お守りに願いを
また雨が降っていたので俺達は二人共、家の中にいた。
「まず、ショータが引っ越し先で何をやりたいかだが」
長椅子に隣り合って座り、茶を飲みながら引越し先の話をしている。
「と、言うと?」
「主に春画の絵描きをやりたいなら花街に近いほうがいいかもしれないが治安があまり良くない」
「あー、治安問題」
「仕入れた雑貨を売りたいなら貴族街か中流あたりの層が住まう区画」
「しかし貴族街とか絶対に土地が高いだろうな」
「まあな、でも清潔感は一番ある、臭いがまず違う」
「あー、臭い問題!」
「大衆食堂でもやりたいなら平民の労働者が多い場所だろうと思うが」
「別に飯屋をやろうとは思ってないよ。朝から晩までキッチンで他人の為の料理はキツイ。
友達や家族分だけ作るのとは全然違う。
やるなら雑貨屋の方がいいな、客の来ない間はたまに絵も描いてさ。
でも仕入れは結局大樹を経由しないと行けないから、結局大樹の村の近くがいいのかなって」
「しかしショータの仕入れる高級な物を買うのは富裕層だ。安売りするならともかく、利益を考えてもやはり金を持ってる富裕層の街がいいだろ?」
「それはそうだろうが、貴族街に平民が住んでもいいのか?」
「貴族の家や店で働く者もいるから、一応は住める区画がある」
「ああ、そういや、屋敷や店に全部住み込みとも限らないのか」
「とにかく雨が止んだら不動産屋に行くか」
「そうだな、って、思い出した。魔獣の鹿の素材がある」
「体が青いやつか?」
「そうそれ! 肉と角がなにかに使えそうだなって、あるいは売る?」
「角はボーンナイフが作れるぞ」
「ボーンナイフ?」
「その角でナイフを作るんだ。祝福の文字を刻めばお守りにもなる」
「へー、角を使った工作か。道具があればやってみたいかも」
「あるぞ、彫刻刀とヤスリと砥石、それに文字入れ用インクも」
「おお!」
雨はまだ止んでないので、せっかくだしジェラルドに教わりつつ、俺はボーンナイフを作ることにした。
途中、いつぞや旅行先の水の都でミレナが勝手に俺の洗濯物を着てた! なんてたわいない話をしながら、
俺は彫刻刀とヤスリ、砥石等を駆使してせっせと三つほどボーンナイフを作った。
いいペーパーナイフになると思う。
ジェラルドは見本用に一本だけ完成させた。
「最後に願いを込めたルーン文字を刻むんだ」
「分かった」
俺はオタクなのでルーン文字を多少知ってる。
カリカリと彫刻刀の刃先で彫る。
ジェラルドも何か彫ってる。
俺はまず木のようなマークのエオロー、大鹿の象徴、仲間、守護という文字を彫ったもの。
次に、
ヤラ、カギカッコを回転させて近くに配置したみたいな文字だ。
最後に、アルファベットのPに似たウィンと彫った。
「ほら、やるよ」
ジェラルドが自分で作った分を俺に差し出した。
「俺に? いいのか?」
「ああ、お前の物だ」
「ありがとう! 俺もジェラルドに作ったから、交換だな」
「はは、そうか」
どちらも偶然、ウィンを彫っていたのを交換しあっていた。
お互いのプレゼントに刻まれた文字には、心の充実を得られる、満足、喜び、幸運に恵まれる。そんな願いが込められている。
感動だ。
おっと、ドールのミラがこっちをじっと見ているな。
「こっちはミラのだ」
「私にも!?」
「それはエオロー、仲間、守護という意味のルーンだな、ショータの守り手には相応しいな」
ジェラルドが文字を見て解説してくれた。
「嬉しい」
そして最後のひとつは……。
まあ後でいい。
翌日は雨が止んだので、街に出た。
それぞれの物件を見ていくことにした。
下層の平民街、中流、貴族の住まう高級住宅地にも一応見物に来た。
ここはそういや伯爵令嬢の邸宅もあったなと思っていたら、馬車が俺の背後で止まった。
「そこのあなた! 先日の商人じゃない?」
もう商人呼ばわりをされている俺!
「伯爵令嬢、ご機嫌いかがですか?」
「そんなことより、今日もなにかを売りに来たの?」
伯爵令嬢の目は期待に満ちていたが、今日はそうじゃない。
「いいえ、当方の住む家を探しております」
「あなた家をもってなかったの?」
「恥ずかしながら、エルフの友の所に住まわせてもらっていました」
「なら、私の屋敷の近くになさいな」
「それは光栄ですが、私の身分や予算で手が出るような土地ではないので」
「私が用意してあげるわ」
「え!?」
「土地、建物も用意してあげるから、私がすぐに買いに行ける距離に店と住まいをもちなさいな」
そ、そうきたかー!
「ショータ、願ってもない良い話じゃないか、伯爵の後ろ盾のある店なら平民の店主がいても嫌がらせや怖い目には合わないのではないか?」
「でも、ジェラルド、仕入れ先が遠くなるけど」
「仕入れは頑張ってまとめて、多めにしておきなさいな、資金も援助してあげるわ。あ、そうだわ、移動スクロールを月一で一個あげるわ、そうすれば片道だけでも早くなるでしょ」
「移動スクロール!?」
「魔法で目印をつけた場所に転移できるのよ、とても早いわ」
「そんな便利な物が! お高いのでは!?」
「私を誰だと思っているの?」
「は、申し訳ありません!
私のような者のために、ご厚情、いたみいります!」
十日後にまた私の屋敷にいらっしゃいと言って伯爵令嬢はまた馬車を走らせて去っていった。
棚からぼたもち!
「凄いことになった」
「もうけたな、あっちが金を出してくれる」
「ああ、幸運だった。もう貰ったお守り効果が出たみたいだ」
貴族街の帰りに平民街の薬草屋で薬草を売り、その後でかなり広い公園でピクニックランチ。
和風寄りの弁当だけど、家にあった弁当箱を持ってきて詰めた。
公園の噴水が涼しげ。
公園内は変な臭いがしなくて助かった。
民家の近くの方が多分臭うんだな。
生活圏内の。
美味しいお弁当を食べていると、突然ミレナが現れた!
食事の匂いを嗅ぎ分けてきたみたいに凄いタイミングだ!
じっと見てくる。物欲しげな眼差し!
「く、食っていいぞ?」
俺の言葉にミレナの顔がぱあっと明るくなった。
「やったー!」
「やれやれ、ああも視線でアピールされてはな」
ジェラルドも苦笑した。
「まあ、多めに作ってるし、ほら、俺のを半分やる」
俺は蓋の部分に自分の分を取り分け、残りをミレナに渡した。
新しいフォークも貸した。俺は箸を使うけど。
「ねえ、この狐色の食べ物何?」
「お稲荷さんだ。稲や穀物の神様の使いの狐の好物とか聞いたことがある。お揚げの中に米」
「不思議、甘い、でも美味しい」
「ショータの国じゃ神の使いが狐なのか」
「いろんな神様がいるから蛇やカラスが神の使いの場合もあるかも。あまり詳しくはないけど」
「こっちも美味しい! 肉っぽいけどこれなんて料理?」
「ミートボール」
「これは? この美味しい黄色いの」
「出汁巻き卵」
「こんな味の玉子は食べた事ないわ」
「俺もだ、素晴らしい味だ」
ミレナもジェラルドも出汁巻き玉子はお初。
「出汁が入ってるから美味しいんだ」
しばらく一緒にランチし、雑談をしていた。
「やはりショータは食堂を開きなさいよ。
この私が食べに行ってあげるから」
「いや、俺は貴族街で雑貨屋をやることになった、多分店舗が住まいにもなる」
「え!? 貴族街に住むんだ!? よくそんなお金があったわね!?」
俺は経緯を説明した。
「な、俺はお守りで凄い幸運に恵まれた。あ、ミレナにもやるよ、この世界のよく会話する知り合いは後はお前くらいだし」
「え?」
「ボーンナイフのお守りだ、お前にいい男との良縁とか来るようにってヤラを彫っておいたぞ」
ヤラの文字は収穫や何かしらの成果を上げ、恋愛では穏やかながらも着実に愛を育む事ができ、仕事では積み上げた努力が実るってものだ。
「……」
ミレナはお守りを受け取ってはくれたが、複雑そうな顔をしてた。
やはり女の子は奇麗なものか美味しいものの方が良かったか?
ミレナは半分のお弁当を綺麗に食べ終わり、そのくせ、
「バーカ! ショータのバーカ!」
などと俺に暴言を吐いて去っていった。
「え!? なんで俺は罵られたんだ!?」
「お前が、他の男と上手くやれみたいな意味のお守りを渡すからキレたんだろ」
「だからなんで?」
「旅先でお前の服を勝手に着てたとか言わなかったか?」
「ああ、肌触りとか感触が知りたくて干してた洗濯物を」
「獣人は好きな相手の匂いのある衣服を好む」
「え!? でもあれは洗濯後だし!」
「それでも石鹸の香りも相手の香りの一部だろうし、美味しい食べ物もあげてる、動物の世界でも食べ物を渡すのは求愛だろ? あいつは獣人だし、美味しいものを贈ってくれる相手に弱いと思う」
「俺が自分から飯を食いに来いとか誘った訳ではなく、あいつが食べに来るんだよ」
「でも結局食わせてるだろ?」
「そ、それはそうだが、あんな若くてかわいい子が?」
「口は悪くて気も強いが」
「俺はスケベな絵を描いて売ってる異世界人のおじさんだぞ」
「美味しい料理の前では些事ではないか」
「あっちの世界じゃエロ絵描きのおじさんはとても不利だぞ!」
「じゃあこちらで結婚するって手もある、まあ、狐よりもっと性格のいい女を見つけた方がいいとは俺は思うが」
「……」
まさかこの俺がラノベの鈍感系主人公みたいなことをしていただと!?
青天の霹靂!




