プロローグ:死因『ツンデレディスり罪』
単刀直入に言おう。
俺、菊池榊はツンデレが嫌いだ。
それもただ嫌いなだけではない。
超嫌いなのだ。
大体、『好きなのに素直になれない』ってアホかと。
挙句の果てには暴言や暴力に走る。
そんなのが許されるのは精精小学生までだろう。
しかし、ツンデレキャラは素直ではないだけで実は優しいなどの設定が多い。
他にも面倒見がいいとか、優等生キャラとか。
そんな短気な奴らが面倒見がいいわけあるか。優等生を演じられるのか。
俺はマンガやアニメ、小説が好きだ。
だが、好きな作品にツンデレが登場した瞬間、二度と読まない。
胸糞悪いからな。
だから何かの間違いなのだろう。
俺が今最もハマっている漫画『アルタニア戦記』のヒロインがツンデレだなんて。
……
……
……
「――マジでいい加減にしろよな! 中盤にいきなりヒロイン登場させるか普通!? しかも、一話から出てきた王女でも同郷の幼馴染でもなく、ポッと出の魔法使い!? もう、滅べ! こんな世界滅んでしまえ! というか、ツンデレ滅べ! 跡形もなく消え去ってしまえ!」
あまりの出来事に、自室で一人叫び声をあげる俺。
冷静さを失ったことで、周囲の警戒を怠った。
というか、自分の部屋で警戒心なんて普通必要ないだろう。
そんな油断していた俺は、次の瞬間ミンチになった。
というか、たぶん油断していなくともミンチになっていただろう。
いや、比喩ではなく、まじで、ミンチになっていた。
一瞬でミンチになったなら、自分の状況なんてわかるわけないって?
わかるんだよ。だって今その光景を見せられてるんだもの。
「――ということで、お気の毒ですがキクチさんの人生は終わってしまいました」
目の前で訳のわからないことを言い放つ、羽の生えた女。
その顔にはあからさまに作られた悲しそうな表情が浮かんでいる。
俺は、何から何まで納得がいかない理不尽に身を震わせながら、何とか作り笑いを浮かべる。
「あの、一応お尋ねしたいのですが、俺はどうしてミンチになったのですか?」
「そんなことはわかりきっているではないですか」
「えっと、わからないから聞いているのですが」
「仕方がありませんね。教えましょう。キクチさんの死因は――」
俺は彼女の発言に思わず耳を疑った。
それほどまでに信じがたい台詞だったのだ。
「今、なんて?」
「聞いていなかったのですか。もう一度言います。貴方の死因は――」
何かの間違いだと信じ、もう一度耳を傾ける。
だが、その抵抗も空しく終わった。
「――ツンデレディスり罪です」
「はあああああああああ!?!?!?!?」
急に発せられた俺の奇声に思わず怯む目の前の悪魔。
予期せずも、彼女に一つ抵抗できた気分になり嬉しくなる。
俺の様子を見て彼女は不満そうにこちらを睨んでいる。
「いきなり、大声を出さないでください!」
「いや、お前が意味の分からないことを言うからだろうが!」
「そちらこそ、訳の分からないことを言わないでください! 大体、私の発言のどのあたりが意味が分からないというのですか!」
「全部だよ! もう、本当に、全部!」
しれっと惚ける彼女の発言に、俺は心からの声を上げる。
しかし当の彼女はまるで理解できていないようで、まるで狂人を見るかのような視線をこちらに向けている。
その様子に、俺はこの人には何を言っても無駄だということを理解した。
しかし、だからといって自分に対する処遇に納得したわけではない。
「すまん、少し取り乱した」
「ええ、自らの死を受け入れることができないのは当たり前のことです、私のほうこそお見苦しい姿をお見せして申し訳ありませんでした」
「そうですか」
俺が受け入れられないのは自らの死ではなく、その死因のほうだけどな!
そういってやりたい気持ちを必死に堪える。
というか、死んだことも納得できるわけではないが。
しかし、それを口にしても先へは進まないので、ひとまず話を聞いてみる。
「ところで、俺の死因は『ツンデレディスり罪』とのことですが、これはどのような罪なのでしょうか」
「読んで字のごとく、ツンデレを敬わず、ツンデレに対する悪口を言ったという罪です」
この女、何を当たり前のことを、という表情でとんでもないことを言い放ったぞ。
本当に頭が沸いているんじゃないだろうか。
「失礼な! というか、大体さっきから黙って聞いていれば、アンタ何様な訳!? アタシ、これでも神様なんですけど」
先ほどまでの丁寧な言葉遣いとは一転、急に口調が荒くなる目の前の女性。
なるほど、こっちが素なのか。
というか、俺、口に出してしまったか? 心の中に留めておいたはずなんだが。
おばあちゃんが言っていた、どんな酷いことでも口に出さなければいいって。誰も傷つかないから。
というか、この女、自分のことを神様って言ったか?
もしかして、本当にヤバイ奴なんじゃないか。少なくとも痛い奴であることは確かだ。
「だから、聞こえてるんですけど?」
「うわ、心読んできた、こわっ」
「うっさい! ……もういい、こいつムカつくわ。それじゃ、アンタ死んだから」
そういって俺に背を向ける自称神。
「自称じゃなくて、正真正銘の神よ!」
「じゃあ、言ってみろよ! 何の神なんだよ、お前」
「ふ、聞いて驚きなさい! この私こそ、ツンデレ神『アル=エクリプス』よ!」
さてと、早く覚めないかな、この訳の分からない夢。
「おーい、現実と向き合わないと、碌な大人になれないわよー?」
誰のせいだ。誰の。
というかこいつ、ツンデレ神というだけあって理不尽の塊だな。
ツンデレお得意の暴力、暴言も神に備わることで真の理不尽となるわけだ。
「本当に失礼ね、アンタ」
母さん、父さん、親不孝な息子で本当にごめんなさい。
働いて楽をさせてあげるってガキの頃の約束、守れなくて本当にごめん。
でも安心してくれよ、空の上から、見守ってるからね。
「ちょ、ちょっと!? そういうこと言われるとこっちが悪いみたいじゃない!」
「100%、何から何まで、360度どっから見てもお前が悪いだろうが!!」
「な、何よ! ツンデレを馬鹿にするアンタが悪いんでしょ!」
「いや、それは悪くないだろ」
先ほどの俺の発言が効いたのか、彼女は少しきまりが悪そうな表情を浮かべる。
一人の人間の人生を奪うということがどういうことなのか、彼女にもわからないわけではないだろう。
もっとも、ツンデレ神(笑)からすればそんなものは蟻の命のようなものなのだろうが。
「わ、わかったわよ! じゃあ、アンタにチャンスをあげる!」
「チャンス?」
「ええ! アタシの出す条件をクリアしたら、アンタの死をなかったことにしてあげる」
「そんなことできるのか!?」
「当然でしょ! アタシは神なんだから。あ、勘違いしないでよ! 別にアンタが可哀そうに思ったからじゃないんだから!」
うっわ、出たわ、ツンデレの十八番『忍法照れ隠しの術』。
さ、流石っすわ。流石ツンデレ神。
俺の嘲るような表情にさしもの神も動揺を隠せない。
彼女は複雑そうな表情をするが、反応していたららちが明かないと悟ったのか無視して続ける。
「で? どうするの? 挑戦してみる?」
「受けないと戻してくれないんだろ?」
「当たり前じゃない」
「じゃあ、受けるしかないだろ」
「決まりね!」
理不尽極まりないが、俺には受けるしか選択の余地はない。
どんな条件かはわからないが、さっさとクリアして生き返ろう。
「あら、やる気ね。それじゃあ、アタシからの条件は、これよ!」
そういって彼女が指を鳴らすと、大きな垂れ幕が上から降りてきた。
これ、どこに吊るされているんだろうか。天井も壁もない白い空間なので吊るす場所はないはず。
ただ垂れ幕だけが宙に浮いているように見える。
「そんなことどうだっていいでしょ! それより、さっさと読んで頂戴!」
「えっと、なになに、『剣と魔法の世界に行って世界を平和にしよう!』」
何だ、意外とまともな条件、じゃないか。
某国民的RPGの勇者のように世界を救ってくれと。
少し、ワクワクしてきた。退屈な現世とはおさらばだ。
「何よ、急に乗り気になって。その様子なら、問題なさそうね」
「ああ。今までで唯一、お前に感謝の気持ちを抱いたよ! ツンデレ神様万歳!」
「きゅ、急に褒めないでよね。あ、照れてるわけじゃないわよ!? 別にずっと酷いことばっかり言われて傷ついてたわけじゃないんだからね!? アンタなんかに何を言われたって全く気にもならないんだから!」
「まあまあ、そんなこと言わずに。それで、どんなチートを授けていただけるんでしょうか」
「それは、向こうに行ってからのお楽しみよ! 精精期待に胸を膨らませてなさい!」
急に機嫌がよくなったツンデレ神様は満面の笑みでこちらに微笑んでくる。
今まではそれどころではなく意識していなかったが、俺はあることに気づく。
この女神、超が付くほど可愛いのだ。
そんな女性が屈託のない笑みでこっちを見つめている。
俺は思わず目を背けてしまった。
「ちょっと? 何目を背けてるのよ……」
そこで、彼女は俺の心の中を読んだのだろう。
彼女のほうも急に照れ臭そうに顔を背ける。
そして、居心地の悪い沈黙が訪れる。
まさか、この女神、実はとてもウブなのでは――
「――ああもう、調子狂うわね! アンタもう行きなさい!」
彼女がそう言うや否や、俺の意識が遠のいていった。
こういうときって落下するのがテンプレだろう。
意外と優しく送ってくれるんだな、なんて思いつつ彼女のほうへの視線を維持する。
最後の最後まで、照れ隠しをしている姿に微笑ましい気持ちになったのは内緒だ。
――なんて思ってしまったのが、俺の最大の過ちだった。