いいこと
ドンっ!
と、俺の近くでぶつかる音が聞こえたと思ったら、
「うわっ! なんでこんなとこで屈んでんだよ! ババァ!」
「あっ、す、すみません」
ランタン祭りもファイナルだから皆、帰路につくためにごった返してて、御婦人が若い男にぶつかってしまったらしい。
地面に膝をついてしまってる年配の女性が心配で俺は手を差し伸べた。
「大丈夫ですか? 立てますか?」
「い、いえあの、ありがとうございます」
女性は顔が真っ青だったが、立ち上がらずに周囲をキョロキョロしつつ言葉を続けた。
「探しものをしていて、下を見ていた私が悪いんです」
「何をお探しで?」
「ゆ、指輪です、主人とお揃いの結婚指輪」
「え、なんでこんなとこで外してしまったんですか?」
「先日たまたま再会した幼馴染が、大事な指輪がくすんでしまってるから磨いてくれると言ってくれていて、
ちょうど今さっきその人と似た背中を見つけて慌てて巾着袋に指輪を入れて預けようとしたんですが、その時運悪く人に押されて、手に持っていた指輪がどこかに転がってしまって」
女性は涙目だった。
それは残念な事故だ。
「どんな指輪ですか? 俺も一緒に探しましょう」
「す、すみません、見ず知らずの私の為に。
シルバーのリングで内側にセイラと私の名前の刻印があります」
「わかりました!」
「ショータ、どうするつもりよ、この人混みのなか、もう拾われて盗まれてるかもしれないのに」
ミレナがそう言った後に、ジェラルドが口を開いた。
「皆、ランタンが飛ぶ上を見てたんじゃないか? あのタイミングで下なんか見てるか?」
「金の匂いがするものに敏感な存在はいるのよ、あと、この私がこの目でこの辺の地面をざっと見てもないわよ」
あ、ミレナが冒険者のシーフだから?
あ、そうか、匂いか。ならば……
俺は海神様の帳面を出した。
朝、出かける前に枚数を数えたら40枚綴りだった。
一枚減るけど、結婚指輪をなくすのは辛いだろう。
俺は筆であるものを描いて帳面を一枚破った。
「ワン!」
「犬!?」
破った紙から飛び出したのは一匹の犬!
「ショータ、犬なんか出してどうするんだ」
「ちょっと、何よその紙と力は?」
「詳しい説明は今は省くが、これは嗅覚が鋭く、探しものが得意な名犬!」
俺は犬の絵と、共に探しものが得意な名犬と文字でも書いていた。
「奥さん、貴女の手の甲の匂いをこの犬に嗅がせてください」
「は、はい」
セイラさんはおずおずと犬の前に手を出した。
犬がくんくんと、匂いを嗅いだ。
「ワン!」
「記憶したのかな? じゃあ指輪を探して案内を頼むよ!」
俺はミラをトートバッグにしまいながら犬に頼んだ。
「ワフ!」
一声吠えて犬は迷いなく進んでいく、俺達はそのあとをついて行く。
一人の男の側に駆け寄る犬が吠えた。
「ワンワン!」
「え、その人が持ってるってことか?」
「ワフ!」
犬は頷いた。
「うわ、何だよこの犬」
「あの、すみません、あなたが落とし物を拾ってくださった方ですか?」
ちょっと輩っぽい雰囲気の男だな。
「ああん?」
「指輪、拾いましたよね?」
「い、いきなりなんだよ、どこにそんな証拠があんだよ!?」
おや、素直に返してくれるタイプじゃなく着服したい人か。
「大事な結婚指輪です、セイラとしっかりと名前の刻印もあるシルバーの指輪なんて、転売にも向きませんよ。今なら見つけてくれた謝礼に金貨を差し上げますから」
「なに!? 金貨!?」
「ええ、古びたシルバーの指輪より金ピカの金貨のほうが良くないですか?」
俺はポケットから金貨を一枚取り出した。
男は頭の中でソロバンを弾いたようで、
「ちっ、おらよ!」
俺の掌の金貨を奪い取るようにして手に取ってから、ポケットから出したシルバーの指輪を投げてきた!
お婆さんじゃキャッチできない速さだったのでジェラルドがキャッチした。
男は金貨を持って走り去った。
ジェラルドは指輪を年配の女性にしっかりと握らせた。
「あ、あの、親切に有難うございました。旅の方。
でもあの、金貨って、私あまりお金をもってなくて」
女性は恥じ入るように小声で言った。
「良いんですよ、金貨を謝礼に出したのは俺が勝手にやったことなんで、結婚指輪のほうが大事でしょう」
「あ、ありがとうございます、今の手持ちはこのくらいなんですが」
女性は財布から銀貨を四枚出して俺に渡そうとしてきたが、
「本当に大丈夫です! じゃあ今度は失くさないように早く巾着にしまってください」
女性ははっとした顔で長い紐付き巾着に指輪をしまって首から下げ、ぎゅっと握り、俺はその姿を見届けてから、
「じゃあさよなら!」
そう言い放って、年配の女性が追いつけない速さで人混みの中を走った!
ジェラルドとミレナと犬はなんなくついてきた。
流石現役冒険者だ!
街の中の酒場兼、宿屋の前で俺は止まった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
い、息がキレる。久しぶりに真面目に走ったからバテた! おじさんだから……。
やはり俺は最後まで格好つかないな。
「昔は金貨稼ぐのにオークのいる戦場にも行ったのに、ショータは本当に気前がよくなったな」
ジェラルドは笑ったが、瞳は優しい。
「海神様に凄いものを貰ったから、一回は人助けに使う方がいいんじゃないかな? ってさ」
「ちょっと、どういうこと!?」
「ミレナにはまだ話してなかったが」
かくかくしかじかなんだ。と、俺は経緯の説明をした。
「何それー!?」
「マスカットがべらぼうに美味かったんだろう、高いやつだったし」
「私も実は美味しい蜂蜜を供えたんだけどなー」
ミレナがそう言って口をとがらせると、ジェラルドは笑って言った。
「海神様だってショータがいいやつだって思ったからそんな凄いものをくださったんだろう、お前とは違う」
「うっさいわね!」
ジェラルド、俺を褒めてくれたんだな、ありがとう。
ところで残りは38枚か。
「で、この犬はどうするのよ、ショータ」
「ペ、ペット! ちゃんと育てるから家で飼っていいでしょ、ママ!」
「誰がママよ!」
俺のママ呼びの冗談にミレナがちゃんと返しをくれた。
「冗談だ、名犬だし、店や家の番犬にもなるだろう」
ちなみにこの犬は俺の好みで首元と尻尾がふさふさしてる。
そのように描いた。
よーし、よしよしよし!と、犬を褒めながらもふもふをなで回す俺。
「ところでショータ、その犬の名前は?」
ジェラルドの言葉にハッとなる俺。
まだ決めてなかった!
「えーと、ラッキーにする」
「ワフ!」
幸運を呼ぶように。名犬なら◯ッシーの方がいいかもしれないが、まあいいや。
「全く、貴重な一枚を使うなら魔法の伝書鳩でも出した方がよかったんじゃないの?」
確かにミレナの言う通り、スマホやメールの代わりに伝書鳩を飛ばす世界だしな。
「それもいいけど、犬も可愛いだろ。
あー、でもたしかに通信グッズは欲しいよな、イヤホン形のも悪くない。仲間内で連絡取れるやつ、何か連絡取れる道具を考えてみるよ」
「ふーん」
「そうだな、あれば便利だからな」




