第178話 葡萄畑黎明譚(4)
ミアカ村の村長はトラヨシさん、その妻はうさえさん。村長代理はクマナリさん、その妻はねこりさんと言う事が今更ながら、わかった。
滞在時間の短さと、兄さんご一行はおおむね宴会をして酔っぱらって倒れて寝ていたせいで名乗るタイミングを逸していたとか。そんなばかなとはおもうけど、僕も全く名前とか村の運営管理者とかもちっともわかってなかったので、申し訳ないけれどもこれからはきちんと覚えることにしよう、と思う。因みに僕だけじゃなくて誰ひとりわかっていなかったうえに、誰が最初に名乗りを上げるかと、村の中で相談事項となっていたらしい。
たまたま今回、サンドイッチだったがためにノー飲酒だったことから、ちゃんと、やっと名乗れたと。
給料にしたって魔法で自動分配してたようなものなので、本当に個人情報保護の厚い。いいのかこれで。
「いや、名乗らなかった俺たちが悪かったので。それなのに要望に応えてごはんは作りに来てくれるし、見たこともない食材も売ってくれるし、何よりかわいい牛ちゃんたちと生活できているのが幸せですよ。牛ちゃん達も最近、話せる言葉増えてきたんですよ。【動物言語】って動物もスキルとれるんですね」
トラヨシさんはとてもうれしそうにしている。
「兄さんの妹の飼っているカニンヘンダックスという犬がいるんですが、その子もとても【動物言語】で言葉が発達してきているので、話しかけることが重要なんでしょうね。通常犬の知能は三歳程度っていうんですけど、ういは多分、そのレベルを超えてきているんですよね。あ、ういとはその犬のことです。だからきっと、牛たちも同じように知能もあがりつつ、話せること、要望とかがはっきりわかるようになるんでしょうね」
この村は比較的動物愛が強い人たちが集まって生活していた集落なんだろうな。すんなり牛たちを受け入れて、会話を惜しまず、コミュニケーションをとるとか。
ここまできてやっと、兄さんが切り出す。
「突然で申し訳ないんですが、この村に動物嫌いの人はいますか?牛の世話ができない人とか」
トラヨシさんとクマナリさんが顔を見合わせる。困ったような顔をしている。
「実はせき込んでしまったり、鼻水がでたり、牛たちに近づけなくて困っている夫婦が2組いますね。眼が真っ赤になってしまったりしたので、牛舎の方には近づかず、村のその他の仕事をしてもらっていました。そもそもが牛のお世話についてもそれほどの人数が最近は必要なくなってきてまして。慣れと意思疎通によって何とかなってきているので」
「ミアカの人たちは優秀だなあ」
魔法使いさんがそんな言葉をもらす。ほんとうだよなーって、思う。
「そんな、優秀なミアカの方に、折り入ってお願いがありまして」
兄さんは真剣な顔をしながら、村長に状況と、必要な人材を説明した。
そこから30分、二組の若い夫婦が僕たちの前に現れた。
「この人があのサンドイッチの。美味しかったですありがとうございます」
「ありがとうございます…遠目にしかみたことがなかったけど、皆さん顔面偏差値高いですね」
「こ…何言っているんだ?!すみません、妻が変なことを」
「だって、キレイじゃん」
「そうだけど!」
そんな会話をしているのを兄さんはにこにこと見ている。そして、もう1組の夫婦は、言葉もなく口をおさえつつこちらを見ている。ついでにメモうるんでいる。
「先ほどの提案のように、村の郊外に移住可能な者たちです。いかがでしょうか?」
「一度現地に連れていってみますね。因みに家はこれから建てます」
適性の有無を兄さんは現地に連れて行って図るらしい。
◇
村と葡萄畑の間の距離は数キロであり、まあ、遠くはない。
ここで、葡萄畑の管理と、ワイナリーの管理人としての新規雇用であることを二組の夫婦に伝える。ただ、2メートルの巨女に目がいってしまい、完全に耳にはいっていなさそう。インパクトつよいもんな、でかいし。
先ほど話をしてきた方が旦那さんがタツミさん、奥さんがきのえさん。無口なほうが、旦那さんがイヌイさん、奥さんがきのとさんということをここまでの道すがら、聞いて見た。
無口な夫婦のほうが「眼が焼ける」とかいってこっちを直視することもなく、目線をそらし続けるのは一体なんなんだろう。別に僕たち、熱は発していないと思うのに。って思っていたら、なぜか、ワイナリー予定地に到着しチーズさんを見るや否や突然リラックスムードになり、饒舌に話しかけている。ちょっとチーズさんに対してだけ舐めた態度をとるようならば、僕も兄さんも、ういも許さないんだが。とか考えているうちに、チーズさんのところでタイマーが鳴る。あれから24時間時間が経過したのか。
「あーおわった!24時間って結構ながいね!」
ういを抱っこしたまま、チーズさんがこっちにくる。
「この木材で、家2軒とワイナリー、あとは王城横の温泉宿建ててもおつりがきますね」
「ほんとにね。頑張った甲斐があったってもんだ!」
あとは、この連れてきた2組の男女に移住の気持ちがあるかどうか。
家が村から遠くはなるけれど、”救国の魔法使い”さん仕込みの防衛魔法が村とこのワイナリーの間に常時展開されることによって往来の安全も保障されている。でも引っ越しがおっくうではあるとはおもう。いつも冒険者として飛び回っている身とはわけが違う。
とか思っていたら、二つ返事でどちらも葡萄畑の管理人を了承してくれた。
「葡萄酒づくりってなんか楽しそう」と、タツミ夫婦。
「お慕いしている方々からのお願い、断るわけないでしょう(小声)」と、イヌイ夫婦。
ありがたいことこの上ない。
その返事がうれしくて、チーズさんと、ハイタッチをしてしまった。




