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恋する少女の一幕



 ピチャリ、ピチョリ…


 髪から滴る水滴を拭い落とし、結界に収納していた替えの下着を通す。靴が無いせいで洗ったばかりの足裏が汚れますが、見兼ねたカナエ様が拭くか抱き上げるかしてくれるので実は秘かにそれを狙っているかも。


(カナエ様が姉様と一緒に…)


 そんな時でも頭を(よぎ)るのが隣に立つべき二人の姿だった。


 国に帰れば湊の可能性に気付いた者達からすぐにでも結婚の話が寄せられるでしょう。そしてその相手は間違いなく第一王女の姉になる筈です。


 この世界の結婚適齢期から半分抜け出しているとはいえ、彼女との婚姻を望む声は後を絶たない。

 本人の気質と彼女自身の敷居が高過ぎるせいで婚姻さえ結んでこなかったあの人であれば、他で持て余すだろうカナエ様の相手にと誰しもが思う。現に私でも姉の顔が真っ先に浮かんだ程だ。


(姉様は私と同じ〖姫名持ち(プリンセスコード)〗です。これから偉業を成していくカナエ様の隣に立っても赦される唯一の人…ということなのでしょう)




 また胸がキツく締め付けられる。もしアルシェが普通の王女だったならば、何の弊害も無く初恋を膨らませることが出来た筈だ。

 だが皮肉にも聖女になったが故にそれは認められない。彼女の役目は迷宮でのサポートであって、それ以上のことは望んではならないからだ。

 他の勇者に嫁ぐなら兎も角、湊と結婚するのは自国の為にならない。


 そしてアルシェで駄目となると、やはりその相手は一人しかいなくなる。

 それは実績も含め、見た目から印象付けられる受け手の心情からも言える事だった。


 大陸の二大美姫と称されるアルシェと比べて漸く釣り合いが取れる程の湊ならば、その片方と結ばれるのが道理というもの。

 高嶺の花が行き過ぎた結果誰も射止められなかった第一王女と、見た目も実力も彼女に劣らない湊との婚約。

 それが成されれば国中、いや大陸中が吃驚の渦に巻き込まれるであろう。そうなれば自分に立ち入る隙などない。黙ってその様子を見るしかなくなる。




「ッ――、駄目なのに。カナエ様を好きになっちゃいけないのにっ、どうしてこんなに苦しいんだろう」


 どんなに自制してもあの方を想う気持ちが抑えられない。むしろ抑え込む度に想いが強まってしまい、最早自分でどうこう出来る段階にありません。

 こうして悩んでしまうのも全部、カナエ様のせいです。

 必死に考えないようにしてたのにあんな(・・・)()を言われたら……私を揺さぶったりしなければ何も知らない乙女のままでいられたのに。


 カナエ様が好きかなんて、そんなのッ……


「考えるまでも無いじゃないですかっ、」


 感情を吐露した瞬間、胸を酷い鈍痛が襲った。



ドンッ――!!



「っ!?」


 衝撃。突然森を震わせる程の轟音が響いたかと思えば、それに驚いてマイナスに振っていた思考を元に戻した。


「な、なに…?」


 音の正体が判らずビクビクと身体を震わせた。その間にも地鳴りは断続的に発生し、それと共に猛獣だか怪鳥なんかの鳴き声も聞こえてくる。

 遠くの方で土埃が立ち、戦闘の激しさが視聴触の三感で感じられるほど差し迫ったタイミングでその場を離れようとした。


 でも待って。あの方向には正に今想いを巡らせていた彼が……


「――っ、カナエ様!!」


 恐怖なんて二の次。着替えもそれぐらいに文字通り血相を変えて走り出そうとした。


「……え?」


 だが足を付いたタイミングで目の前の地面が盛り上がると、それが壁となってアルシェの行く手を阻んだ。


「あっ…これカナエ様の魔法です。大人しく待てという事でしょうか」


 素直に待つべきか判断に迷っていると、大気に水気が満ちてそこから掌大の大きさの水狐が出現した。

 形だけなぞらえた狐は自由に周囲を飛び回ったかと思えば、時々アクロバットな動きを見せて私を驚かせます。


(か、可愛い…///)


 多分これでも眺めて待っていろという事なのでしょう。

 戦闘中であるにも関わらず此方を気遣う余裕があるようなので指示には従うが、危ないと判断したらすぐにでも駆け付けるつもりだった。


 そうこうしてたら衝撃も収まり、決着が付いのだと分かる。同時に肩に乗っていた水狐がピンと尻尾を立てて、拠点の方向を指した。


(これは拠点で待機の指示です。良かった、カナエ様が何とも無いみたいで)


 ホッと肩の力を落とし緊張を抜く。


(それにしてもこのお狐様を生み出した魔法、凄く繊細で淀みない。遠隔操作は特に習得が難しいのに形も整ってますし、これを一日でマスターしたカナエ様は流石です)


 勇者だからこれくらいは当たり前なのかもしれないとアルシェは納得したが、それは大きな間違いだ。実際は勇者とか関係なく、湊だから可能という認識で正しい。このような離れ業が誰にでも出来てたまるか。


 その後は特に異変もなく歩き続け、拠点に着くとお役目終了とばかりに水狐が霧散し消えていった。


「あっ…」


 可愛かったのに。また今度カナエ様に見せてもらおう。良い子にしてれば大丈夫だよね。


 そう思って湊を待つも、一向に帰ってくる気配がない。


 不思議に思いつつもその場に留まるが、それが三十分と経つと愈々気が気でなくなってきた。ソワソワと忙しなく動き回り、命令を破って迎えに行くか真剣に考える。



(もしかしてカナエ様は運悪く大型のモンスターと遭遇してしまって、私を捲き込まないように魔法で遠ざけたのでは…?)


(そう言えば先程の衝撃音、規模からして〈小鬼族(ゴブリン)〉のような低級モンスターではなかった。この森の魔物なんて街道に出るモノしか知らないけど、此処みたいな未踏の地にいる魔物も同じとは限らない…)


(どうしようっ、私、カナエ様に嘘を…! 弱い魔物しか出ないと言って、あの方の脅威になる者が現れたら――ッ!)



 想像が悪い方へと流れていく。故に居ても立っても居られず音のあった場所へ向かおうとする、丁度そのタイミングで足音が聞こえてきた。


 それは徐々にアルシェの居る方へと近付いて来て、薄暗い森の木々から漏れ出た陽光が白銀の髪を照らす。


「待たせたな。捌くのに少し手間取った」

「~~~っ、カナエ様!!」


 人影の正体を捉えた瞬間、母親の帰りを待つ子供のような反応で湊の胸に飛び込む。だらしないと自覚しながらも頬を擦り、歓びを表情いっぱい、身体全体で表した。

 その際に嗅ぎ慣れぬ臭いが彼女の鼻孔を刺激した。不思議に思って湊から顔を離すと、洗ったばかりのアルシェの頬に血がベットリと付着していた。


「か、カナエ様っ……血が、血が…ッ!」

「肉を調達するって言っただろ? 全部返り血だから心配すんな」


 腕を大っぴらに広げ見せつけると、確かに身体の何処にも外傷が無いことを確認する。

 湊の言葉が嘘でないと分かり、ホッと息を吐いて肩の力を抜いた。時間が掛かった理由もその時気付いて、自分の思い過ごしであると合点した。


「心配でもちゃんと指示には従ったみたいだな。偉い偉い」

「えへへ/// だって私はカナエ様の……パートナーですから」


 優しい顔でアルシェの頭を撫で、彼女が喜ぶだろう台詞で褒めたてる。

 蠱惑的な雰囲気に当てられまたも内なる()を燻らせると、引き攣る顔を何とか誤魔化し彼に見惚れた。


(あぁ……やっぱり好きだな)


 恋に落ちたのは一瞬だった…と思う。絶望の淵にいた自分の前に光を纏って現れ、伝承に伝えられる英雄の如き活躍で救ってくれた勇者様。

 気付けば視線を湊に向けているし、声を掛けられただけで幸せに包まれる。人との接触を制限され、誰かを好きになった事もないお姫様の心を掴むには十分だった。


 更に決定的だったのは川から抜け出した直後。湊の無事を確認できたそのすぐ後に、自ら唇を明け渡したのだ。

 一回目の人工呼吸は仕方無いとして、その後の行いは名誉あるフィリアムの人間として、もっと言えば淑女としてどうかと思う。


 思えばあれがファーストキスだった。身も心も尽くしたいと思う人に捧げる、人生で一回きりの特別なモノだ。それを自分の意思で行ったということはつまり――


「私はカナエ様と…」

「俺と、何だって?」

「あっ……い、いえ! 何でもありません!」


 頬を朱色に染め咄嗟に誤魔化した。嘘を見抜く湊には当然通用しないが、この程度の反応も今となっては軽くスルー出来る。

 何事も無かったように言葉を返し、しかし自分が付けた汚れを見てとんでもない事を提案する。


「そうだ、折角だし一緒に水浴びでもしようか。俺がいた国に裸の付き合いってのが有るんだけど、互いに肌を晒しあうのって関係を深めていくのに案外有効かもよ?」

「へ……えぇっ!?」


 頭が真っ白になるとはこの事か。アルシェの結界の中に水着なんて物は当然無い。それは湊も知っている筈だが、それを敢えて提案したという事はつまりそういう意味だ。


 湊と裸で洗い合ってる場面を想像し、顔が真っ赤に茹で上がる。


「もうっ、揶揄わないで下さいカナエ様! そういうのはしっかりと段階を踏んでから…///」

「クスクス。そうか残念だな。冗談を言ったつもりは無かったんだけど。それじゃあ俺も汚れを落としてくるかな」


 しかし嫌な気など抱く訳もなく、半分本音で返してしまった。

 湊も断られる事を予期していたのか、特に残念がる様子はない。アルシェの反応に気を良くし、彼女からタオルを受け取ると足早に去ろうとする。


(どうしたんでしょうかカナエ様。口調も普段と違いますし、私が知ってるカナエ様じゃないみたい…///)


 何となく何時(いつも)より雰囲気が軽いと言うか、勿論長い付き合いではないので単なる気のせいかもしれないが。でも湊の方からそういう提案をするのは正直言って意外だった。


「……」

「…? カナエ様?」


 ふと視線を向ければもう行ったと思った湊がすぐ側で立ち止まっていた。気になって声を掛けるが反応がない。


「チッ、汚ったね。勘弁しろよマジで」

「え…?」


 小さな呟きだったが意外にもアルシェの耳に届いた。別におかしな事を言ってる訳ではないが、先程まで気にした様子を見せなかったので不思議に感じたのだ。


「ん…なに?」

「あっ、いえ。てっきりもう行かれたと思ったので」

「行くよ。幾らアルシェでも裸を見せるのはまだ抵抗有るし、早く血を落とさないと臭いが移りそう」

「そ、そうなのですか…?」


 この場合疑問形で返しても致し方無いと思う。言っている内容が余りにも支離滅裂で、然しものアルシェも理解できずにいた。そんな彼女に構う素振りも見せず、湊が悠々と歩き出す。


「あ……そうだアルシェ」


 再度足を止め、今度はしっかりと向き直り用があることを伝える。


「はい何でしょう」

「多分だけどこの森、覚醒者が其処らかしこに居るから一人で出歩かないようにな」

「……」


 一瞬フリーズ。そして――


「……えぇぇッ!?」


 聖女にあるまじき素っ頓狂な声を上げた。





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