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『マドリード戦記』  作者: JOLちゃん
大陸連邦留学編
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マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編1

マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編1



女王になって二ヶ月。マドリードは平穏、そして平和である。

だがアリアは新生女王として多忙を極めていた。


そんなある日、ふとアルファトロス代表プレセア=ヴァームが訪れ、とんでもない提案をアリアに持ちかけるのだった。



大陸連邦留学編 その1



***



 パラ歴2336年 7月。


 アリアの新生マドリードが始まって2カ月になる。


 女王となったアリアは忙しい日々を過ごしていた。何せ奴隷制度を廃した最初の冬である。アリアは連日王城ハーツティスの執務室で様々な行政処理にあたっている。

政権は女王自らが執政を行っている。各長官、大臣たちにも決定権はあるが、大きな案件は全てアリアが裁可を下す。特に奴隷制度廃止などクリト・エ大陸初の大政策だ。アリア以外、政策案を立てられる人間はいない。


 そして未だ国内は戦争の傷は癒えず変革の始末は逐一行わなければならない。或いは戦争をしていた時より忙しい日々を過ごしていたかもしれない。


 そんなアリアの元に、アルファトロス代表プレセア=ヴァームが訪れたのは、マドリードの空に粉雪が舞う7月13日の事だった。

 そして、これがとんでもない事件が起きる前触れだったとは、さすがのアリアも予想だにしていなかった。





***



 アリアはヴァームを王宮にある職務室に招いた。むろん応接するための家具は揃っている。


 アリアはヴァームを出迎えると、侍女ミレイヤにお茶と茶菓子の用意を命じた。まだ侍女として召し上げられたばかりの元奴隷少女ミレイヤは、突然のVIPの訪問に緊張で顔を真っ赤にして、見て分かるほど動揺しながらすっ飛んでいった。


「あぶなっかしい子ね。アリア様、不便じゃない? なんならボクが質の高いプロフェッショナルなメイドを手配してあげるけど?」

「お気遣いいりません。ミレイヤは一所懸命ですし、いい子で彼女なりに頑張ってくれています。それに、そんな完璧な侍女がいたら、私のほうが気を使ってしまいます」


 アリアはそういうと微笑んだ。そして書類の山から一旦離れヴァームを迎え入れた。


 アリアの服装は温かそうな白い羊毛のセーターに黒のズボン、革のブーツといった質素なもので化粧もほとんどしていない。とても女王の服には見えない。即位の後一週間ほどは女王としての正装もしたし髪を結い上げ化粧もして職務にあたっていたが、あまりの不便さに辟易したアリアは強引にドレスを辞め、以後公式行事は元帥の軍服、それ以外の時は質素な私服で職務にあたる事にした。この方針は終生変わることはなかった。


 なので侍女ミレイヤはほとんど王族の侍女というよりアリアの幼い秘書であることが多い。スケジュールの管理などは彼女がやっている。もっとも12歳の少女だから実際はアリアの管理というより手の足りないアリアが手足代わりに使っているようなもので、身の回りのことなどアリアは大抵自分でしてしまうから手の掛からない主人である。


「アリア様のドレス姿が楽しみで寄ったのに、残念だわ」

「スカートはたまに履きますよ? でもこの季節は寒いですから、やはりズボンが動きやすいです」

アリアの服装は質素だが質は良く、やはり高貴な血筋かただの室内着も洗練された輝きを放っている……というのは言いすぎか。


「アリア様が色々オシャレをするだろうと思って用意したドレスや化粧品……売りつけられなくて損したわ」

 と嫌味っぽく嘆息するヴァーム。だが同情してはいけない。ここで同情すれば得たり彼処とたくさんの衣服を購入する羽目になりそうだ。アリアは苦笑するだけに留め、ヴァームを席に案内した。そして自分もソファーに座る。


 そこに侍女ミレイヤがお茶と茶菓子、そして果物を盛った皿を持って戻ってきた。ヴァームが偏食で果物ばかり食べている事を知っているアリアが、ヴァーム来訪を聞き用意させていたものだ。その心遣いは有り難いが、緊張するミレイヤはヴァームのお茶を零す大失態を犯してしまった。もっともアリアは逆にそれを見て笑ってくれたので彼女は多少救われた。


「二人だけにして。何かあれば呼びます」

「はい! アリア様!」


 何度も頭を下げ、ミレイヤは退室した。とはいえいつアリアに用を言いつけられてもいいように廊下で控えている。ちなみに公式の場以外では「陛下」ではなく「アリア様」と呼ばせることにしている。これは他の臣下も同じで、この点も終生変わらなかった。


 一連の様子を見てヴァームは苦笑した。成程、女王どころか上流貴族ですらない。せいぜい田舎の中流貴族で繰り広げられているような日常的なやり取りと雰囲気だ。ここが王城の王宮であるという点以外は。


「お茶運びはナディアちゃんがしてくれるかと思って期待してたんだけど、さすがにあの娘はきてくれないのね」


 別にナディアの身分を軽んじてそう言ったのではない。ナディアにも会いたかった、と素直に言っているだけだ。ほんの三ヶ月前までは、アリアの傍にはナディアが片時も離れずついていたものだ。しかし今はもう違う。


「ナディアは我が国の重臣ですよ? 毎日忙しくやっています。ナディアだけでなくミタスさんやザールも」


 革命戦のときアリアの右腕として働いた三人の元帥は、今ではマドリード王国でもっとも権力をもつ重臣であり、それぞれ休む暇がないほど忙しい身だ。そのスケジュールはアリアより忙しいかもしれない。


 というのも……アリアによって解放された非人階級アダと奴隷たちは、自由と権利を得たと同時に失職した者も多い。アダのほうは差別階級としてそれぞれ社会をもっていたが、他人の所有物であった奴隷たちは職を失った。アリアはそれら奴隷たちの受け皿として政府主導の開拓、国土の修復、国営農場に従事させるため、全てまず軍人として一括で雇用することにした。奴隷やアダたちもそれに応じた。兵士となったから当然軍が管理することとなった。アリアは肥大化してしまった軍人たちの職務の中にそれら公共事業を入れたから当然そうなる。

軍は大陸連邦方式の階級制度を取り入れ、これまでのマドリード式より遙かに細かく厳しい。兵士になれば彼らは食えもするし愛国心を植えつけることも出来る。さらに厳しい統制で運用されるから問題も起きづらい。これは大陸連邦軍が平時公共事業や土木事業の補助を行うという事を知り導入したものだ。


 元々アリアの革命でアダたちは多く協力し功績を得て指揮官になっている者も多く、軍は貴族だろうがアダだろうが関係なく能力主義を前提に階級を決めている。そして軍で最も華やかな機動軍司令官がアダ出身のナディアだ。アダや奴隷であってもそこには夢がある。また、ナディアが司令官として優秀だったのは、部下の働きに対してアダに対して特別な贔屓はせず、貴族出身者も同様に扱い双方から人気が高かった。


 その結果、即位から三ヶ月しか経っていないが、マドリード政府軍の数は増える一方で、現在約15万を誇る。


 マドリードは軍が政府の一部であり軍人に権力が集中している。大蔵大臣ガレット=フォン=マクギリス伯爵婦人以外の政府要人は皆軍人としての階級を持っているのは、軍としての命令系統があり上下関係を明確にしていた。そう考えると、最高位である三元帥がいかに重く、多くの責任をもっているか分かるだろう。


 特に現場監督者でもあるミタスとナディアは多忙の極みであった。


「将来的に軍と政府は分離させたいと思っていますが、今は無理です。有為な人物は軍に集中していますし」

 革命という荒事の後だ。軍主体になることは仕方がない。

「それが分かっているならいいのよ。マドリードの政治までボクは口出ししないから自由にどうぞ」


 アリアがどういう国を作るか……それは後見人であるヴァームの楽しみでもある。


「ところでヴァームさんはどちらに行かれていたのですか?」

「ロイズ。その帰りよ、遠くて不便だわ」


 ロイズはクリト・エ大陸にある西の科学都市国家で、当たり前だが東の科学都市国家アルファトロスとも強いつながりがある。ただし、遠いのでそう頻繁に行き交う事はない。

ロイズはザムスジル帝国領内にあり高速飛行船で約5日から6日かかる。純エルマ粒子式エンジンを搭載した最新鋭の飛行船ならば2日で行けるが、今アルファトロスには高速船がない。全てアリアに売ったり譲ったりしてしまった。


「す……すみません。<ミカ・ルル>はお返ししましょうか?」

「大丈夫よ。新しいの買う予定だから」

 さらりと答えるヴァーム。兵力は持たないが科学力と経済力はマドリード一国よりアルファトロスのほうが上だ。飛行戦艦くらいヴァーム一個人の財力でも買える。


 二、三雑談をかわしたアリアは、改めてヴァーム来訪の理由を聞いた。


「アリア様の顔を見に来ただけじゃあいけない?」

「いえ、私もヴァームさんにお会いできて嬉しいです。でも……何かありますよね? ヴァームさんの様子がなんとなく……事情がありそうな気がするんですが?」

「いい読みね~。仲良く一緒のベッドで寝た仲ですしね」

「ただ寝ただけです! 変な言い方しないで下さい」


 二人は添い寝はした。それだけだ。それを思い出したのかアリアは僅かに赤面する。そんなアリアを見てヴァームは楽しそうに微笑むと、一口お茶を飲んだ。


「せっかくだし、今度はボクとのんびり旅行でみしない? たまには息抜きも必要よ?」

「旅行なんて、そんな余裕はありません」

「ボク一人で行く事が多いの。でもアリア様が一緒だと旅も楽しいと思うのよね。知的な政治の相談相手としても、女の子としてもアリア様は魅力的だし」

「行きません!」

「大体2週間くらい行く予定なの。あ、いい温泉もあるらしいわよ?」

「行きませんよ。国務で忙しいですから」

「じゃあナディアちゃんでも誘おうかしら」

「ナディアも忙しいから駄目です」

「大陸連邦に行くんだけど」



「え……」



 アリアは顔を上げた。驚くアリアの顔を見て、ヴァームは意味ありげな笑みを浮かべた。



「大陸連邦の科学都市ベルセリク、12泊14日の旅。ボクは公務だけど、随行員に空きがあるのよね~。とはいっても精々二人まで。女王ではなく一般人で、ボクの随員としてなら連れて行けるンだけど?」


「ほ……本当ですか?」


 思わずアリアの声が上擦った。


 思いも寄らぬことだ。アリアにとって、大陸連邦は夢にも見た憧れの国だ。何せアリアの政治、文化、戦略、革命……その基礎は遙か遠い北の大陸、大陸連邦をモデルにしている。その科学都市ということになれば今のアリアにとって無限の魅力溢れる土地だ。


 いくらアリアがマドリードの女王であっても、大陸連邦に行くことは不可能に近い。巨大な大海が二つの大陸を分け隔てているし、国交もないし航空路もない。それはクリト・エ大陸のどの国も条件は同じだ。ただし科学都市ロイズと科学都市アルファトロスは別である。この二つの科学都市の高度な技術と高い経済は、いわば大陸連邦の窓口であるという事によって支えられている。


「でも、アルファトロス政府はよく大陸連邦に行くのでしょう? それがヴァームさんの商売ですし」

「行くわよ。でもこれからはそう多くは行けなさそうなのよね~。大陸連邦、ついに大規模内戦に突入しちゃったから。連絡員やちょっとした商談はできるけど、ボク自身がわざわざ行く機会は減るわね。国レベルは難しいご時勢になるかも」


 アリアは驚愕の表情を浮かべた。ヴァームはさりげなく「大陸連邦の大規模内戦」と言ったが、この事は一年以上前からアリアとヴァームが語り合っていた将来の危惧だ。それがついに起きたか、とアリアは驚きを隠せない。


 今度の大陸連邦の内戦はただの内戦ではない。大戦争になる……それがヴァームの予見だ。言うまでもない、これが後に第一次世界大戦と呼ばれる世界史を揺るがす空前の大規模戦争の始まりである。



「…………」



 大陸連邦がそんな大戦争に突入し、戦争が泥沼化すれば(事実泥沼化したが)悠長に遊びに行くなどできなくなる。だが今ならばまだ戦争が勃発した直後で大規模な会戦はまだ起きておらず戦場以外はそれほど危険はない。ヴァーム自ら今の時期渡海すると決めたのはそういう社会情勢があるからだ。


 のんびり見て回れる機会は、今しかない!


 アリアは顔を上げた。そして身を乗り出す。



「行きます!!」



「いいの? 大丈夫?」

「絶対行きます!! お願いします!!」

「そういうと思ったわ。実は二人分、客室を用意しておいたの。ま、アリア様が断っても行きたい人間は沢山いるから無駄にはならないンだけどね」

「私、行きます!!」

「嬉しそうね。こっちまで楽しくなってきたわ。じゃあ細かい打ち合わせをしましょうか。出発は三日後だから時間はないのよ」

「はい!」

 こうして、ひょんなことからアリアは憧れの土地への旅行を手に入れた。




 ……現実に立ちはだかる様々な問題をどうするか……この事を思い出したのは、ヴァームが王宮を去った後のことだ。それほどアリアは舞い上がっていた。





マドリード戦記 大陸連邦留学旅行編1でした。



次の長編『女王動乱編』のつなぎとして、短編シリーズである「大陸連邦留学編」を公開します。


アリア様大陸連邦に行く!

それもお忍び旅行!!


戦争に巻き込まれるようなことはないですが、それなりに色々事件が起きます。

何よりこのシリーズで、大陸連邦の事、クリト・エ諸外国の事、世界情勢、そして戦争形態や世界観なんかを知ってもらえたらと思います。そういう意味ではこれからのシリーズの予習的な短編になると思います。



とりあえず二週間に一度くらいのペースで更新していこうと思います。


これからも「マドリード戦記」を宜しくお願いします。


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