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珍客

作者: マボロショ
掲載日:2021/12/03

昭和30年の秋の、ある高校生の、ある日の姿を、つまみ食いしたような、随筆です。

登場人物の、「彼」という男は、現役から、九州大学工学部に合格し、当時「住友金属」といっていた会社に入り、当時としては、もっとも効率的な製鉄技術を確立して、そのチームのトップとして、NHKテレビに出たことのある男です。親会社、子会社の幹部をやって、もう、早くに、あの世に行ったそうです。

お互い大学生だったころ、同窓会で一度会いましたが、その後は、会ったこともなく、手紙、電話なども、どちらからも、連絡しませんでしたね。それでも、ウワサは、何となく、聞いておりました。

母校の一学年下の子と結婚したとか、テレビにでていたとか、もう亡くなったとか。

たまに やって来る者を珍客と呼ぶならば、彼は、まさに、珍客である。

この前 来たのは、確か憲法記念日か、子供の日だったから、ざっと、半年振りになる。

彼の来訪が かくも まれなる理由は 二つある。

一つは、毎日、顔を突き合わせて、同じ通学列車に乗り、同じころ、隣の教室で弁当を食ったり、勉強をしたりしているからである。別に用があるわけでもないから、それでいいことになる。

あと一つは、ウチに来ても、サービスが悪いからである。彼は、そうは言わないが、そうに決まっている。


子供の日かに、彼が来た時は、「よー、きたか、まあ上がれよ」と、2階の部屋に引っ張り込んだまま、彼の好きなようにさせておいた。彼は、本箱をのぞいたり、机の上に置いてあった壊れた時計を、より以上壊したりしていた。昼飯時だったから、どんぶりにうどんを入れて、その上に桃色のカマボコとトロロを乗せた、温かいのを、盆に入れて、持って行った。自分のと、彼のと、二人分である。彼は、もう済んだから要らないとか言っていたが、結局、残さず食べた。箸が、朱うるしの、いいものだったからかも知れない。それから、オコシを皿に乗せて出した。最後に一つ残った。彼が遠慮するものと思って、「おい、食えよ」と言うと、「ああ、もらっとこ」と来た。ぼくの胸中で、彼の比重が、思わず大きくなった。


その彼が、半年振りに、ウチに来た。ぼくより大きいから、どこか、大陸的な悠長さがある。他人の家に来ているのに、家人に対しても、「や、はあ」と言う位のものだ。しかし、その、間の抜けた声で、彼が来たのはぼくには分かった。


2階はいつも汚れている。その上、机のうえに、○○県のペンパルへの返事の書きかけを置いてある。相手が寄宿舎に入っている女子高生だったから、見られない方がいい。2階は散らかしているから、下で話でもしよう、と言うと、「散らかしているのは いつもじゃないか。気楽だから、2階に行こう」と、あつかましくも、本当のことを言う。やむなく、お供をした。


当然、彼は、書きかけの返事を読んだ。

その返事というのが、「女性が軽蔑されるのは耐えきれません。男性はみな、かくも横暴なのでしょうか」というペンパルの質問に対して、「男が横暴なのは、どうしようもない現実で、それを踏まえた上で、ものを考えないと………」というような回答をしたら、「どういうことか、よく分かりません」と言って来たので、

「これくらい、分かって下さい」というようなことを、皮肉たっぶりに書きかけていたものだ。


彼は、この書きかけを読んで、「残酷だ」と言った。相手の頭の回転に問題があるのだから、これぐらい言わないと分からないんだよ」と言うと、「どんな文を書くのか見せろ」と来た。


「よく分かりません」という、例の手紙を、封筒ごと差し出すと、彼は、それを、にやにや笑いながら読んでいた。その間、ぼくは、彼の顔を見たり、封筒から出て来た写真を、「何かが足りん」と言いながら見たりしていた。

読み終わった彼は、「まあ、普通だなあ」と言う。「いや、どこか足りない」「そんなことない」というやり取りをした。


今年、ウチで取れたさつまいもの、最後の分をふかして、それも食べた。

学習法について、少し、話をした。頭の疲れている時は、気分を変えるため、全然趣味の違った本を読むといいという話になったので、本箱から、頼山陽の日本外史の、現代語訳注釈付きのものと、経済学大系という、二つともオヤジが昔 買っていたものを出した。

能登守教経の壇ノ浦での死に方が、えらく格好いいと言ったりした。


寝るのはこの部屋かと聞くから、「うん、倉庫みたいで、ほこりっぽいし、空気もわるいけど」と言うと、大きな壁の破れをアゴで示しながら、「なるほど、風通しが よすぎる」と皮肉を言う。

知能指数は、彼の方が高いんだから、何か言い返すのも、と、受け流しておいた。


寝ていて、階段から落ちないかと、まじめくさって言う。「まさか」と答えると、「オレが入院していた時、横の奴が、夜の夜中に、ドスンと音を立てて、ベッドから落ちたぞ。お前も、寝癖が悪かろう」と言う。 

人の寝相のことまで悪く言う客は、そんなにいないに違いない。とすれば、彼は、そういう意味でも、珍しい客、珍客と言えるかも知れない。


3時間ほど、あれこれしゃべって、月がないから、早く帰らねば、とか言いながら、発電ランプがつくようにして、自転車で帰って行った。



私は、小、中、高、大、すべて、当時としては、家から一番近いところに行き、生涯ヒラ教師という生き方をしてきました。オレのような男は、他の生き方は、出来なかっただろうなあ、と、思います。

スマホとか ない時代で、ペンパルとのお付き合いの時代でした。そのころから、頭のいい女性への憧れが強かったようです。それなのに、…………。

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