第55話 王城の経過報告『魔女の目覚めとイオの焦燥』
オレはこんな事をしていて良いのだろうか。
正直、あの「異世界の君」が来てから新しいことに次々当たり続ける双子の兄、アオが単純に羨ましいだけなんだが。
師匠のお付きとして身の回りの世話からスケジュールの管理等、日々あの方が問題なく暮らしていけるようにしていくことがオレの主な仕事。外に狩りに行ったり、魔石を集めたり、外向きな仕事をこなすのがアオ、という役割分担だった。
何気に自分の方が重用されているという気持ちの持ちようで、いままで生きてきたところがある。アオに対する優越感といってもいい。
そんな日々が続いていくかと思っていた。ところが、ナット国がポンコツすぎて王と師匠がそろって国もとい世界の危機と判断に至り行われたのが、ナット王国に対する『凍結魔法の行使』と、『異世界の君』の召喚。
実はこの国は王家と、その周りの限られた人間しかしらない秘密があり、それがこの世界の維持に繋がっているのだから、ナット王国を凍結魔法により強制終了し、潤沢なリソースを追加たうえで再起動でもしないと、この世界の最大限の危機が起きてしまうという事らしい。
凍結魔法の行使によりこの国の護りはこの国固有のものとなり、恩恵が周辺諸国に及ばなくなったことにより、自衛手段を持たなかった隣国のネルドは『ドラゴンの厄災』に見舞われた。
まったく軽く扱うことのできない国の状況を、最初から「異世界の君」に言ってしまうと混乱するどころかやる気を失う、人にはよるけれど絶望に繋がるだろうし、『凍結魔法を行使』したことによる最大限の効果を生むことはできなくなるという見解で、まずはチュートリアルとして隣国に行ってもらったら『ドラゴンの厄災』である。そしてなぜか、師匠と因縁のあるらしい「救国の魔法使い」までついてきた。
前から師匠から聞いてはいたのだ。腐れ縁の魔法使いがいて、ちょっとどころかかなりめんどくさいから千年ぐらい逃げていると。
一般的な人間なら人生何周もしてますよそれ。
しかしだ。『救国の魔法使い』という奴を結果国内で野放しにして、チーズさんとアオと一緒に異世界転写最前線のチーズ宅に行かせたのは正解だったのかすらわからない。ついでに言えば師匠はまだ気を失ってる。こんな事になるなんて、よっぽどだよ。
この魔法使いから師匠が逃げ回る原因についても「全く覚えてない、分離して捨てた」とか全力で説明を拒否しているのか本当に分離して捨てたのかもよくわからないものだから、全くあの魔法使いに対する情報がなくて、対策のしようがない。
「王様は師匠と付き合い、長いんですよね」
「産まれたときに、祝福を授けてくれたぐらいには長いよ。」
「救国の魔法使いのこと、聞いたことあります?」
そうするとモヤとなっている王が続ける。
「魔女から聞いたことはない。救国の魔法使いなんてこの世界の都市伝説みたいな話だと思っていたから、今回初めて実際に会ったし、そのいでたちや在りようについても他国の王経由で聞いたにすぎないから、印象を新たにしたよ。佇まいが美しくて、とても良いね。」
俺も同一印象だ。一体二人の間に何があったのだろう。師匠のことだから絶対些細なことなきがする。
「うーん…」
倒れていた師匠に動きがある。チーズが持って帰ってきた調度品の中で、王城の応接室に戻ったソファに寝かせてある。
「あっ気が付きそうですよ」
「倒れるほどだから、魔女にとっては千年ぶりにあった相棒はよっぽど会いたくない相手だったんだろうね」
そう言ったのと同時に師匠はむくっと起き上がる。
「あーアイツに会う夢とかなんたる悪夢」
本当に真っ青な顔をして、つぶやく。
「気が付いてよかったです」
そう言うと、王様に対し、目くばせをする。
「急に倒れるからびっくりしましたよ」
応えてくれた。
さあ、あとはこれが現実だといかようにして伝えるかだ。
「なんでわたしは倒れたんだろうか。まあ、いいか。気を取り戻して、魔石千里眼でチーズの今でも見るかのう」
そういうと、止める間もなく師匠は魔石を掴んで空中にばらまき長方形の四隅に固定。なんのためらいもなく映像を繋ぐと、当たり前のようにさっきの優男がこっちを向き手をふっている。
「ギャーー!!あいつ!やっぱりいるじゃないか!!!なんでさっきお前たち黙ってたんだ!!」
「聞かれなかったから」と王、「面白かったから」とオレ。
「師匠の因縁の相手、今チーズさんの家のややこしくもめんどくさいことになっている時間停止を解消する改装をしにいってくれているんですよ。ってあれ?、見てください。画面の奥、知らない人が1人増えてる」
「魔女、向こうから手を振られているが。覗いているだけじゃなくて通信もつないあらどうだ?」
師匠はぶすっとした顔をつくり、より不機嫌をあらわにする。
「奴はことの維持と改善には一家言あるというか、エキスパートだからわたしより役に立つってことはわかる!でもな!なんか悔しいんじゃ!!」
ぷんぷんとむくれている。見た目年齢は子どもだけれども、中身はスーパー長寿様が。そんな話をしていたら、オレにしか通じない通信がアオから入った。
「え、なに?王に?うん、聞いてみる。じゃあ確認したら折り返す」
王と魔女様の視線を感じながら、通信を一度保留にする。
「私に何かお願いごとかな」
「はい、王に教えていただきたいことがございます。このナット王国の中で、辺境にあり、勤勉かつ思考柔軟な町村に心当たりはありませんか」
この世界には国は20があるが、国の中に市区町村もある。
ナットはいま全域、『凍結の大魔法』がかかっているが、凍結前はそれぞれ特徴的な営みがなされていた。
「あ、じゃあ、この、海に近く、山を越えないとほかの地区との連絡が取りづらい、牧畜を生業としていた『ミアカ村』はどうだろう」
村の人も大きな政治志向もなく、なんというか、純朴な人たちだよ、だそうだ。
そのことをアオに伝えてみると、どういう状況であったか補足的に連絡が入る。
『わかったありがとう!座標送って!救国の魔法使いがそこにチーズさんの家の牛部門だけを移植して、産業として開始したいみたい』
なるほど?
「さすが復興アドバイザー…」
王がそう、口から漏らす。
「アイツは昔からそういうところがあるんじゃ!人の仕事に手を出して想定以上の結果をだす。いまいましい」
その後、師匠の語彙力の少ない罵詈雑言はしばらく続いた。
そして、オレのちょっとした、ただの嫉妬とも思える悩みもより強いパワーをくらうと流される。
流されて、割と、どうでもよくなった。




