機械と歯車
国家は機械人形である。高度に機械化された歯車のかみ合わせは、一度起動すればもはや歯車一つの意志で止めることはできない。機械全体の目的のために、徹底的に合理化を追求された設計書通りに歯車たちは極めて効率的に走り回る。歯車たちはもはや自分の駆動が最終的に何に影響するかも、隣の歯車がどんな動きをしているかも、知ることはできない。ただ一つの目的のために、その物質的要請を果たすために走り回る。
「陛下、各地の第一次動員が完了し、陛下の忠実な将兵は現在鉄道によって前線へむかっております」
「そうか、我が将兵の忠義に期待する」
荘厳たる宮殿、豪壮な門をくぐり、神話の神々を象った彫像が配されたきらびやかな大理石の柱の間を通り、大広間へ至って見上げれば、聖典の一場面を描く巨大な宗教画を見る。さらに奥に進んで甲冑やいくつもの絢爛な調度品を抜け、家政長官室の前を過ぎればそこに執務室がある。そこに二人の男はいた。一方は立派で真っ白な髭をたくわえながらも、その齢に釣り合わぬ生き生きとした肉体を持ち、普段の活発な活動を想起させる。そのたくましい身を包む軍服の肩にはこの国でただ一人だけが付けることを許される大元帥肩章を戴く。もう一方はやはり軍服に身を包むが、肩から胸にかけて飾緒を下げ、肩章には三つの大星が輝くことから彼が参謀の職に就き、また臣下が至れる最高の位にいることを示す。その目は冷ややかであり、淡々と各地域の動員状況を読み上げる口調は全く無機質である。
陛下と呼ばれた男は、血の気の通わぬ報告を聞き終えると椅子に深く座りなおし、暫しの沈黙の後、意を決したように口を開いた。
「これは、やめられぬのかね」
「おそれながら陛下、もはや止まりませぬ。議会は此度の戦争のために挙国一致内閣を組織し、臣民も声高にかの国の粉砕を叫んでおります。陛下の忠僕たる諸臣は戦勝のために最善を尽くすことを表明いたしましたし、一部の将兵は既に前線へ到着したことでしょう」
「しかし、わしは、やはり気乗りせぬのだ。悲願たる故地の奪還のための戦争であれば、祖宗の安寧な眠りのため我が国を総動員するに厭わぬが、かの国はまったく逆の方角ではないか」
「陛下、我が主君よ、臣民は既にあなたとあなたの国家のために走り出したのです。臣下の忠義を疑うような言葉は慎みなさい」
「そう、そうなのだ。我が臣下はわしのために走り出したという。しかしわしはそれを口にしたことはないし、まして望んだことすらない。臣民はわしのためというが、なればわしが望まぬことをなぜするか。決めたぞ、わしはわしの命を以て此度の不毛な行いを停止する」
「陛下、それは不可能でございます」
「なぜか! わしは君主であるぞ」
突然立ち上がった男の興奮で赤らむ顔から発せられた怒号を受けても、氷のような口調は崩れない。
「既に多くの資源が定められた計画書の下、相手国の破壊のために動き出しております。小銃、火薬、鉄鋼、食料、衣類、医薬品、そして人は、事前に定められた網の目のようなダイヤグラムに則って極めて効率的に輸送されております。それはもはや一人の人間の意志で狂わすことはできぬほど巨大にして、緻密なのです。たとえ、国権を一身に背負う者であっても」
「……もうよい、下がれ」
正確な角度の敬礼の後、男は執務室を出た。残った男は気の緩んだように椅子に浅く腰掛けると、ゆっくりと目を閉じた。
戦争に向かって、歯車は回り始めた。高度に機械化された国家は、始動すればもはや誰にも止められない。個人に決断はなく、集団の意志のみが発露される。工場で物資を生産する者も、鉄道を運転する者も、前線で散りゆく者も、議会で野次を飛ばす者も、国家の頂点にいる者も、そして計画を立てた者すらも、彼らは誰一人として彼らの役割の全体像を知らない。彼らは彼らの隣でどのような役割が果たされているのかを知らない。ただ、個々の要請の下、物質的に行動する。戦争は目前である。