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異世界恋愛(現地)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

作者: 廻り

 男爵令嬢ユレーヌ十七歳は婚約者との関係で、岐路に立たされていた。


 お相手は、同じ歳の公爵令息マティアス。

 

 同じアカデミーに通ってはいるが、ユレーヌは経済学部で、マティアスは法学部。二人は滅多に顔を合わせることのない遠い関係だった。


 そんな彼と婚約したのは二年前。

 マティアスの父である公爵が「経済に明るい令嬢を、息子の妻に」と望んだため、ユレーヌに白羽の矢が立ったのだ。

 勉強一筋の人生だったユレーヌにとっては、自分の能力を存分に発揮できる、またとない縁談。彼女は二つ返事で、マティアスとの婚約を承諾した。


 それから月に一度、こうして二人は親睦を深めるためのお茶会を開いている。けれど、婚約から二年経った今になっても、全くと言ってよいほど親睦は深められていなかった。


「……マティアス様、お茶のお代わりはいかがですか?」

「今は結構です。……ありがとうございます」

「…………」

「…………」


 今日のためにと考えた話題を全て話しきってしまったユレーヌは、沈黙に耐えながらティーカップに口をつける。


 お茶会で主に話題を提供するのはユレーヌだったが、望まれたはずである経済学の話を熱心にしたところで、マティアスは露ほども興味を示してくれない。お茶会を重ねるごとにユレーヌの心は、焦る気持ちで満たされていた。


 双方の両親も、二人がこれほど打ち解けられないとは、思ってもいなかった。

 焦ったユレーヌの両親はたびたび「マティアス様を、デートにお誘いしなさい」とユレーヌに圧力をかけてきたが、そもそも彼をデートに誘えるほど親しくなっていない。二人の関係は、両親が思っているよりも深刻だった。


 そして、つい先日。事態は急変した。

 公爵が男爵家を訪れ、婚約破棄を匂わせる発言をしたのだ。

 公爵としては、無理やり二人を結婚させる意思はなく。二人の気持ちを重視したいと思っての発言だった。


 しかし、そんな公爵の思いなど知らないユレーヌには、さらなる重荷となってしまう。

 公爵家に匙を投げられてしまったら、しがない男爵家など生き残れるはずがない。「家門を守らなければ」という重圧に耐えながら、ユレーヌは今日のお茶会に望んでいた。


(どうしましょう……。話題がもう思い浮かばないわ。もっとたくさん『話題の企画書』を用意しておくべきだったわ……)


 プレゼンに挑むような気持で用意した話題の企画書は、経済学についてびっしりと書かれており、お茶会の時間を潰すには十分な厚さだった。けれど焦ったユレーヌは時間配分も考えずに、早口で話し終えてしまったのだ。


 おそらくマティアスの耳にも、公爵の意向は届いているだろう。今日のお茶会で成果を出せなければ、本当に婚約破棄されるかもしれない。


 もう後がないユレーヌは、とっておきの手段にでることにした。


(本当は、もう少し打ち解けられてからお渡ししたかったけれど、背に腹は代えられないわ……)


「あの……マティアス様……」

「……どうかなさいましたか? ユレーヌ嬢」

「実は今日、マティアス様に贈り物を用意したのですが……。受け取っていただけますか?」


 二人は贈り物をし合うほど、親しくはなっていない。断られたらどうしようと、ユレーヌは怯えながらそう尋ねる。

 するとマティアスは、思いのほか嬉しそうな表情を浮かべた。


「ユレーヌ嬢からの贈り物は初めてですね。是非とも、受け取らせてください」

「わぁ……、ありがとうございます!」


 ユレーヌは喜び勇んで椅子から立ち上がると、チェストに保管していた包みを取り出した。それからユレーヌは、九十度角にお辞儀をしながら、マティアスへ贈り物を差し出す。


「心ばかりの品ですが、どうぞお受け取りくださいませ!」

「ありがとうございます、ユレーヌ嬢。開けてみてもよろしいですか?」

「はいっ、どうぞ」


(マティアス様が、こんなに喜んでくださるとは思わなかったわ! もっと早くにお渡しすればよかった)


 いつも二人でのお茶会をつまらなそうにしているマティアスだが、ユレーヌのことを嫌っているわけではなさそうだ。贈り物を喜んでいる彼に、ユレーヌは確かな手ごたえを感じる。


 マティアスはリボンを丁寧に解き、包みを開ける。と、そこで手が止まった。


「こちらの本は……?」

「私が敬愛する、『自己啓発本』です。こちらの著者は経済学にも造詣が深く、読むたびに新しい考え方に出会えるんです。きっと、領地運営にも役立つと思いますわ」


 自分が一番好きな本を彼に渡せて、ユレーヌは嬉しくなりながら本の説明をする。

 するとどういうわけか、マティアスの表情は明らかに落胆するように曇っていくではないか。


「心のこもった贈り物を、ありがとうございます。大切に、読ませていただきますね」


(どうしてなの……。先ほどまで、あんなに喜んでいたのに……)


 どれだけ公爵家に求められていることをユレーヌが頑張ろうとも、マティアスは決して心を開いてはくれない。

 他人行儀な笑みを向けられるたびに、ユレーヌの心は締め付けられて苦しくなる。


「今日はそろそろ、失礼いたしますね。贈り物、本当にありがとうございました」


 マティアスはそう挨拶すると、椅子から立ち上がり扉へと向かう。


(いやっ……。まだ帰らないで……!)


 二人で会えるのは、今日が最後の機会かもしれないというのに。ユレーヌはまだ何の成果も出せていない。

 なんとかして彼を繋ぎ留めなければと必死のユレーヌは、思わずマティアスの上着の裾を掴んでしまった。


「……ユレーヌ嬢?」

「あ……あの」

「はい?」

「じ……実は、お尋ねしたいことが……」

「なんでしょうか?」


 不思議そうな表情のマティアスに見つめられ、ユレーヌは冷や汗が滲み出てくる。


(どうしましょう……。尋ねたいことなんてないのに……。でも、何か言わなければ……)


 咄嗟(とっさ)に気の利いた質問ができる性格ならば、とっくにお茶会での沈黙を埋めるために使っている。


 焦れば焦るほど、何も考えられない。

 忘れてしまったと、謝ろうか。


 ユレーヌが諦めて手を放そうとした時。ふと、アカデミーの図書館での光景を思い出した。


「あの……。マティアス様は、『溺愛』をご存知ですか?」

「溺愛ですか? ユレーヌ嬢はご存知ないのですか?」


(えっ? 誰でも知っていることだったのかしら……。馬鹿だと思われてしまったかもしれないわ……!)


 マティアスに呆れられてしまったら、婚約破棄されてしまう。

 企画書も練らずに挑んだことを後悔しつつ、泣きたい気持ちを堪えながらユレーヌは答えた。


「えっと……、『食べ物』だということは知っているのですが、実際に見たことがないもので……」

「食べ物……?」


 首を傾げるマティアスに、ユレーヌはさらに焦りが募る。


「えっ……? 『溺愛』とは、甘くて、とろけそうで、三度の食事よりも補給したいものなのですよね?」


 アカデミーの図書館で他の女子学生達が、そんな話題で盛り上がっていたのを、ユレーヌは目にしていた。

 彼女達は本を広げながら、熱心に『溺愛』の味について語り合っていた。どのような本だったのかまでは見えなかったが、きっとグルメ本か何かだったのだろう。


「確かに……、人によってはそうかもしれません」

「マティアス様は、食べたことがありますか? 『溺愛』とは、それほど美味しいものなのでしょうか!」


 無計画に聞いてしまったが、これはマティアスの好みを知るチャンスかもしれない。なんとしてでも成果を出したいユレーヌは、祈るような気持ちで、真剣に彼へと尋ねる。


 するとマティアスは、口元に手を当てたかと思うと、急に身体を震わせ始めた。


(マティアス様、寒いのかしら?)


 暖かいお茶でも淹れなおそうかとユレーヌが思っていると、彼は「ふぅ」と息を吐いてから、ユレーヌに視線を戻した。


「実は僕も、『溺愛』を食べたことがないのです。もしよろしければ、次の週末にでも一緒に食べに行きませんか?」

「ほっ……本当ですか?」

「はい。ユレーヌ嬢と一緒に食べたら、きっと美味しいと思います」

「わぁ! ありがとうございます、マティアス様。週末が楽しみです!」





 ついに、マティアスとの約束を取り付けることに成功した。ユレーヌは早速、両親へと報告に行った。


「ほう! マティアス様のほうから、デートに誘ってくださるとはな」

「良かったわね、ユレーヌ」

「ええ。週末が楽しみで、眠れそうにありませんわ」

「ところで、マティアス様は何をご馳走してくださるんだ?」

「ふふ。実は『溺愛』を食べに行くんです」

「でき……あい?」


 同時に首を傾げる両親。どうやら、二人も『溺愛』を知らないらしい。


「お父様とお母様も、ご存知ないのですか?」

「うむ……。聞いたことがない料理だな」

「初めて聞くわね」

「マティアス様も、食べたことがないそうなんです。なので、二人で初挑戦しに行くことになりましたの」

「珍しい物を食べさせてもらえるようで、良かったな」

「はい! ――それでは私、お食事に着ていくお洋服を選んできますわ」

「あぁ。行っておいで」

「とびっきり、オシャレするのよ」


 娘が喜んでいる姿に、安堵しながら見送った両親。

 しかし、気になってしかたない。二人は同時に顔を見合わせた。


「『できあい』などという食べ物が、本当にあるのか?」

「さぁ……。もしかして、すでに出来上がっている料理――『出来合いの料理』のことを言っているのではなくて?」

「あぁ、そういう意味か。あの子は勉強ばかりしているせいで、世間に疎いからな。マティアス様が、屋台にでも連れて行ってくださるのかもしれない」

「きっとそうですわ」




 自室へと戻ったユレーヌは、メイドのマリに事情を話して、一緒に洋服を選ぶことにした。

 マリはついにこの日が来たことを喜び、ユレーヌの初デートに着てほしいと思っていた可愛いドレスを取り出した。


「お嬢様! デートをなさるのでしたら、こちらのドレスなどいかがでしょうか? お嬢様の愛らしさを引き立たせるのにぴったりのデザインだと思います!」

「それは、派手過ぎるわ。もっとシンプルなお洋服でなければ」


 ユレーヌは、アカデミーに着ていくようなブラウスとハイウエストのスカートをいくつか取り出すと、「う~ん」と悩み始める。


「そちらは、普段着ではございませんか」

「そのほうが良いの」


 デートと聞いたはずなのに、ユレーヌはメモ帳や筆記道具まで準備し始める。どうやら、マリが考えていたデートとは異なるようだ。


「お嬢様……、デートでお食事に出かけられるのですよね?」

「そうよ。マティアス様はきっと、領地運営に役立てようと思って私をお誘いくださったのよ。しっかりとレポートにまとめて、提出しなければ」

「そういうことでしたか……。視察にまで出かけられるような、珍しいお食事なのですか?」

「ええ。『溺愛』を食べさせていただけるの」


『できあい』と聞いて、ロマンス小説好きのマリは真っ先に『溺愛小説』を思い浮かべた。


「えっ? えっ? できあいって、あの溺愛ですか! もしかして、令息様がお嬢様を、お食べに!?」

「人間を食べるわけないじゃない。マリったら、可笑しなことを言うのね」

「私の勘違いですか……? それでは、『できあい』とは……」

「甘くて、とろけそうな美味しさらしいの。とっても楽しみだわ」

「スイーツなのでしょうか? ぜひ、感想を教えてくださいね」

「もちろんよ。我が家用の、レポートも用意するわね」




 その週。ユレーヌは少しでも『溺愛』の情報を集めておこうと思い、アカデミーの友人に聞き回ったり、図書館でグルメ本を読み漁ったりした。けれど『溺愛』に関する情報は一つも得られなかった。

 それほど希少な食べ物のようだと、アカデミーでも話題になり。ユレーヌは友人達の期待も背負いつつ、当日を迎えた。





「お嬢様! 大変です! お嬢様、起きてください!」

「どうしたの……マリ。準備を始めるには、まだ早いわ……」


「ふわぁぁ~」とあくびをしながら、ユレーヌはベッドから身体を起こした。すると、目の前に大きな箱が差し出される。


「……これは?」

「令息様からの贈り物です! 先ほど、公爵家が馬車で届けてくれたんです!」

「贈り物?」


 マティアスとは後で直接会うというのになぜ、わざわざ馬車で届けさせたのだろう。ユレーヌはこてりと首を傾げてから、箱に添えられている手紙を開いてみた。


「『こちらは、先日の本のお礼です。本日のデートで必要かと思いまして、ご用意させていただきました』……だそうよ」

「なんでしょうね? 早く開けてみてくださいませ!」


 箱は三つあるようだ。マリに急かされたユレーヌは、次々と箱を開けてみる


「まぁ……。ドレスだわ。それに靴と、アクセサリーも……」


 街歩きに良さそうな、派手すぎないが可愛いデザインのドレスと、それに合わせた靴とアクセサリー。どれも、爽やかなミントブルーで統一されている。まるで、マティアスの瞳の色のようだ。


「もしかして、こちらは……!」


 マリが期待を込めた眼差しを向けると、ユレーヌは考え込みながらドレスを持ち上げて、じっくりと観察する。


「『溺愛』をいただくには、ドレスコードがあったのね。マティアス様がご配慮してくださらなければ、彼に恥をかかせてしまうところだったわ」

「あ……。そうなんですね……」


 溺愛小説好きのマリとしては、絶対に『僕の瞳の色に染まってほしい』という意図で贈ったのだと思ったが。残念ながらただのドレスコードだったらしい。


「『できあい』を食べるのも大変そうですね。ますます、どのようなものか気になります」

「そうね。今日はマティアス様のご指示に、しっかりと従わなければ」




 ユレーヌが準備を整え終えると、ちょうど良いタイミングでマティアスが迎えにやって来た。

 地味な服装を好むユレーヌとは異なり、マティアスは普段からオシャレに気を遣うタイプ。馬車から降りたマティアスは、いつにも増して輝いて見える。


「お迎えに上がりました、ユレーヌ嬢。僕が贈ったドレスを、着てくださったのですね。とても良くお似合いです」

「素敵なドレスを、ありがとうございました」

「ユレーヌ嬢に似合いそうなものを探すのに時間がかかってしまい、贈るのが遅くなって申し訳ありませんでした」

「マティアス様が、直接選んでくださったのですか?」

「はい。今日は特別な日ですから。僕が選んで差し上げたかったのです」


 どうやらマティアスも、今日の『溺愛』に気合を入れているようだ。彼のためにも、素晴らしいレポートを作成しなければならない。ユレーヌはメモ帳をぎゅっと握りしめた。


「ユレーヌ嬢……。そちらは?」

「本日の『溺愛』について、レポートにまとめようと思いまして」

「そうでしたか。ですが申し訳ありませんが、レポートはお控えください。『溺愛』には極秘情報が多いので、漏洩してしまうとお互いにとっても、良くありませんので」


 レポートにまとめて公表してしまうと、先方のレストランに迷惑がかかってしまうようだ。それほど極秘に扱われていたからこそ、ユレーヌや両親も今まで知ることがなかったのかもしれない。


 そんな『溺愛』を知っているマティアスは、凄い人物だったのだ。ユレーヌは尊敬の眼差しを向ける。


「では、参りましょうか」

「はいっ」


 メモ帳をマリに預けたユレーヌは、緊張しながら差し出されたマティアスの手を取った。

 彼は丁寧な仕草で、ユレーヌを馬車までエスコートしてくれる。

 マティアスと婚約して二年。今日が初めてのお出かけだ。



 『溺愛』にばかり気を取られていたが、ユレーヌが最優先でしなければならないのは、婚約破棄されないために彼の心をつなぎとめておくこと。

 今日は視察で役に立つ人間だと、見せなければならない。


 緊張しながら馬車に乗り込むと、向かい側に座ったマティアスが優しい眼差しをユレーヌに向けてくる。

 いつもは他人行儀な笑みばかり浮かべる彼だが、今日はいつもと雰囲気が違う。心がこもっているような視線を向けられ、ユレーヌはますます緊張する。


「ユレーヌ嬢。もしかして、緊張されていますか?」

「お恥ずかしながら……。マティアス様のご迷惑にならないよう、精いっぱい頑張ります!」

「今日は僕がお誘いしたのですから、僕に全てお任せください。ユレーヌ嬢は、楽しむことだけに専念してくだされば結構です」

「そ……それでは困ります! 私は、マティアス様のお役に立ちたいのです!」


 レポートは書けなくなってしまったので、他のことで挽回しなければならない。その機会をせめて与えてほしい。ユレーヌは祈るような気持ちで、マティアスを見つめた。


 すると彼は、少し考えてからユレーヌにうなずく。


「実は、『溺愛』には様々な作法(・・)があるのです。ユレーヌ嬢にご協力いただければ、より美味しく『溺愛』を食べることができると思うのですが……」

「ぜひ、お手伝いさせてくださいませ!」

「ありがとうございます。では、その……。本日はエスコート以外でも、ユレーヌ嬢に触れるお許しをいただけないでしょうか」

「私に……、ですか?」

「もちろん、婚約者同士として許容範囲内での、触れあいです。手を繋いだり、頭をなでたりといったような」


 ユレーヌを気遣うように言葉を選びながら、マティアスはそう提案する。なにやら『溺愛』を食べるには、パフォーマンス的な要素も必要なようだ。


「私達は婚約者同士ですもの。そのくらい、許可など必要ありませんわ。ご指導のほど、よろしくお願い申し上げます!」


 ぺこりとユレーヌが頭をさげる。するとマティアスはすかさず、ユレーヌの隣に席を移してきた。


「ありがとうございます。では、手を繋ぐところから始めましょうか」


 少し照れたようにはにかみながら、マティアスはユレーヌの手を優しく握りしめた。

 エスコートとの時とは違い、しっかりと組み合わさった手と手。幼い頃に友人と繫いだ時の感覚とはまるで違うと思いながら、ユレーヌは彼の手を見つめた。


「マティアス様の手は、大きくて温かいですわ」

「ユレーヌ嬢の手は、小さくて可愛らしいです。大切に扱わなければ、折れてしまいそうです」

「手を握られただけでは折れたりしませんので、ご安心くださいませ」


 マティアスは大袈裟だと思いながら、ユレーヌはクスクスと笑い出す。そんな彼女の様子を、マティアスはまぶしそうに見つめた。


「僕にとっては、心からお慕いしている方の、大切な手ですから」


(えっ……。今なんて……?)


 ユレーヌは驚いて、目をぱちくりさせた。

 この二年間、全くと言ってよいほど打ち解けなかった婚約者が、そんなことを思っているはずがない。

 聞き間違いではないかと思ったユレーヌは、彼に聞き返そうとしたが――。さらに信じられない光景が、目の前で繰り広げられる。


 マティアスは繋いでいたユレーヌの手を持ち上げると、手の甲に口づけしたのだ。ユレーヌは驚いて、口をパクパクさせる。


「マ……マ…………」

「こちらも、婚約者同士の触れ合いに入りますよね?」


 同意を求めるように、マティアスは微笑みを向けてくる。ユレーヌはそこでやっと、この状況の意味を思い出した。


(私ったら、『溺愛』の作法を学んでいる最中だということを、すっかり忘れていたわ。今のは作法(・・)なのよ……)


 マティアスに好意を寄せられていると勘違いしそうになったユレーヌは、恥ずかしさを隠すように真剣な目つきになる。


「あ……あの。私も、同じようにしたほうがよろしいでしょうか?」


 お手本を見せてもらったからには、実践してみたほうがよい。ユレーヌはそう考えて確認してみたが、マティアスはぽかんとした表情になる。


「……してくださるのですか?」

「がっがんばります!」


 マティアスがしてくれたように、ユレーヌは彼の手の甲に口づけしてみる。手袋越しだとはいえ、妙に緊張してドキドキが止らない。


(上手にできたかしら……)


 心配しながらマティアスの反応を確認してみると、彼は顔を真っ赤にしながらユレーヌを見つめていた。

 いつも落ち着いている彼とは思えない反応に、ユレーヌの心も落ち着かない。


「……ありがとうございます」

「こちらこそ……」


 練習をしたはずなのに、なぜかお礼を言われてしまった。

 『溺愛』の作法を受けた者は、お礼を言うべきなのだろうか。ユレーヌはその辺りを質問したかったが、なぜだか妙に緊張した空気が漂う。

 結局、聞くに聞けないまま馬車は街へと到着した。


 


 馬車が停車し、ユレーヌはやっとレストランに着いたとほっとする。

 しかし馬車を降りてみると、随分と賑やかな場所だということに気がついた。


「あの……。こちらは……?」

「ユレーヌ嬢は『溺愛』をご存知ないとのことですので、まずは知識を深めるために、オペラ鑑賞をご用意いたしました」

「まぁ……! 『溺愛』が題材のオペラがありますのね」


 建物の上を見てみると、大きな看板には『溺愛の話題作』の文字が。


「連日完売するほど、人気の作品だそうですよ」


 マティアスの説明どおり、オペラ劇場の前は人の出入りが激しい。

 前の公演が終わったばかりなのか、オペラ劇場から出てきた人々が近くのカフェやレストランに流れるように入って行く。

 一公演ごとにこれほど人が集まるなら、周りのお店も大繁盛していることだろう。


(『溺愛』にこれほどの経済効果があったなんて、知らなかったわ……)


 経済学部に在籍しているというのに、ユレーヌは今の今までその事実に気がつかなかった。


(マティアス様は、私の勉強不足をご存知だったのでは……)


 次期公爵の嫁として、このくらいの知識は常識だったのかもしれない。今日は視察どころか、ユレーヌの花嫁修業も兼ねていたのだ。ユレーヌは両手を握りしめて、マティアスを見上げる。


「私、一生懸命『溺愛』をお勉強いたしますわ!」

「そんなに硬くならないでください。二人で楽しんでこその溺愛ですから」


(不出来な私に婚約破棄を突きつけるのではなく、知識を身に着けさせてくださるなんて……。マティアス様は、なんてお優しいのかしら)





 公爵家専用のテラス席へ案内されたユレーヌは、落ち着かない気持ちを抱えながらマティアスに尋ねた。


「あの……。こちらも『溺愛』の作法ですか?」

「はい。作法です」


 長椅子に二人で腰かけているが、なぜかマティアスはユレーヌの肩を抱き寄せており、ユレーヌはぴったりと彼に密着してしまっている状態なのだ。

 彼の体温がダイレクトに伝わってくるので、ドキドキしてしまい非常に落ち着かない。

 

「『溺愛』の作法は、とても特殊なのですね……」

「そうですね。正直に告白すると、僕も全てを把握しているわけではありません。それぞれに表現方法が異なるところも、溺愛の醍醐味なんです」


『溺愛』の作法とは、型にはまったものではないようだ。ならば、他の席の者はどういった作法をおこなっているのか。


 気になったユレーヌは、ちらりと他の席に視線を向けてみる。

 目に飛び込んできたのは、情熱的に口づけを交わしているカップルの姿。驚いたユレーヌは「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げながら、顔を手で覆った。


「ユレーヌ嬢……。大丈夫ですか?」

「突然、申し訳ありません……。あの……あちらも、『溺愛』の作法なのでしょうか?」


 ユレーヌは手で視界を覆ったまま、そちらを見ないようにしながらマティアスに尋ねる。するとマティアスは、何とも言えない顔付きで問題の席から視線をそらした。


「あちらは参考になりません……。僕達は、『健全な溺愛』を楽しみましょう」

「はい……。安心いたしましたわ」


 『溺愛』には、健全なものと、不健全なものがあるようだ。婚約者が『健全』を選ぶ人で良かった。ユレーヌは心から安心しながら、くったりとマティアスに身を預けた。

 先ほどまでは、密着している状況が落ち着かなかったが、彼の誠実さを改めて知れたおかげで、彼の体温が非常に落ち着く。

 ユレーヌは夢見心地で、オペラ鑑賞を楽しんだ。





「…………ハッ」


 公演終了の拍手で目覚めたユレーヌは、状況が読めないまま辺りを見回した。

 ユレーヌは、夢見心地で鑑賞していたのではない。あまりにマティアスの隣が心地よくて、完全に眠ってしまっていたのだ。


「お目覚めですか? 僕の眠り姫」


 マティアスにそう声を掛けられて、ユレーヌは完全に呆けた顔で彼に視線を向ける。マティアスはユレーヌの髪をなでながら、優しく微笑んだ。


 徐々に頭が冴えてきたユレーヌは、とんでもない大失敗をしてしまったことに気がつき青ざめる。

 慌てて立ち上がると、九十度を超える、百二十度角に頭を下げた。


「申し訳ございません、マティアス様! せっかく学びの場を設けてくださったのに、私ったら……。本当に申し訳ございません!」

「謝らないでください、ユレーヌ嬢。眠ってしまうほど、僕の隣に安らぎを感じてくださったのでしょう?」

「はい……。とても心地良かったです……」

「それなら、問題ありません。それも『溺愛』の作法ですから」

「本当……ですか?」


 半信半疑ながらもユレーヌが頭をあげると、マティアスは嬉しそうに微笑んでいる。


「ユレーヌ嬢はいつも、僕の前で緊張されていますよね。そんな貴女が、僕の隣にいて安らぎを感じてくださったのが、何より嬉しいです。この感情もまた『溺愛』なのです」


 ユレーヌは大失敗したというのに、マティアスは気遣うような優しさを見せてくれる。

 『溺愛』の作法とは、マティアスのような温かい心の持ち主でなければ、マスターできないのではないかという思いが浮かぶ。


(私もマティアス様のように、優しい気遣いができる人間になりたいわ)


 婚約して二年も経った今になって、ようやく彼のことがわかってきたユレーヌ。いかに今まで、周りが見えていなかったことに気づかされる。


「目覚めてから急に動くと、心臓に負担がかかりますよ。ロビーの混雑が収まるまで、もう少しこちらで休んでいましょう」

「はい……」


 再びユレーヌが椅子に座り直すと、マティアスは婚約者の身体を気遣うように、優しく抱き寄せた。これも『溺愛』の作法なのだろう。


(マティアス様のお気遣いには感謝いたしますが、こちらのほうが心臓に悪いですわ……)


 この調子では身が持たないので、早く『溺愛』を食べに行きたい。

 ユレーヌは『溺愛』の味を想像しながら、何とかこの場を耐えしのいだ。




 その後。二人は、マティアスが予約してくれたレストランへと向かった。

 そこではユレーヌが大好きな料理ばかりが並び、彼女を大いに驚かせた。マティアスとは一度もそのような話をしたことはないのに、彼はいつの間にかユレーヌの好みを完全に把握していたのだ。


 彼はユレーヌを喜ばせたくて、使用人やアカデミーの友人から好みを聞き出したのだとか。皆も今日のデートを応援してくれたと、マティアスは嬉しそうに話してくれた。

 ユレーヌも今日のために溺愛について調べたりしたが、彼は彼でユレーヌを喜ばせようと準備をしてくれていたのだ。


 それから二人で街を見て回ることになり、文具店ではお揃いのペンを選んでプレゼントしてくれた。

 彼曰く、ユレーヌも同じペンを使って勉強していると思うだけで、きっと幸せな気持ちで勉強できると。


「あの……。溺愛の作法がなんとなくわかってきた気がします。私も実践してみてもよろしいですか?」

「はい。嬉しいです」

「こちらのベンチで少々お待ちくださいませ!」


 ユレーヌはお財布を握りしめて、クレープの屋台へと駆けて行く。そこでマティアスが好きそうな味のクレープを、じっくりと選び戻ってきた。


「どうぞ。チョコチップアイスが入ったクレープですわ」

「……よく僕の好みがわかりましたね」


 二年間もお茶会を繰り返せば、お菓子の好みくらいはユレーヌでも把握できる。なにせ沈黙が多い二人なので、ユレーヌは彼の一挙一動に目を向けていた。

 チョコのお菓子には積極的に手が伸びる彼だが、生クリームは若干苦手なようだ。それでもユレーヌに合わせていつも「美味しい」と食べてくれたが。

 だからこのクレープも、生クリームは抜いてもらっている。


「お茶会でしかお会いできませんでしたが、いつも見ておりましたから」

「ユレーヌ嬢が僕のことを……? 嬉しいです。……本当に」


 クレープを大切そうに両手で包み込んだマティアスは、アイスが溶けてしまわないか心配になるほど嬉しそうに見つめてから、身体に染み渡らせるようにじっくりと口に運び始める。

 それから「美味しいです」と頬を赤く染めながら呟いた。


(わあ……素敵な笑顔だわ。クレープくらいでこんなに喜んでもらえるなんて。マティアス様の笑顔を見られるなら、何でもしてあげたくなってしまうわ)


 溺愛の作法とは相手を喜ばせることだとユレーヌは理解していた。その結果がこんなにも、心が温かく幸せな気持ちになれるとは。

 このような気持ちで『溺愛』を食べられたら、とても心が満たされる気がする。




 このようにして二人は、夕方まで街の散策を楽しんだ。


「最後に、夕日を見に行きませんか? ユレーヌ嬢に見せてあげたい場所があります」

「はいっ。よろこんで」


 すっかりと彼と打ち解けたユレーヌは、にこりと彼の提案を受け入れて馬車へと乗り込んだ。

 行きと同じく手を繫いで座り、今日の楽しかった思い出に花を咲かせる。そこでユレーヌは、あら? と首を傾げた。


 なんだかこの雰囲気。今日の〆に入っている気がする。『溺愛』をまだ食べていないのに、なぜだろうか。


(夕日が見える場所に、お店があるのかしら?)


 そんな疑問を抱えながら着いた先は、夕日を一望できる岬だった。

 真っ赤に染まった空と雲が一面に広がり、眼下にはその夕日を映した海が淡くどこまでも満たしている。岸壁に打ち寄せる波の音だけがゆったりと響いて、ここだけは二人だけの特別な空間に思えてしまう。


「ユレーヌ嬢。今日は素敵な時間を与えてくださりありがとうございました」

「こちらこそ。とても楽しい一日を過ごさせていただきましたわ」


 勉強ばかりだったユレーヌにとっては、新鮮なことばかりで一日中ドキドキが止まらなかった。


「もしよろしければ、また二人で出かける機会を与えていただけませんか?」

「本当ですか! 楽しみにしておりますわ」


 溺愛の作法に夢中になってしまい、途中からマティアスを繫ぎとめることなど忘れて楽しんでしまった。

 何はともあれ今すぐ婚約破棄になることはなさそうで、ユレーヌはほっと笑みを浮かべた。


「まだまだユレーヌ嬢を独占していたいですが、遅くなるとご両親が心配なさるでしょう。そろそろ帰りましょうか」


(えっ! もう帰ってしまうの?)


「あのっ……! 私まだ、『溺愛』をいただいておりませんが……」


 食べられずとも、せめて『溺愛』がどのような食べ物だったのか知りたい。それに皆にも宣伝してきたので、結果を持ち帰らなければ皆もがっかりしてしまう。


 するとマティアスは、申し訳なさそうに眉を垂れさせながら、ユレーヌに頭を下げた。


「申し訳ございません。僕はユレーヌ嬢を騙しておりました」

「……えっ?」

「本当は、『溺愛』などという食べ物はありません。溺愛とは、相手のことが好きすぎて盲目的にひたすら愛してしまう、という意味です」


 彼は人をからかうような性格には見えない。

 経済学の話には興味を示してくれなかったが、ユレーヌの話を真摯に聞いてくれる真面目さはある人だ。


 そんな彼が、今回に限ってなぜこのような行動に出たのか。

 騙されたショックよりも、そちらのほうが気になってしかたない。今日は本当に楽しかったから……。


「そう……でしたの。では、今日はなぜ……」

「ユレーヌ嬢が初めて、経済学以外のことに興味を示してくださったので、チャンスを逃したくなかったのです。どうにかして僕に興味を持っていただきたくて、このような馬鹿な真似をしてしまいました。本当に申し訳ありませんでした」


(あっ……)


 公爵家から求められたのは経済の知識についてで、ユレーヌは政略結婚として割り切っていた部分がある。けれどマティアスは、ユレーヌと親睦を深めようとしてくれていたのだ。


 そうとも知らずに、毎回のように経済学のプレゼンみたいなことをして。彼ががっかりするのも無理はない。

 ユレーヌは急に、今まで必死に空回りしていた自分が恥ずかしくなる。


「こちらこそ、申し訳ございません! 私、経済学のことになると周りが見えなくなってしまうもので……」


 額と膝がくっつきそうなほど頭を下げる。

 するとマティアスから、くすくすと笑い声が聞こえてきた。

 ユレーヌはぽかんとしながら、姿勢を戻して彼を見つめた。


「知っています。アカデミーの図書室でのユレーヌ嬢は、いつもそうですから。楽しそうに黙々と勉強している姿に、目が離せませんでした」

「み……見ていらっしゃったのですか?」

「はい。こんなに熱心な子なら、きっと素敵な公爵夫人になっていただけると思い、父にこの婚約を提案したんです」

「そうでしたの……」


 まさかこの婚約が、マティアスの希望だったとは思いもしなかった。

 夢中な姿を見られて恥ずかしい気持ちと、熱心さを買われて嬉しい気持ちとがせめぎ合う。


「ですが僕は、期待してしまったのです。こんなに熱心な子なら、僕のことも熱心に愛してくださるかもしれないと」

「……すみません」

「謝らないでください。これは僕の一方的な願望ですから。――それで、次第に経済学に嫉妬するようになり、お茶会では不機嫌な態度をとって申し訳ございませんでした」

「……本当に、すみませんっ」


 彼の気持ちを知れば知るほど、ユレーヌは居たたまれなくなる。

 こんな勉強馬鹿を好きになってくれたマティアスに申し訳なさ過ぎて、今すぐにでも海に飛び込んでしまいたい気分だ。


「ですから今回のデートは、僕にとって本当にチャンスでした。『溺愛の作法』とごまかしましたが、それこそ溺愛そのものの行動なんです。今日一日、僕と一緒にいて嫌ではありませんでしたか……?」


 マティアスは不安そうに、ユレーヌの顔を見つめる。


「いいえっ。初めは慣れなかったので少し戸惑いましたが……。マティアス様のお気持ちが嬉しくて、私もお返ししたい気持ちでいっぱいになりましたわ」

「それは、僕のことを少しは好きになってくださったということですか?」

「はっはい……。もともと素敵な方だとは思っておりましたが、今日がきっかけでますます魅力あふれる方だと実感しました」


 このようなやり取りは、ユレーヌにとっては初めての経験だ。夕日はもう沈みかけているというのに、顔が真っ赤な夕日に照らされたように熱い。


「嬉しいです、ユレーヌ嬢。――最後にもう一つだけ、溺愛の作法を実践してもよろしいですか?」


 顔が夕焼け色に染まっているのはマティアスも同じだ。ユレーヌがこくりとうなずくと彼は、赤く熟れたユレーヌの頬に触れる。


「愛しています。ユレーヌ」


 そして、唇に熱いものが触れて――


 こんな時は目を閉じるという常識を知らないユレーヌは、瞳をカッっと見開いた。


「こっ……こちらは、不健全なほうの溺愛では!?」

「嫌でしたか……?」


 しょげた子犬のような目で彼に見つめられて、ユレーヌは言葉に詰まってしまい唇に手を当てた。

 鮮明に残る彼の感触は、特別な存在になれた印のように思える。


 ユレーヌも方法がわからなかっただけで、ずっと経済学を通して彼にアピールしてきた。それがやっと通じ合ったのだ。嫌なはずがない。


「う…………嬉しいです」





 

 その夜。家に戻ったユレーヌを待っていたのは、期待に満ち溢れた様子の両親とメイドのマリだった。


「お帰りユレーヌ。マティアス様との食事はどうだった?」

「出来合いのお料理は美味しかった?」


 ニコニコと両親に尋ねられて、ユレーヌの顔は即座に反応し赤く染まる。

 恥ずかしそうにうつむく乙女な姿を、マリが見逃すはずがなかった。


「お嬢様! やっぱり私が想像していたほうの溺愛でしたのね。もしかしてお嬢様が食べられてしまったのですか?」


 この前、似たような質問をされた時は意味がわからなかったが、今のユレーヌになら理解できる。顔がますます火照り始めた。


「ばっ馬鹿! マティアス様はそのような方ではないわ。少し……、なめられたけど……」

「きゃー! もっと詳しく教えてくださいませ!」

「も……もう、この話はおしまいっ!」


 自室に逃げるユレーヌと、ニコニコ追いかけるマリ。そして「あら。そちらのほう」と納得する母。

 それから現実逃避するように父は「できあいは、食べ物だろう……?」と呟き続けた。


 


 このようにして、『溺愛』について周りに言いふらしすぎたユレーヌは、各所で恥ずかしい思いをする羽目にる。

 友人の大半はそんなことだろうと思っていたが、初めて色恋に興味を示したユレーヌのことが可愛くて、わざと結果を聞きたがった。


 そして、同時にアカデミーではこんな噂が立ち始める。


 『公爵令息マティアスは、あの経済学にしか興味のないユレーヌ嬢を乙女に変えるほど、彼女を溺愛している』と。


 その噂を肯定するように、アカデミーの図書室では二人が並んで勉強する姿が見られるようになった。


 お揃いのペンを携え、仲睦まじい様子で勉強する姿は完全に二人だけの世界。

 たびたび視線を合わせてははにかむように微笑み合い、マティアスが囁けば、彼女は花が色づくように頬を赤く染める。

 そんな彼女を、マティアスは愛おしそうに見つめるのだ。


 それはまさに、甘くて、とろけそうで、三度の食事よりも補給したくなる。

 そんな羨ましい光景であった。


お読みくださりありがとうございました!


ちなみにマティアスは、ユレーヌにオペラを観てもらうことで溺愛は食べ物ではないと気づいてもらう予定でしたが、彼女が寝てしまったので計画が狂ってしまいました。

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