第三話:不幸ゆえの勘違い
ここは、どこだ。
目を開くと、ただ白っぽい空間がどこまでも広がっている。
「やっと起きたの?」
声のする方を見ると、そこにいたのは――
「アンタが呼んだくせに、いつまでも寝てるんじゃないわよ」
クソ女神だった。
相変わらずの態度が俺の神経を逆なでしてくる。
「お、お前! お前のせいで、俺がどれだけ!!!」
「え? え? 何? 何でアンタそんなにキレてるわけ!?」
「惚けるなよ! お前、チートをくれるとか嘘ついて、結局俺を殺すつもりだったんだろ!」
「ちょっと! 言いがかりはやめてよね! 何を証拠にそんなことを……」
あくまで知らないふりをするつもりか。
それなら、言い逃れができない証拠を突き付けてやる。
俺は袖をまくり例の痣を指し示す。
「証拠ならこの腕の数字がそれだ」
「どれどれ、あら、『124』だなんてなかなか貯まってるじゃない。あ、もしかしてそれを使うために私を呼んだのかしら?」
「何を意味の分からないことを言ってるんだ? 使う? いや、それより、この腕の数字、これは呪いだろ? 俺の死へのカウントダウンなんだろ?」
彼女は呆れたような表情でこちらを見る。
「アンタ、ボケるにはちょっと早いわよ」
「ボケてねえよ!」
「ちゃんと、説明書渡してあるでしょ? まさか、読んでないの?」
こいつ、また平然と嘘を言う。
説明書なら探した、服の隅から隅まで。だけど何もなかったのは既に確認済みだ。
しかし、彼女の口から次に飛び出してきた言葉に俺は思考を止めることになる。
「入ってたでしょ? 上着の内ポケットに」
今、何て言った?
『上着の内ポケット』?
唐突に、嫌な汗が噴き出してくる。
そういえば、起きてすぐに脱ぎ捨てた気がする。
湿っていて気持ちが悪いから、碌に確認もせずにゴミ捨て場に置いてきたはずだ。
その中に入っていたのか? 説明書きが?
俺の焦っている様子を見て、女神の堂々とした表情がひきつる。
「ま、まさかアンタ、読んでないの?」
「あ、ああ。上着なら起きたところに捨ててきた」
「捨てて、きた?」
俺の返答が飲み込めないのか、女神は一瞬凍り付く。
そして、わなわなと震えながら腕に力を籠め始める。
俺は悟った、『これ、ヤバイ奴だ』と。
「……ば」
「ば?」
「ばっかじゃないの!? あんな大切な物、なにしれっと捨ててるのよ!!」
「いや、まさかそんな大切な者があんなぼろきれの内ポケットに入ってるとは思わないだろ! それに、元をたどればお前がゴミ捨て場なんかに俺を飛ばしたのが元凶だろう! おかげで湿って臭い状態でスタートを切ることになったんだぞ!」
俺の発言を聞くと、先ほどまで怒りに身を震わせていた彼女の表情が一転する。
「え? ちょ、本当に? アンタ、ゴミ捨て場に飛ばされてたの? ぷ、くくく……いや、ど、どんだけ運がないのよ」
依然震えてはいたが、それは怒りによるものではなく、笑いをこらえるのに必死という感じだ。
今にも吹き出しそうに口元を抑えているその姿を見て、俺は決意した。
この女、いつか泣かせてやる。
「どこからどこまで白々しい。お前があそこに俺を飛ばしたくせに」
「いやいや、そんなこと私にはできないわよ」
「嘘つけ」
「本当だってば。よく考えてみて頂戴。私にとってアンタたちの世界を見るのは地球儀を外から見てるみたいなものなのよ」
「どういうことだ?」
「私だって、ちゃんと考えてアンタを飛ばしたわよ。でも、どの街に飛ばすかは決められても、その街のどの位置かまでは決められないのよ。アンタ、世界地図見て、自分の住んでる家をピンポイントで指さしたりできる?」
「確かにそれは無理そうだな」
なるほど、今回に限っては彼女の言い分にも一理ある。
しかし、よく考えてみると、ゴミ捨て場に飛ばしたことについて彼女に非はなく、説明書を読まなかったのも俺の責任なのか。
あれ、もしかして今回、女神は特に悪くないのか?
そう気づいたものの、今更謝罪の言葉を口にするのは俺のプライドが許さなかった。
「――ちょっと、ちゃんと謝りなさいよ」
忘れていた、こいつは心が読めるのだった。
しかし、謝りたくない俺はシラを切ることにした。
「いや、だからアンタの考えはこっちに筒抜けなんだってば」
呆れたような視線をこちらへと向けてくる女神。
謝らないといつまでもうるさそうなので、取り敢えず謝っておくことにした。全く、細かい奴は苦手だ。
「すまん」
「アンタ、わざとやってるでしょ。まあいいわ、アンタがその気ならこっちにだって考えがあるわ」
考えだと?
今度はどんな嫌がらせをしてくるんだ?
「嫌がらせ行為って、アンタねえ。本当、口の利き方に気をつけなさいよ。説明書を捨てたアンタのために私が直々に説明してあげようかとも思ったけど、どうしようかしらねえ?」
な、足元を見やがって。
でも、確かに今回は勘違いしてこの女神のせいにしてしまった。その上、せっかく説明書を書いてくれたのに、それをよく考えない行動で無駄にした俺に非があるのかもしれない。
「……本当に、悪いとは思ってる。ただ、死にかけたことと今までの態度から少し意地になっただけだ。ごめんな」
「な、なによ急に……し、仕方がないわね、特別に許してあげるわ!」
「ありがとう。助かる」
「そうよ! 感謝しなさい!」
なんだかんだ優しい(チョロい)女神は、どうやら許してくれるようだ。
何はともあれ、これでようやくあの呪いについて知ることができるようだ。
これでとりあえずは理不尽に死にかけるようなことにはならないはずだ。
……俺はそう思っていた。