マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編5
マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編5
オクステリア滞在の夜。
街に出る前に、お金が必要だということでアリアたちはヴァームを訪ねる。
そこで手渡されたのは、紙幣ではなくプラスチックカード。
アリアは、そこで大陸連邦の進んだ金融システムに驚くのだった。
***
ホテル・パルパセアに着いたアリアは、ナディアを伴って言われたとおり最上階にあるヴァームのスイート・ルームを尋ねた。
本当にヴァームは忙しいらしく、全然くつろぐ様子はなく、すでに机の上には書類が重なってあった。
「本当に忙しいんですね」
「うん」
ヴァームはそう答え面白くなさそうにアリアたちを出迎えた。こんな愚痴を吐いているが、彼は若干23歳でアルファトロスの代表になったほどの男で、その商会は屈指の財を持ち、他の優秀な先輩政治化を押さえ代表になった天才だ。仕事だけはちゃんとする。
どんな仕事なのか……同じ頂点に立つ人間としてアリアも気になるし聞こうかとも思ったが、さすがに出しゃばりかと思い黙っていた。
ヴァームも時間はないし、アリアたちも早く晩御飯を食べに街に行きたい。ということで、さっさと用件に入った。
もっとも、手配はすでにヴァームのほうで終えていた。ヴァームは二枚のプラスチックでできたカードをアリアに手渡した。ナディアも一枚受け取る。
「何ですか? このカードは」
「お金」
「え、これがですか?」
「額が額だから、ボクのほうで換金しといたわ。黒いカードのほうに2948万8780ギルス。銀のカードには10万2000ギルス入ってるわ。ナディアちゃんのカードも同様よ」
8%は換金手数料だ。この換金手数料でこのオクステリア共和国は成り立っている。ちなみに貿易都市だから普通に紙幣やコインのマルズもギルスも使えるが、マルズの場合15%の課税がかかり割高だ。
アリアたちが渡されたカードは電子化されたギルスで、カードに埋め込まれている記録磁気データーで管理している。このまま電子通貨として使えるし、銀行にいけば普通の紙幣に交換してくれる。通貨の電子化は30年程前から始まり、今では広く流通している。いや、正確にいうとこの半年前くらいから爆発的に大陸連邦内で電子化は進み、70%以上の普及率となっていた。言うまでもない、その要因は戦争だ。帝軍も反帝軍も各公国軍も給料が支払われるわけだが、戦争中に大量の紙幣の用意は大変だ。紛失もするし経済の麻痺にも繋がる。戦火で焼かれれば価値を失う。ということでまず軍と軍関係が全て電子紙幣に切り替えた。これならば前線でも給料は受け取れるし管理もしやすい。そして軍関係に広まることで、町もそれに対応するため急速に環境が整った。10年後の第二次大戦の頃になると大陸連邦の公的機関や交通機関はほぼカード通貨となり、都市部や公的施設では現金を持ち歩かない事が普通になる。戦争が文明と経済を発展させた好例の一つだろう。ついでに余談を重ねるが、この電子通貨のシステムを崩壊させないため、大陸連邦9公国はそれぞれ経済管理都市を持ち、この都市に限り戦争に巻き込まないという法が大陸連邦憲章にある。ただしこの都市は科学都市であってはならず、政治の中心都市になってもいけない。また、軍事施設を置くのも禁止されている。その禁を破れば、大陸連邦政府によって罰せられるだけでなく、始祖である初代帝王ヴェスナー=バトランの守護者であり契約者と言われる伝説の光の古代竜神が、その盟約によって神罰を与える……と言われている。古代竜神の神罰は大陸連邦憲章違反全てに落ちる。ただの伝説ではなく、長い500年の間に憲章違反で古代竜神に攻撃された事例はいくつかある。大陸連邦において大陸連邦憲章が揺るぎない絶対憲法として君臨しているのは優れた基本的憲法であると同時に恐ろしい古代竜による制裁によって守られているからだ。
それはいい。
アリアとナディアは受け取ったカードを物珍しそうに眺めていた。これがお金だと言われても全然実感が湧かない。普通なら二人ではとても持てないほどの高額だ。アリアだけが持つ黒いカードは超高額用カードで、銀のカードは普通の電子通貨カードだ。
成程、大金を持ち運ぶということに関してガレットが特に何も言わなかったのは、この電子紙幣システムを知っていたからだろう。ガレットはマドリード一番の経済人であり商人だ。彼女の商売は大陸連邦まではさすがに及ばないがオクステリア共和国とはやりとりがある。
「でも、これだと今いくら持っているか分からないのではないですか?」
「確認できる端末機は町中にあるから大丈夫よ。そこで皆確認できるわ」
他に役所、駅、酒場、大きな店などに端末はある。また今回はアリアたちは持たされていないが、使用履歴は銀行で手帳にして発行してくれる。
すごいシステムだ……と、さすがのアリアも言葉が出ない。凄いと思うが、この経済技術だけは導入できない。北の大陸をほぼ制している大陸連邦だからできる芸当で、戦国時代のクリト・エでは到底夢だ。
「実際街で使ってみるといいわ。いい勉強になるわよ。ああ、でも黒のカードは企業用だから街で安易に使わないでね」
「あの……ガレットが用意したのは3000万マルズだと聞いているのですが、ちょっと多くないですか? 換金手数料と計算が合いませんが」
「ああ、それね。3000万マルズぴったしにはならなかったの。ちょっとだけ高く買い取らせてもらったから」
「買い取った?」
「あら、聞いてない? それ、マドリードの宝石や美術品をボクが買い取ったの」
「貴族たちから押収した財産ですか!?」
ようやくアリアも合点がいった。
アリアは多くの国内貴族の財産を没収した。その多くは宝石だったり美術品だったり金銀だったりした。アリアはそれを財産として蓄えず、歴史的価値が高いものを除いて処分するようガレットに指示し、その手段や利用方法は大蔵大臣であるガレットに一任していた。そしてガレットは今回がいい機会として、それら財宝の類の一部をヴァームに売った。そしてヴァームはそれをアクステリアや大陸連邦で売る。財宝系はクリト・エ諸国に売るより大陸連邦のほうが相場は高く、これだけでヴァームは一財産となるのだ。ヴァームとしてもいい機会だった。
「財宝なんて価値があると思わなければただの置物、今は現金のほうが有り難い。他の諸外国が同じように金策し始めると相場が落ちるので、今のうちに処分してください」
というのがガレットの談だ。宝物庫で埃を被るより軍なり政府なりが使える現金のほうが今のマドリードには有り難い。そして売る相手はクリト・エの国以外のほうが望ましかった。クリト・エ諸国に売れば足元を見られてしまうし余計な勘ぐりも受ける。ガレットとしては処分に困っていたところだったから、今回の話は渡りに船だった。ガレットがアリアたちの旅行に反対しなかったのは、視察云々というより財産処分の好機だという理由のほうが大きいかもしれない。尚、ガレットが叩き売った財宝は約6480万マルズで一部はアリアに持たせ、残りは特別予算として国庫に入る。
「という事だから、ソレ大事にしてね」
「素朴な質問なんだけど、これ落しちゃったら全財産失くすわけ?」とナディア。
「銀行に届け出たら口座は凍結できるし、手続きすれば毎月の使用金額を設定できるの。仮に落としたり盗まれたりしても、使用金額以上は使えない仕組み。それが二人に渡した銀のカードよ。もっとも今回使用金額設定は作ってないから全額使えるけど。あと、アリア様にだけ渡した黒のカード……そっちは企業や貴族用の特別カードで使うときはパスワードと本人のサインが必要だから気をつけてね。パスワードはアリア様の誕生日にしてあるから」
このあたりヴァームは本当に手際がよく親切だ。彼も伊達に科学都市の代表はやっていない。
アリアたちは受け取るとすぐにホテルを出た。ヴァームは多忙だし、細かいことはルクレティアがいる。彼女は電子紙幣のことは勿論、オクステリアについても詳しく、街の地理にも詳しかった。
それも当然である。彼女は自ら語らなかったが、元々大陸連邦カレドニア公国出身の正真正銘の大陸連邦人で、10歳の時交換留学生としてアルファトロスにやってきた才女だ。交換留学生の数は少ないが、珍しいものではない。何せ現代表ヴァームがそもそも交換留学生の元大陸連邦人だ。やはりヴァームも同郷人ということでルクレティアには格別目をかけているようだ。
性格は最初会った時感じたとおりかなり真面目かつ几帳面で、しっかりした娘だ。
一時間ほど繁華街を視察した後、彼女の勧めで海が見える巨大なテントでできた海鮮レストランで晩御飯となり、アリアもナディアは気持ちいいほど無邪気に堪能した。シーフードは現地で採れたものでマドリードの港町クロイスやアルファトロスにはない青や赤の目映い南国の魚や大きな海老などで、主食は米とイモだ。味付けは南国風の香辛料たっぷりの料理で、アリアやナディアを存分に楽しませた。支払いはアリアが奢ると言ったが、「皆今回は庶民ですから、自分の分は自分で支払いましょう。カードを使って慣れてもらいたいですから」と言って、さっさと自分の分を支払ってしまった。
その後は屋台街で食べ歩きをしつつ視察を続け、ホテルに戻ったのは夜10時を過ぎていた。
「さすがに食べ過ぎました」
「そうだね。あー! でもなんか幸せだよ、アリア様♪」
「そうですね。こんなに楽しかったのは久しぶりです」
ホテルに戻るなり、ナディアはゴロンとベッドに寝転んだ。さすがに行儀のいいアリアは寝転びはしなかったが、ソファーに深く座ってこの三時間ばかりの外国体験の雰囲気に大満足し、嬉しい溜息が零れている。
「さすが、オクステリア……この豊かさは、クリト・エにはないですね」
観光と商業で成り立っている観光都市だけあって、この時間でも街の明かりや活気は消えず、賑やかさは衰えない。そして室内の冷房の心地よさ……惜しみなく室内冷房を効かせることができる裕福さ……それは国の豊かさを表している。マドリードの夏はそこまで暑くならないのもあってよほど大きなホテルや政府施設、王城の限られた部屋にしか室内冷房機はない。三時間ほど見てまわったが、屋内施設はどこも冷房が入っていた。それだけ豊かということだろう。
明日の出発は午前10時。ということは、明日の朝食も街で摂る事が出来そうだ。是非朝の様子も見てみたい。
が……本当の目的地は大陸連邦カレドニア公国科学都市ベルセリクだ。明日夕方には到着予定である。
アリアにとって、初めての大陸連邦……それも科学と経済大国カレドニアで屈指の大科学都市だ。
やはり興奮がある。アリアとナディアは11時にはベッドに入ったが、アリアはその興奮でしばらく寝つく事ができなかった。
***
このオクステリア共和国……アリアは帰路また寄る事になるが、その時のことは必然だからいい。
しかしアリアはまたこの都市に訪れる。その時彼女は女帝として、宿命の相手フィル=アルバード、アーガス=パプテシロスと歴史的邂逅を遂げるためだ。その場所にわざわざオクステリアを選んだのはアリアであり、むろんその立地による理由が大きいが、アリアの思い出もあったのではないかと思う。
余談……。
マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編5でした。
ということで今回は大陸連邦の金融と通貨システムの紹介でした。
なんと大陸連邦は電子通貨システムを導入しています。ここはかなり先進的ですね。もちろん通常紙幣やコインも流通していますが、説明であった通り戦争を始めると紙幣は嵩張るし燃えると無くなるし購入するものも自然高額になるので電子化させているほうが都合がいいわけです。ここから大陸連邦にはコンピューターがあり、インタネットに似たシステムも構築されていることが伺えます。これに比べるとクリト・エ大陸の経済は100年は遅れています。前にもいいましたが、クリト・エ大陸は18~19世紀、大陸連邦は20世紀だと考えれば大体近いです。
オクステリア編は今回で終わり。次はついに大陸連邦ベルセリクです。
ついにアリア様、初の大陸連邦訪問です。
ということで留学旅行編はまだまだ続きます。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




