほどく気にはなれなかった。
「んっ、ちゅ、ぅん」
淫らな音をたて、幸せそうな顔でキスをするカナタさんにこちらもなにか心が満たされるような気分になる。
実際に最高にタイプのロリ美少女に夢かと見間違うほどのことをされているんだ。ここで拒否するなんてもったいないだろう? ほんと、幸せです。
――待て、今俺はなんて思った? あの趣味に没頭しているとき以外幸せなんて感じなかったこの俺が? 人と関わって幸せだなんて思えなかった、むしろ美人な人ほど忌避していた俺が……カナタさんと関わることで幸せだと感じたのか?
一方的に俺にキスをし続けていたカナタさんを優しく抱き締め俺からも口づけをした。
彼女は驚いた表情をしながらも嬉しそうに頬を染め、キスをし続けた。……数分のことだったのに何時間もしていたかのように感じる。あぁ、俺はカナタさんを好きなのだろうか? わからないけど……俺は今、すごく幸せだ。
だがそんな幸せな時間も長くは続かないようだ。
唇を離したカナタさんは『とろん』とした目でこちらを見つめながら悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「んっ、……次にボクを苗字で読んだらまた口を塞ぐからね!」
「うん、わかったよカナタさん。でもいきなりなんでこんなことを?」
俺がカナタさんに問いかけると夜のように昏くなった瞳の中でも確かに俺に対しての執着? を感じる目で常識を話すように答えた。
「そんなの、緋凪くんが好きだからに決まってるでしょ? 転校した学校で緋凪くんにもう一度会えて凄く嬉しかったんだぁ。だから今日だって緋凪くんの後をつけたのに雑種が話しかけてきて本当に迷惑してたところを颯爽と駆けつけて助けてくれたんだもん。惚れないわけがないじゃん! しかも同じアパートで隣の部屋とか運命だよね? だから我慢できなくなって緋凪くんをお持ち帰りしちゃった。でも、いつまで経っても他人行儀な苗字呼びなんだもん。少し頭に血が上っちゃってキス、しちゃった。緋凪くんはもうボクのモノなんだからずっと、ずぅーっと一緒だよ。だから悪い虫がつかないように護ってあげるね! ボクはこんなにも緋凪くんが好きなんだよ? ちゃんと責任とってね? あぁ、緋凪くん。中学一年生のときになんでいなくなったりしたの? 緋凪くんはボクのなのになんでなんでなんで――」
長い! 重い! 昏い!
ヤンデレの三拍子が揃ってる! でも……俺を想ってのことだから凄く嬉しいしアリかもと思えてしまう辺り俺も彼女のことが好きなのかもしれない。しかもロリだぞ! 美少女ロリが俺を監禁してあんなことや、そんなことまでしてくれるんだぞ!? 俺を|強く《重く想ってくれるんだぞ!? 最高じゃないか!
だが、カナタさんに一つ言わないといけないことがある。
「……俺は、護ってもらう訳にはいかない」
「え? なんで、ボクのこと嫌いなの? 待って嫌いにならないで! そんなことされたらボク……君が好きになるまでお仕置きしないといけなくなっちゃう!」
……うーん、とてつもなく危険なニュアンスを感じたが、それでも話さなければならないことが俺には、ある!
「カナタさん、明日は学校がある。学校はサボっちゃいけないだろう? カナタさんはそんな不真面目な人《俺》が好きなのか?」
はっ! と、その考えはなかったというような顔をして目を見開いた俺は好機とみてカナタさんに提案した。
「カナタさんがよかったら休日遊びに行くからさ、平日は護らなくていいよ」
「うん、わかった! でも学校行くときとか放課後は一緒に行かない? 登下校中に虫《他の女》が来ないとも限らないからね」
「わ、わかった。じゃあ、俺が迎えに行くから」
「うん……ボク以外の女《害虫》とあまり話さないでね」
カナタさんの家を出る際に後ろからとても低い声で言われ、背筋が冷える俺であった。