プレオープン
一階のカフェの看板にエルフの横顔と満月、そして二階の雑貨屋さんの看板には狐耳のカチューシャとリボンを描いた。
店の目立つ所に看板を掲げた。
通りからよく見えるように。
「まぁまぁね!」
まぁまぁと言いつつ何故かドヤ顔のミレナ。
「いいんじゃないか?」
ジェラルドの反応はこんな感じであった。
悪くはないようだから、とりあえずヨシ!
棚とかのディスプレイやテーブルセットもなんとか揃えた。
照明はひとまずこの世界のランプ。
プレオープン当日となった。
令嬢三人が荷物持ちの執事と護衛騎士を連れてきている。
護衛騎士を全員入れると店内が狭くなるからお一人につき店内に入る護衛は一人ずつにしてもらった。
執事はお一人につき二人まで、他は店外かカフェで待機、すみません!
雑貨屋さんは、ミレナと、ミラ。
一階のカフェは俺とジェラルドという配置。
雑貨屋さんの商品は多いので、俺はあらかじめ商品とその説明のためにイラスト付きで説明書を書いた紙をプレオープン数日前にはミレナに渡したが、覚える事が多くて彼女も大変そうだった。
一度覚えてしまえば大丈夫だとは思うが。
二階雑貨屋にて。
「このふわふわの布地は?」
「驚くほど吸水力の高い、タオルという布地でございます。お嬢様方の繊細で美しい肌を優しく柔らかく包み込み、洗顔後、お風呂の後などに有用な物でございます」
「まあ、本当に柔らかいこと」
「買うわ」
「包んでちょうだい」「わたくしも」
「かしこまりました」
下着の棚の前。
「まあ美しいレースの、ハンカチかしら?」
「下着でございます」
男性陣がさっと後ろを向く。
「まあ! 見てくださいな、お二人とも、このレースの下着の繊細で美しいこと!」
「本当に! この花柄のレース素敵ですわね!」
「あちらのカーテンの中で試着ができます」
「あらー、残念ですがこれは少しサイズがあわないわ」
「お客様、こちらの色も素敵ですよ」
「そうねぇ」
下着の時は令嬢達のキャッキャウフフを聞きながらも執事や護衛騎士は居心地悪そうに後ろを向いて耐えている。
「あ、そのチョコレート、私が全部買いますわ」
「カロリーン様、お待ち下さい! それは私も買いたいのですが! せめて二箱残してくださいまし!」
「わ、わたくしもせめて一箱……」
「し、仕方ありませんわね」
「こんなに美しい石鹸は見たことがありませんわ! あれもこれも欲しいですわ!」
「香りも素敵ですわ! 今月のお小遣いを全部使っても悔いはありませんわ!」
「やはり質の良い胡椒と砂糖は必要ですもの」
「お包み致します」
「このお人形、動いてますわ!」
「魔法の力?」
「ミラです、マスターのお手伝いをしています」
「しかも喋ったわ!」
一人の令嬢が陳列されたティッシュに目を留めた。
「これは? 可愛いフリルの装飾のついた箱と随分と薄い紙が飛び出ているわね」
「ティッシュです。ちょっと口元や手先が汚れた時などに拭いて使い捨てる紙です。ハンカチと違い、洗わずに気軽にごみとして」
「使い捨てる?」
「はい、洗えるような強度はありません。ですが使い捨ては衛生的で、綺麗好きな方や、貴族の方の品格にも合うものであると」
「これは便利そうね」
「貴族的だわ」
「これはいいものね!! 私には分かりますわ!」
「二階が凄くにぎやかだな?」
「後で全員カフェに来るけど、応援に行くべきかな」
「下着があるから狐に任せたんだろ?」
「そ、それはそうだが」
しばらくして、
「客が三人なのに売り物がすごい勢いで消えたんだけど!」
「マスター、完売が早すぎてお品が足りません」
「あはは、そうか」
結果としてティッシュが大人気だった。
プレオープンで貴族令嬢三人から詰め寄られる俺。
「ティッシュが一人五個までしか買えないなんてあんまりですわ」
「仕入れが少なすぎでしょう?」
「そうですわ! 私の部屋の分だけで終わってしまいます! 今度はせめて家族分とサロン分を」
「も、申し訳ありません」
もちろん胡椒、砂糖、レースの下着等も大人気で、プレオープンで伯爵令嬢とその友人の二人の令嬢がお客様として来てくださったが、ティッシュ争奪戦となった。
もっと数を用意しなさいと怒られたけど、俺の持つ魔法の鞄にも容量制限はある。
無限には入らないからティッシュばかり詰め込むのもつまらない。
カフェの方も今回は材料の問題で軽食は止めてデザートだけお出しした。
「プリンアラモードはまた食べに来ますからね!」
「チーズケーキがふわふわでとても美味ですわ!」
「チョコレートは沢山仕入れておいて、それと、
美しいレースの商品も潤沢に! ですわ!」
とりあえずカロリーン伯爵令嬢以外にはお帰りいただいた後にもまだ伯爵令嬢に色々言われる。
「特にティッシュが沢山必要なので、私が運び屋を用意してあげるわ」
「も、申し訳ありませんが、その通路は私しか通れません」
「随分と特殊な通路のようね」
ギクリ。
「──ええ、はい」
伯爵令嬢相手にもはや誤魔化しは利かないだろう。
だってチョコバーの包装も見られてるし。
「あなた、知らない異国の文字の入った見慣れぬ品を持っていたし、渡り人ね、迷い人とも言うけど」
「は、はい、お嬢様は他の渡り人をご存知ですか? 皆、どこでどんな生活をしているのでしょうか」
俺の問いに返ってきた答えは残酷なものだった。
「ほとんどがすぐに病にかかって死ぬらしいわ」
あ!
医療技術も違うし、知り合いのいない所で苦労して孤独に死んだのかな?
抗生物質も無いだろうし。
俺はすぐに親切なエルフと会えてよほどラッキーな方だったんだろうなぁ。
「そ、そうですか、俺も一人でしか移動できない上に、いつでも行ける訳では無いのです。
おそらくは条件が揃った時にだけで、魔法の鞄の容量も無限ではありませんし」
「あなたが持てる鞄の量は?」
「え?」
「収納拡張魔法の鞄を私が仕入れ用に支援すると言っているの」
「魔法の鞄そのものも、ぺたんこではありませんから、背中にはリュックを背負ってますし後は手に二つくらいなら……」
俺の目の前にいるお嬢様が目をかっと見開いて言い放つ。
「三つ! 両手に一つずつ、そして体にかける鞄を一つで、合計三つ! 持ちなさい! 本当は口でも咥えろと言いたいところですが! あまりにもエレガントではないから」
ひい! 口で鞄を咥えるとか犬じゃあるまいし!
考えなおしてくれて良かった!
「つまり新しく二つ鞄をご用意くださると」
「そうよ」
収納魔法の鞄は高価だけど、流石はお貴族様だ。
「次はいつ仕入れに向かうの?」
「おそらくは満月です、でも行けなかったらすみません、魔力リソースが関係ありそうなのです」
「魔力ですって? じゃあ、このブレスレットは魔石で、魔力が込められているから、いざとなったらこれを使いなさい」
お嬢様は自分の嵌めていたブレスレットを手渡してくる。
そんなお高そうなブレスレットを俺に貸してまで!?
俺は両手で恭しく受け取った。
「あの、ありがたいお話ですが、これはどうやって使うのですか?」
「魔力を込める必要のあるものが目の前にあるのなら、それに魔力が石の先から向かうイメージで、あなた自身に魔力が必要なら身に付けてるだけでいいわ」
「なるほど」
例の大樹に魔力が吸い込まれるイメージでも持てばいいのか。
とりあえずジェラルドに大樹の側に荷馬車置いててもらうかな。
ソーラーパネルが絶対に嵩張るし、鞄に入るか疑問!
伯爵令嬢は満月前に魔法の鞄二つと布を一枚用意してくださった。
「新商品に敷布タイプがあったわ、大きな物も入るし、入れやすいでしょう。
まあ極小の貴重品な上に値段はするから当家でも一枚だけど、仕入れに使った後で一旦返却してちょうだい」
「かしこまりました!」
わあ! これならソーラーパネルが入りそうだ!




