第二話:天才魔法使いとチート級の呪い
「――キミ、大丈夫?」
大丈夫に見えるのか?
そう答えようとしたが、あまりの苦痛で声が出なかった。
「どうやら、大丈夫じゃなさそうだね」
そういって、少女は苦笑する。
しかしその様子にはあまり焦った様子が見られない。
そこで俺は、嫌な可能性に思い至る。
こいつ、もしかして俺を助ける気がないのか。
普通、死にかけている奴が目の前にいたら落ち着いていられるはずがない。
もし落ち着いていられるとしたら、そいつは死を見慣れている奴か、同情心の全くないヤバイ奴だろう。
こいつは、どっちだ。
いや、この際もうどっちだっていい。
せめて、医者か何かを呼んでくれ。
声に出せない俺は、必死に思いを込めて彼女に視線を送る。
彼女はそれに気づいてか口を開いた。
「あ、何か勘違いしているみたいだけど、ボクはキミを助ける気はないよ?」
「……え」
今、彼女は何て言った?
聞こえていた。しかし、俺の脳はそれを受け入れることを拒否した。都合の悪い現実を受け入れられなかった。
恐らく世界一間抜けな表情をしているであろう俺の表情を無視して彼女は続ける。
「それにしても、物凄い呪いだね。どんな化物の恨みを買ったらそんな報復を受けるのさ」
「のろ、い?」
「まさか、自分で気が付いていなかったのかい? というか、そんな呪いを受けて今まで生きていられたのが驚きだよ。このままだと、キミ、間違いなく死んじゃうよ?」
呪い、そんなものかけられる覚えは――
まさか、最初から。
あの女が、俺にかけていたのか?
チートを与えるなんて嘘っぱちで、本当は呪いをかけられていたのか。どう足掻いたところで死ぬような呪いを?
それなら、辻褄が合う。
俺が街の人たちに避けられていたのは臭かったからじゃなく、呪われていたから。
聖職者に粉をかけられた理由もそれか。
それならもう、初めから決まっていたのか。
ツンデレをディスって、あの女の怒りを買った時点で俺の運命はこうなることになっていたのか。
腕を見る。数字は『4』と出ている。
もうすぐ、俺は死んでしまうのか。
そんなもの――
「認、め、られる……わけ、ねえ、だろ」
無様に足掻く俺の姿を見て、少女は少し驚いたような表情をする。
そして、こちらに向けて微笑んだ。
「……キミ、運がいいね。見つけたのがボクで本当によかったよ」
「なん、だと?」
「ボク、こう見えても天才魔法使いでね。賢者の称号に一番近い存在でもあるんだ。だから、キミの呪い、解いてあげるよ」
『助ける気はない』、確かにこいつはそう言った。
それなのに、どうして。
俺の回らない頭に疑問が浮かんだ。
しかし、その答えは彼女自身が口にした。
「なに、少しは骨のある呪いみたいだからね。いい腕試しにもなる。それに、賢者になるなら呪いぐらいは解けないといけないからね。だから、勘違いしちゃ駄目だよ。ボクはキミのために呪いを解くわけじゃないからね」
そういって彼女が俺の腕にそっと触れる。
――その瞬間、体を襲っていた痛みが嘘のようになくなった。
恐る恐る手足を動かしてみる。
もう違和感は微塵も感じられなかった。
「な、治った! まじか! 本当にありがとう! お前のおかげだよ!」
俺は喜びのあまり彼女の手を取って上下に振り回す。
死を回避した安心感から、思わず涙まで出てきた。
いやあ、本当に助かった。女神はここにいたのか。
しかし、当の少女はというと、ただ呆気にとられている。
そして、困惑した表情で口を開く。
「……えっと、ボク、まだ何もしていないんだけど」
「はい? でも、俺、元気になったぞ?」
「……みたいだね。でも、まだ呪い解けてないよ?」
彼女の言葉に俺は反射的に腕に視線を移す。
そして、俺は驚いた。
「な、なんだよ、これ」
先ほどまで『0』になろうとしていた数字、それはいきなり『100』にまで増加していた。
まさか、数が増加したから痛みが引いただけなのか?
どうして数が増えたのかはわからないが、これがまた『10』くらいまで減ったら先ほどと同じ状況になるのだろうか。
「どうしたんだい?」
「数が、増えているんだ」
「数?」
「ああ、腕のここに数字が書かれているだろう?」
俺は指をさして少女に教える。
しかし、彼女は不思議そうにしている。
「ボクには何も見えないよ?」
「ま、まさか、俺にしか見えていないのか」
「そう、みたいだね。そして、キミの口ぶりからするとどうやら呪いはまだ解けていないようだね」
「ああ、たぶんそうだ」
俺の返事を聞くと、彼女は腕を掴んできた。
「じゃあ、呪いを解くね」
「あ、ああ。頼む」
「少し不快感を覚えるかもしれないけど、我慢してね」
そうして、彼女は眼を閉じる。
「『…… هحکارح تەراسە …… ارئبەکح تۆکۆرۆ نح ارئبەکح کاگایاکح وۆ …… یامح کاەرئ ۆنۆ گا سئمحکا هە …… 』」
俺の腕を光が包み込む。
その輝きは徐々に力を増していき、俺は目を開けていられなくなった。
同時に、体の中を虫が這いまわるような猛烈な不快感に襲われる。
それを、何とか耐え忍ぶ。
彼女の表情を盗み見る。
静かに唱え続けるその姿にはどこか神聖な雰囲気が感じられる。
もしかしたら、呪いを解いてくれているという事実からくる錯覚かもしれないが。
しかし、次の瞬間、彼女の表情は一転した。
途端に焦りが見え始めた。
「おい、大丈夫か?」
「う、嘘だ、これって、もしかして……」
驚きが隠せないという様子のまま、彼女は何かに気づいたようだった。
そして、先ほどまで続けていた詠唱を止めてしまう。
ほどなくして、腕を包んでいた光も収まる。
「呪い、解いてくれるんじゃないのか?」
「無理だよ」
「……さっきはあんなに自信があったようですが?」
俺の指摘に、先ほどの余裕ぶった自身の発言を思い出したのか。
彼女の顔が羞恥で染まる。
「う、うるさいなあ! ボクだって、解けるつもりだったんだよ! ただ強いだけの呪いだったら実際解いてみせたさ! でも、これは無理なんだよ!」
「はあ? どういうことなんだ?」
「キミ、呪いについてはどこまで知ってる?」
「俺は何も知らないぞ」
あっけからんと自分の無知を告白した俺を見て、彼女は溜息を吐いた。
そして、説明を始める。
「いいかい? わかりやすく説明するとね、呪いを構成する要素には強さと長さがあるんだ。強さについては込められた魔力の大きさに比例する。でも、これは大した問題じゃない」
「長さは?」
「呪いの長さっていうのも、強さと同じで、どれくらいの時間をかけて呪いがかけられたかによって決まる」
「それがどうして問題になるんだ?」
「解呪にはね、基本的にかけられた強さと長さと同等の魔力と時間が必要になるんだ。そして、キミの呪いなんだけどね――」
聞き間違いだと思った。
だって、その数字があまりにも規格外だったから。
「――ざっと二兆年ぐらいの長さ、みたいなんだ」
つまり、俺の呪いを解くには二兆年ほどかかると。
「それだけじゃない。キミの呪いを解くには二兆年もの長い時間ずっと魔力を注ぎ続けなきゃならない。それを短縮する技術はあるし、ボクだって数百年ぐらいの呪いなら数日かけて解くこともできなくはないんだ。でも、これはさすがにお手上げかな」
「に、二兆年って、インフレしすぎた漫画かよ」
「というか、本当にキミ、どんな化物を敵に回したのさ」
呆れたようにこちらを見る彼女と俺は目を合わせられなかった。
『ツンデレの神様にやられました。チート貰えると思ったらチート級の呪いを貰ってました』
なんて言ったら狂人扱いされそうだ。
「呪いが解けないのはわかった。だけど、俺の腕の数字はどうして増加したんだ?」
「さあ、それはボクにはわからないよ」
それはそうだ、彼女には腕の数字を見ることもできないのだから。
理由を知っているのはただ一人、あの女だけなのだろう。
どうすれば聞き出せるのか。
そう悩んでいると、少女が声をかけてきた。
「それじゃあ、ボクはもう行くね。生憎といつまでもキミにかまっていられるほど時間はないんだ」
「あ、ああ。ありがとう、助かったよ」
「べ、別に、お礼を言われる筋合いはないよ。呪いは解けなかったし、キミの体調だってボクがよくしたわけじゃない」
「それでもだよ。こっちに来てから、誰に声をかけても取り合ってもらえなかった。死にかけてるときに声をかけてもらえただけでもすごく嬉しかった」
「……そうかい。なら、その気持ちはありがたく受け取っておくよ。呪い、解けるといいね」
そう言って彼女は遠くのほうへと歩いて行った。
あ、名前、聞き忘れた。
次会えたら聞くか。
それよりも、今はこの腕の呪いの謎だ。
すると、異変に気付く。
腕に浮かんでいるのは『125』。数字がまた増えている。
あ、『124』に減った。
どういうことだ。
彼女と話をしたら増えた?
そういえば、彼女が近くにいるときは時間経過による数字の減少が起きていなかったような。
ああ、もうわからん!
おい女神! いい加減説明しろよ!
――そう、ヤケクソ気味に願った。
すると、急に意識が闇に飲まれていった。