伯爵様
大事な亜空間収納魔道具の布を返すに当たって、先にジェラルドが先触れというか、伝書鳩を伯爵家に飛ばしてくれた。
夕刻には届けに行くと。
俺は少しは小綺麗な服を着た。
何しろ貴族街だとボロよりそちらの方が目立たない。
用心棒のミラだけトートバッグに入れて馬車に乗って貴族街へ向かった。
夕方、まだ明るいうちには伯爵邸に着いた。
夏は陽が長くて助かる。
すぐに執事さんが応接間に通してくれた。
紅茶とクッキーが出されている。でも緊張で飲めない。
「君が迷い人の商人か」
「は、はい」
まさかのお嬢様じゃなくて貫禄のある伯爵様が登場!
「娘はちょうどお茶会に呼ばれて出かけている、春夏は社交シーズンだからな」
そうだったのか。
しかし伯爵様は鼻と口元をハンカチで覆っておられる。
え? 平民は臭いからとかそんな扱い?
俺はちゃんと風呂に入ってきたんだけどな!
ちょっと傷つくな。
「こちらがお借りした魔道具です、ありがとうございました。先にお返し致します」
俺は応接間の豪華な大理石のテーブルの上に丁寧に畳んだ布を置いた。
「ああ、ところでティッシュはあるかね? なるべく多く買い取らせてもらいた……ふぇっくしゅっ!」
あ、これはもしや花粉症!?
それで顔半分覆ってた?
「ほぼ店に置いてきてしまいましたが、六個入り一セットならこちらに」
俺は箱無し中味のみのビニール包装のものを魔法の鞄から取り出した。
「ああ、すまないな、私はいつもこのくらいの季節にくしゃみがでて」
「春から初夏の間に咲く植物の花粉がアレルギー反応を起こしてそのようなくしゃみが出るのでしょうか?」
「迷い人がアレルギーという言葉を広めたようだが、それはナッツだの果物だのの、合わない食べ物を食べると、肌が荒れたり呼吸ができなくなって死ぬことがあるとかいう話ではなかったか?」
「もちろんそのような命に関わるアレルギー反応もありますが、くしゃみ、鼻水、目が痒いなどという、鬱陶しいけれど死にはいたらないような、風に乗って飛んでくる花粉のような極小の存在が原因の時があります」
「花粉を選んで食べてるわけでもないのに難儀な、窓を閉めればいいのか?」
クーラーみたいな魔道具あんの?
暑くない?
「それもそうですが、夏にずっと窓を閉めきるのは暑いですよね。さしあたっては抗ヒスタミン剤の入った薬とマスクなどで対処を」
「薬? それは今あるのか?」
「確か私のリュックに新品のマスクと常備薬で使いかけのアレルギー用の薬なら」
「使いかけでいいから譲ってくれないか」
「はい、私はこちらに来てからアレルギー症状もでてませんので」
貴重な布を借りたし、サービスしておこう。
俺はリュックからマスクと薬を出した。
「水!」
「はい!」
伯爵様がメイドに向かって水を持ってくるように言った。
目の前にある飲み物は紅茶だったから。
「あの、私は魔法には詳しくないのですが、空気、酸素や匂いの成分は通すけど、花粉やチリゴミなど害のあるものだけを避ける便利な魔法道具などは、存在しないものですかね?」
「花粉やチリゴミのみ避ける?」
「ええ、アレルギー反応を引き起こす鼻の中に侵入する微小な花粉やチリゴミのみ避ける魔法がかけられたマスクとか、酸素は絶対に呼吸に必要なのでそれらは通すといった」
「そんな便利な魔法道具など聞いた事はないな、あれば何としても手に入れるが」
「お水でございます」
メイドさんが水を持ってきた。
伯爵様が錠剤を飲んで、一息ついたあとで、
「しかし明確に避けるべき物の名称、存在がわかるのなら、魔道具師にそれだけを避けるようなものが作れるか訊いてみる価値はあるな」
「もしそれの作成に成功すればアレルギー反応に苦しむ多くの人から救世主扱いをされるでしょうね」
「研究に金を出してみるか」
伯爵様はマスクを身につけた。
「あ、そのマスクは使い捨てなので、無くなる前に布で似たものを作ると洗って繰り返し使えます」
「そうか、分かった」
「それでは、大事なお品の返却も終わりましたので、私はこれにて失礼いたします」
「もう暗くなる。当家に泊まっていくといい」
え!?
「いえ、そんな滅相もないです」
「そちに何かあればもうティッシュも手に入らないだろう」
ティッシュの心配かい!
てか、貴族の家にお泊りとか緊張して眠れないよ!
「しかし帰宅して夕食の準備とか店の整理もやりかけでして」
「店の準備か、仕方ない、護衛騎士をつける」
護衛騎士を!!
「あ、ありがとうございます」
あんまり遠慮しすぎても失礼にあたるよな。
そんな訳で護衛騎士様に守られつつ、俺は帰宅した。
「送ってくださいまして、ありがとうございました、これ、よければ休憩時間にでもつまんでください、お菓子です」
「ん? ありがとう」
俺は護衛騎士様四人にコンビニで仕入れておいたカップ入りのじゃがいものお菓子を渡した。
つまみはここで蓋をぺろっと開けてくださいね、と、食べ方も簡単に教えた。
騎士様達は馬に乗っているので、お菓子は袋に入れ、俺が乗ってきた馬車に乗せて帰っていった。
「ショータ、お帰り」
「お嬢様はいたの?」
帰宅するとジェラルドとミレナが声をかけてくれた。
「お嬢様はお茶会に行ってたけど伯爵様がいたから伯爵様に魔道具を返却してきた」
「へー伯爵! どうだった? 怖かった?」
ミレナが興味深そうに訊いてきた。
「伯爵様はどうもくしゃみ鼻水で苦しんでるみたいで、花粉症っぽい症状がでていたから手持ち分の薬とティッシュを渡してきた、あまり怖い人ではなさそうだった」
「病人か、弱ってる時なら怖さもあまりないか」
「死にはしなくても鼻水はうっとおしいわね」
夕食の時間になった。
俺はキッチンに向かい、業務用スーパーのむきえびで生春巻きを作った。
これをスウィートチリソースでいただくのだ。
材料は生春巻きの皮数枚、むき海老数匹、
人参(千切り)1本
きゅうり(千切り)1本
大葉(千切り)10枚位
サニーレタス8枚
スウィートチリソース適量っていったところ。
「美味しい、でも食事にえび率高いわね」
「ジェラルドがエビ好きだって言うし、俺もエビ好きだし」
「私はチーズとか甘いものが好きよ!」
ミレナが好みの主張をしてきた。
「そんな気はした、おそらくは多くの女子が好むやつだな」
「チーズはともかく甘いものは食後のデザートではないか」
「朝にも大樹の側でフルーツの挟まった甘いパンを貰って食べたの!」
「へー、そうか」
ジェラルドがどうでも良さそうな返事をする。
ミレナに興味がなさすぎる。
「秋になったらカボチャの煮付けとか食わせてやるよ、あれは甘いから」
「ふーん、楽しみにしておくわ」
ほぼほぼ和やかな夕食だった。




