マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編2
マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編2
大陸連邦に平民として視察旅行に行く!
このとんでもないが、一生に一度あるかないかの好機に、相談を受けた三元帥、ミタス、ザール、ナディアは顔を見合わせる。
公表するわけにはいかないが、どうしたものか……。
三人はアリアの旅行を認めるが、問題は秘密をどう守るかにあった。
マドリードで最も多忙で、そしてアリアの信認厚い<栄光の三元帥>が「女王が庶民となって未知なる国へ旅行する」というとんでもない話を聞いたのはその日の深夜、女王の私邸である奥宮に呼ばれ相談を受けたときだった。
「…………」
さすがの三元帥……ミタス、ナディア、ザール……この三人の英雄たちも、即答することが出来なかった。
これがただの旅行であれば「今、国政多難な時期です。駄目です」と一刀両断したに違いない。しかし、今回は普通の場合ではない。
1にアリアである。
2に場所は大陸連邦である。
3に、こんな機会は今後ない。
聡明なアリアが行くのだ。視察旅行だとしてもその成果は大きく、将来的に間違いなくマドリードの国家のためになる。アリアがマドリードで最も優れた大陸連邦通で国政の多くを大陸連邦方式に切り替えている本人だ。大陸連邦の知識なり制度なり勉強するのにアリア以上の人間はいないし、アリアならばすぐにそれを実践化できる立場にある。クリト・エの他の諸国はマドリードにとって参考になる点は少ないが、奴隷制度のない大陸連邦は学ぶべき事が多くある。そして最後に、空前の大戦が起きたばかりだが、まだ戦争の混乱は起きておらず諸外国を受容れる体制がある。しかし今後の見通しはない。
「駄目……ですか? やっぱり……」
アリアは苦笑する。普通に考えれば難しい事はアリアが一番よく分かっている。
むろんアリアは女王として強権を発動させて一言命じれば終わりだ。だがそうする強欲さはアリアにはない。
三人ともわざわざ相談するアリアの真面目さと健気さに心が打たれるし、その願いを叶えてあげたいと思う。
「二人分の穴か」とミタスは溜息をつく。
「二人分? アリア様だけじゃなくて?」とナディア。
「ヴァーム氏は二人分用意しているのだろう? ならばアリア様とナディアのことだ。さすがに女王一人視察旅行に出すわけに行くまい。護衛がいる。ナディアしかおるまい」
「え!? いいの、あたし行っても!」
「それしかあるまい」とザールも溜息をつく。
ヴァームは元々そう考えて二人分と言ったのだろう。アリアが行くのであればナディアが付いてくる事は十分想定できる。それにもし事が露顕したとしても、護衛にナディアがついているということであれば他の重臣たちも一応納得してくれるはずだ。それにヴァームと行くのだ。彼が愛着を持っているのはアリアの次はどうやらナディアのようだし、ナディアも奇矯なヴァームを知っている。他の護衛者や侍女……ミレイヤや宮廷長ユニティアがついていってもヴァームのキャラクターに当惑し不安になるだけだ。第一ナディア以外の同行者はアリアが疲れてしまうだろう。
ミタスとザールは無言で顔を見合わせた。二人共考えは同じようだ。
「まず……アリア様の視察旅行ですが、我らの意見は賛成です」
「ほ、本当ですか!?」
「結論をいえば、勉強のためもありますが、息抜きのためでもあります。この半年というもの、アリア様はまともな休息は取られていない。実は内心その事を憂慮しておりました。いい機会です。ナディアとともに気張らず旅行をお楽しみ下さい」
「ザール、いいの?」と言ったのはナディアだ。
「アリア様に休養をと思っていたのは事実だ。そしてナディア、お前もだ。二人共休まなさすぎる」
そういうザールだって休んではいない。激務という点でいえば最も激務なのは軍務大臣兼総参謀長であるザールこそ一番で、職務上外務大臣に近い案件も取り扱っている。外務大臣は現在空位でアリアとザールで切り盛りしている。職務上の話を相談できる相手もミタスやナディアくらいしかいない。厳格な男で通っているから街に繰り出し遊ぶこともない。一方ミタスやナディアは気のいい部下たちと騒ぐことはできるし、模擬戦などストレス発散の場がある。
「ま、軍のほうは機動軍も俺が面倒みればいいわけだろ?」
ミタスも賛成である。彼もアリアにとって大陸連邦がいかなる存在か分かっている。この間までの革命戦をやり遂げたアリアの知恵の引き出しの多くは大陸連邦から得たものだ。気持ちは十分分かる。ナディアが率いる機動軍は指揮系統ではナディアが長だが、総軍の司令官はミタスで、作戦面では総参謀長であるザールが責任者だ。組織図としてはナディアより上にある。二週間くらいならば二人でナディアの穴は補えるだろう。
問題はアリアの穴だ。
アリアは女王として国賓で外交団を率いて大陸連邦に行くのではない。身分を隠し庶民として行くのだ。その間女王の職務は一時停止する。その事は内外に知られるのは拙い。諸外国が好からぬ企みを企てないとも限らないし、国境を荒らしにこないとも限らない。しかしさすがのアリアもこの事に対して良案はなかった。
「じゃあその件は俺たちで決めるか。アリア様はもう寝たほうがいい」
と言ったのはミタスだ。ザールはすぐにその意味が分かり頷き同意する。
「もう時間も遅い。この件、我らが引き受けますのでアリア様はお休み下さい。あまり遅くまで起きているといつまでたってもミレイヤが休めず、あの子が体を壊してしまいますから」
「え? し、しかし」
「アリア様がいたら色々気を使うからじゃん。折角なんだから、今回はあたしたちに甘えて任せてよ。ちゃんと考えてやるから」
ナディアもミタスの言葉の意味が分かった。そういうと、もうアリアの背中を押して部屋の外に連れて行く。
普段……いや、他の事であれば人一倍責任感の強いアリアはこの程度で席を離れることなどないのだろうが、今回ばかりは珍しくアリアが自分から言い出した願いであり我侭だ。ここで三人を信頼しないではとても14日間の極秘旅行など出来ない。色々思うところはあったが、結局アリアは素直に側近三人を信じ、自室に引き上げて行った。
***
アリアがいなくなったところで、改めて三人は奥宮にある会議室に集まり、頭を突きつけあった。言い忘れていたが、彼ら三人も自宅は持たず、この奥宮に部屋を貰い住んでいる。元々王族が暮らす宮殿で部屋数は多く、三人共私邸など持っていなかったから、丁度いい住まいだった。何よりここならどんなに激務で疲れていても還れるし、突然の事態にも対応できる。
大丈夫だ、と言ってアリアを引き上げさせたが、実際のところ問題点は色々あり簡単な話ではない。しかしこれから話し合う会話をアリアが聞けば恐縮して辞退するだろう。そう三人は思ったからアリアを外したのだ。
「風邪ひいて寝ていることにするか」とミタス。
「2週間も無理だよ。見舞いだってくるし医者も呼ばないといけないし」とナディア。
言うまでもないがアリアは多くの重臣たちに愛されている。まず血相を変え大騒ぎするのがユニティア。冷静に職務上の関係と看病と言って張り付きそうなのがガレット。騒ぎながら見舞いの品を持参し駈けつけそうなのがレイス大佐とサザランド。職務上警戒態勢をとりそうなのがシュナイゼン少将……仮病だと知れば全員アリアに裏切られたと気を悪くするだろう。
「一先ず商談のためアルファトロスを訪問する。それで一週間は稼ぐしかあるまい」
それしかない、とザールは溜息をつく。随行員としてナディアが付いているといえば皆も騒ぐまい。アリアがアルファトロスと強い繋がりがある事は周知のことだしその事自体は不自然ではない。第一出発も帰国もアルファトロスだから、アルファトロスに行く事は事実でもある。
問題は後の一週間だ。
方法は二つ。アルファトロスで執務している振りを装うか、そこで体調を崩したことにして滞留させるか。結局仮病以外いい案は出てこない。アルファトロスで療養しているということにすれば忙しい重臣たちも容易に駆けつけたりはすまい。
が……それだけでは策が足らぬ、と三人は頭を寄せ合う。元々戦略に関わる軍人なだけあって細かい点まで気になるし、全ての策がまとまるまでは気分が悪い。
「仮病にするにしても政府が同調せねばかえって騒ぎが大きくなる。やはり、最低限の人間には報せるべきだな」
とザールは腕を組み言う。アルファトロスは外国だといってもマドリードの領土内にある。鉄道でも一日以内に行ける距離だ。大騒ぎして飛行戦艦で出迎える……などという話が突然沸きあがらないとも限らないし、余裕で見舞いに行ける距離でもある。
「最低限……だと、誰?」と聞くナディア。
「グドヴァンス。後は……ガレットとユニティア……といったところかな」
グドヴァンスは内務大臣。ガレットは大蔵大臣。ユニティアは宮廷長だ。
グドヴァンスとガレットは政務上報せる必要がある。ユニティアは宮廷行事を宮廷内の責任者ということもあるが、政権内で一番騒ぎそうだという理由のほうが大きい。いや、その点はガレットも怪しい。それに現政権の中で唯一アリアの旅行を理論整然と反対し諌めそうなのがガレットだ。彼女は現政権の中で唯一単独で政治家としての実績があり、政治家としての矜持もしっかりと持っている。アリアとは違うタイプの理論秀才型の政治家で、或いは現在マドリードで二番目に能力の高い純政治家だ。
「ガレット伯に話すのは、いわば軍略だ。前もって打ち明ければ彼女も悪い気はすまい」
秘事を打ち明けられた……と、自らの存在の大きさを再認識し溜飲を下げるだろう。それに現在のマドリード政府を支える一角なのは間違いない。何せ彼女は大蔵大臣だ。アリア以外に国庫の決裁権を握っている唯一の人間で、けして彼女は形ばかりの大臣ではなく、多くの政策をアリアとともに取り組んでいる。アリアがいなくなると仕事が頓挫してしまう。
「他は報せなくて大丈夫? シュナイゼンは警備の責任者よ?」とナディア。
「グドヴァンスとガレット伯で上手く誤魔化すだろう。後はいい」とザール。シュナイゼン少将は警備と憲兵を握っているが、二週間程度であれば大騒ぎすまい。それにできれば軍人たちにこの事は報せたくない。皆、大騒ぎしそうだし、同行を願い出そうだ。アリアは軍人たちから圧倒的な人気があり上級職にあってもその盲信さは変わらない。軍事革命を起こしてまだ2カ月……変に軍が騒ぎ出しても困る。
結局報せるのはこの三人ということでまとまった。
問題は誰が、誰を説得するか、だ。
「グドヴァンスはあたしが担当するね。残り二人はミタスとザールよろしく♪」
ナディアは笑みを浮かべそう宣言すると、二人が反論するより早く立ち上がり「じゃあ今夜はここまで! あたしも寝る。おやすみ~」と手を振って部屋を出て行ってしまった。
「……ナディアに楽なのを取られたな」とミタスは舌打ちした。
ナディアがグドヴァンスともっとも仲がいい。
当然のことで、ナディアは元々グドヴァンス率いるアダの集落に生まれた同郷で、グドヴァンスもナディアの事を実の娘のように愛し可愛がっている。彼は温厚で知恵も深くアリアに対しても愛情深く優しい。彼が反対するはずがない。説得などする必要はなく告げるだけで理解を示してくれるだろう。
しかしユニティアとガレット伯は違う。
ユニティアはアリアに対する忠誠心が強く、そして政治家ではない。ガレットは逆に時として冷酷なほど感情に流されない政治家だ。そして二人共自らアリアにとって姉のような存在であると自ら任じている。個人的な愛情は二人共強い。
「ユニティアはアリア様の感情論で話をすればいい。ガレット伯は、政治的視察の有用さを説明するしかないだろう」とザール。
「そりゃあ俺も分かるが、俺は軍人だ。そういう話はザール、お前が二人ともやってくれよ。俺は苦手だ」
「そうはいかん。お前だけ楽をするのはずるいぞ。そうだな、ガレットとユニティア、卿が好きなほうを選んでいいぞ」
ミタスは露骨に嫌そうな顔をした。正直この二人の女重臣たちは苦手だ。二人共大貴族の出で二人共貴族としての誇りや礼儀に煩い。嫌ってはいないが、平民で元々貴族嫌いで通ったミタスからすれば喋りやすい相手ではない。
しばらく悩んだ末、ミタスはガレットを引き受けることにした。ガレットのほうがユニティアより遙かに大人で物分りはいい。それにガレットとは軍の再編成と予算管理で職務上打ち合わせることがありユニティアよりは話しやすい。
「では明日、それぞれ応対することにしよう」
「本当にあの二人に言わないと駄目か?」
と、ミタスはその点は最後まで乗り気ではなかった。反対しているのではなく愚痴を零しているだけだが。
もっとも……後にこの二人に話した事が思いもかけない形で好都合を呼ぶ事になる。
マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編2でした。
ということでアリア様、視察旅行決定です。
この視察旅行は後にマドリードの国政を帰るほど意義の大きいものになります。
なので今後のシリーズを楽しんでもらうためにも、是非読者の人にも「大陸連邦はこんなところか」というのを楽しんでもらえればと思います。
実はこの短編、元々予定にないシリーズで、急に書きたくなったシリーズです。
無邪気なアリア様。聡明なアリア様。そして色々な世界情勢。そういうのがあるといいなと思いできた短編です。なので戦記というより旅行記になりますが、色々事件がおきる予定になっています。
さて、次回はついに出発です。
是非アリア様と一緒に世界観旅行記をお楽しみ下さい。
大体隔週で公開していきます。
これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。




