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紋白蝶  作者: OrNa7
2/2

後編

そして今、リョウは咲に連絡をよこして目の前にいる。


確かに納得いかないでもなかった。


お前の夢は何、と訊かれた時に咲は答えたことがあった。


「服がつくりたい」と。


リョウに将来の夢を話すなんてって思ったけれど、チェスに真剣なリョウに嘘はつけなかった。


季節は夏の初め。店の外にはヒマワリが立派に立っている。


「服、作ってくれよ」


リョウは穏やかに笑った。


昔よりもやわらかい笑い方をするようになったな、と咲は思った。


反面、鼻筋とか頬の線とかはくっきりしてちょっとかっこよくなったな、とも思った。


「余命、あと……」


「半年」


「みじかっ」


咲は思わず噴き出した。


いやもう、逆に笑うしかないってこともあるのだと思った。


リョウも「だよなあ」って笑ってたのだし。


それから他愛のない話をして店を出た。色んな事を話した。多分こいつにしか話せない話を。


咲とリョウは二人で外に出る。


ほんとに夏の初めの初めなのに十分に外は暑かった。


真夏になる前にこうしてやってきたあんたは偉いよ、と思いながら咲はリョウの車椅子を押す。


よく一人で病院からここまで来たものだ。近いと言っても随分歩く。


足首折ってなくてよかった、と思いながら、咲は車椅子を押して歩いていく。


バスなら数駅だけど、咲は線路に並行する県道を歩いていくことにした。


「ねぇ、リョウ」


「あ?」


「まだやってんの? チェスも麻雀も」


「……やってるよ、オセロも」


「……勝ててる?」


「……ぼちぼち」


「ふうん」


咲は横断歩道で道を渡って日陰をえらんで歩いていく。


「……さっきも訊いたけどさ、なんで私に服を作ってもらおうなんて思ったの」


「えー」


リョウは少し考えこむ。何てこたえるのだろうか。


「……人生の、ケジメ、っつうの?」


「ケジメ?」


咲はリョウの言葉を繰り返した。


「まあ、死ぬまで短い間だったけど生きてましたって、自分で納得するため、っつうか」


「ふうむ」


「せめて最後は人間らしく、ってな」


分かんなかった。服を着ていることが文化人の証明だから?


フツーの人はもっと死ぬ前は、うまいもんでも食べたいとか、そんなこと考えそうだけれど。


服…ねぇ。お洒落にでも目覚めたか


「それに…」


「それに?」


「やっぱ…、なんでもねぇよ」


「変なの」咲は笑った。「ねぇ、仕事って言ったけどお金なんていらないからね」


「いや、払う」


「なんでよ、私趣味で作ってるくらいだしまだ服でお金取れない」


「いいんだよ、最初の客ってことで。金もあるし」


「?」


「麻雀で勝った金貯め込んだ」


「あんた、どんだけ巻き上げたのよ……」


「医者って金持ちなんだよ」


「……なんか、やな言い方するね」


「そうだな」


互いに笑い合うそんな会話が、咲にまた、三年前を思い出させた。


道の先に大きな橋が見えてくる。


咲の横をトラックが排気ガスを巻き上げながら走り去っていった。


病院が遠くに、小さな鉄の塊みたいに見えた。


「ねぇ、リョウ」


橋の上にさしかかるといきなり風が強くなっていた。


空が青い。


下で大きな川がきらきら光っている。


咲は風の音に負けないように声を張り上げた。


「勝負してないリョウなんて、つまんないよ」


本当かどうかなんて知らないけど、服でケジメだなんて。


そんなこと俺が一番よくわかってんだ、というように、リョウは黙りこんでいた。


病院の前で、咲はリョウと別れた。


やつは眩しそうな顔で咲を見上げて黙っていた。


三年前とびっくりするくらいおんなじ顔だった。


「なぁ」


「?」


「ありがとな」


リョウは優しい顔で言った。


咲は理由は分からないけれど、何故か少しほっとした。


「お見舞い行ってもいい?」


「やばくなったときだけな」


「じゃあやばくなったら連絡して」


「ああ」


そう言って咲は紙に書かれた電話番号を渡した。


さっき、準備しておいて良かったと思った。


「いつでもかけて。学校の授業中だって駆けつけてくるから」


リョウは黙ってうなずいた。


帰り道は拍子抜けするくらい腕が軽かった。


咲は「ありがとな」と言ったリョウの顔を思い出していた。


三年前のクソナマイキな頃の表情に、少しだけ戻ってた気がした。


……まだ大丈夫だよね、あいつ。


大丈夫じゃなきゃだめなんだ、しっかりしてくれ頼むから。


咲は夕方になっていく帰り道を一人で歩きながら、祈るような気持ちでそう思った。


服を作りたいなんてぼんやり考えていたけれど、


美大とか専門で服の勉強とかしてからかなー、とか


はたまた服作りなんてやらずに一生終えるかなー、とか。


けれど、そういうのものは「いつ始める」とかではなくて、勝手にタイミングがきてしまうものなんだろ

う。


例えばきっかけがあの入院でリョウと出会ったことのように。


少なくともこの3年間で身につけたものをリョウの服につぎ込もう。


そんな事を足を動かしながら考え、咲は一人家に帰った。






その翌日から服作りに取りかかった。


毎日一日一〇枚、咲はデザインの原案を描いた。


大事なのは頭の中じゃなく描きながら考えることだ。


とあるインタビューで答えた有名デザイナーの言葉を反芻し、咲自身もそうだろうなと実感した。


友達との遊びには当たり前のように行かなくなっていき、咲はひたすら描いた。勿論授業中も。


何度も不安になった。


「これでいいんだろうか」


「ほんとにちゃんとよくなってるんだろうか」


「そもそもリョウに合うデザインをきちんと選べてるんだろうか」


「三年も会うどころか連絡さえ取ってなかった私なんかが」


デザインを描きはじめて2週間くらいして、ようやく方向性が固まり始めた。


その事に少し安心し、その上根詰めっぱなしだった咲はさすがにくたくただった。


リョウに誘われて外にあった時は本気で心配された。


「俺より先に死ぬなよ?」なんてケラケラ笑われた。


採寸をするときは少し立ってもらった


「なんだ、やっぱり大きいじゃない」


いつも車椅子に座っているから分からなかったが、やっぱり男の子だなと自分より10cmも高いことに対する

変な喜びと、面積が増えることへの不満があり、咲は一人で笑ってしまった。


リョウはなんだよ、と少し不満そうだった。


その日の夜、咲はひさびさに息抜きついでに近所のコンビニに行くことにした。


時計の針は22時を回ったくらいだった。


夜の散歩ってなんだかわくわくするな、と咲は思った。


家から五分のコンビニはがらがらに空いてて、駐車場にも一台も車がなかった。


若い店員が一人でゆらっとレジに立っていた。


咲のほかに客はいなかった。


トルコアイスと紙パックのジャスミンティーをカゴに入れてから、咲は雑誌コーナーをぶらっとする。


『文藝○○ 特集 棋士たちの系譜』


タイトルが目に入った。


咲は、将棋とチェスって全然違うのだという羽生善治の発言をリョウが教えてくれたことを思い出しながら

その特集のページをめくった。


特集のメインは50年前くらいのとあるタイトル保持者と挑戦者の対談だった。


もうどっちも80歳に近い人たちだ。


若いときの写真なんかも載っていた。


どうしてああいう人たちの若い頃の写真っていうとだいたいイケメンなんだろうか。


でも若いと言ってもその人たちの「若い頃」ってだいたい25歳とか30歳の話で。


咲はなんとなくそれを思うと胸がちくりとした。


「若い頃は勢いばっかりでどうも深みのない将棋ばかりしていましたね」


「不思議なもので歳を追うにつれて理屈で考える場面がどんどん減っていった」


なんて


リョウはもうあと少しで死んでしまうのに。


リョウが深みも熟練の勘もないチェスしかできずに死んでいかなきゃいけないんだとしたら、それはどうし

ようもなく不公平なことに思えた。


そして、リョウがどこかの試合でぱっとした成績を残した、みたいな話も、その頃咲の耳にはまだ届いてい

なかった。




服作りは神経を使う。部位によって縫い方も変わり、何度も参考書や他の服と見比べた。


男性用と女性用は作りが違う。


シンプルな構造や知ってるものではなく新しい服作りに挑戦していることが大きかったかもしれない。


音をあげるつもりはなかったけど、毎日風呂入ってご飯食べたら一瞬で寝られるくらいにはへとへとだっ

た。


そして、2週間くらい経った頃、咲はやらかしてしまった。


左手の親指の付け根をザックリと針でやってしまった。


慣れた頃が一番怖いなんて言うけど、慣れたつもりもないうちに事故ったのは正直つらかった。


母はなんにも言わずに傷にタオルを当てて、そのまま咲をタクシーに乗っけて病院まで連れていってくれ

た。


病院では仰々しいくらいに傷口に包帯を巻かれてしまった。


「数日ゆっくり休みなさい」


帰りのタクシーの窓におでこをひっつけて外を眺めてた咲に、母はそう言った。


母には事情を話していた。リョウという友達のことも。


「最近頑張ってるのは知ってる。でも今はゆっくり休みなさい」


言われるまでもなく疲れ果てていた咲は


家に帰ると起きてるのさえつらくなって、自分の部屋のベッドでぐったりと眠った。


携帯の音で目が覚めた。


起きたら部屋はまっくらで、枕元の時計が蛍光グリーンの針で21時を指してた。


6時間も昼寝するなんてびっくりだった。


出血したせいか寝すぎたせいかぼんやりしながら起きて、携帯を開く。


「新着メール:2通」


部屋を出ながら咲はボタンを押した。


1通は携帯会社からのメルマガだった。


キャッシュバックキャンペーンと言われましても……、と思いながら咲はほとんど読まずに削除した。


もう1通は見たことのない携帯番号からのメッセージだった。


「……。」


妙な胸騒ぎを感じながらメッセージを開く。


From : 0802XX0XX60


Title:


本文:


リョウからのメールだとはどこにも書かれていなかったが、咲には、はっきり思った。


「リョウからのメッセージなんじゃないか」と。


階段の下からは母が作った夕ご飯の匂いがしていた。


咲は階段を駆け下りてそのまま靴をつっかけ玄関を飛び出した。


母の呼ぶ声がしたが、自分の中で優先するできことがはっきりとしていた。


咲は、さすがにケガをしたその日に自転車はないな、と思い、ちょっと街のほうまで走りタクシーを捕まえ

た。


運転手はちょっと怪訝な顔をしていた。


そりゃそうだ、22時近くに高校生が一人でタクシーだなんて。



そう思いながらも咲は「○×総合病院まで!」と早口で行先を告げた。


息を切らしながら告げた行先が病院だからだろうか、何かに納得したように運転手はアクセルを踏み、


タクシーはゆっくりと夜の道を滑り出すように出発した。


外の街の光を見ながら咲はリョウのことをぼんやりと考えた。


病院の正面玄関は閉まってるから裏手に回ってインターホンを押す。


「親戚からすぐ来てほしいと連絡があった」と嘘をついた。




まもなく看護師がドアを開いた。


「どなたのご親族ですか?」


リョウの名前を言う。


「小児病棟の503号室だったと思います」


三年前がそうだったから。


看護師はしばらく名簿のようなものを調べながらしきりに首をひねっていたが、やがて



「503号室、ですか?」


と訊いた。


いよいよ咲は頭がおかしくなりそうなほど不安になった。


結局のところリョウは単に病棟を移っていただけだった。


昔いた小児病棟から北部病棟というところの最上階に移っていた。


看護師から受け取った面会証を手に持ったまま走っちゃいけない廊下を走った。


病室の前に立ったときあらためて夜の病院の暗さを思い知った。


足元の蛍光灯に青白く照らされた廊下が左右にどこまでも続いてる。


咲はリョウの病室のドアをノックした。


と、いうより叩いた。


大きな音で。


それも二回も。


しかし、返事がない。


咲はもう耐えられなくて、ドアのとってに手をかけた。


あっさりとドアが開いて、中から白い光が漏れてくる


「あ?」


ベッドの上にあぐらをかいたリョウがそこにはいた。


「あ」だなんて無愛想な声を発するのは彼に違いなかった。


「なにしてんの、おまえ」


「なにしてんのじゃないわよ!」


目が涙ぐんできた、いかんいかん、と思いながら咲は言いたいことだけ言おうとする。


「ばかじゃないの、心配かけて」


「だから、何言って……」


「あんたが変なメール送ってきたんじゃないの!」


「だ、なんのことだよ、メールって」


リョウは本気で意味が分からないという顔をしていた。


咲も相当意味が分からない顔をしていただろうから、傍から見たら相当ヘンな光景だっただろう。


咲は携帯の画面を開いてリョウに見せた。


「……こわ」


「そりゃこっちのセリフよ」


いっきに気が抜けて、咲は折りたたまれていた丸椅子をひっぱってきてリョウのベッドの横に座った。


曰く本当にリョウはメールを送った覚えがなかったらしい。


送信日時をあらためて確認したら


「15/08/13/03:24」


となっていた


「寝ぼけて送ったのかな……」


リョウは寝ぼけたようなことをほざく。


咲は、寝ぼけるなら立場をわきまえて寝ぼけやがれ、と思った。


咲はため息をつき「何やってたの」と訊ねた。


リョウが開いていたパソコンの画面にはチェスの盤駒が表示されていた。


「もしかして試合中だった?」


「や、そうじゃなくて」


リョウはおもむろにパソコンをシャットダウンする。


「スコア見てたんだよ」


「スコア?」


「戦いの記録、みたいなやつだよ」


ふうん、と言いながら咲はシャットダウン処理をするパソコンの画面を眺める。


スコアの先攻が"ST"というリョウが昔から使っているアカウント名になっていたのを咲は確かに見た。


「つうか、なんだよそれ」


「え?」


リョウは包帯ぐるぐる巻きの咲の左手を指さす。


「また骨折したのかよ」


「ちがうわ」


「じゃあなんかで切ったとか」


「まあ……そんなとこ」


咲は言葉を濁した。


リョウはそれ以上訊かなかった。


咲はふと思いついて、


「一勝負しよっか」


実に三年ぶりにリョウとオセロのボードを囲んだ。


リョウは難しい表情でボードを眺めていたが試合が始まるといつもどおり刺すような真剣なまなざしになっ

た。


そんな表情が懐かしく、その中に少しの大人っぽさを咲は見つけていた。


昔と同じだけハンデをつけたから昔と同じようにちょろっと負かされるかと思ったら、意外と互角くらいの

ゲームになってしまって咲はちょっと戸惑った。


あげくにはなんと最終的に僅差で咲が勝ってしまった。


唇をかんでいるリョウに咲は何を言ったら良いものかわからなかった。


「もう一試合だ」


とリョウは絞り出すように言った。


懐かしいセリフ。


今度は一試合目が嘘のように、ちゃんと容赦なくボコボコにされた。


何故か悔しくはなかった。


それからリョウはじっと黙り込んで何も言わなくなった。


窓の外にはかすんだ白い月が出ていた。


咲はそれを眺めるリョウの横顔を眺めていた。


「なぁ、咲」


「?」


「ちょっと、左手見せてみろ」


咲は言われるがままに左手を差し出した。


包帯の傷関係なく、ここのところの作業で咲の左手はすっかり針傷だらけだ。


三年前に傷跡がと悩んでいた頃の私はいったい何処へ行ってしまったのだろうか。


リョウはそれをしばらくひっくり返したりして検分していた。


それからゆっくりとため息をつき、


「……今日はもう帰れ」


と、おもむろにそう言った。


咲が作業に戻ったのは怪我をしてから1週間後のことだった。


ゆっくり体を慣らし勘を取り戻すように、咲は一日一日作業時間を延ばしていった。


夏が終わり、少しずつ風に涼しさがまじりつつあった。


日が短くなり、しだいに冬に向かっていく。


咲にはそれが、世界がまるごと刻一刻と夜に向かっていくかのように思えた。


『チェスを愛する人のためのマガジン 月刊ChessNuts 11月号』よりーーー


「ランキング戦 一転して混戦に」


世界で数百万人が利用するオンラインチェス対戦サイト『ChessUnivers.com』の定期順位戦。


残すところ二週間となり大詰めを迎えつつあるここにきて、ランキング上位争いにおいて波乱が生まれつつ

ある。注目すべきはこの波乱の種が正体不明の「ジャパニーズ」である点だ。


謎の「日本人プレイヤー」によってランキング表がどう塗り変わっていくかに注目が集まっている。


今なお順位を上げつつあるアカウント"ST"氏が彗星のごとく登場したのは一週間前のこと。


それまで四〇〇位前後を浮沈していた"ST"氏は、突如グループ内勝率八割の驚くべき好成績をあげ、一躍上

位におどりでた。


ランキングを上げ二桁台にまで登りつめたのちもトッププレイヤー層に勝ち越しつづけ、ほぼ確定的と見ら

れていたトップテンの勢力図を大きく塗り替えている。


もっとも"ST"氏がここから全勝したと仮定しても、勝ち点の計算方式上逆転優勝には至る可能性は残念なが

ら皆無。


優勝の可能性がない中で戦況を大きく変えつつある氏は言うなれば「トリックスター」として戦場を荒らし

回っているわけである。


やにわに現れ片っ端から黒星をベタベタとつけていく、上位層からすれば迷惑この上ない話とも言えるかも

しれない。


古風と言えるほど堅実な序中盤の指し回しを特徴としつつも抜群のセンスで盤面の微かな「破れ目」を看破

しそのままねじふせる力強さはある意味新世代的とも言える”ST”氏の来シーズンが今から楽しみだ。


残すところ二週間まで来た『ChessUnivers.com』ランキング戦。大詰めに向けますます分からなくなった結

果に期待が高まる。




最後の作業をしてるとき、電話がかかってきた。


母が出てしばらく受け答えをしていたのを、咲は聞くともなく聞いていた。


「リョウくんさっき亡くなったって」


最後の仕上げというのは、本当の最後にしかできない。


リョウが死んで、咲は自分の中で決定的に何かが変わったのを感じた。


その何かを感じながらじゃないとできない仕上げを、リョウの葬儀までの三日間をかけてやった。


リョウの服の内側、ちょうど心臓と重なる位置に咲は紋白蝶の刺繡を入れた。


どこまでも続く生命の上を飛び交う、数えきれない紋白蝶。


蝶がきっと彼を幸せへと運んでくれる。


鱗粉のように光りを振りまきながら。


完成した服を親族に届けてそのまま帰った。


白を基調とした咲の服はリョウの遺言に従って最期の服となるらしい。


だからリョウの葬式にもいかなかったし、やつの死に顔がどうだったのかも知らない


数日して咲は病院から呼び出された。


リョウが咲に遺書を残していたと言う。




「Special Thanks: Saki 」




短い遺書だった。


十分だった


いま咲は集合住宅の屋上にいる


別に飛び降りようとかそんなことを考えてるわけじゃない


ただここからだと火が焚けるのがよく見えるのだ


川べりの火葬場で今燃えているのは私が作った服とリョウの肉体と魂だ


朝方から燃えているのに日が沈みかけた今も空を照らすように火は燃えている


リョウの肉体の周りに献花された美しく生命力に満ちた花々に


沢山の紋白蝶があつまり、


そして


煙突から出ていく白い無数の紋白蝶がリョウの魂をとても綺麗な幸せの空に運んでいく


想いも一緒に


私はいつまでもいつまでも火が消えてしまうまでそれを見ている


紋白蝶が最期の一匹になるまで。





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