第191話 秘境イノハナ(4)
扉を蹴破り見た者は、四つん這いになり、涙と唾液を垂らしながら、必死に瘴気と戦う姉の姿だった。
その横には村の長、そしてその妻。一体姉に何をしていたのか。
「姉さんに何をした?何をニヤニヤしている?」
出来るだけ感情を抑え、静かに聞いた。
「お前の姉はすごいな、我々の老化すら浄化する。素晴らしいよ」
「その小さなナリでその不釣り合いな大剣。使えるわけないさね。なんだい?姉でも助けにきたつもりかい?迎えにきたことにしてやるから、とっとと連れてお帰りなさいな」
「とっとと連れてお帰り?何言ってるんだ。今日だけじゃない、これから、ずっとずっとお前らに酷い目にあわされないように姉さんを助けにきたんだよ。へらへら笑っていられるのはいまのうちだ。許さない」
そう言って前を見ると、村長夫妻は僕の行動について意に介することもなく、嫌な笑顔を絶やすことがない。
本当に頭にきた。
背中から大剣引き抜き、床に思い切り突き刺す。
家にあった父さんの魔術書で読んだことがある、ミスリルは魔力を通し、増幅すんだよ。お父さんは魔術が得意だったらしい。お母さんは魔法剣の名手だったらしい。絶対僕にも力が備わっているはず。顔もおぼえていないけど、力を貸して、姉さんを助けて。
「アオ…?」
僕の気配に気が付いたのか、朦朧としながらも姉さんが気が付き、こちらを見た。その顔の酷さを見た瞬間、感情が大きく乱れた。
その感情に大地が応えたのか、地面から足を通し力が湧き立ち、掴んだ剣を通し増幅する。大きな力が僕の体をどんどん通っていく。抑制はできないし、出来たとしてもしない。力が臨界に達したところで、大剣の刺さっている場所から発火した。やっぱり父さんと母さんの子だから、僕にも力があったよ。
「村長さん。老化を浄化するって?これから消し炭になる人間にはもったいないから姉さんに戻してよそこに使った姉さんの力」
ちょっと考えるだけで簡単に、今まで姉さんからこいつらが奪ったちからを取り戻し、姉さんに戻すことができた。その瞬間姉さんの顔は少し緩み、気絶した。
なんだ、簡単じゃないか。姉をいいように利用したことで発生した瘴気は本人たちを襲う。なんだか悲鳴を上げているような気がするけど、いい気味だし気にしない。
「村の範囲はうん、このぐらいか」
今の僕には手に取るように村の人間がどこにいるかがわかる。そして、そいつらがどれだけ姉から奪い取ったかもわかる。
そんなもの、もれなく全部全部本人に戻してやるよ。
父さんと母さんがいなくなってから、姉に今までしてきた分、全部、もれなく。
◇
兄に引きずられるように、力が湧いて来る。家系的に魔法は使えそうだったけれど、いままで発動したこてゃなかった。これ、オレも加わることで兄も姉も助けることができるんじゃないだろうか。そのぐらい、力に酔えるぐらいの万能感があった。
家から外に出る。
兄が姉に巣食う悪いものを、その元凶であった人間たちにもれなく還元している、というのがわかる。例の社は燃えている。
「うわ、大炎上」
自然と笑みが出る。
オレたちが我慢する必要なんてなかったんだ。姉を犠牲にする必要なんてなかったんだ。
兄の力からのパスが丸ごとこっちに通ってくる。楽しいぐらいに魔力を感じる。
「オレは…うーん!そうだ!」
頭上で父さんの杖をひと回し。
誰も出てこれないように、村に存在する家の周りをもれなく炎で包み込む。誰も出てこれないよね、絶対兄を残しはしない。脱出してやるんだ。
そこで、記憶が途絶えた。
力の暴走に体が耐えられなくなったからだ。
◇
「おーおーよく燃えておるわ。人間はもれなく気絶、人的被害はゼロ。建物の被害は甚大っと。一体なにがあったんだか」
そこに現れたのは凍結の魔女。
あたり一帯をまあまあ使える氷魔法により鎮火し、状況を確認する。
「そうか、お前たち姉弟で寄り添って耐えていたんだな。大変だったな。こう、田舎に強い力をもったヤツがあらわると大体碌なことはおきないな」
そう言うと気を失っているアオとイオ、そしてその姉を一か所に集める。こんなことはこの魔女にとっては全く難もないこと。
「この村の復興は気が向けばアイツがきてやるだろう。とっととずらかるか。と、その前にこの姉弟の記憶だけは封じておくか」
凍結の魔女は右手をそっと上げ、手首を回し、手を握る。そうするとどこからか小箱が現れ、その中に『記憶』を封じる。
「これは海にでも捨てとくか。記憶は消すより封じた方が脳へのダメージは少ないからまあ、家はないけれどこの村の連中もこいつらのことは忘れて生きていくだろう」
そう、独りごとを残し魔女は転移魔法で姿を消した。
◆
凍結の魔女はどこからか出したベンチに座りながら記憶の記録を見ている。
「弟子どもの記憶だけで進むかとおもったら第三者視点でも来るのか過去の映像。なんじゃこりゃ!昔の私を見せられるとはおもわんかったわ。そういえばあの記憶の箱、絶対見つからないように海にしずめたんだったな。変に弟子たちが恨まれてもかわいそうだからなあ」
あそこで記憶を封じなかったら、あの姉弟はあの村の連中に執拗に探されただろう。でも実際はこいつらのほうが強いので、いかようにも撃退は可能であったのだけど、幼さだけが難点だった。いいようにやられて、かわいそうに。




