『マドリード戦記』 王女革命編 8 第二次リィズナ会戦 ③
『マドリード戦記』 王女革命編 8 第二次リィズナ会戦 ③ です。
リィズナを取り巻く貴族評議会軍との第二戦。
アリアは強力な<陣地作戦>と<大規模挟撃作戦>と夜襲によって敵軍を壊滅させるべく軍に進軍を命じる。予想に反し敵の反撃を受け苦戦するアリア軍。
そして、アリア軍の動きを知った敵将クレイド伯は、ひとつの秘密作戦を命じるのであった……。
第二次リィズナ会戦 3
パラ歴2335年 12月16日 午後14時。
クレイド軍の中央軍はファーム山地に入った。約500mクラスの低い山がいくつもある。人家はほとんどなく、林業関係者や狩りをして生計を立てる人々が平地の地域で集落を作っている程度だ。そして、山地を縫うような山間道が広がっている。
そのなかで、ミリオという150戸ほどの集落があり、ここは丁度ファーム山地の細い街道の真ん中で、山間道が集まる衢地になっている。このミリオに先に到着したのはアリア軍のほうだった。
「戦いは主にこのミリオからヤコーム平原までの山間道で行います」
このミリオから西に山間道を縫って進むと25キロほど先にヤコーム平原がある。諜報で得た情報だと、現在クレイド軍の中央軍1万5000はそこにある。
アリアの作戦は、狭い山間道に敵軍を誘い込み、敵の大兵力の利点を殺して打倒するというものだ。山道といっても舗装はされていないが意外に広く、一番狭い箇所でも35mの幅がありアーマー戦闘は可能だ。地上型戦闘飛行艇も中型で一隻ずつなら通れる。
この中央軍は、貴族評議軍1万、国防軍5000の混成部隊で、グスロー子爵が率い
基本徒歩や騎馬で進軍している。飛行艇はグスロー子爵が乗る地上型中型戦闘飛行艇<レスタロート>一隻で、大きさも全長50mしかない。ただし地上砲を多く搭載し、動く大型拠点として戦闘力、防御は高い。ただ速度と高度はあまり高くない。アーマーは歩兵士官用に10機。騎馬戦車が多く7000騎ある。全体的にいって現代戦最新鋭のアリア軍からみれば300年前のマドリード建国時と変わらない旧時代の軍編成だ。(とはいえこれがこの当時のクリト・エ諸国の地方軍隊の現実である)
細い山道で敵を迎え撃つ……兵力が少ないが最新鋭の軍である理を最大限に生かす戦術を取る……アリアの作戦は理に適っている。
が、珍しく作戦案に異論が出た。異論を唱えたのはザールだった。
「アリア様。この作戦は確かに負けがたい作戦ではありますが、長期戦になる危険があります」
ザールの指摘は、国防軍が前衛で先発し本隊が後方にある敵軍の編成、後方に対陣ができるヤコーム平原があることを問題とした。アリア軍の先陣は当然、ナディアとアリアのアーマー部隊になるが、その攻勢に対して敵を撃退となりそれで逃げ去ればいいが、もしヤコーム平原に防衛陣地を築かれれば、戦闘は長期になる可能性がある。
ザールの反論をアリアは認めた。
「ザール殿には何か別の考えがおありなの?」
と、ユニティアが発言する。ザールは静かに「あります」と告げ、鉛筆を取り出し地図を開く。
「戦闘区域を基本山間道にするという基本方針は変りません。しかし時間的に考え、まだ敵は停止していません。それを挑発して山間道に引き入れゲリラ戦で殲滅という方法はいかがでしょう。おそらく今から計算して、戦闘のメインは夜戦になります。であれば、いっそ敵全軍を山道道に侵入させるほうがいい。さらに言えば、後退しヤコーム平原に逃げ込ませないよう、むしろ戦場はこのミリオの近く……いっそ戦術的には敵前衛部隊はミリオで殲滅するほうがいい」
「確かに……夜戦であれば兵力差はより誤魔化しやすいですわ。それに私やミタスさんの部隊は夜戦にも慣れています」
こういうゲリラ的な作戦は、クシャナの得意とするところだ。ミリオの集落は、自分たちの隠れ蓑にもなるし防御陣地にもなる。
「この山間部では当方の飛行艇も、<アインストック>と<ロロ・ニア>以外は運用しづらい。<プラーサム>と<ロ・ドルーゼ>は使いません。ミリオの住人は<プラーサム>にでも収容し避難してもらいましょう」
「ザール。一般市民に被害をだすのはまずいんじゃないのぉ?」
ナディアが不快げに反論するが、ザールは一瞥するとアリアへの進言を続ける。
「アリア様がこの作戦を採られなかったのは、ナディアの言うとおりミリオの住人への被害への配慮があるからでしょう。しかしそれは避難を受け入れれば人的被害はない。破壊した住居に関しては後に保障すればいいし、当面リィズナに避難させリィズナに居住させてもいい。幸いそれで労働費も払えるので職にも困りません」
「…………」
アリアはその報告を聞き、静かに目を閉じる。
アリアの気持ちを抑えるため、ザールはさらに冷静に進言する。
「アリア様。戦争を行う以上、味方や国民の危険を完全に回避することは出来ません。一兵も損ないたくない、民衆に少しでも被害を出したくない、という気持ちは分かります。ですがそれは理想論です。この度の戦いの要はいかに迅速に敵を撃破するか、です。ここで躓けば、次の戦いは不利になり、リィズナを守るサザランド少佐の負担も増す。目先に囚われ大局を見誤ってはいけません。戦略的にわずかなミスも許されません」
「……そうですね。ザールの言うとおりです」
アリア自身その点分かっていたことだ。そして自分の作戦の欠点もはっきりと分かった。ザールが指摘する通り、目先の被害を考えるあまり全体の戦略をやや軽視していた。
「ザール。あなたの作戦は具体的にどうなのですか?」
「まず接触部隊を編成し、敵と接触する。そして撤退しつつこのミリオ入り口まで引き寄せます。街道の入り口の幅はおよそ100m。私とアリア様とで土と木材によって防御砦と砲台を築きます。そこで砲撃戦によって敵を釘付けにし、夜戦に持ち込みます。今3時、夏ですから完全に日が暮れるのは7時半くらいでしょう。砲撃戦になれば両軍停滞する」
「最初の接触部隊はどうなるんでしょうか?」とクシャナ。
「山の中に分散して逃げ込む形を取り、山中に潜んでもらう。山の中といっても少人数は移動できるし山道はある。それらの道はミリオの猟師に聞けばいい。そしてその接触部隊は、夜になり、戦闘が膠着したときゲリラとなって敵陣の背後、側面に夜襲をかけてもらう。少数の兵力でも闇夜の鴉、敵は混乱するでしょう。あくまで混乱させ、敵軍をこのミリオ近くまで呼び込むことが戦略だ」
そういいながらザールは自分のコップを地図の上に置いた。ザールの作戦は地形を利用した縦深陣といえるだろう。
「私の計算では、敵軍に砲があれば魔法でつくった土と木の防壁など4時間しか保たない。防御壁に穴を開けたのち、近接部隊で突破しにかかるのが定石。敵兵がミリオに侵入してくる。ですから我が軍本隊はミリオ内に配備し、防御壁を突破した兵を狙撃、もしくは襲撃し、ミリオを第二防衛線とする。ここにはアーマーを20機残すので戦力としては十分、これで敵全軍の目をミリオに注目させる。ここに作戦の要がある。敵軍全軍がミリオに注目している間に、アーマー20機と<アインストック>、<ロロ・ニア>の機動部隊が敵索敵範囲の外を大きく迂回し、敵を背後から襲撃、殲滅する」
ザールはもう一つ、隣に座るシュラザンのコップをとって、地図上に置き、ミリオから大きく南下させ、地図のギリギリまで迂回させ、そして敵軍に見立てたザールのコップの後ろにつけた。
高速機動部隊を有するアリア軍だからできる、小兵力による縦深陣と背後強襲挟撃作戦だ。ザールの意図を全員が理解した。上手くいけばこれほど芸術的な戦術はない。確かに勝算の高い作戦で、一晩で決着がつくだろう。だが激戦は必至だ。
「あとこれは私からの提案だが、アリア様に機動部隊を率いていただくことになると思うが、ヒュゼインは<ロロ・ニア>で砲台の代わりになってもらいたい。そして、ナディアはアーマー部隊ではなく、接触部隊の方に加わってもらいたい」
「ええーっ!? なんでよ!? アタシのヒュゼインはどうなるのよぉ!」
「<ロロ・ニア>で艦砲の代わりとするのだから、基本の操縦ができればいい。ユニティア殿にお願いしてはどうか」
ユニティアも基本的なアーマー操作は出来る。ヒュゼインは特別機で操縦法は違うが基本操作と照準発砲くらいは一時間もアリアが指導すればできるようになるだろう。
が、ナディアは他の事と違いこの件は納得しなかった。本来王族しか乗れないヒュゼインを任されていて、普段から整備も修理もナディア本人が行っているし搭乗歴も長い。いわばナディアのもう一つの分身で、それだけに特別愛機に思い入れは強い。しかしヒュゼインの戦闘力はアリア軍の中でも大きな要素で無駄には出来ない。ヒュゼインに搭載された荷電粒子砲と、レーザー砲は戦艦並の破壊力を持っている。
「分かりましたわ、ザールさん。<ロロ・ニア>は騎馬戦車の戦車、ヒュゼインが戦士という事ですね」
ぽふっとクシャナは手を叩いた。ザールは頷く。移動中は難しいが艦砲射撃になれば飛行艇は浮いているだけだ。そこを足場に上にアーマーが乗り、上空から攻撃させることは可能だ。戦艦を足場にアーマーを砲台代わりに使うという戦法も、奇策だが有効だ。特に戦艦並みの火力を持つヒュゼインならば、その戦闘力も大きい。
「<ロロ・ニア>は、機動力はあるが攻撃力が弱い。今回ヒュゼインは砲台となることで、攻撃力を上げてもらいます。艦砲射撃で制圧した後、ガノンと共に掃討攻撃に移り下に降下して戦うのはアリア様のヒュゼインだけで十分です。ヒュゼイン一機の戦闘力はアーマー10機に値する。降下部隊の掩護も必要ですので、ユニティア殿はそのまま砲撃を担当してもらえればよろしい。今回最も激しい戦闘と、個々の能力が必要なのは接触部隊のほうで、こちらは夜戦に長けた少数精鋭になる。ナディアの純粋な白兵戦戦闘力と夜間戦闘力が、今回は欲しい」
ザールの言うとおり、接触部隊は山の中に散会した後は最大100人から最小10人の集団に変化しつつ、移動と戦闘、後退を繰り返していかなければならない。卓越した戦闘能力者と小戦闘指揮官は必須だ。ナディアは個人戦闘力も、夜間戦闘力も、小戦闘指揮も、隠密行動力もアリア軍でトップクラスだ。
ナディアも理屈では分かった。が、感情的には納得できない。
「アリアさまぁ~!! ザールになんとか言ってよぉぉぉ!!」
「まぁいいじゃないですか、ナディアさん。わたくしがちゃーんと預かってアリア様をお守りしますわ♪」
と、ユニティアが勝ち誇ったように言ったから、ナディアは余計に納得できず、
「こんな奴にあたしのアリア様とヒュゼインっ!!」と喚く。
「なんですって! ナディアさん、ちょっとその言葉は聞き捨てならなくてよっ! いつアリア様が貴方の所有物になったんですのっ!!」
「昔からですぅー!!」
「貴方バカァ!?」
とユニティアも感情的になり立ち上がり、二人は罵声を浴びせ合う。
結局、アリアはザール案を採用する、と宣言して二人の仲裁に入り、ナディアを宥めた。さすがのナディアもアリアが困り顔をして頼まれれば引き下がざるを得ない。
「こ、今回だけだからね!! 次は絶対、ヤだかんねっ!」
ナディアは泣きそうな顔でアリアを見て言う。アリアもそのことは言われるまでもなく分かっている。
機動部隊はアリアが率い副官としてユニティアと歩兵500、そして機動戦艦指揮官はレイトン。
接触部隊はミタスを将とし、ナディア、クシャナ、ミーノス、シュラザンといった古参アリア軍の隊長たちが各自50人から80人を率い、合わせ500人。これにガノンが五機、援護に付く。
残り本隊はザールを将とし、砲兵、歩兵、アーマー20機の混成部隊を率いミリオに残る。予備兵力も合わせ3200。
こうして、中央軍との第二戦が決定した。
パラ歴2335年 12月17日 午前11時
サザランドは留守隊長としてはもっとも適役の人材だった。
軍事的能力はさほどではないが、腐敗していたマドリード貴族の中で数少ない良識的な領主で領地の治安もよかった。ユニティアのフォーレス家のように篤実さで領内を治めていたのではなく、貴族らしくない無頼さが逆に一族や領民に好かれていた。アダや市民を見下すこともない。直球型の親分的政治家といっていい。
サザランドによってリィズナは健全に運営され、要塞化や兵士の整理など指示しつつ、国内の諜報などを集めるアリアたちの目や耳となっていた。
17日……サザランドは10時に起き、朝から肉料理と米パンを存分に喰らい、アリア軍少佐の軍服の上着を羽織り基地内の散歩を楽しんでいた。そのとき<プラーサム>が戻っている事に気付き、サザランドは一族の家僕を呼んで事情を聞いた。
その報告では、<プラーサム>は民間人451人をこのリィズナに避難させに来て、今丁度全員が避難テントへの収容が終わったところだという。到着は深夜3時だったので、周りで処理しておいたということだった。サザランドは、一族や領民の中から才覚ある一般の人間を多く引き連れ軍に参加させていて、軍事活動以外の重要でない処理は彼らに任せている。追加報告で、彼ら避難民のうち希望者は基地の非戦闘員として雇用し、使ってもいい……その運用と判断はサザランドに一任する旨、アリアの書面があることを続けて報告を受けた。
「人が増えたな」
サザランドは苦笑した。アリアたちが遠征軍として出発してからも国防軍の脱走兵や民衆の一部がアリア軍参加希望ということで日に日に兵士の数は増えている。アリア軍は当初リィズナには800名しか残さなかったが、有志の追加参加など増え、現在約1500名まで増えた。聞けばこれで打ち止めということではなく、各地でアリア軍の勝利がマドリード中に広がり、呼応する若者がこのリィズナを目指しているらしい。
「そのうち国が作れるぜ、アリア様よぉ」
くくくっとサザランドは笑った。それも滑稽な話だ。アリアはそもそも今いるこのマドリードは彼女の国で、この国の王女であり、現在では王を名乗っている。
サザランドが散歩しながら悦に入っているとき、次の報告が届いた。こちらは吉報で、アリア遠征軍が中央軍を撃破した事、そして今日17日夜に、一度このリィズナに戻るという報告だった。
「勝ったのか!? すげぇな。いやいや、勝ってもらわないといかんが……これで二勝、計3万の敵を5000で破ったって事か。信じられんね、まったく」
第二戦……後に<ミリオの戦い>と呼ばれる戦いは、ザールの戦術通り、少数兵力による挟撃作戦が成功し、アリア軍を勝利に導いた。被害も負傷659名、死亡57なので被害も大きいとはいえない。ただしこれまででもっとも激しい激戦であった。
ザールの作戦通り、中央軍はミタスたちにミリオまで引き寄せられ、そこで砲撃による猛攻撃を受けた。初戦、アーマーや戦艦が入れない場所の戦闘では銃や火砲が使え、その戦闘は猛烈を極めたがアリア軍には防御砦があり、また砲兵以外は兵を拡散させていたのでその被害は少なかった。その後日が暮れ夜が訪れると、ミタス、ナディアの二人が率いる夜襲部隊が敵軍を襲い、戦況を一変させた。そして日付が変った17日0時28分、アリアの機動部隊が中央軍の背後を突き、中央軍を大混乱させ、機動部隊の砲撃によりグスロー子爵が乗る地上型戦闘飛行艇<レスタロート>は撃墜、大爆発を起こした。この直後国防軍大隊長メルリスト=フォン=セバンはナディアの手によって戦死し、戦闘は終決するかに見えた。
が、ここに一人の男が、崩れかけた中央軍を立て直した。
国防軍・中隊長の一人、カルレント=フォン=バーダックである。そう、彼が歴史に始めて名前を刻んだ戦いが、この<ミリオの戦い>だった。
彼はすぐに国防軍と残存貴族軍を纏め上げると狭い山間路の中で坂などを利用し簡易塹壕を作り上げ僅かに時間を稼ぎ、その間に軍隊を再編成させ陣を整え組織的な抵抗を開始した。夜襲に対するため銃歩兵隊を山側に配備し豪胆にも多くの篝火を作った。そのため闇を味方に奇襲に徹していたミタスたちの行動は最初の頃に比べ消極的に為らざるを得ず、アリア軍が作戦では圧倒的に上回っていたものの、局地的には激しい激戦を引き起こす結果になった。
結局戦闘終結の契機は、ファーム山地から舞い戻ったアリアが明け方までに機動部隊を再編成し、機動部隊の突撃でもって大打撃を与え国防軍の陣を破壊した。これが国防軍壊乱の要因となるが、それでも国防軍は撤退せず抵抗は続いた。結局アリア自身が身を晒し、国防軍に対しこれ以上の不毛な戦いである、意味はなく戦闘行為を続けるのは愚かである、王として国防軍に撤退を命ずる……と国防軍を諭した。国防軍はそれを契機に抵抗力を弱め、ついに撤退していった。戦闘が完全に終わったのは17日午前9時47分頃である。
中央軍の死傷は11560名、騎馬戦車が多かったため馬の死亡も多く、中央軍撤退後、人と馬の
屍が道いっぱいに満ち、その激戦の凄さを物語っていた。
アリア軍の被害の中で、死傷はすでに述べた通り死傷659名、死亡57、アーマーは2機が大破、3機損傷と被害は大きくないが、ミタス、ミーノス、シュラゼンの三人が軽傷を負った。だがそれ以上に全軍の疲労は大きかった。当初の予定では戦闘は朝までかからないはずだった。特に接触部隊300人は徹夜の戦闘で疲労の度合いは激しかった。300名の半分近くが負傷した。
この報告を受け、アリアは即時撤収を決め、一時リィズナに戻ることを決定した。
第三戦、北軍がリィズナに到着するのは18日の予定だ。戦いはこのリィズナで行われることになるだろう。
貴族評議軍、旗艦<パルモ・セルドア>は、クレイド=フォン=マクティナスの母艦で、全長180mあるマドリード最大の飛行艇戦艦で、大きさ、兵士の容量、対地上砲に関しては<アインストック>を上回る大型飛行艇だ。形は楕円型で1万人の兵士を乗せている。
他にも<クレイモア>、<マザック>の二隻の大型飛行艇が随行していた。クレイドの本隊は全兵力、飛行艇に乗せている。エルマ粒子エンジンはあくまで補助装置にしている飛行艇戦艦なので足は遅い。現在、ようやく北東から北軍の後ろ100キロの位置についたところだ。
今回の総司令官であるクレイドの元に、南軍、中央軍が各個撃破されたという報が届いたのは17日午後のことだった。クレイドは、初めは誤報だと一笑したが、それが真実と分かると顔色を変え、周りが止めるより早く通信兵を殴りつけた。彼は殴ったことに対して特に思うことはなく、それで気が晴れたのか次にとった行動は異様だった。彼は高らかに笑い始めた。およそ2分、優雅さを損なうことなく、自分の金髪の髪を弄びながら大声で笑い続けた。その奇態に、周りの部下たちは声をかけることもできず見つめている。
やがて笑い疲れクレイドは司令官席についた。
「まいったねぇ……中々お転婆な王女様だ。ますます気に入ったよ」
「か……閣下?」
「僕は冷静だよ? そうだろ? うん、僕は冷静さ。とりあえず、アリア様はどんな手段で大軍を破ったのか、僕も知りたいね~」
「すぐに報告書をお持ちします」
参謀の一人が畏まってそう答えた時、クレイドの表情から笑みが消え、冷酷な表情が現れた。次の瞬間、彼の拳は返答した参謀を張り倒していた。何が起きたのか分からず戸惑う参謀たち。
クレイドは、今度はつまらなさそうに、自分の拳を眺めている。少し赤く腫れていた。
「最低だな君たちは。こういうときは前もって用意しておくべきだ。それくらい少し考えれば分かるだろう、馬鹿じゃないのか? それともそれも分からないのに、君たちは偉そうに参謀なんていう肩書きを持っているのかい?」
クレイドの呟きに参謀たちは頭を下げるだけで言葉は発しなかった。この気分屋……というよりむしろ変人……である司令官は、突然何に反応し感情を爆発させるか分からない。もっとも、クレイドに言わせれば別に自分を変だと思ったことはない。単に愉快屋である表の顔と、誰よりも冷酷で冷静な裏の顔の二つが交互に反応しているにすぎない。それが自然なことであると思っている。
3分後。アイスティーと一緒に二つの戦いの戦況報告書を、参謀ではなく通信兵でもなく参謀付の女官がクレイドの元に持ってきた。クレイドは女性には手を上げないからだ。
これをクレイドはさっきまで見せていた不機嫌さを忘れ笑顔で受け取ると、黙って報告書に目を通した。その間別人のように無言である。
彼は三回、報告書を黙って見直し、それを参謀に返す。
「やるね、アリア様。平民か普通の貴族だったらよかったのに」
「は?」
「それだったら、僕は彼女に求婚するよ。あははははっ♪」
「か、閣下?」
「賢い女の子は好きだ。成程、アミル王の言うとおり、王女は賢明で戦争が上手いな。これじゃだらしない我々の指揮官や軍は勝てないね」
まるで第三者のように笑いながらクレイドは評する。これに参謀たちは唖然となった。笑っている場合ではない、自分たちは当事者なのだ。
しかし、クレイドが貴族評議会の軍司令官を32歳の若さで就いているのは、貴族としての門閥からだけではない。彼には確かにレミングハルトらが一目置くだけの頭脳を持っている。
アーマーの数だけはアリア軍が上であり戦艦の戦闘力もどうやらアリア軍が上のようだ。クレイドもエルマ式純戦艦の噂は聞いていたがここまで破壊力があるとは思っていなかった。困ったことにこの二つが戦場で活動すれば周辺区域はエルマ粒子の残粒子が充満し、銃火器が使用できなくなる点だ。この点はクレイドにも打つ手がない。本日が17日午後……18日には北軍がリィズナに到着する。アリア軍は、今度は地の利を生かしリィズナで防衛戦を行うだろう。元々リィズナは2万を要する基地で要塞だから、少数のアリア軍でも十分戦える。今度の北軍は軍の質が低い貴族評議軍ではなく、正規の国防軍だ。持ちこたえるだろう。3万5000対5000という数の分はまだクレイド軍にある。
それでもこの状況を捨て置くわけにもいかない。万が一、アリア軍がなんらかの奇策でもって北軍を撃破してしまえば、クレイド軍も勝算は少なくなる。
クレイドは決断した。
「<クレイモア>に伝令を。全速力で北軍と合流し戦いを持続させよ、とね。王女は僕たちが合流するまでの僅かな時間の空白を利用して各個撃破している。それを阻止するには、連続的な戦闘を仕掛け続ければいい」
「はっ。ただちに伝令します」
「うん。宜しく頼むよ。……僕は司令官室に戻る。君たちはさっさとリィズナでの作戦を立てろよ。それが参謀の役目だろ? ……ああ、作戦を立てるときだけど、機動戦艦はとりあえず計算に入れなくていいよ」
「は? 敵戦艦のことですか?」
敵戦艦<アインストック>は戦術上の最大要素ではないか。
参謀たちの疑問に、クレイドは冷酷な笑みを浮かべ答えた。
「無力化……いや、あれは僕たちのモノになる。それが政治力というやつさ♪」
それだけ答え、クレイドは司令官室に消えた。司令官室には当然個別無線がある。
クレイドがとった政治的処置は、この時のため仕込んだ地雷だ。
ナムルサス公爵から、レイトン子爵に命令を出させる。<戦闘開始し出撃後、アインストック乗員を殺害し、寝返れ>と……
アリア軍がリィズナに戻ったのは、夜7時前後だった。
凱旋は歓呼で迎えられ、遠征部隊の兵士、将校全てに6時間の休息時間が与えられた。そして留守部隊はその時間にアーマーや戦艦の修理と補充を行う。怪我人の手当ても行われ、負傷者の中で戦闘可能な者、戦闘可能だが負傷している者は予備隊に異動、病院で要治療な者に振り分けられた。それらの作業はザールとサザランドの指揮で行われた。
今回も、幹部将校たち全員の意見によりまず、アリアに休息命令が出た。アリアは特設の大浴場で入浴した後、3時間誰にも邪魔されずベッドで深く快適な睡眠をとる事が出来た。
本来アリアは「6時間はちゃんと休む事」を命じられ、ナディアと共に休息するはずだった。それが3時間になったのには事情がある。極秘の訪問者が現れたからだ。
極秘訪問者は、レイトン=フォン=ローゼンスだった。
この面談によって、第二次リィズナ会戦は予想外の事態になっていく。
『マドリード戦記』 王女革命編 8 第二次リィズナ会戦 ③でした。
連戦の第二戦です。
今回もなんとか勝ちました! でも段々厳しくなっていきます。兵力差もあるし、アリア様の奇術の種も限界あるし敵だって優秀な人材もいるわけです。
今回、戦闘描写は省いてあります。ただ戦闘の経過を書くだけでは面白くないですし。カルレント中隊長の頭角以外は戦略どおりの結果なので。戦争は戦術より戦略だと昔の偉い人もいっているわけですし。
ちなみに、気付かれた方もいらっしゅると思いますが、この世界では苗字ではなく名前のほうを呼称します。だからミタス大佐、ナディア大佐、そして敵もクレイド伯……という形で名前で呼ばれています。これはこの世界の特徴だと思ってください。
次回、ついにスパイであるレイトン編となります。どんな展開になるか、楽しみにしていてください。
これからも『マドリード戦記』をよろしくお願いします。
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