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冬の散歩道

作者: 石田 幸
掲載日:2018/01/31

いつか、そのトンネルから抜け出せるよ。

降りしきるぼた雪が、重たげに山茶花(さざんか)の濃い緑の垣根に覆い被さる。

山茶花(さざんか)の赤が、ぽつぽつと(とも)り、いつもの散歩道を照らす。


それはまだ山茶花(さざんか)が固い(つぼみ)の頃、僕はしばらく仕事を休み静養するよう、医師に告げられた。

「え…。」

絶句する僕をちらりと一瞥すると、医師は皮肉な微笑を口元に浮かべ、

「焦ることが一番、(さわ)ります。ここはゆっくり休むことです。」

と言った。

「でも…家に居ても休まりません。何処(どこ)にも居場所が、ないんです。」

と悲痛な声を絞り出した僕に、医師は、

「じゃあ、何処(どこ)でも。あなたの気持ちが少しでも休まる(ところ)で、ね。」

と無下もなく言い放った。


家に居ても休まらない。


定年を迎えた厳格な父。体面を気にする母。始終、堀炬燵(ほりこたつ)微睡(まどろ)む年老いた祖母。


たまらず、僕は流浪(るろう)の旅に出る。


毎日、小一時間の散歩道。

家から真っ直ぐ商店街を抜け、坂道を上り、小さな神社で手を合わせる。踏切を渡り、立て込んだ住宅街の中へ。

そして、いつもの山茶花(さざんか)の垣根の小道を通る。


毎日、毎日、お決まりのコース。


性懲りもなく、神社で手を合わす僕は、一体何を祈っているのだろうか。



仕事と家の往復。これと言って趣味もなく、強いて言えば、古い外国映画を毎週金曜の仕事帰りにレンタルし、自室でゆっくり鑑賞することが唯一の楽しみの僕。


ある日、映画を観るのが恐くなった。


画面に映る主演女優が、まるで無声映画のように、音もなく砂漠を上っていく。

その孤独な様が自分を象徴しているようで心底ぞっとした。


それからは、何を観ても自分の荒涼とした心象風景と重なり、数分と直視できず、気付けば、通勤電車の中でブツブツと独り言を呟き、職場では、上司、同僚、後輩、全ての人間が敵に見えた。

もちろん、家族も例外ではない。



僕は居場所を失った。


結果、飛び込んだ精神科で言い渡された、静養。


僕は、焦燥に駆られ、又、白い頓服薬をズボンのポケットから取り出そうとした。

「あ。」

取り出した白い錠剤がコロコロと道端を転がった。

急いで拾い上げようと腰を屈めた目の先に、赤い小さなズック靴。

小さなおかっぱ頭の女の子が、素早く錠剤をつまみ上げる。

「おくすり?」

大きな目をぱちぱちさせて、女の子は首をかしげる。

「ごめん。返して。」

あわてて手を突き出した僕に

「魔法のくすりね。」

と、女の子がいたずらっぽく微笑む。

「きっと良くなるわ。」

女の子は大人のように小声でつぶやくと、僕の手のひらに錠剤と何か赤い物をのせた。



「お・ま・じ・な・い。」



驚いて顔を上げると、そこにはいつもの山茶花(さざんか)の垣根。


手のひらに、大きな山茶花(さざんか)の花がぽっと光っていた。

サイモン&ガーファンクルの楽曲名「冬の散歩道」からインスパイアされた作品です。

「スカボロー・フェア」を聴きながら書き上げました。


苦しい気持ちを抱える全ての人へ。


ご一読ありがとうございました。


作者 石田 幸

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心が洗われるような終わり方で胸が温かくなりました。情景描写も丁寧で、全体的に美しい雰囲気の作品だなと思いました。
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