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第56話 ミアカ『移譲と指導』(1)

 山に囲まれた海がほど近い村に、魔女さん、アオくんイオくんと訪れた。ナット自体には山を越えないと来ることが出来ない場所で、山と海に挟まれた位置に村がある、と言った感じだ。集落規模としてもそれほど大きくはない。


 ”救国の魔法使い”さんの指導のもと、この世界に適合するための大改造ののち、時間が止まらなくなった我が家に兄さんと件の魔法使いさんと、ういが待機中だ。これから行うべくは、牛舎と牧草地を私の家の敷地から切り離し、この村に設置すること。そして、”凍結の魔女”によるモヤになっているここの村民の復活と、酪農を産業とするための営農指導だ。

 

 施設の移転設置、凍結の部分解除は魔女さんの分担、その後は救国の魔法使いさんの手腕を発揮してもらうことで理解を得ている。


 都市部から相当離れていたとはいえ、『凍結の魔女』に対する悪名が届いていた可能性があるため、無用なトラブルは避けたい。

 よって、魔女さんは担当する仕事が終わったら即イオくんと王城へ退避、その後牧場部分と一緒にこの地に貼り付けられた『救国の魔法使い』と我が兄が、私とアオくんとともに営農チュートリアルをする算段だ。


「うおー出張!■■様と一緒であれば出張ができる!海だよ海!アオ、見たか海だよ!!」


 イオくんがはしゃいでいる。結局今のところアオくんはついてきてくれているけど、イオ君との接点はあまりない。

 海は、村からまあまあ遠くに見える。北国の海くらいな重い色をしている海が。


 【ステータスボード】には、目的地着いてしまったことによる凍結魔法の影響解除がされているのか、村の名前そして紹介も見ることができるようになったため、確認してみる。


【ミアカ村:ナット王国内、北方に位置。村の産業は主に山羊の牧畜。現在の人口は30人】


「30人とは本当に少ないですね…」

「村の中が全部親戚なかんじじゃなきっと」


 そこで忌々しいように悪態をつく凍結の魔女。


「奴に見抜かれていて悔しいが、矢張りわたしの力がチーズのおかげで少し安定しておるわ。観測による的確なアドバイスは昔から得意だったからなあ。だからといって癪に障るのはかわりはないわ」


 あんななんともないぜ!みたいな言い分だったのに実はそんなにギリギリだったんかい。


「チーズ。結論、お前の家を分譲するような形になってしまっていることは本当に申し訳ない」

「いえ、私もこの世界冒険してみたいし、ちゃんと牛ちゃんたちを見に来れる環境があって、ストレスフリーな環境で新たな担い手さんに任せられるのであれば、それはそれで」


 むしろ、大事な牛ちゃんたちを見ていてもらってありがたい。従業員を抱えるようなものだから、ちゃんと収益とか給金とか考えてあげないと。そして、どんどん増える生乳をどうにかすることも、産業として考えなくてはいけない。

 

 今はバルクーラーから排出したうえで【無限フリースペース】に造った倉庫の時間停止冷蔵でおいてはあるから劣化はしていないが、これからどんどん増えていくうえに、復興を考えると、産業として安定させなくてはならない。


 ざっくり考えてみたものの、牛乳の販売は現状だと手探りすぎて賞味期限からしても見送り。バターをつくったり、スキムミルクを作ったりするにしてもそれなりの機械があるか、工場の機械と同等の魔法の使い手がいるかが重要となる。

 また、こっちの世界に某社の工場も転写してくれないかな~とも考えたが、工場が転写できたとしても、機械のメンテをする人材も、オペレーターもいなければ使えないので、結局はこの世界に適したかたちで再構築していかなければならない。

 

 そして、一つの大問題。生乳の生産を継続的に行うために必要な技術。私は農学部であって獣医学部ではなかった。要するに、家畜人工授精師の資は持ってはいない。

 しかも、私が見てきた中でいうと、医療ギルドでは人間の治療特化っぽく、動物たちを診て医療行為を行うという考えがあまりないように思われる。こんなことならば、卒業後獣医学部へ行って獣医師資格もってから帰郷すればよかったか…とも思ったけれど、もう遅い。


 そもそも、こんな異世界に転写されるようなことになろうとは思ってもみなかったし。


「問題がいっぱいあるけど、とりあえず、国を挙げての事業の第一歩を始めてみるしかないよね」


 元の世界にあった技術とは別の、こちらの世界での技術があるかもしれないし。

 そしてもう一つ、これは兄の助言で解決済みではあるのだけれど、倉庫問題。生産した生乳をいかにして保存、出荷を行うかについてだ。


 議論の結果、私の【無限フリースペース】を活用する、とのことになった訳なのだけれども、

 ①【無限フリースペース】内には私は立ち入れないが、私が許可をすることで他人も立ち入ることができる。

 ②【無限フリースペース】の中にイマジネーションのみで倉庫を作成することができる。

 ③その倉庫の中に設置した棚に置いた時点で時間停止する。

 ④他人が立ち入る位置について、その一部のみに権限を付与するだけであって、全体に立ち入れるわけではない。

 要するにストレージの分割と共有みたいなものらしい。

 

 ちなみに私の【無限フリースペース】へのアクセスチェックをしたのは兄とアオくん、魔女さんだったのだけれども、どういうわけか兄は防壁が作用せず全域立ち入り・使用可能。遺伝子のせいか、何なのかは全くわからない。

 アオくんと魔女さんは、正しく必要とし、割与えられた部分のみ使用可能であったので、村の人間が立ち入ることができる場所が限定できることが確認できたため、村の倉庫としてゴーサインを出すことになったわけだ。

 

 兄は兄で、「お前が生産した農畜産物で旨い料理つくってやるよ!」とか言っている。

 実のところ勿体ぶってなのか何なのか、再会して以降一度も、兄の料理を食べていない。それなのに、「俺のために狩猟免許とってくれたんだ!」とかのたまっている。

 

 本当に、この感覚久しぶりである。でも割と嫌いじゃないのはこれも遺伝子のなせる業かもしれない。

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