押入れから異世界へ
新作です。
春にとあるアパートに引っ越しをした。
しかもいわく付き物件に。
この部屋の住人はいつの間にか忽然と神隠しのようにいなくなると言われている。
俺の名前は神木翔太。32歳。
成人向けエロ漫画を描いてネットの書店販売などをして生計を立て生きていたのだが、漫画の話のネタにもなるかもしれないと、俺は好奇心にかられて、そんないわく付きの格安の事故物件に住んでみた。
引っ越し業者が荷物を運び入れてくれた。
まだいくつか部屋の片隅に段ボールが残るままだけど、部屋に慣れてきた数日後に押入れから何か音がした。
ネズミでもいるのかと、押入れを開けてみたら、押入れの奥の壁には、見知らぬ風景が見えた。
あきらかに異世界だった。
エルフもいるし、猫耳、うさ耳、犬耳、狐耳などの獣人がたまにとおりかかって歩いているのだ。
あちらからはこちらが見えないらしく、別におかしな反応、驚きのリアクションは無しだ。
たまにこちらに向かって拝んだりする人もいる。
あちらから見たら御神体みたいなものがあるのかな?
そう言えば木の根っこのようなものがあるし、木陰のようなシルエットも見える。
樹齢何百年とかの大木があるのかも。
今までの行方不明事件は、この部屋の住人が突如として蒸発するのは、異世界に行ってしまって戻れなくなったのか、あるいは、戻りたくなくなったのか。
わからないけど、若い頃に巨大掲示板のオカルトスレに入り浸っていた俺は、非常に好奇心をくすぐられる。
俺は試しに白いコピー用紙を使い、押入れの壁から紙飛行機を飛ばしてみた。
紙飛行機は異世界へと飛び立った。
しばらくして地面に落ちた。
通りかかった美形の青年エルフが、紙飛行機を拾いあげて、不思議そうに首を傾げ、周りをキョロキョロして、そのまま紙飛行機を持ち去った。
次に外に出て、道端に咲く雑草を千切って投げてみた。
いきなり枯れたりはしなかった。
次に生き物を投げてみるか。
虫一匹、二匹くらいなら試していいかな?
でもあからさまな害虫はだめだな。
俺は財布を持ってでかけた。
まずは100円ショップで虫かごと虫取り網を買って、次に河川敷で虫を探した。
バッタとテントウムシと蜘蛛を発見した。
バッタと蜘蛛はちょっと苦手だ。
なるべく触りたくない。
テントウムシは平気だ。
この虫はアブラムシ等を食べてくれる農家さんの味方だし、ギリギリセーフかな?と、俺はクローバーを千切って、一緒に虫かごにいれた。
俺は自宅に戻り、クローバーにとまるテントウムシをそっと放った。
テントウムシは驚いたように異世界の空を飛んだ。
生きてる! 地球産の生き物が生きてる!
行ってみようか、異世界へ!
ソーラーパワーで充電可能なスマホ充電器と、スマホと、スケブと筆記用具、着替え、食べ物、飲み物をカバンに詰めて。
あ、護身用に武器としてサバイバルナイフをネットで注文した。
それとロープとナタをホームセンターで購入。
俺の貴重な収入源のエロ同人漫画はダウンロード販売で書店が売ってくれるし、売上げは口座に振り込んでくれるから、しばらくこの世界からいなくなっても平気だろう。
とりあえず、異世界でも悪目立ちしない程度の服に着替えてから戸締まりして、傘を手に押入れの扉を開けた。
いざ、異世界へと!
「……やっぱ、ちょっと怖いな」
俺はいきなり体を突っ込むのが怖いから、
とりあえず傘の先だけ、ちょびっと出し入れしてみた、異常なし!
「ええい! ままよ!」
ぴょんと、飛び降りた。
しっかりと大地の感触があった。振り返るとやはりそこには、大樹があった。
そして、その大樹の幹からは俺の家の押入れは見えない。
ドキリとした。
え、やっぱ帰れないの!?
びっくりして傘を幹に触れてみる、つんつんと、伝わるのは木の感触。
やばい、まじで?
一方通行の片道切符!?
傘の出し入れは、あちらからならできたのに!
あ〜俺のバカ!
もっと豪華な飯とか食ってから来ればよかった!
がっくりとしながらも、周囲をうかがった。
野菜を抱えた以前見た青年エルフが通りかかった。
「この辺じゃ見ない顔だな?」
何故か相手の言ってる言葉が分かる!
異世界転移小説や漫画で見たアレか? 転生、転移サービス的なのがついてる!?
「はじめまして、俺は、私は、怪しい者ではありません」
おもいっきり怪しいかもしれんが、ひとまず警戒されたくなくて言った。
お願いします、警察的なのは呼ばないでください、怖いから。
「以前、そのような出で立ちの者を見た事がある、渡り人では? この世ならぬ世界から来た者では?」
ば、バレている!
「わりといるんですか!? 俺みたいなの!! そしてここはなんという世界ですか!?」
「ごく稀にいるよ。そしてこの大地の名は、エルーシュランだ」
つまり、
俺は、押入れから、エルーシュランという世界に来てしまったらしい!
「元の世界への帰り方はご存知でしょうか?」
「さすがに人の子より長生きしててもそれは知らないな」
あ! やらかした!
傘の先っぽが出し入れが出来たからって何故行き来出来ると俺は思い込んだんだ?
……好奇心に負けた! 多分!!
ずうんと、目に見えて落ち込む俺を見かねたのか、青年エルフは苦笑して、今夜の宿はあるのか? と、聞いてくれた。
「ありません、この世界の通貨も持ってません。厚かましいお願いですが、何か仕事をするので今晩泊めてもらえませんか?」
「何ができる?」
「え、と、大きな声では言えませんが、実は……い、いやらしい裸婦の絵など描けます」
「は?」
「あ、すみません、やらしい絵とか興味無いですよね!? 掃除や料理なんかも多少はできます!」
「く、あはははは! 初対面でやらしい絵が描けるなんていう人間初めて見た、いや、長生きはしてみるもんだ、面白い」
青年エルフは腹を抱えて笑った。
お、面白がってくれて良かった。
女性エルフなら絶対に軽蔑されそうだから言わなかったけど、一応美形でも男性エルフなんで許してくれるかと、僅かに期待した。
「あ、そうだ、このような絵が売れる場所をご存知ないですか?」
俺はリュックからスケッチブックを出した。
ネットの海で見た裸婦絵のスケッチだ。
「ほほう、なかなか肉付きのいい裸婦画だ。上手いじゃないか」
「あ、ありがとうございます」
「歓楽街のお土産にできそうな気はするな。花街に来ても怖じ気付くか、金が足りないかで女性を抱かずに酒だけ飲んで帰る輩がいるんだが、そのあたりか、もしくは好事家の金持ち?」
「か、歓楽街」
俺はゴクリ、とうっかり生唾を飲んだ。
「ここから人間の歓楽街は距離があるから、今夜は俺の家に泊めてあげよう」
「あ、ありがとうございます!」
「俺の家は森の中にあるから少し歩くぞ?」
「大丈夫です、ありがとうございます!」
異世界で初めて知り合ったのが優しく親切なエルフで良かった!
よくある人間嫌いとかではないんだな?
いや、俺がもしドワーフだったらもしかしたら嫌われたかもしれん。
森の中を歩く。
季節はこちらも春のようだった。緑の木々が美しい。鳥の囀りも聴こえる。
冬でなくて良かった。
しばらく森の中をエルフと歩くと、眼の前に大木が現れた。
最初の大木よりは小さいが、十分大木と言える。相撲取りの横幅より太い幹だし。
ガジュマルの木に似て、根っこがタコの脚のようだ。
エルフが大木に手をかざすと、根っこがカーテンのように左右に開いた。
「わあっ! 木の根っこが開いた!」
「元は賢者の住まいでね、中は実は広いんだよ、拡張魔法で」
す、凄い! さすが異世界!
これを見れただけでも異世界に来たかいはあったかもしれない!
「お、お邪魔します」
「どうぞ」
エルフに招かれ、俺は木の中のお家に入った!
中は確かに木の中とは思えないくらい謎に広かった。
上階への螺旋階段まである。
あ、キッチンもあるし、食事をするためのテーブルセットもある。
「おお……」
家の中で感心しつつキョロキョロとしてる俺。
「この家は三階まであるよ。ちょい狭いかもしれないけど今夜はそこの長椅子で寝てくれるか?」
「あ、ありがとうございます、十分です」
普段からよくソファベッドで仮眠するから、ソファで寝るのは平気だ。
「あ、食事は」
「あ、少しならパンとかありますから」
俺はリュックの中のパンとやきとりの缶詰めとスポーツ飲料水をテーブルの上に出した。
「そうか、自分の分はあるんだな」
「よかったら、パン二つあるのでお好きな方を差し上げます」
俺は焼きそばパンとメロンパンをエルフの青年の前に置いた。
「……! ありがとな! 珍しいパンだ」
エルフは地球産のパンに興味を惹かれたらしい。
「どちらにします? こちらのメロンパンは甘いパンで、こちらは惣菜パンです」
「よくわからないけど、どちらも気になる」
「じゃあ半分こにしましょうか?」
「いいのか?」
「はい! 泊めてくださるので、これくらい」
エルフの青年がキッチンからまな板とナイフを持って来てくれた。
ありがたく借りてまな板の、上でパンを切る。
先にメロンパンから、そして焼きそばパン。
「あ、これお皿」
「ありがとうございます」
お皿も出してくれたので、焼きそばパンとメロンパンをその上に置いた。
エルフはくんくんと、パンの匂いを嗅いでいる。
「なかなか美味しそうな匂いがする」
「本当はメロンパンは軽く焼いた方が美味しいんですが、今回は手間を省いてこのままで」
コップを二つ出してくれた。
「あ、見とれて飲み物を忘れていた、水でいいか?」
「はい」
エルフはどこからともなく水を出してコップにそそいだ。
魔法の水!!
対面側の椅子に座ってパンと水をいただく事にした。
エルフはまずメロンパンを一口食べた。
「甘い! 美味しい!」
「良かった」
口に合ったみたいだ。
次に焼きそばパンを食べた。
「なんとも癖になりそうな味だ、美味しい」
「良ければ缶詰めも、あ、お肉平気ですか?」
「何の肉だ?」
「焼き鳥なので鶏です、甘辛味のタレがついてます」
「鳥か、いただこう」
エルフはこちらも気にいったようだ。
美味しいみたいで、目がキラキラしてる。
「しっかりした味がついてるな! 美味しい」
こちらのエルフは木の実やパンのみならず鶏肉が食べられる。
覚えた。
「魔法の水も美味しい」
俺の感想にエルフはニコリと笑った。
イケメン!
食事の後でエルフは箱からキルトのようなパッチワークの布を貸してくれた。
「これをかけて寝るといい、ここは寒くはないと思うが何かかけた方が安心するだろう、って、名前なんだったかな、俺はジェラルド」
「あ、俺は翔太です。何から何までありがとうございます」
確かに木の中の家は寒くはなかった。
「ショータね、ゆっくりとおやすみ。この家は賢者の魔法でまもられてるから、魔物も手出し出来ない」
!!
「ま、魔物いるんですか! やっぱり!」
「いるよ」
あっさり言われた。
まあエルフや獣人もいるくらいだからいそうだとは思った!
どうやって身を守ろうか、とりあえず金を稼いで町中に住めばいいのか?
とりあえず、歓楽街も近くないので、今夜は寝る!
メロンパン、焼きそばパン




