推し劇団と次の旅行先
本日俺は富裕層の街にある、近くのレストランに一人で行った。
ジェラルドとミレナはギルドの仕事だし、セレブの飲食店なので犬のラッキーはお留守番。
トートバックにミラだけ入れてる。
ともかくたまには他人の作った飯が食いたいという理由でレストランに来たわけだ。
香草と焼いた鶏肉を味わいながら、近くのテーブルにいる人々の会話に、なんとなく耳をかたむけていると、劇場のなんたらという女優や俳優が素晴らしいとか、どこぞの美術館の絵が良かったとか、わりとハイソな内容だった。
流石富裕層の街だな。と、感心しつつも、俺は新たなるインスピレーションや刺激を求めて、この世界の美術館や劇場に行ってみようと思った。
せっかく異世界にいるんだ、仕事ばかりしてるのはもったいない。
先に美術館に行ってから、劇場で演劇を見た。
なかなか良いシナリオの劇で、女優も美人だった。
それこそ、推せるレベルの。
しかし、観劇後、劇場から出て近くのカフェでお茶をしていた時に、胃のあたりを押さえて苦しんでる人を見かけたので、とりあえず日本で買っていた胃薬をあげることにした。
「もしや胃の調子が悪くなるほどの悩みでもありますか?」
などと聞いたら、劇場のチケットの売り上げなどの経営で悩んでいたらしい。
なんと職業が劇場の支配人。
人気の女優との契約料が高かったのと背景美術に凝りすぎて、いまのとこやや厳しいらしい。
俺はせっかくお気にの女優が出来たので、ちょっとばかしおせっかいをすることにし、胃薬が効くまでの間、少し彼とお喋りをした。
「主題歌を作って最初と最後に歌を流すですって?」
「そうです。
それと盛り上がるシーンで主題歌を差し込んだりね」
「ふむ、歌か……」
オタクはそういうのが好きだし。
「後は演目の見どころや内容を簡単に描いたパンフレットを販売し、来場特典の何かも配布し、あ、人気のある演者の姿絵も沢山売りましょう」
「姿絵のために山ほど画家を雇えと? そんなことをしたら更に赤字になります」
「いいえ。姿絵は私が印刷物を持ってきますので問題ないです。全く同じ絵が高品質で沢山作れるし、額縁も仕入れて売るのもいいでしょう。これも私が仕入れて来れます。この仕入れ物品分の支払いで私も出資しますから、あとで収益から返していただけたらと」
「え!? 出資!? 本当ですか?」
お気に入りの劇団に出資とかセレブっぽいな。
でも推しに課金したくなるのはオタクの性。
それに異世界の恩恵がすごいから多少はこちらの世界の文化や芸術とかに還元したい気もするから。
「もちろんです。ただ、姿絵の売り上げだけは演者本人の売り上げにしてください。本人も生活が助かるはずですし、やる気が更に上がると思います」
日本でもミュージカルの演者のブロマイドは本人達の収入となると聞いた事がある。
頑張ってる若い役者が貧しい食生活とかだったら切ないもんな。
あと、印刷は満月の日に日本に帰った時に印刷所に頼んだほうが手っ取り早いな。
「な、なるほど。それで来場特典とは?」
「えーと、劇の途中の名シーンの絵とかですね、これを前期の公演と後期の公演で変えます。変わることでどちらも欲しいと感じたら、客は二度は通う事になるかと」
「ほほう、同じ演目なのに特典目当てにまた見に来ると」
「そうです、まあ内容とかが気に入る演者がいれば二三回通う人は元々いますけどね」
絵と言っても写真だから名シーン再現風景と個人ブロマイド用の撮影をさせて貰ってサクッとやろう。
一人ずつ肖像画を書くより早い。
「ふむふむ、ちょっとメモを取ります」
支配人はカバンから出した紙と筆記用具でメモをとっている。
しかし羽根ペンとインクって面倒だよな、俺の雑貨屋に既にインクが入っている万年筆があるんだけどな。
ノートのみたいなのも紙が貴重なら劇場用に仕入れてきてもいいな。
物販ブースに置いてもらって……。
「はい。それと餅系のフード、大福餅なんかも置いておけば、ある程度尿意が来るのを遅れさせることができるかもじれないのでこれも多少は仕入れて来れます。初日限定くらいの量ですが」
「なるほど」
もち米やあんこなどを仕入れてレシピをネットで拾ってくれば大福餅屋ができるかなぁ?
いや、でもそこまで爆売れするかは微妙だ。
ひょんなことで劇場支配人と会って出資する事になったが、これも縁だよな、と思いつつ一旦帰宅した。
六日間ほどは劇場の俳優の撮影やら、売り物の原稿データ作りに集中した。
その後、俺はギルドの仕事から戻って来たジェラルドとミレナに、バニラ味のミルクで作った甘くて美味しいフレンチトーストを朝食として食べながら、次の旅行計画の話をした。
「また満月の日までプチ旅行に行こうと思うんだけど」
「どんな所に行きたいのか言ってみるといい」
俺はジェラルドに促されるまま希望を伝える事にした。
「えーと、俺の世界には潮が引いた時だけ歩いて渡れるモンサンミッシェルって有名な観光地の修道院があるんだけど、そういう所はないかな?」
「あるぞ、そういう神殿が。行き来が潮の満ち引きに左右されて不便だから今はもうほぼ誰も使ってないらしい廃神殿だけど」
「あるんだ! やったぜ! ファンタスティック! 人がいないなら撮影もし放題だな!」
「別にいいけど、何か水場が多いわね?」
「だって夏だし、でももしあれならリオのカーニバルみたいに女性がセクシー衣装で踊りまくるお祭りやってるとこないかな?」
ガタン!!
「神殿にしましょう! ミラもそろそろ魔力の充電が必要じゃないかしら!?」
ミレナが急に椅子から立ち上がってそう主張するので、
「お、おう、そうだな、充電大事」
と、返し、次の旅行先はモンサンミッシェルみたいな神殿となった。
「それにしてもこの朝食のパン、甘くて美味しいわね」
「何しろバニラ味のミルクを使っているからな」
「高そうな味な気がしたが、そうだったのか」
「うん。ところで俺達が行くのは何の神殿なんだっけ?」
「海龍を祀っていた神殿だ。船乗りが海の魔物に襲われないよう、安全祈願に祈っていたと言われる」
「海龍の神殿か、いいじゃん、強そうで」




