第四話:このチートは呪われています。外せません。
「それじゃ、アンタに与えた力について説明するわね」
つり目がちな金髪美女はおもむろに口を開く。
まさに神を名乗るのにふさわしい、神々しい御姿をしている彼女は、姿形こそ人間に酷似しているものの、その存在が一つも二つも次元が違うということを本能に訴えかけてくる。
少なくとも俺は、彼女ほどの美しい女性を今までに一度も見たことがない。
そう、譬えることが許されるのならば、春に咲き誇る桜のようであり、百合の花のようでもある。
万人が羨むであろうそのプロポーションは――
「ちょ! ちょっと! こっちが説明しようってときに何てこと考えてるのよ! というか、女性の体形に触れるのはさすがにアウトよ! セクハラで訴えるわよ!!」
一体、神が誰に訴えるというのだろうか。
そんな疑問が浮かんだ。
「ま、まあ? アタシが世界一美しいのは事実だし? その美しさを称えずにはいられないっていうその気持ちはわからなくはないけどね? ただ、目の前でそんなことを考えられると、さすがに恥ずかしいっていうか……実はあんまりそんなこと言われたことなくて率直に嬉しいっていうか…………」
何だかんだ言いつつバッチリ喜んでいる女神。
やっぱりこの人、結構チョロ――
「――くないわよ! 失礼ね!」
「あんまり、俺の心を遮るのはやめてもらえませんか?」
「アンタがふざけてるからでしょうが! ったく、誰のために説明してあげようとしてるんだっての。それとも、何? 説明しなくていいの? アタシはそれでも一向にかまわないんだけど?」
「すみません! 少しふざけすぎました!」
説明してもらえないのはすごく困るので素直に謝る。
「まったく、それで、本題に移るわよ。アンタに与えた力だけど、簡単に言うと、その腕のポイント――TPをあらゆるものと交換する力よ」
「……あらゆるもの?」
「ええ、まさにあらゆるもの。交換対象に見合うTPさえ支払えば、どんなものとでも交換できるわ。魔法に武器、住居から馬車まで制限はないわ。それこそ……命さえね。まあ、当然必要なTPも膨大になるけど」
本当に、手に入らないものはないのか?
というか、命って、まさか。
「俺が元の世界に生きて帰るためにはそのTPを貯めないといけないってことか?」
「ええ、物分かりがいいわね。その通りよ。前にアタシは世界平和を条件にしたけど、別にポイントさえ貯められるのならその必要もないわ。貯められるのなら、だけどね」
こいつの言い方だと、恐らくは真っ当な方法でTPを集めるのは難しいということだろう。それに、わざわざ世界平和を条件にしたということはそういうことなのだろう。
「世界平和を達成するとその分のTPをくれるのか?」
「へえ、アンタ今回はなかなか冴えてるじゃない。その通りよ! 世界を平和にするのもよし、のんびりTPを貯めていくのもあり。アンタの選択次第ね」
「……なるほどな。それで? そのTPってやつはどうやって集めるんだ?」
「ふっふっふ、聞いて驚きなさい! TPの集め方はね――」
嫌な予感がする。
そもそも、TPって何なんだ?
腕の数字がそれならば、俺は既にTPを獲得できるような出来事を経験しているはずなのだ。
ポイントが増えた時、その前に何か共通点はあったか。
どちらも、あの魔法使いと出会った後のことだった。
俺が彼女との間に遭ったことと言えば、会話のやり取りぐらいだ。
ん? 『会話のやり取り』? そういえば、何か引っかかる。
ポイントが増える前の彼女の発言、それを俺は思い出してみる。
『――勘違いしちゃだめだよ――』
『――べ、別にお礼を言われる筋合いはないよ――』
あ、もしかして……。
俺は察した。察してしまった。
まさか、そんなことがあるわけ……。信じられるか、そんなこと。
しかし現実は俺のことを逃がしてくれないようだった。
かの悪魔は俺に残酷な現実を押し付けてきた。
「――ずばり、ツンデレと一緒にいることよ!!」
ああ、やっぱりか。
何となくわかっていたよ。
こんなことだろうと思った。
「……そうか」
「あら? 反応が薄いわね。もっと騒ぎ立てると思ったのに」
「まあ、心当たりがないわけじゃないからな少しイラっとはくるが。それで、ツンデレと一緒にいるってどういうことだ? 文字通り近くにいるだけでいいのか?」
ちっちっち、と女神は人差し指を左右に振る。
軽く殺意が湧いた。
「ちょっと! それぐらいで殺意湧いてんじゃないわよ。短気ね……で、質問の答えだけど、ただ一緒にいるだけではTPは貯まらないわ。TPの減少は回避することができるけどね。TP貯めるにはその人からツンデレっぽい言葉を引き出す必要があるわ」
なるほど。
というか、ツンデレの定義って何だ。
そもそも、ツンデレって相手のことが好きな場合限定に使われる言葉じゃないのか?
誰かを自分に惚れさせてなおかつ相手がツンデレでなければいけないって条件厳しすぎるだろ。
「いいところに気が付いたわね。それだと、厳しいわよね? アンタ、デリカシーないからモテなさそうだし」
余計なお世話だ!
そういう発言をするお前のほうがデリカシーがない。
「可哀そうだから、特別に条件を甘くしてあげるわ。相手が自分のことを好きじゃなくても、ツンデレっぽい発言をしたらポイントに加算してあげる。当然、加算される点数は低くはなるけどね」
「……ありがとう。だが、誰がどうやってその発言がツンデレっぽいかどうか判定するんだ?」
目の前の女は胸に手を当てて、堂々と答える。
「もちろん! ツンデレの神であり神の中の神でもあるこのアル=エクリプスが公正に審査するわ!」
俺は思った。
こいつ、暇人だな、と。
「な! 失礼ね! アタシはめちゃくちゃ多忙よ!」
「じゃあ普段どんな仕事をしているんだ?」
「そりゃあ、各世界のツンデレの観察と、手助けね。ツンデレは普通の人より尊い存在だからその人生は明るいほうに誘導してあげないとね! あとは、アンタみたいなツンデレの敵の排除と更生よ!」
「うわあ」
こんな神、嫌だ。
というか、こいつの世界の人間、ご愁傷様だわ。
……俺も含めて。
「ちなみに、アンタの呼んでた漫画のヒロインがツンデレになったのもアタシのおかげよ!」
「てめえ! マジふざけるなよ!」
「まったく、あの作者ツンデレを作品に登場させないなんて何を考えているのかしら」
「お前が何を考えているんだ」
「だから、修正してあげたわ!」
「まずお前の脳みそを修正しろよ」
この神の頭の中はどうなっているんだ。
わかってはいたが、こいつの中ではツンデレは人間よりもはるか上位に位置しているようだ。
王権神授説ならぬツンデレ神授説とか唱えてツンデレによる絶対王権を作り出しそう。いや、自分で言ってて意味わからないわ。
「TPの獲得方法についてはもういいわね。他に何か聞きたいことはある?」
「増加する要因はわかった。それじゃあ、何をするとTPが減るんだ?」
「TPが減るのは何かと交換したときと、近くにツンデレがいない状態での時間経過ね」
なるほど、だから、あの時数字が減っていったのか。
それに、『10』を境目にして体を襲った苦痛、あれもTPが関係しているのか。
「その通りよ。TPについてだけど、『10』を切ると体に色々な障害が現れ始めるわ。そもそも、アンタがその世界で存在するにはアタシの力を流し込んだ肉体が必要なのよ。TPがなくなることはすなわちアタシの力の消失を意味するわ」
「なるほど、つまり、TPの減少はあの世界からの否定を意味するってことか」
「ええ、意外と頭いいのね」
世界からの否定、つまり、TPが『0』になったら――
「――アンタは死ぬわ。察しがいいわね」
背筋にうすら寒いものが走る。
同時に、自分の腕の数字が『4』になったことを思い出す。
文字通り、あの時俺は死にかけていたのか。
俺の心を読んだ女神は驚きの声を上げる。
「はあ!? アンタ、アタシがご飯食べてる間に死にかけてたわけ!? 勘弁してよね、アンタをそっちの世界に送り込むのに結構手間かかったんだから! ……べ、別にアンタのことは心配じゃないわよ!? 単にアタシの労力を無駄にされるのが嫌なだけ!」
俺は何も言ってないのだが。
というか、今の発言はTPには加算されないのだろうか。
「残念!アタシの発言ではポイントは加算されないわ!」
……使えねえな。
「アンタ、ぶっ飛ばすわよ」
そういえば、時間経過によるポイント減少ってどのくらいの速度で進むんだ。
「TP減少は大体3分で1TP減るって感じね。ただ、これもツンデレの影響を受けるわ」
「ツンデレとの距離が近いほうがTP減少は少なくなるとか?」
「ええ、その通りよ。さっきも言ったけど、一定以上近くにいれば減少を防げるわ」
なるほど、どう頑張ってもツンデレからは離れられない感じなのか。
憂鬱だ。
「……はあ、アンタ本当にツンデレが嫌いなのね」
「ああ、自分勝手で周りを傷つけ、照れ隠しだと正当化されているところに虫唾が走る」
「そこまでして嫌うって、何か嫌なことでもあったの?」
「……話す義理はないな」
そう、これは誰にも話すつもりはない。
「……まあ、興味もないからいいけど。それより、他に質問がないようならこんなところでいいのかしら」
「あ、もう一つ聞きたいことがある。TPで交換できるって言ったが、具体的に自分の望むものが何TPで交換できるのかは教えてくれないのか?」
「それは、秘密。ただ、当然TPが足りなければ交換できないし、交換後のTPが『10』を切るような場合も交換はできないわ」
自分で必要なTPを推測するしかないってことか。
いざという場面で交換できないのは避けたいな。
「一つだけ、アンタが元の世界に変えるために必要なTPだけは教えてあげるわ」
一番重要なところだけは教えてくれるようだ。
つまり、俺はそれを目標にすればいいわけか。
「……100万TPよ」
……俺の聞き間違いか?
数字がすごいインフレしていなかったか。
さっきの魔法使いとのやり取りで増えたのは100TPほどだったと思うのだが。
「聞き間違いじゃないわよ、100万TPよ」
「無理だろ!」
「そういうと思っての、救済処置でしょう。さっきも行ったけど世界平和に貢献したらご褒美に100万TPあげるわ」
実質、世界平和を達成するしかないということか。
地道に貯めるのもいいとか言ってた癖に。
「まあ、頑張って頂戴」
こいつの理不尽に慣れ始めた自分がいた。
そういえば、もう一つ気になっていたことがあった。
「そういえば、俺、呪われているって言われたんだが。このチート、呪いなのか」
「ええ、呪いね」
しれっと言った。この人呪いって言った!
「仕方ないでしょ! 呪いの形で付与するのが一番ら……理にかなっていたんだから!」
今、楽って言いかけたよな。
「俺、聖職者から白い粉かけられたんだけど」
「安心しなさい、そんな程度で解かれる呪いじゃないから」
そんな程度では解けない呪いをかけたのか、俺に。
というか、さっきまでの話からすると、もし仮に呪いが解かれたりなんてしたら。
「ええ、アンタは死ぬわね」
「危な! 解いてもらうところだったわ!」
「大丈夫よ。絶対に解けないから。神の呪いよ? それもこのアル=エクリプスの!」
全然説得力に欠ける。
だってツンデレの神様(笑)だもの。
「はい、じゃあ他に質問は?」
「後は今のところないな」
「それなら、アンタの精神をあっちの世界に戻すわね……あ、ちなみにアタシを一回呼び出すのにTPを50消費するから」
そんなことは聞いてないぞ!!
――理不尽だ。そう思いながら俺の意識は薄れていった。
というか、TPってやっぱりツンデレポイントの略なのか。