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名を記されたのは

初作品となります。

それは、1枚の遺言書から始まった。


『私がこの座から退いた時、相続争いを防ぐ為、ここに次代の主を記す。

この卯月を担い、次なる導き手となるのは杜鵑と藤の申し子、子規藤しきふじとする』


数週間前、俺たちが住む卯月の領主が死去した。

卯月はこの国、札華さっかの中でも弱小領であったが、まとめ役となる領主の座を長く空けておく事はできない。

そんな時に、この前任からの遺言書が発見された。

そして、遺言書に残された名はこの俺であったのだ。

読み上げられたその一文が頭を廻り、自室に着いた時ですら精神が追いついていない現状である。


「……普通に考えて可笑しいだろう!純妖である弟の藤白とうはくを差し置いて、この俺が次期月主(げっしゅ)になるなんて!」

「まぁまぁ、僕は寧ろこの采配で良いと思うけどね?兄さんの方が実力はあるんだし」


すぐ側に居た藤白は穏やかな笑みを浮かべながら、嬉しげに手続きを進める。

どうやら聞く耳は持ってくれなさそうだ。

頭を抱えながら、上等な和紙に綴られた文字を恨めしげに見つめる。

何せ、俺は月主になどなるつもりではなかったし、なりたいとすら思ってもいなかったのだ。


「はあぁ……頼むから嘘だと言ってくれよ」

「逆に兄さんはなんでそんなに嫌がっているのさ?月主って言ったら、みんなの憧れなんだよ?」

「知ってるさ。けどな、俺はそんな人格者でも、責任を背負えるような人材でもないだろ。ましてや、俺は疎まれた()()だ」


腰掛けた椅子の背もたれに傾れながら、手際よく作業を進める弟の背に視線を動かす。

長く伸びた淡く輝く白髪が三つ編みでまとめられて、背の後ろで揺れていた。

その中で一際目立つ紫色の束が、先代の血を引いていることを表している。

視界の端にかかった自らの濃い紫の髪を掻き上げ、再びため息を吐いた。


「そんなの関係ないでしょ。兄さんは僕が知り得る限り、半妖なんて枠に収まるような妖じゃないよ」

「買い被りすぎだっての。そもそも俺はお前と違って、月主になる教育なんて受けてもないし、急に治めろって言われても困るんだよ」

「そこは僕がなるべくサポートするよ。だから兄さんには少しずつでも良いから、この国を見て、知ってほしい」


そんな事を言われたって……。

と、口から出かけた言葉を飲み込み、藤白の瞳を見つめ返す。

昔から変わらぬ紫色の瞳は、純粋さを持ち合わせながらも、確かな未来を見据えていた。

その光が眩しくて、でも失いたくもなくて。

俺はただ、一度こくりと頷いた。


それからあれよあれよと準備は進み、就任式当日。

あまりにも唐突な事象であった為、就任式は控えめに行われる事となった。

会場となる広間には、既に人が集まっており、先代から使えていた者も並んでいる。

そんな催しに相応しく、華々しい音楽に、柔らかな花の香が乗せられていた。

無駄に豪華なこの広間は端々まで飾り付けられていて、今日がいかに大切な日なのかを物語っている。

そんな広間へと繋がる扉の前で、人知れずため息を飲み込んだ。

これから世話になるであろう上質な仕立てがされた服を纏い、鏡を見やる。

袖は着物のように大きく、全体的なデザインは軍服近しいこの服は、自分によく馴染むようになっていた。


「兄さん、もうそろそろ始まるよ」

「分かってる。……本当に始まるんだな」


純粋に向けられた期待に応えたいのも、こんな地位を投げ捨てたいことも事実で、飲み込んでいたため息を吐く。

備え付けられたこの部屋の椅子から立ち上がり、窓を開けて風を迎え入れた。

普通よりも大きく設計された窓からは、これから統治するであろう卯月の領地が眺められる。

今も実感の湧かぬ心の内は、夜空に浮かび上がる月のように凪いでくれない。


「あんまり期待しないでくれよ。……ま、精々これ以下にはならないようには頑張るさ」


重い腰を上げて、肩からかかるペリースを流す。

もう一度ため息を押し込み、深く息を吸い込んだ。

そうして、いよいよ目の前の扉が開かれる。

藤白は側に控えて頭を下げ、俺は帽子を深く被り直して一歩を踏み出した。

自分にとっては眩しすぎる場所へ進む事に、少しばかり足がすくんだ事を見抜かれていないことを願いながら。


「……なぁ、どうして俺を月主にしたんだよ、父さん」


その言葉の答えは、未だ雲の中だった。


皆様初めまして!

拙く短い文章となりましたが、これからこの世界観を少しでも楽しんで頂けたら幸いです。

改めて、宜しくお願い致します!



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