第289話 ボレイリョウ(8)
雲の一族の隠れ集落(だと思う)から離れ約2時間。チーズさん、イオ、天そしてテミスに僕を加えた5人パーティは夜を越す拠点を道路の脇の開けた草原に置くことにした。
まずイオがキャンプ地にさらっと防御結界を張る。これで道行く人も僕たちに気が付かない。恐らくは雲の一族の人間が様子をみにきても気がつかないだろう。そしてチーズさんが出したテントを3つ、手際よく組み立てる。
キャンプテーブルと薪でつくったキャンプファイヤー、人数分の食器もしっかり準備する。そして、ういも出してもらった。
「じゃあ今日、BBQでいくよ?」
「昼は牡蠣でしたしね。夜は肉で!」
チーズさんの指令により僕はご飯を炊いたり、出してくれた野菜を切ったり、肉を串に刺したりする。これは前にチーズさんに教わったのだけど、チーズさん自身もこのBBQというものはここ数年の間に違う地方の人に教わって覚えたもので、子どもの頃は以前この世界にきてすぐに食べさせてくれた「ジンギスカン」が、もっともポピュラーな野外焼肉であったと。ただ、キャンプの食事はもっぱらカレーが多く、一番失敗なく作れるとも教えてくれた。
今まで何食食べたか数えることさえやめてしまったけど、味としても何種類もあり、元となる「香辛料」というのを見つけては兄さんも一緒に蒐集しているといっていたので、この世界産のカレーがそのうち食べられるようになるのかもしれない。
「チーズ、飯はまだか?」
「もうすぐだからちょっと待っててね~」
「ほんとアオ、お前手際めちゃくちゃいいな。あんなに師匠の身の回りの事避けてなんもしなかったくせに」
「だってさ、チーズさんの手伝いをしたら美味しいものは出てくるし、見たことないものは出てくるし、面白いしたのしいじゃないか。あの師匠の本の扱いと調べものの様子をみていてもさ、楽しくないでしょ」
「……わかった。あとで師匠にいっておく……でもさ、お前そもそもしまったり片付けたりするまではいいが、基本雑だろ?」
おい、弟。手厳しいにもほどがないか?少しじーっと弟を見ていたら対抗してこっちを見返してくるのだが?
「あ、ごはんがそろそろ炊けるよ~みておいて、アオくん」
「はーい」
よし、ごはんも炊けた。肉の串打ちも終わった。ういのごはんも作った。
例のごとくういが食べたらダメな食べ物を扱って調理しているので、料理中ういはイオと天くんとテミスと遊んでいた。この3人に何かを手伝ってもらってもよかったのだけど、ここ数か月のメインはほぼ2人旅だったこともあって、時間と手間が余計にかかるリスクを排除するために今日は2人ですべてをまかなうことにした。
しかし今回驚いたのが、テミスに対してういが警戒をしなかったこと。そうか、大丈夫なんだ、と。
ういは小さい身体(巨大化はできるとはいえ)で猟犬であるためすばしっこく、チーズさんに害をなしたりする相手対しては本当に容赦ない。そのうえアンデッドには絶大なパワーを発揮する、そして頑なに人型をとるスキルを持っているにもかかわらずとりたがらない。本犬曰くは「もっとちゃんと言葉を覚えてきちんと話せるようになってから、ここぞというときまで取っておくんだ。変身といえばヒーローだし、ヒーローってそういうものでしょ?」だそうだ。ういがいうヒーローとはどういうものを指すか聞いて見たところ、「アオに説明しても多分わかってもらえない。チーズと見ていたテレビ番組だけど、この世界ってテレビもなければ特撮もないでしょう?」……トクサツ?
とりあえずチーズさんとうい、そして多分兄さんにしかわからないものがあるらしい、というふうに理解した。
チーズさんた炭の管理をしてくれたので、BBQの準備が終わった。しっかり汚れがついてもするっと洗えるための保護魔法もかけてくれた、イオが。しっかり網が熱せられたのを確認し、早速肉を並べ焼き始める。これは、道すがら狩りをおこなって保管していたモンスターの肉だったりする。これはチーズさんが連れてきたあの牛たちの親戚みたいな種類のようで、チーズさんは「ほぼ牛」と言っていた。あの牛ちゃんたちと似た種族が気にならないのか、と聞いたこともあったけれど、あれはあれ、それはそれ、と言っていた。そういうのものか。
「結構この世界の食品で私の世界のレシピの再現、できるんだけど微妙に味がかわるんだよね。そこを軽々とすり合わせてくるんだよ、我が兄は」
「兄さん、本当に味覚が鋭いですよね」
「あれは常人ではないね、常人では。まあ、自慢の兄なんだけど」
「僕もチーズさんと兄さんが転写されてきてから食生活が豊かですよ?もう離れられないほどに」
「え~マジで?!そんなこと言うとデザート増やしちゃうよ?!」
そんなこと話しながら準備していたら、イオがういを抱いて横に立っていた。
「アオ、お前さ、いつの間にかそんなに表情豊かになったんだな?前会ったときよりまだ豊かになってるぞ」
「は?!」
不意打ちで受けたその言葉に動揺して耳まで熱くなった。




