マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編13
マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編13
難色を示すヴァーム。
だがアリアはもう心を決めてしまった。
それに対しヴァームはとんでもない方法をふっかけるが、アリアは動じない。
こうしてアリアのとんでもない買い物は契約された……。
***
そしてこの新型の設計……。
「私には分かります。ガルゼンフさんはこの新型に人生と能力の全てを賭けています。徹夜して、ギリギリまで徹夜して書き直して、計算して……一縷の夢をかけて今日、ここに来た。ドドーリア氏に糾弾されることも覚悟して」
インクで汚れた手、華美な文言で装飾することなく実用本位に書き込まれたパンフレット、睡眠不足と徹夜を感じ取れる肌色だが客を得るため最低限の身だしなみはちゃんと整えている。何より自分の成功を考えるのと同じくらい自分の商会の人間を食わせるための事を考えている。彼がいかに本気であるか、それがアリアには分かった。
「それに私はこの設計が正しい、と直感で信じることが出来ました」
「…………」
その言葉を聞いたガルゼンフは言葉を失った。ここまで自分を理解してくれた人間がいたか。僅か数分接しただけの少女が、全てを見知ってくれるとは。
ヴァームも、黙った。表情は変わらないが、僅かに心が動いた。
ガルゼンフの信念に感銘を受けたのではない。アリアの洞察力と直観力と理解力……そして愛の深さに。そして隠しても隠しきれない……覇者としての才能に。
こんな重戦艦は平和を維持するだけの小国には必要ない。
この新型戦艦の用途は敵地への強襲用だ。それ以外に使うには出力がありすぎるし、商用には向かない、完全軍艦仕様だ。そこが万能型である<アインストック>と違う点だ。作っているガルゼンフはそこまで気付いていないが、アリアはそこに気付いている。そして完全軍艦仕様だからこそ、容易に買い手がつかないのだ。
……この娘はやっぱり軍人……覇者なのね……。
「主砲の換装手続きボクがやってあげましょう。勘違いしないでね、勝手に政府と交渉してもらってはボクが困るから。アルファトロスの利権の問題だから」
「ありがとうございます」
「でも、こんな馬鹿な事にはお金は貸さない。失敗する可能性が大きいのを知っていて手を貸すなんてボクのプライドが許さないから」
「では……」
そういうとアリアは懐から一枚の紙を取り出した。マドリード政府発行の無記入の公式書だ。
「この場で<グアン・クイム>を売ります」
「ちょっ!!? アリア様!? 正気!?」
これには控えていたナディアも声を上げ、そしてさすがのヴァームも一瞬呼吸を忘れた。
だがアリアは本気だ。元よりヴァームに甘える気はない。
<グアン・クイム>はマドリード軍所属の<ロストーゼ級>は中型エルマ式戦艦で、つい先程ヴァームが3億8000万ギルスで買ったものと同型だ。マドリードにとって<アインストック>に次ぐ大きさを誇る機動戦艦で、クリト・エ大陸では滅多に手に入らない。
こればかりは止めなければならない。ナディアは慌ててアリアの袖を引っ張った。
「<グアン・クイム>は実戦運用している戦艦だよ、アリア様! 売るんなら<ミカ・ルル>や<ロロ・ニア>のほうでいいじゃん!」
<ミカ・ルル>や<ロロ・ニア>も機動船だが、こちらは<グエストバール級>で小さく艦載機も少なく戦艦としての用途は限られているし、クリト・エ大陸でも手に入る。あれでも売れば1億ギルスにはなる。
だがアリアは首を横に振った。
「<ミカ・ルル>や<ロロ・ニア>は駄目です。ですが<グアン・クイム>は鹵獲した戦艦です。だから売っても良心は痛みません」
<ミカ・ルル>や<ロロ・ニア>は革命戦の折、どちらもヴァームから譲られたものだ。そしてそれによってヴァームは命を失いかけた。それをよりにもよってエゴでヴァームに売りつける事は信義に関わる。だが代金を支払った<グアン・クイム>ならヴァームへの信義と友情の裏切りにはならない。
アリアの言いたいことはナディアもすぐに分かったが……そこまでして新型戦艦が必要か、とは思う。何より<グアン・クイム>はすでに軍の中核に取り込まれている重要な戦艦だ。
それでもアリアの決意は変わらない。
ヴァームもアリアの気遣いは分かるが、この馬鹿馬鹿しい契約を認めていいとは思わない。
「5000万ギルス。それが買い取り額よ。嫌なら結構」
「アンタ!」
とナディアが声をあげる。先に4億近い値段の船が5000万なんて足元を見すぎている。だがアリアは全く動じなかった。
「売りました」
即答即決だった。
アリアはさっさと『<グアン・クイム>をヴァーム氏に5000万ギルスで売却』と公式書面に書き、ナディアが止める間もなく署名するとヴァームに突きつけてしまった。
ヴァームは「困った娘」といわんばかりに大きな溜息をつくと、さっさとそれを受け取った。
「額が額だから銀行処理するから今すぐは無理だけど、5000万ギルスはアリア様のカードに入金しておくわ。ルクレティア、あんたアリア様が馬鹿みないよう会計を見てあげて。この調子で無駄遣いしたらガレットちゃんにボクが殺されるわ」
「ヴァームさん」
「開いた口が塞がらない。悪いけどボクも食事してくるから」
もう知らん……と、ヴァームはアリアの返事など聞きもせず、さっさと立ち去ってしまった。
さすがに悪い気がしたアリアは、慌ててヴァームを追った。帰りの相談などもあるからだ。
その様子を、不機嫌に見ているナディア。そして思わぬ事件に発展し驚くガルゼンフ。
「しかし豪快だな、マドリードって国は。女王様の気分一つで戦艦を買っちまうなんて」
このベルセルクは科学都市で金持ちは沢山いるし集まってもくる。だが大口の契約はそう簡単に決まるものではない。ヴァームがこの『ムサイカ商会』で特別VIPなのは、来れば大口契約を現金払いでポンポンと買っていくからだ。それが彼の商売でもある。
だが、ナディアの表情は不機嫌なままだ。
内心ナディアはヴァームと全く同意見で反対だ。ただアリアの聡明さと信頼感だけで辛うじて納得しているだけだ。
「ただの若い女王の気まぐれでもないし、遊び感覚でもない。それだけは知っていて欲しいわ」
「そりゃあ俺だって分かっている。俺だってこの戦艦に人生賭けているんだ」
「アリア様には100万の民衆の命を背負っているの。第一、1億ギルスなんて大金、簡単に出しているとは思わないで。大陸連邦は知らないけど、我が国にとって1億なんてお金、信じられないくらいの大金なんだから」
「それはそうだろうが……」
「アンタ分かってない! 国っていってもクリト・エと北の大陸は違うの! ウチの国家予算5億ないのよ!? 1億なんて大金、本当は出せないんだから!」
ガルゼンフは言葉を呑んだ。
大陸連邦とクリト・エ諸国では経済力が違う。大陸連邦でも超大国であるソニアとカレドニアの国家予算は300億と別格だが、他の公国も100億ほどはある。クリト・エ大陸のザムスジル帝国が当時60億、アルファトロスが30億前後だから、アリアのマドリードの3億というのがいかに小さいかがよく分かる。
小国とはいえ独立した王国だし大陸連邦に遊びに来るぐらいだから裕福なのだろうと思っていたが現実は真逆だ。この当時のマドリードは、軍事力以外は世界でも貧国に属する。
アリアが帰ってこない。多分ヴァームに嫌味を言われているのだろう。だからナディアも、少しだけマドリードの説明を続けた。
去年革命でようやくアリアが政権を握ったこと。国土が荒廃の限りを尽くし国の崩壊の危機に瀕していたこと。今クリト・エ大陸は戦国時代で一息もつくような状況ではない事を。
「……戦争……」
「ほんの三ヶ月前までね。今回の旅行だって、仕事じゃなくて、アリア様に一息ついてもらうのが目的だったんだから」
「ならなんで戦艦なんか買うんだ!?」
「多分……それは戦争しないためよ」
現在マドリードの主力戦艦は一隻……<アインストック>があるのみだ。その武威は周辺国に知られているが、もし有事になった時一方面にしか軍を派遣できない。だがもしここにガルゼンフが造る新造戦艦が加われば二方面に展開できるし、攻守に戦艦を配備もできる。一隻と二隻では戦略の発展性が格段に違うのだ。何より周辺国に対し抑止力が違う。極論すれば現状一隻では一方向で有事が起きて<アインストック>を派遣すれば、他の方面にはアリア軍の戦力は低下する。アリア得意のアーマーによる電撃作戦も戦艦がなければ威力を発揮できない。ナディアは将軍で戦略戦術のプロだから、この点は理解できる。
話を聞き、思わずガルゼンフは自分が起したパンフレットを睨んだ。ミスがないか確認したかったのか、それとも別の何かを考えたのか……。
「女王様の護衛が姉ちゃん一人……って事は、姉ちゃんは相当強いンだな」
数秒の間の後、ガルゼンフの口からこぼれた言葉がこれだった。
その間抜けな問いに、ナディアは自慢げに一笑した。
「この街の誰よりも強いわよ? この会場にいる全員を殺すのに一時間かからないね」
ガルゼンフは「威勢がいい」と笑ったが、内心その言葉を信じていた。革命直後の女王を、異国で旅をさせるのに護衛が一人ということは普通あり得ない。それだけ護衛者の腕がいいという証拠だ。つい三ヶ月前まで革命戦争をしていたのならナディアくらいの歳の歴戦の兵(実際は将軍だが)がいても不思議ではない。
しかしナディアの自慢話をガルゼンフは残念ながら一点は否定せねばならなかった。
「姉ちゃんは強いかもしれんが、残念だが街一番にはなれないね。何せ今、この街にはクガート=パドドーテ少将が滞在しているからな」
「クガート?」
「ああ、そうか。クリト・エ人はクガート少将の事は知らないか。このカレドニアが誇る最強の剣士だ。多分全大陸連邦軍の中でも五本の指に入る強さだが、まだ若いぜ」
「そりゃあ凄いね! へぇ~、機会があれば会ってみたいもんだね」
別にナディアに対抗心はない。どうせ大陸連邦の軍人など生涯関わる機会などないし競い合う敵になるとは到底思えない。だが強いというのであれば会ってみたいというのが武芸者の血というものだろう。
「見るくらいならできるかもしれませんよ、ナディアさん」
と言ったのは、これまで後ろで遠慮していたルクレティアだ。
「確か6日後に軍基地でイベントがあります。ちょっとしたお祭りのようなものです。一般人も基地内を観て周れますよ?」
「へぇ~、そんなイベントあるんだね」
とナディアは素直に興味を示した。マドリードだって軍基地で市民たちと一緒に祭りを行ったりする。それが兵たちの娯楽になるし、息抜きになる。国民の愛国心も高まる。
もっとも大陸連邦がこの時期軍基地を公開し一般人を入れて祭りをするのは兵の募集をするためだ。大陸連邦は基本志願兵方式で大規模内戦が勃発したばかりだ。新兵は欲しい。後に第一次大戦も戦争が大陸全域に広がり激戦化すると一部徴兵制が執られた国もあるが、まだ戦争は始まったばかりで、反帝軍と接していないカレドニア公国の科学都市だからそれほど緊迫したものではない。
「その軍イベントならもしかしたら招待券が手に入るかもしれない」
ガルゼンフがそう呟いた時、ようやく人混みの向こうからアリアの姿を現した。
ヴァームのことだ。アリアにとって耳が痛い事も遠慮なく言われたであろう。だがそんな素振は微塵も見せず、アリアは明るい表情でガルゼンフの前に立った。自然、ガルゼンフはアリアの威に打たれ背筋を正した。
「私が用意できる資金は約7000万ギルスです。足りない費用……残金は完成時受け渡しの時……とはいえ最大2000万ギルスですが、大丈夫ですか?」
「は、はい! 大丈夫です。陛下」
「陛下は止してください。ここは大陸連邦ですから。後、もう一基の<ドルバール級>のコアの購入ですが、さっきのヴァームさんが請け負ってくれました。最上のモノを手配してくれるということです」
ヴァームの好意でもあるし、それがアリアの無謀な買い物を認める条件でもあった。
ガルゼンフは今ベルセリクの業界内で信用が低い。足元を見られ吹っかけられる可能性もあれば粗悪品を掴まされる可能性も否定できない。だが抜群の信頼を得ているヴァームが間に入るのであれば、それらの心配はしなくてすむ。ヴァームは基本反対しているが、アリアが痛い目に遭う事を望んでいるわけではない。
「工場や保管場、空港利用でもし不安があるなら言ってください。その時は私が交渉します。私たちの滞在期間は10日程ですが、できることは何でもします」
「十分です」
そういうとガルゼンフは手を挙げ一度会話を遮った。
「費用だが計算しなおさせてくれ!」
「…………」
「これまでと計算を変えてみる! それに納期も短縮して計算する! 俺もどこまでやれるか分からないが、だが予定より安くはできる!」
「本当ですか? でも、ここまで来ました。私としては費用は考えずガルゼンフさんにしっかり造って頂きたいです」
「それは大丈夫です。だが色々方法はあります。俺に策があります。けして変な方法じゃありません! 費用はできるだけ7000万以下に抑えます。覚悟は決めました」
ガルゼンフの目は本気だ。
アリアは微笑むと、頷いた。
「期待していますね」
これで商談は成立した。
その後、アリアたちはガルゼンフの<バルゲン商会>のブースに行き契約書を交わした。他にもいくつか必要書類はあるが、ヴァームに関する事は三日以内にルクレティアが用意して<バルゲン商会>に出向くということで話がつき、頭金と活動資金としてまず2000万ギルスをアリアが支払った。これがなければガルゼンフは活動することが出来ないし、先のドドーリア氏への返金も行わなければならない。
これでアリアの手持ち資金は残り800万ギルスだが、これはヴァームが<ドルバール級>の購入に使う。つまりアリアは生活費以外のお金を全て使い果たしてしまった。
お互い滞在場所や所在地を交換しあい、別れた。ガルゼンフはさっさと<バルゲン商会>のブースを閉じ……書類をまとめる程度ですぐに終わった……アリアに何度も頭を下げ駆け出していった。もうこの『ムサイカ商会』でガルゼンフのやることはない。急ぎ造船のための下準備を始めなければならない。
全てが一段落すると、さすがのアリアたちも疲労を覚えた。
「大丈夫ぅ~? アリア様」
今回ばかりはナディアも不安で一杯だ。アリアとはいえ戦艦は専門ではないし、ここは大陸連邦で万が一があっても返品できないし、額だって大きい。
だがアリアには不安はないようだ。いや、正確には多少不安……というか考えると憂鬱になる事がある。結果的に持たされた額の倍以上の出費だ。ガレットが笑顔を浮かべて理解を示してくれるとはとても思えず、それを考えると気分が重くなった。が、考えても仕方がない。
「携帯武器でも観にいきましょう。ヴァームさんはまだしばらく用事があるみたいですし」
「もう買えないよ、アリア様」
「分かっています。今度は本当に観てまわるだけです」
アリアは苦笑し頷いた。
マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編13でした。
一度決心すると梃子でも動かない、それがアリア様です。
今回アリア様はちょっと危うさを見せてますね。利と正義のためなら無鉄砲を貫いてしまう点です。革命を成功させて少し驕りもあるのかもしれません。
とはいえ、ここで引き下がるのは凡人。
多分、こういう時一線を越えられるのが凡人と天才の差だと思います。また、こういう事によって歴史は動いていくのだとも。現に普通に持たされたお金だけでは大したものは買えず大陸連邦までに来たのがただの旅行てせ終わってしまいます。そういう意味ではアリア様は戦略家であり政治家で、戦術家ではないということです。
ということですったもんだの購入編は終わりました。
もうお金がないので買い物は出来ません。
しかしアリア様たちの留学はまだ続きます。
これからも「マドリード戦記」をよろしくお願いします。




