混乱中
「俺……いっぺん花街に行かなきゃ」
俺は慣れない展開に騒ぐ心を静めたかった。
心臓がドキドキとうるさい。
一旦他の女性を見て心を落ち着けよう。
そうすれば年甲斐もなく、かわいい女の子に思いを寄せられ一喜一憂し、無様を晒さずにすむかもしれないし。
「ん? 今か? どうして」
「あ、あの、ほらあれ、売り忘れたんだ、避妊具のゴム」
「なんだそれ?」
「病気避けにもなる物なんだ」
俺はコンドー◯の使い方をジェラルドに説明した。
紙とシャープペンを出して描いてもみせた。
図解である。
それと現物のゴムを一個見せた。
昼間の公園で何をしているのかと時分にツッコみたくなるけど。
「なるほど、こんな薄い伸縮性のあるものか、腸詰めを思い出すな」
「はは」
既に街中だし、今から行けば夜には花街に到着できると思う。
「じゃあ物件探しは不要になったし、俺は花街に行ってくる、ジェラルドはどうする? 俺はもう一人でも大丈夫だよ」
「では俺はギルドで新しい依頼を見てくるから、今晩そのまま依頼に出て戻らないかもしれない」
「ああ、行ってら」
俺はジェラルドと一旦分かれてドールのミラをトートバッグに入れて荷馬車に乗った。
急になにかあれば飛び出せるよう、わざとトートバッグを使ってる。
街の喧騒の中を乗り合い馬車に乗って花街に向かった。
新聞売りや煙突掃除夫の少年の売り込み、花売りの少女の「お花買いませんか?」という、まだ幼く高い声、ここで懸命に生きてる人の声が聞こえる。
……日本の方じゃ確かにあの職業で、結婚だの彼女作りは、難しい。
どうしても気後れする。
エロ系でも神絵師レベルならば好きだという女性はどこかにはいるはずだが、イベント会場でアフター行きませんか? の集まりに乗る勇気もなかなか出ない。
声をかけられても、金目当てでは? 騙されてるのでは? と疑心暗鬼になる。
我ながら小心者で困る。
しばらく馬車に揺られつつ思考の迷路にはまっていたが、着いたぞ花街に。
当然女性が多い。
綺麗な子もいる。
脳内によぎるミレナの残像を振り払うのに俺は必死だ。
「さて、切り替えよう、お仕事だ。どこの娼館で売り込むか」
そうだ、似顔絵描きに行ったあの娼館の主は顔見知りだし、交渉してみようかな。
娼館で働く女性達を妊娠と病気から身を守るのに良いものですって説明すればいいだけだ。
以前来たことのある娼館に来た。
──結果として、娼館の主に一回破けたりしないか実際に試してみては?
とやれば、すんなりお買い上げいただいたし、喜ばれた。
万が一売れっ子が妊娠したら、売り上げにも関わるからな。
「せっかく来たし、お前さんも遊んでいくか?」
そう誘われて、一瞬心が揺れた。
ミレナが本当に俺を好きだとしても、まだつきあってもないから、遠慮する必要はないはずなんだが、どうにもその気になれなかった。
「ありがとうございます、でも今夜は先約があるので帰ります」
嘘だ。先約なんて実はない。
新しい家に引っ越すまではあの木の家にいていいってジェラルドが言ってくれてるから、俺はあの森へ向かった。
既にド深夜! 花街に泊まれば良かったかな?
でもうっかり安宿に泊まって虫に刺された記憶が蘇る。
森に入る前に、やっぱり夜の森を歩いてジェラルドの家まで行くの怖いな! と、思った。
ミラが一緒にいても、暗いし!
俺は森の入口の手前の方でテントを出してキャンプをする事にした。
虫除けスプレーを自分とテントに噴射した。
ホーホーという梟の鳴声を聞きつつ、一人で飯を食った。
ジェラルドがいないので簡単に。
日本のコンビニで買って魔法の鞄に入れていた惣菜パンを食う。
「コロッケパン美味ぇ」
花街とここまで移動し、馬車も使ったとはいえ、歩きもしたからカロリーはそこそこ消費してるはず。
さっさと寝てしまおう。
しかし、なにかの気配を察知した。
カサリ、カサリ……。
──草を踏む音?
テントの外に何かいる、わりと近い気がする。
これから森に入る冒険者かな?
夜盗だったら怖いな。
ちらりと俺の枕元にいるミラを見た。
ミラはテント越しにじっと静かに外を注視してるようだった。
まだ飛びだす樣子もない。
俺は緊張でドキドキする心音を聞きながら、胸の上をぐっと押さえた。




