番外『結婚記念日』
-開発者B手記-
ここの所、毎日残業続きだ。泊り込みの日も少なくは無い。
しかし、それも仕方の無いことだ。社運をかけたゲームを開発中なのだから。
幼き日、若き日、夢中になったゲーム。
それを開発している会社で働く事を夢見るのも必然だった。
ゲームクリエイターになる為必死に勉強し、この会社に入れた時は喜びの絶頂だった。
しかし、間もなくアプリゲームの時代に押され、ハードを使用したゲームはその売れ行きに翳りを見せる。
それでも、古くからのヒットソフトの続編をはじめ。
インターネット等を使うにはまだ危険な年頃の低年齢層向けのゲーム、
時間は無いが課金等もしたくないライトユーザー向けのゲーム、
オンラインゲームの参入等で、何とか会社を回せるだけの売り上げはあった筈だ。
しかし、遂に出たVR。それも完全に自分の肉体を動かすように動かせるそんな夢の装置。
そりゃあ、ゲームの世界に行ってみたい、入ってみたいなんて、この会社に勤める人間なら一度ならず考えた事があるだろう。
ハードは既に開発されてしまった。
後発になるが、参入しなければ、時代に取り残されるだけだろう。
そして、必死に新ハードに適応できるソフトを開発している所だ。
どうしても、この会社のゲームの雰囲気としてはライトユーザーでもプレイ可能な親切仕様になるだろう。
しかし、単純すぎては多分すぐに飽きられてしまうだろう。
何故なら、ゲームの世界に入る性質上。チートとでも言うのだろうか?人を出し抜ける事を喜びとするファンが多いのだ。
ただ、プレイできれば良いのではない。こんな方法で強く?みたいな驚きが必要らしい。
ライトユーザーでもプレイ出来る仕様で、抜け穴のような仕掛けって、何だそりゃ。勘弁してくれ。
それでも、歯を食いしばり、栄養剤を次々と空にし、なんとか家に帰り着くと、
暗い顔をした妻
「今日は何の日か分るわよね?」
「え?何だっけ、すまん少し眠らせてくれないか?」
「そうね、あなたは夢が叶って好きなゲームを好きなだけ作れるのだものね。家庭の事なんて二の次よね。夢に向かって輝いて見えるあなたが好きなんて若い頃の私は何を考えてたのかしらね?」
「ちょっと、待ってくれ、俺だって家庭もお前も娘も大事に思っている。そんな言い方・・・」
顔面、右頬がなくなったかと思った。
眼鏡がはね飛び、尻餅をつき、何が起きたか分らず、ただ妻を見上げていた。
「私はあなたが忙しい事や遅くまで仕事している事を怒っているんじゃないの、ただ結婚記念日って言う大事な日を忘れてしまっていながら、家庭を大事にしてるなんて言えちゃう所に怒ってるの、今日は結婚7周年よ」
そう言って、寝ている娘を抱きかかえ、用意してあったのであろうボストンバッグとキャリーバックを持ち、家から出て行った。
「いや、7周年て・・・」
口から出てきた言葉はそれだけだった。