第59話 ミアカ『移譲と指導』(4)
「魅了耐性がない人が俺の料理食べると、なんか、すごくがっついて怖いんだよ」
そう、事前に兄が言っていたが、それがどういうことか、今目の当たりにしている。
どうにも普通に作っているだけなのだが、一度食べたら最後。また、食べたい欲がむくむくと湧いてきて、おかわり、をしてしまうようで、あっという間に平らげられたそれを見ていっそ恐怖を感じる。
村の人たちは兄の料理も相まって「王命の仕事、がんばるぞ!オー!」ぐらいなテンションとなっている。
◇
「兄さん、なんで魅了耐性とかいってるの。なんというかこう、異世界に明るくない?」
今度は転写か、と呟いてみたり、異世界に対するアプローチも、驚き方も、何もかも、上からというか、ちょっと達観しているというか、指導者のような目線でくるので、ちょっとした、いや、大いに違和感がある。
兄は私のことをじっと見た後、「じゃあ、ちょっとパーティ組むよ~」と言うので、組んでもらった結果、兄のステータスが 全部 見え ない。
NAME:兄
となっているので、あ、対外的には名を失っているんだ。って思った。
ただ、そのあとが酷い。
レベル、スキル、パッシブスキル、全部、ジャミングがかかっていて何一つまともに見れない。
「多分、この世界で新たに取得したスキルしか表記されないと思うんだよね。俺には読むことができるんだけど、チーズには無理だろ?」
「うん、何一つ読めない」
「実はちょっと日本を離れている間に、意識を失うような事故に巻き込まれたんだけど、その時ちょっと行ってたんだよね、異世界」
そもそも事故って初耳なんですが。
「あの、よくみる交通事故系…?」
「いや、山滑落系。山に食材探しに行っていて足を滑らせて落ちた。たまたま見つけてもらえてよかったよ。」
「それ、巻き込まれたんじゃなくて……」
「意識一カ月くらい失ってたけど!」
と、げらげら笑っている。こっちはそんな重大なことを知らなかったなんて本気で血の気が引く。
「いまとなっては一般的な人間の尺度では測れない感じになってるから、多少足を滑らせて落ちた程度じゃ怪我もしないんじゃないかな。しかし入院してるのに、退院の時めちゃくちゃ筋肉ついてて医者も怖かったと思う!」
怖いどころか本当に真っ青だよ!!!知らないでよかった。平和に学生してたわ。
あっちの世界ではなんか25年ぐらいいた計算になるんだけど、戻ってみれば元のままだった、と。
それ、人生の青年期、2周目しているのでは。
「だから、ちょっと今お前の使ってる魔法とか、学んでいる最中のスキルとかあるだろ?学習途上の人間と協力しあうには、持ってる尺度の違う俺は今は阻害にしかならないんだよね。突然ラスボスと渡り合えるような兄なんて邪魔でしかないだろ。この世界にラスボスや魔王とかがいるのか知らないけど」
ラスボスや魔王って。
要するに、ちょっくら世界を救ってきたんですか。
「とりあえず、お前が魅了耐性を身につけるまでは、俺の料理禁止な!がっついてるところなんて見たくないから!でも用意した分が終わってしまえば別に『そのうちまた、食べたい』ぐらいでおわるから、中毒性はないから安心してな」
それは人によるのでは。通常そのうちまた食べたいが毎日食べたいの層はいたりするんだよ、兄よ。
◇
あれから3日後、作業とルーティーンにみんなが慣れたぐらいで、最初に営農指導をした村のリーダーと【動物言語】のできる村人に任せ、村から一度離れることとなった。牛ちゃんたちは結構ご機嫌で、私の【動物言語】レベルでも良い感情なのがわかる感じだ。
村人たちはモヤから解放されたものの、私たちと同じくもれなく名を失っているので、早く復興をすすめて、名を取り戻してあげなくては。ただ、各々もともとではない名前を自らにつけて生活を開始している。
【動物言語】のできる村人に至っては、本当に楽しく意思疎通できているようで、「わかる言葉が増えてきたんですよ~」などと言っている。もしかすると次来たときは、いまだかつて見たことがない世界が展開しているのかもしれない。
その、私が営農指導をし、村人たちと時間を共にしているあいだ、兄と救国の魔法使い、アオくんは自由だった。たまに手伝ってはいくのだが、山に入っては食材をとり、海に入っては魚を捕り、そりゃあ、山からも落ちようもんよと思う申し分のない鉄砲玉ぶりをみせていた。出て行ったらほんと、夜までかえって来ない。
「いや~驚いたよな~『救国の魔法使い』。俺なんて前の世界で『救国の勇者』とか呼ばれてたから、二つ名の前半が一緒とか、親近感しかないわ~」
海に行ったくせに日焼けの一つもしていない兄がそんなことを言っている。ついでに魔法使いもアオくんもどっちも日焼けしていない。ちなみに私はしている。
「日焼けっていうのはまあ、やけどだから体力を奪うんだよ。チーズも紫外線軽減魔法ちゃんと早く覚えたほうがいいぞ~。範囲魔法ならばなおよし!」
「僕もそれ、知らなかったので勉強になりましたし、とっても楽でした!」
「千年以上も生きてきて、兄さんから学ぶことがとても多くて、私もなんか、脳が活性化してますよ」
兄さんの陽の気にあてられたのか、魔法使いさんまでニコニコしている。
とはいえ、私もできることからコツコツと、空き時間で冒険者ギルドのクエストを受注し解消しを繰り返し、とりあえず次どこかの国のギルドに行った時点でランクをあげれるようにしよう。研究者ギルドのほうもまあまあ順調。
医療ギルドはまあ、次いったときに、門戸をたたいてみることにする。医療ギルドでも獣医系のカテゴリーはないようだけど、どうせ哺乳類だし、なんとかなるだろう。




