ようこそ、地獄へ
「はい、到着なのネ♡」
ケンケンと進んでいた甚兵衛少女は黒い物体の前で止まる
暗がりのため見えづらいが、よくよく見れば扉がある
酒場についたようだ
「この辺りではなかなかの知名度を誇るところだネ♡」
「…私、酒場に来たことないんだけど…こんな暗いものなの?」
「中入ったらちゃんと灯りがあるから大丈夫なのネ♡
お家と同じでカーテンかけてるのネ♡」
「?」
「酒場だったらドアの辺りでもわいわい…ってイメージはもうとっくに終わってるのネ♡
流石にみんな、こんな時代に表立ってわいわいできないのネ♡」
「それってどういう意味ですか?」
「…人間が怖いってことネ♡
あなたも妖怪ならわかるでしょ…ネ♡」
にんげん…?
「あいつらは境界線をどんどんこっちに寄せてるらしいし、いつかは民間人の私達も殺されるネ♡」
「…今、特殊生命体ってやつが暴れてるらしいな」
なんとなく「にんげん」の正体に感ずいたミーアは試しに話題をふる
「そうらしいネ♡」
間違いないと確信する
にんげんはドルーワ国民のことだ
「私の友達も何人か殺されてるのよネ♡
あいつら強いうえに速いから足止めのための人柱に私の友達使われたのネ♡」
ティヲの手がピクンと動く
「…ネッネッネ♡
なーんてネ♡
こんな暗い所にいたから話す内容も暗くなったのネ♡」
入って入ってと手招きされ中を通る
そしてミーアは先ほどの会話でなんとなく察する
自分たちが相手を憎むように相手もまたこちらのことを嫌っているのだと
「…大変ね」
「それでも続けるのはやってくるお客サンのためなのネ♡」
甚兵衛少女はリブの言葉を営業のことだと捉えたらしい
「それにそうでもしないと生きた心地がしないのネ♡」
扉の向こうにあるのは地下へ続く階段
「酒とか性に溺れるか、何か殺していないとこの負の感情渦巻くところでは気が狂いそうになるのネ♡
私達は悪いことをしてるんじゃないネ♡
ただ、この負の感情を平均値にしてるだけなのネ♡」
そこをケンケンと器用に降りていきながらぼやく
まるで自分たちのしでかした悪事の後に子供たちが自分の心を守るためにする言い訳のように
「壊れてなんぼネ♡
…もっともあなたたちからはそんな気がしないんだけどネ♡」
こちらを振り返る少女
「あなたたちは不思議なのネ♡
自分の足で立って生きて、その上楽しそうに笑う…うらやましいのネ♡」
「…俺は意地はって生きてるだけだ
逃げることを悪いことなんて思わんさ
人には人の生き方がある
人の数だけ生き方があるんだ
それを否定する道徳的な理由なんてないだろ」
「ネッネッネ♡
私、あなたのこと気に入りそうだネ♡」
「そりゃどうも、酒代まけてくれないかい」
「ネッネッネ♡
それは店主次第ネ♡」
「そんじゃあんたをまけてくれはくれないかい?」
「ネッネッネ♡
言葉が上手だネ♡」
「こらこら!ティヲ君の前でナンパはだめなのですよ!!」
「ナンパ…?」
「ティヲならそういうの見慣れてるから過剰反応しなくて結構よ、りんごさん」
「にゅにゃー!?他人行儀が加速してます!」
「ネネ♡その調子で頼むよネ♡
客は外が辛気臭い分中では明るくなくちゃやってられないんだよネ♡」
キィ…と地下室へ訪問の音を奏でる
「おや、また新しい子連れてきたのかい?」
扉の向こうではオーナーらしき人?が
「ネッネッネ♡
新しいお給仕さんだよ、いい刺激材料になると思ったネ♡」
オーナーらしき人は端正な顔立ちをしている
いや、金属によりあまりに黄金比に沿った顔をしているというほうが正しい表現だろうか
彼女の顔の中身はきっと時計の中身のようにカチコチと音を立てているのだろう
そう思うほどに、本能的にこの人は人外だと己が体は察していた
「ふーん…確かにイキがよさそうね」
クスリと値踏みをするように体を見回される
「この子達生き生きしてたよ、だからとてもいいと思うネ♡」
「へー…ホントに妖怪かい?」
女性は瞳に警戒心を宿らせる
「えぇ、私は雪女よ
そしてこの子はインキュバス」
そう言ってリブは自分の能力を発動させる
「へぇ…にしても野生のインキュバスをこんなところでお目にかかれるなんて、珍しいこともあるもんだね」
女性の舐めるような視線に耐えるティヲ
「私は魔法美少女☆りんごちゃんなのです!」
「は…?」
ティヲへの視線は隣の少女の言葉で消え失せる
「魔法少女戦隊のリーダー!ちょっとおっちょこちょいなところはむしろチャームポイント!担当色は赤と黄色!よろしくね☆」
「…あー…えっとー…」
「悪い、ちょっとこいつ痛いやつなんだ
流してやってくれないか?」
「あぁー…たまに薬やり過ぎたやつでこんなのいるから大丈夫だよ」
「え?ちょちょっと」
「こんな若いうちから凄まじいブツに手を出したなんて…ま、今のこの状況じゃ仕方ないな
周りにいるあんたらだけでもこの子を手放さないであげな
彼女からしたらあんたらしかお仲間ってやつはいないだろうし」
「ちょっと!魔法少女はそんなものに手を出すわけないのですよ!?」
「あぁ…頭イカレてるけど、優しいやつなんだ」
「やめて!かわいそうな境遇の子みたいな設定に持ち上げんのやめて!」
「ヒスってるネ♡
そこの雪娘ちゃん、奥の寝室に運んであげてネ♡」
「いやよ
私はりんごさんと無関係なのよ」
「じゃあ、そこのインキュバスちゃん…いんきゅばす?
え、じゃああなた男!?」
甚兵衛少女は語尾を忘れて叫ぶ
「ふぇ?はい…」
「…信じらんないネ♡
ま、とにかくこのクレイジーちゃん運ぶの手伝ってネ♡」
「あ、はい」
「いやいや、私は正常ですから!」
「酔った人はみんな酔ってないって言うのネ♡」
「なんかりんごさんが迷惑かけてて申し訳ないし私も手伝うわ」
「嫌な同情しないでくださいよ!?」
ギャーギャー騒ぐ少女を連れた子供たちは店の奥へと消えていく
「あいつ、自分で美少女っていうのかよ…。」
「自己顕示力が強い子は理性を失ったらそう言うクスリが出回ってるらしいわ
…ところであなたは何かしら?」
「おっと、お姉さま系から口説かれるのは初めてでゾクゾクくるねぇ
いい雰囲気のバーのママからの口説き文句是非ともこの耳でききたいね」
「本気で口説かれたいなら自分の妖怪種族名を言ってからよ」
「本気だったら口説かれるよりも口説きたいかな
バーのママさんって口説き文句いいつつ全く振り向かない、あれが最高にクルんだよね
ほら、よく言うだろ?
追いかけられる恋よりも追いかける恋は燃えやすいってね」
「じゃあ、私はあなたをどこまでも追いかけて正体を見破ればいいのかしら?」
そういう彼女の手元にはナイフがある
「私の店に時々ネズミが転がり込むことがあるのよ
そういうやつには丁寧なあいさつが大切なのよ」
ナイフがミーアの首元に添えられる
「まずは、ナッツを用意して
ナッツに食いついてきたところをサクっとね?」
作られた笑みはどこまでも美しく不気味だ
「おぉ、恐ろしいお姉さまだ
大丈夫、俺はネズミじゃない
ねずみ男さ」
「あら、なら言ってごらんよ」
女性の瞳孔が細められる
「君の能力じゃわからないかい?」
「…。」
「君の眼はなんかしらの能力があるだろう
俺の質問に答えられない時点で対象が妖怪だということの判別はできない
なら君の能力は対象の言葉の真偽を判別するものじゃないかな?」
「…そこまでわかってどうして言わないのかしら?
なにか隠さなきゃいけないことでもあるんじゃないかしら?」
「…俺は生まれがどこかわからないんだ
物心ついた時には妹しかいなかった
俺がどんな種族か知らないんだ」
「…本当のようね」
フゥー…とため息をつく
「本当は素性のしれないやつを通したくはないんだけど、妖怪であることは確かだし仕方ないわね」
ようこそと書かれたコースターの上に歓迎の品である赤ワイン
「…あぁ、俺は妖怪だ」
グイっと一気に煽る
舌が想像以上の酸味に驚く
どうやらブドウワインではないようだ
「にしてもよく私の能力わかったわね」
「そういうやつと会う機会があったからな
美人な君に見とれてどんな能力持ってたか一瞬忘れてたけどな」
「ふふ…人生経験豊富なねずみ男さんはナッツお好き?」
どうぞと差し出されたナッツをポリポリと音を立て嚥下する
「…ちなみに確認だが、君の能力は本物だよね?」
「えぇ…」
そうかとつぶやいて酒を煽る
もしも、嘘をついていないのだとしたら
もしも、彼女の言葉が本当なら
(俺は特殊生命体じゃなくて…盲人?)
「…ただ、ちょっとおかしいのよね」
「おかしい?」
動揺がばれないように緊張で乾く喉を酒で潤す
「えぇ、さっきいた雪女の子なんだけどね
本当に雪女なの?」
「?あぁ、そうだが
さっき能力も見たろ?」
「それがね、彼女が自分は雪女だといった時に事実ではないって出たのよ」
「それは…奇妙だね」
リブが雪女じゃない?
なら、また別のものなんだろうか
「ちょっと言葉が違うんじゃないのか?
さっき言ってた雪娘とか」
「言葉が違っても系統や概念が一緒なら大丈夫なのよ
きっと彼女はまた別の妖怪なんだわ
私が妖怪か?と尋ねた時の肯定は事実だったから」
「へぇー…ママさんは氷とか出す妖怪で雪女以外でなんか知ってる?」
「さぁ?性別が違う雪男とかジャックフロストとか…後は物語になってしまうけどすが女房とか雪の女王とかかしら」
「まぁそんなもんだよな…」
後でティヲのノートを見るのもありだなと思い、ナッツをかじる
「そうそう、氷と言えば氷竜様よね」
「消えた竜だよな」
「一体どこへ消えたやら
氷竜様が帰ってきたらあんな奴ら蹴飛ばしてくれるのに」
「ふふ、ママもこういうことには随分と荒くなるもんだな?」
「当り前よ、あんなやつら消えてしかるべきよ」
「…。」
彼女の言葉に乗らず静かに最後の一滴を飲み干す
「にしてもいいワインだな、これ」
「地獄へ歓迎するには最高の味でしょ?」
彼女の言葉でやっとこのワインが何の果実を使っているか理解する
「あぁ、二度と現世に戻れそうにないな」
赤いザクロのワインだ
食べ終えたナッツの容器の底にはこう書かれていた
『地獄へ』




