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幻のスナイパー

作者: 雉白書屋

 参議院選挙応援演説の最中、とある大臣が撃たれた。

 犯行に使用されたのはエアガン。ただし、改造し威力を大幅に底上げしたもので無論、違法である。

 大臣の度重なる不祥事。黒い交際。その悪行に憤り、と襲撃者は逮捕後、そう供述。幸いなことに大臣は怪我はしたものの命に別状はなかった。

 が、再び大臣のその悪行が取り沙汰されたわけだが、それとはまた別に、こんな話が浮上した。噂も噂。歯牙にもかけない。しかし、陰謀論者や野次馬たちは面白がり、熱心に話題に上げた。


 大臣は実はスナイパーに撃たれたのだ。


 襲撃犯があり、また撃たれた本人も奴の仕業だという中、何とも馬鹿馬鹿しい話である。

 ……が、目撃証言が複数あったのだ。

 大臣が撃たれた現場近くのビルの屋上。その外階段を駆け降りる者の姿。そしてそれが腕に抱えるのは紛れもなくスナイパーライフル。背にはそれを仕舞うのにふさわしいケースを背負っているのにもかかわらず剥き出しのまま、何とも慌てた様子だったという。

 そして、この話が広がるとなんと証拠まで出てきた。

 目撃証言そのままのあわてんぼうの間抜けなスナイパー。階段を下り、スナイパーライフルを抱えたまま体を右左と揺らしながらトテトテと走り去るその姿。

 現場近くにいた選挙演説の見物客のスマートフォンのカメラに、たまたま収められていたわけだが、確かな証拠となると一気に火がつきマスコミがこぞって話題にし始めた。


 黒いフード付きのパーカーに黒いズボン。顔はマスクに帽子を深く被っていたため体格からして恐らく男であると思われるがそれ以外、わからない。だが、それゆえにキャラクター化しやすく、すぐにグッズ展開された。ペンギンのような走り方が良かったらしい。

 警察の調べによるとやはり大臣を撃ったのは襲撃犯の銃で間違いなくスナイパー云々は全く関係がないことからして、先を越された人。その上、ビビって逃げた奴。何のために行ったの? などと、その間抜けぶりが目立ち、可愛いとまで言われた。

 中にはあれは実は美少年だ。いいや美少女だ。などと妄想を膨らませ、グッズ化の勢いは止まらず無論、おもちゃではあるがスナイパーライフルが売り切れになるなど一大ブームを巻き起こした。


 中には真剣に彼を称える声もあった。

 ただ一人、孤独に身を潜め、虎視眈々と悪を穿つチャンスを狙っていたのだ。彼こそ正義。失敗したものの評価に値するのではないか。

 と、そういった声は日に日に高まりそして、そこかしこにスナイパーが見られるようになった。

 面白いと思ったのか目立ちたかったのか選挙の場にも現れ勿論、警察官に呼び止められ確認。

 ただの模型。中には水鉄砲もあった。各おもちゃメーカー他がブームに乗じて商品展開をした結果だろう。毛ほども殺傷能力がないのであれば逮捕するわけにもいかず、口頭の注意に留めるも数が数。男の他に女子高生、老婆、子供などにまで銃口を向けられる候補者たちは、おもちゃだとわかっていても戦々恐々。

『不祥事など起こしません!』『国民の期待を裏切る真似はしません!』とやたら言い訳がましくアピールしたのだった。

 政治家に限らず、タバコをポイ捨てしようとした会社員。店員を怒鳴るクレーマー。違法駐車、落書き、万引き、痴漢、盗撮、などと悪いことをしようとした者はどこからか見張られている気分になり、断念するのだ。上記に加え、空き巣被害など犯罪件数が減ったのは此度の流れと無関係とは言えないだろう。

 

 カメラを向けられるのと同じように銃口、それにあのスコープを通して見られると後ろめたい者は緊張感が増すようであった。スナイパーライフルというものは『見ているぞ』と確かな象徴であるのかもしれない。


 が。


 一陣の風のように吹き荒れたスナイパーブームであったが風は風。いずれ治まるさだめ。

 そもそもがこれ幸いにと大臣の悪行から目を逸らさせるために癒着するマスコミ連中が乗っかり作られたブーム。

 飽きがくれば後に残るは巻き上げられ、地に落ちた枯葉。

 違法投棄されたスナイパーライフル。集め、一つにまとめオブジェにでもすればそれは平和の象徴か、はたまた恥と負の遺産か。

 なんであれ、どの町からもスナイパーは消えた。

 当選した議員の何人かは早速の不祥事。不倫、失言、選挙違反。いずれも辞職はせず。


 ああ、スナイパーはどこにいる。

 正義は何処に。そんなもの端からいなかったのか。

 吹く風は冷たく、冬の兆し。


 やがて積もり積もった雪の町。ビルの屋上でスナイパーライフルを構える一人の男。眼光鋭く、瞬きすら惜しむその下では人の皮を被った魑魅魍魎がはしゃいでいる。

 銃口のその先では顔を歪め声を上げる女の姿。その髪を掴み笑みを浮かべる男。

 ……今、引き金にかかった指にグッと力が篭る。

 その瞬間。夜空に銃声が響く。

 ……が、今のはタイヤのパンク音。それと気づかずスナイパーは慌てて階段を駆け下りる。

 それはいつかどこかで誰かが見たのとよく似た姿。同一人物かはわからないが。

 

 ラブホテル街をペンギンが滑稽に走る、ある冬の夜のこと……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 謎のスナイパーがブームになり、このまま世の中がよくなる…と思いきや 残念ながらブームは去ってしまいましたね。 果たしてスナイパーの正体は…。 最後のシーンは微笑ましかったです。
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