守護の天使
この世界は、感覚でぶっぱなせる人が強い。特にこの国では必死に勉強して高度な魔術式を組めるようになっても、感覚で魔法を使うことができる人の方が原則偉く尊いとされる。私の魔術より少し格下とされる魔法しか使えない人でも、基本的には魔法を使える方が良いとされるのだ。確かに魔法というものは解明されていないことが多く、研究者たちにとっては価値が高い。しかし、ふとたまに思ってしまうのだ。勉強したって意味が無いじゃないか。私の努力は何なのか、と。
休み時間、この魔法魔術学校の豪華なお庭でベンチに座り、ぼーっとしながらそんなことを考えていた。
「あ、せんぱーい!」
私の一つ下の後輩、リリーだ。彼女も一応魔法が使えるが、中級程度のものしか使えないので私と同じく魔術を勉強している。この魔術学校にはそういう者が多い。そして魔法が使える者はある程度の地位が確保されているために、地位に甘えて調子に乗るものも多い。だがこの子は努力家でとても良い子だ。
「先輩聞きましたよ!今学期の成績一位だったらしいじゃないですか!」
「ああ」
「流石先輩ですね!私も見習わなきゃ!」
「ありがとう。だがそういうリリーだって学科成績は上位だろう」
「一位はまた違いますよぉ。それに実技は中の上くらいですし……」
この学校のカリキュラムには学科科目と実技科目がある。学科では主に魔術の理論的なところを体系的に学び、実技では学んだ魔術を発動させ、その効果などを学ぶ。魔法が使える者はさらに必修科目が追加されるので、魔法が使えない者より忙しくなることが多い。この子はその中でもかなり頑張っている。実技はあまり振るわないようだが、学科の好成績を見るにいずれ実技の面も伸びるだろう。
「あ、そうだ先輩、最近活躍してるっていう新人魔法兵さん知ってますか?」
「全然知らないな。その方がどうかしたのか?」
「私も詳しくは知らないんですけど、すごい魔法を使うってことで有名なんですよー」
「ほう、それにしても兵個人が注目されるなんて珍しいこともあったものだな」
「ですよね〜私もちょっと気になってるんです!そこで!今日の午後その人が街の東区画城壁周りの魔物掃討をするらしいんですけど、学校終わったら一緒に見に行きませんか?」
「それ、見に行っていいやつなのか?」
魔物掃討が行われるということは、その近くは安全のために立ち入り禁止になるはずだ。そんな間近で見れるものだろうか。
「実はちょっとした穴場があって……」
「いやダメだろ」
「そんな危ないわけじゃないですよ?城壁の外に出るわけでもないし……」
なんとしても私を説得しようとしてくる。そんなに見たいのだろうか。魔法が好きなのはわかるしそりゃ私も興味が無いわけじゃないけど……。
そんな心持ちで渋っていたが、学校終わりにはまたリリーに捕捉され、なんだかんだと連れて来られてしまった。その穴場とやらの付近へ。ここは城壁から少し離れたところまで余裕を持って簡易的な柵が立てられており、一応人が安易に立ち入らないようにはなっている。柵にはこの国の紋章が描かれており、この魔物掃討を国が管理している事を示していた。
「この辺です!この辺は警備も全然ないしどっかの隙間から入り込めます!」
「確かに入れそうだが……」
「先輩もすごい魔法見たくないんですか?見たいですよね!行きましょう!」
勢いが凄いな。リリーはいつもこうなんだよな……スイッチが入ってしまうと止まらない。
「しょうがないな」
こういう時は潔く諦めた方が面白い。
リリーの言う通り、この辺りは警備もほとんどなく、城壁近くまで簡単に入り込めそうにはなっている。しかし、普通は魔物掃討となればある程度人員を割くものだ。人気のない場所とはいえここまで人がいないことはかなり珍しい。多少なりとも違和感はあったが、やはり私も魔術を学ぶ身として高度な魔法も見たいという気持ちが強かったから、大人しくリリーに着いて行った。私は魔法至上主義は嫌いだが魔法そのものが嫌いなわけではないんだ。
学校終わりにリリーに捕まってからそのままここまで来たので、私たちは今制服姿のままだ。今警備員に見つかると色々まずい気がするので、私たちはできるだけ建物の影になりそうな場所から入ることにした。
「こことかどうだ?ちょうど入れそうじゃないか?」
「良い感じですね!ここから行きましょう!」
「あ、一応誰も見てないかしっかり確認してから……」
「誰も見てませんって!ほら行きますよ!」
「まあ大丈夫か」
ぐるっと見回した程度だが、元々人もあまり来ない場所だし大丈夫だろう。
果たして、人員に関する疑問は一目で解消された。“ 魔物掃討”に割かれた人員は1人だった。それ以外は安全のための警備が少数。わけがわからない。すごいなんてものではなかった。リリーも唖然としている。
彼女は、高度な魔法と魔術を組み合わせて使っていた。これまでも様々な研究者が魔法と魔術を組み合わせる試みをしてきたが、いずれも不安定で不完全なものしかできず、実質的に不可能とされてきた。そもそも魔法というもの自体完全に理論化されず一般化されていない分野だ。そんなものを彼女は完璧に近い精度で扱っていた。まさに天才。いや、才能だけでどうこうなるものでもない。少なくとも一般魔法兵ではない。
その時、グルル……と低い唸り声が聞こえた。獣のような殺意を持った声。
「……えッ!?」
彼女を呆然と眺めていた私達は、忍び寄る魔物に気付けなかった。咄嗟に振り返ると魔物は今にも私たちに飛びかかろうとしていた。
その時、ズドンという音とともに、光線のような魔法によって私達の目前に迫っていた魔物が焼失した。その発射元は遠目に見えるくらいの位置で魔物掃討をしていた彼女で、いつの間にか私達のすぐ近くにまで飛んで来ていた。
「天使さま……?」
リリーの言う通り、左肩に羽のようなものが生え、銀色の髪をなびかせながら赤い瞳で空中から私達を見下ろす彼女はさながら天使のようだった。
その表情からは何も読み取れず、明らかに異質で人間なのかも怪しいが、纏う雰囲気はどこか穏やかで、私達に敵意がないことだけはわかった。
「大丈夫?魔物がこんな入り込むまで気付かなくてごめんね」
「いえ……勝手に入ったのは私達ですから……助けてくださり感謝いたします」
「この辺は危ないからもう入らないようにね」
「はい、すみませんでした」
油断したなあ……と呟きながら彼女が去ろうとした時、
「ま、待ってください!名前は!」
リリーが呼び止めた。
「おい、彼女だって魔物掃討に忙しいだろうし――」
「いいよいいよ」
彼女は振り返って名乗る。
「私はシファ。次は助けられないかもしれないから気を付けてね。じゃあね」
ついでに釘を刺して彼女は飛び去り魔物掃討に戻って行った。
「シファ……さん。」
リリーは噛み締めるように彼女の名を呟いた。
帰り道、暫しの沈黙の後リリーが口を開く。
「……先輩、すみませんでした。私が無理やり連れてこなければこんな事には……」
「いや、着いて来たのは私だ。先輩としてしっかり止めるべきだった。……しかし学校にバレたらただじゃ済まないな」
今回の件がバレた際にどうなるかを想像しながら苦笑する。まだ少し暗い顔をしているリリーに先程の魔法の話題を振ってみる。
「それにしてもシファさんの魔法はすごかったな」
「……ほんとですよね、一瞬で高精度な魔法で魔物を焼いてたし何より魔物掃討に使ってたあれ、魔法と魔術を組み合わせてませんでしたか?」
「ああ、遠目に見えてたから詳しくはわからないがそうっぽいよな」
「誰も安定してそんなことできてなかったのに!しかも何なんですかねあの羽?姿を変化させる魔法でも使ってるんでしょうか。でも……」
段々調子が戻ってきたようだ。いつもの魔法好きを発揮している。
「やっぱリリーは魔法好きだな」
「いやあ魔法、魔術を学ぶ身としてやっぱりすごいもの見ると興奮しちゃいますね!」
「ああ、私も正直詳細が知りたくてたまらないよ」
「私達もいつかあんなすごい魔術とか使えるようにがんばりましょうね!」
「そうだな」
私に魔法の適性はないが、魔術なら極めることができる。私は知らないが、今日のシファさんがやっていたように、最先端の研究などでは魔法の理論化も進んでいるのかもしれない。そうすればいずれ魔法を至上とするこの国の方針も変わってくるだろう。私の努力は何だったんだろうかなどとつまらないことを考えたりもしていたが、可能性を見せつけられたおかげでこれまでより前向きに勉強ができる気がする。
「また明日です先輩!」
「ああ、また明日」
また明日からがんばろうかな。
――結局、私たちがあの場所に忍び込む姿はしっかり人に目撃されていたらしく、先生にお叱りを受け、三日間学校の清掃を命じられた。