第281話 ユガミガハラ(16)
ここまで机上にある水のみで話していたため、一時休憩、お茶を淹れる。
「今日はハーブティーですよ。[オイスター]でその辺に生えていたやつです」
「その辺に?生えていた?」
「大丈夫ですよ。フジとハギが採取してくれたものなので毒性はなく安全です」
「あんぜん……?」
ハギとフジはオイスター内で植物の採取し、自生地マップを作っている、ということまでは聞いた。が、まだ、それ以上の事は聞いていない。植物の精霊というだけあって、マジで何を考えているかわからない。師匠は怖いとかいっていたけど一般的な常識を持ち合わせていた場合、忌避しがちな相手だということは間違いない、とは思う。
ただ、チーズさんと兄のアオ、天はまったく気にもしてないどころか興味津々といった始末。というか逞しい。
「あ、美味しい」
「チーズさんが言うには元の世界でいう『ミント』と『レモングラス』『カモミール』に類似したもののブレンド、らしいですが、僕はそのへんの植物に全く明るくないのでわかりませんでした!」
「あいつらにそんな特技があったとはなあ……で、相変わらずあの奇妙な自室はそのまんまなんだろうなあ…」
「人の趣味にケチつけちゃいけないですよ?師匠」
「イオ、立ち入ったのか?!あそこに?!」
「いえ、オレはまだ」
師匠、ちょっと声が大きい。結局チーズさんしかまだ立ち入ってはいないけれど、ミニドラゴンと化した蜥蜴たちはすっかり回収され、元の姿に戻りあの部屋で過ごしている、と聞いている。
「まだというか、きっとお前潔癖気味だから、無理だとおもうぞ……?」
「話を聞いた感じでは、そんな気がオレもしています」
「お茶おかわり」
「はい」
琥珀色の液体をカップに注ぐ。さわやかな香りが再び香り立つ。
「ところでユガミガハラってどこにあるんですか?」
「ああ、そうだったそうだった。ユガミガハラはもともと【神代】ダンジョンだった、という噂がある。そう考えると一般的に立ち入ることができない国、ってことになるな。そういえばイオ、持ち帰った【分神の意識】、どうなってる?」
「……どうもこうも、行ったとたん[オイスター]は国葬中、王から仰せつかった浮世音楽堂の起動、そしてシラタマ王の探索補助しかしてないんですよ。そんなレベルの上がるようなことをする余裕があるとおもうんですか?!」
「一気にくるな!」
「オレだってどんな育ち方するか、楽しみなんですよ?!」
「ほ~う???」
師匠、この程度でニヤニヤするのマジでやめてほしい。実際本当に、余裕はなかった。とはいえアオのほうも余裕がないのでまだゼロスタートに近いことは同じ、これから、これから。
「そう言えばハギとフジは神代のダンジョンとは無関係なんですか?」
「無関係、あいつらは正真正銘植物の精霊。あれ以外に分神の眷属が2ペアいる……ってどういう意味だ?」
「変わった眷属がいっぱいいるって思っただけです」
どうして好き好んで厄介な眷属ばかり増やすんだこの人は。いや、一番厄介なのは弟子にしたオレたちかもしれないけれど。
「ユガミガハラの事を知りたければウララに聞くのが一番いいんだろうけど。今回チーズ兄たちが撃退した親族がウララが国に戻っていないとゲートが開かないみたいなことを言ってたんだろう?」
「そうですね」
「多分分神…分けてるかはわからないけどその主が吉祥の白竜の一族の当主なんだろうな、人由来ではなさそうだ」
「ということは、ウララさんか天くんが戻れば出入りが可能になる、と」
「今はウララのみ、だろうな。当主の先祖が当主が国内にいる間のみ、一族のみが使用可能なゲートが開く、というルールを敷いたんだろうな。しかもそれを知っているのは当主かその継承者のみ、一子相伝といったものだろうな。本当に聞けば聞くほど、【神代】ダンジョンっぽい」
「要するに、自分の国の仕組みもわからずクーデターを仕掛けて王を誘拐させた、と」
「可能性は高い。……それで国に帰れないとかアホすぎる」
おそらくこの推理であっている。ただ、余計な心配事と知ってしまったことによるリスクが現状高そうだから、ウララさんに確認することはやめておこう。どう考えても企業秘密に足を突っ込むことになりそうだし。
それを言うとこのナットもなかなかの企業秘密持ちではあるっぽいことはわかっている。
「今日はこっちに泊まっていくのか?」
「そうですね。自分のベッドでゆっくり寝てから明日再び出かけます」
「本当にイオがいないとどんどん部屋が荒れるうえに増えていく」
「……そういえば最近調べものが終わったあと、片付けられていないですよね?」
「だってお前がやってくれるから」
ちょっと絶望的な気持ちになった。もしかして、オレが我慢できず片付けることが原因で、根本的な問題、片づけをする気をなくさせてしまった…?マジか……?
「オレがいなかったら片付けるってことなんですか?」
「……どうだろう。この城部屋がいっぱいあるし、イオが戻るぐらいまでは部屋数もつだろう」
「何を言ってるんですか?!」
「イオがいると助かるなあ、と」
その言葉を聞き、本当に、心の底から、目の前が真っ暗になる気分になった。




